路傍の小石
609
とはいえ、ふざけるつもりはない。なんたって、片目が利かないんだから。とっとと、片付けるに限る。
「死ねやぁっ!」
正面から振りかぶってきた男に、ずいと赤棒を突き出す。でもって、剣を巻き上げようとしたら、
ぱきゃ
上腕骨が折れた。・・・両腕とも。
「ぎゃあああああああっ!」
ごめん。力加減を間違えた。相手の体勢を崩すだけのつもりだったのに。変な方向に折れ曲がった腕の中から、赤棒を抜き出す。
「ほげぁっ」
ありゃ。今度は、後ろにいた男ののど仏を付いてしまった。武器を取り落とし、のどを押さえて痙攣している。大丈夫かな。
「てんめええぇ!」
こういう人達って、いちいち叫ばないと武器を振えないのかね。
自分の腹部めがけて、横殴りの長剣が叩き込まれる。でもその前に、
「はがっ」
別の男の胸に飛び蹴りを食らわす。ついでに、剣も回避。その剣は、勢い余って、自分の後ろにいた、もう一人の脇腹を抉る。
「避けるな!」
やだよ。避けなきゃ当たる。痛いのはやだ。
身代わりで怪我をした男に、足払いを掛ける。いい感じに後頭部を打ったらしく、白目をむいて気絶した。
今度は、短剣使い。両手にそれぞれの剣を握って、交互に突き刺そうとしてくる。一旦、距離を取り、つられて相手の腕が伸び切ったら、赤棒で相手の腹を突く。
「おごおぉぉぉぉっ!」
エビのように背中を丸めて、すっ飛んでいった。お仲間に向かって。ボウリングのつもりはなかったんだが。ストライク。どっかーん。人体が宙に舞う。
「はい。最後ですよー。何か言い残す事はありますか?」
まだ、若いのに。なにをとち狂ってこんな稼業に手を染めたんだか。
「てめえ、てめえ、よくも」
長剣を構えてはいるが、声も剣先もプルプルと震えている。
「ないようですね。あとは取り調べの時に好きなだけしゃべってください」
「ちくしょーーーーっ!」
剣を小脇に構えて、体当たりしてきた。破れかぶれだけど、当たれば敵に与えるダメージは大きい。まあ、進行方向から逃げてしまえば、後は隙だらけになる。
軽く飛び上がり、剣を避け、こめかみを蹴り飛ばす。
きゅう
はい。おしまい。
辺りを見回し、取り残しがないか確認する。・・・ちょーっと、怪我人が多すぎた、かな?
散らばる武器を拾い集め、団長さん達のところに戻る。任せていた三人の盗賊は、血溜まりに伏していた。悪い事しちゃった。
「皆さん、怪我はないですか? ・・・なんですか?」
団「なあ。本当に見えてないのか?」
「包帯巻かれてて見えるわけないでしょう」
デ「一人で突貫なんかしないでください! い、生きた心地がしませんでしたよ」
「しょうがないでしょ? 人手がなかったんだから」
ようやく、増援隊が到着したところだし。
「「「ちがうっ」」」
隊長さん以下の異議申し立て。なんで?
ノ「だから。あんな人数を一人で相手にするような無茶したら駄目だって!」
「片目が利かないから、ああしたんですけど?」
集めてきた剣や槍を足下に下ろす。ついでに、ローデンからの道中で拾った物も全部出す。おお、だいぶすっきりした。
団「どういうことだ?」
「相手が、統制の取れた行動に移ったら、防戦一方になります。盗賊の人数を考えると、街から増援が来る前に、捌ききれなくなかもしれない、と判断しました。
なので、まだ動揺しているうちに、遠距離攻撃で半数を落とし、かく乱させつつ、各個撃破!」
隊長さん(隊)「だからって、だからって・・・」
四日も拘束されたまんまだったし。持久力に不安がある。
「体力的にも自信がなかったし。短期決戦にしたかったんです」
「「「・・・」」」
「あの、団長? 我々はどうすれば・・・」
増援隊の一人から、声がかかる。盗賊の襲撃と聞いて急行してきたものの、敵はすでに戦闘不能になっている。混乱するのも無理はない。
団「あ、ああ。全員捕縛してくれ」
「えーと、一人が迅狼団と名乗ってました。それと、自分達がコンスカンタに来る直前で討伐した連中も仲間だと。その時の盗賊は、居合わせたマデイラの騎士団に預けてあります。あちらにも確認を採ってください。
ついでに、これ。他の盗賊さん達からの貰い物です」
団「・・・感謝する」
兵士さん達が、後始末のために動き出す。邪魔にならないように、その場から離れた。
すっかり日が昇っている。散歩という雰囲気でもなくなった。あーあ、つまんない!
街道の南側は、川縁もとい崖っぷちになっている。そそり立つ岸壁の遥か下に、濁流が渦を巻いている。川は、下流に向かって緩く左にカーブしていて、右岸の途中をコンスカンタの街壁が遮っている。街壁よりも下流の、やや川幅が広がった辺りの川の中央に、白い尖塔のような岩がそそり立っていた。
団「今のところ、あの壁より手前に光が到達した事はない。
さて、朝食の時間からだいぶ過ぎてしまった。王宮に戻らないか?」
そのとき、ふわりと石塔が光った。
確かに、ここには影響がない。
数度明滅したあと、元の岩に戻る。
「端から見れば、きれいですね」
デ「巻き込まれて気絶した人の言う台詞じゃありませんよ」
「そうですか?」
綺麗な物を綺麗といって何が悪い。
団「あれから、執務室にある書類を片っ端から調べてみたが、アルファ殿のいう「声」についての報告はなかった」
籠ってやっていたのは、調査だったんだ。
「お手数をおかけしました」
団「アルファ殿のように気絶した人は、数えるほどしかいなかった。いずれも三日ほど昏睡している。うち数人は、今まで通りの魔術が使えなくなっていたそうだ」
む。それは困る。
デ「昨日、客室であれこれいじってましたよね? あれは魔術でしょう?」
「いえ? いうなれば、なんちゃって魔導炉です」
「「「「は?」」」」
両手の間に魔力を溜めて、そこに素材を突っ込んで好みの形状に変形させている。どう見ても「術」じゃない。
団「・・・前大陸の失われた魔術・・・」
「そんな、大層な物じゃないです。自分、魔力量がちょっと多いみたいなので、試しにやってみたら出来ちゃった、みたいな」
ノ「そ、それじゃ、このナイフもそうやって作ったの? あのでたらめバッグに魔導炉をしまってたんじゃなくて?」
そのアイデア貰った。新しい収納カードが出来たら、魔導炉も作ってみよう。
それはともかく。
「でたらめバッグって、なんですか」
団「たしかに、でたらめだ」
「団長さんまで」
団「セレナでいい。壊れるとか言いながら、どれだけの物を取り出した? 種類も数も滅茶苦茶だ。あり得ない。でたらめで十分だ」
デ「問題はそこじゃないです。アルさん、魔術が使えなくなってたら、いえ、そうでなくても、もうハンターなんかやめましょうよ」
団「そうだ! 辞めるべきだ!」
「やです」
自分の住処は、まーてんだ。あそこにいる以上、狩が出来なきゃご飯が食べられない。
ノ「我々の安心のためにも、ね?」
「やです」
今世では、自分の思う通りに生きようと決めている。誰に、なんと言われようとも、やめるつもりはない!
団「・・・エストラダに、アルファ殿でも壊せないような頑丈な建物を造らせよう」
「何考えてるんですか!」
団「もちろん。アルファ殿の安全だ」
「自分の身は自分で守ります」
デ「だから、無茶だって!」
捕縛した盗賊達を乗せるための荷馬車が到着した。だけど、数人、場違いな人が乗っている。
侍女A「お戻りが遅いので、お迎えに上がりました」
自分に付けられていたメイドさん達とミハエル殿下ご一行だ。野次馬? 野次馬だよね。
ミ「もう、起きられてても大丈夫なのですか?」
「大丈夫も何も。目が覚めたというのに、無理矢理拘束されていたんです」
治「重病人は黙ってなさい!」
げ。ランガさんもいた。
団「私は、一度王宮に戻る。ゲーレン、後を頼む。・・・ゲーレン?」
隊「は。はっ。了解しました!」
隊長さんは、治療師さんを見たとたんに挙動不審になっている。泣かされたことがあるのだろう、きっと。
団長さんは、捕縛した盗賊達を馬車に乗せ、連行していった。増援隊の一部は、まだここに残っている。
そして、ランガさんが、ずいずいと自分に寄って来た。あやしい。
「ほーら、すっかり元気♪」
がすっ
「・・・なんで、殴るんですか」
治「絶対安静の重病人が、なんで大立ち回りなんかやってるんですか!」
重病人と呼ばわるくせに、扱いがおかしい。
「違います。正当防衛です」
「「「「同じだ!」」」」
治「とにかく! そこ座って! 診察するから・・・」
じりじりと後ずさる自分。
兄「何をしている? 怪我が悪化していないか診てもらわないのか?」
更に距離をとる。
侍女C「アルファ様?」
治「ゲーレン隊長。あそこの重病人、捕まえて」
隊長さんが手を出してくる前に、逃げ出した。
治「待ちなさい!」
「もー、やです! 変な薬の所為で、相棒達に嫌われちゃったんです。これ以上は、何もやらせませーん」
なぜか、鬼ごっこが始まった。
ミハエル殿下の護衛一同が、いち早くケチラ方面に展開している。山手には、メイドさん軍団。逃げ道は、コンスカンタの街しかない。でも、街門を閉じられたら捕まったも同じだ。
兵士さん達が、手にした刺股を振り回し、右に左に追いすがってくるのを、紙一重で躱す。
デ「お願いだから止まって!」
「やです! 止まったら捕まるでしょ!」
兄「怪我人が暴れるな!」
「追っかけて来なければ逃げません!」
ノ「だからなんで逃げるの!」
「ランガさんに聞いてっ」
そのランガさんは、何やら調合している最中だ。変な匂いもする。
冗談じゃない! 捕まってなるものか!
陽が高々と昇る頃。全員が疲労困憊していた。
真っ先に、フル装備で走り回っていた隊長さん達の部隊が脱落。次いで、メイドさん達が座り込んだ。彼女達も体力勝負の仕事ではあるが、炎天下で走り廻るのは慣れてない。ディさんとミハエル殿下も、突っ伏した。よく保った方だと思う。
しばらくして、増援部隊も沈黙。こちらは、赤棒で転がしまくったため。目を回して気分が悪くなったようだ。
残っているのは、お兄さんことウォーゼンさんとその仲間達とノルジさん。兵士さん達がいなくなった事で、逆に連携が取れるようになってしまった。
懸命に赤棒を振って、間合いを外す。だから、片目が見えないってのに!
「このっ。ちょこまかとっ!」
「そっちいったぞ」
「って、飛ぶな。蹴るな!」
お兄さんが自慢するだけの事はある。いままで対戦して来た中では、一番だ。でも、
「え?」
「お、おわああぁぁあっ!」
足下に、黒棒(全部)を転がしてやった。足を取られ、体勢が崩れたところを、手刀で落としていく。
お兄さんとノルジさんは、かろうじて、黒棒の急襲から免れていた。
兄「さすがにっ、強いな!」
ノ「ねぇ! もう、いいでしょ!」
そうですねっ!
一気に接近する。
「「え?」」
お兄さんの鳩尾に一撃。すぐさま振り向き、ノルジさんの右頬へ裏拳。
二人とも、気絶した。
ふーっ、ふーっ。
自分の息も荒い。やっぱり、持久力が落ちている。
治「ほら。無理するから」
「誰がさせたんですか!」
ロ「お姉様。喉が渇いたのではありませんか?」
ロージーさんは、鬼ごっこに参加していなかった。というか、どちらに付くか迷っているうちに、終わっていたんだろう。
馬車から降ろしていたバスケットを開けて、お茶を用意し、カップを自分に差し出す。
それを断り、ドリアードエキス入りのジュースを取り出した。次から次へと飲み干す。
治「ちっ」
ランガさんが、舌打ちしている。予想通り、何か混ぜていたようだ。油断も隙もありゃしない。
ジト目でロージーさんを見る。
ロ「あの。でも。お休みさせた方が良いとご指示が・・・」
「これ以上、変な薬を飲まされたら、ますます相棒達に嫌われるじゃないですか」
ロ「あうう・・・」
うつむいてしまった。
治「そうは言うけど、」
「ロージーさんまで騙くらかすなんて。この悪党」
治「そこまで言うか?!」
言いますとも。空になったボトルを投げつけてやった。カン!
やっと静かになった。
半日で、二連戦。お疲れ様でした。




