朝靄の中で
608
「・・・ランガが壊れていると言ったわけがようやくわかった」
「我々の手にも負えませんよ」
「振り回されていた方ですから」
「ここは、女将様にご指導願うしか」
「だが、その方をお招きしたとして、ここにある物はどうしてくれる!」
「どうしてくれると言われましても」
「預かっててください」
「要らん!」
「そうじゃなくて」
愚痴だか押し付け合いだか、分からない会話をしている。蜂蜜酒だけでは物足りないだろう。横から、ヘビ酒も差し出した。
団「まだ持っていたのか!」
「いいじゃないですか」
団「寄越せ」
あぐらをかいて、既に一瓶抱えている団長さんが、大瓶二本をひったくる。なんて男前な格好。じゃなくて。
「自分も一口」
ス「ダメです!」
「けちぃ」
団「あんたは、そこで好きなだけ作ってればいいんだ」
デ「それはまずいでしょ」
団「あんた達が持って帰れ」
ノ「要りませんよ!」
団「うちも要らん!」
ス「そうでした。アレ、下さい」
スーさんも、自分に手を伸ばす。シルバーアントじゃなさそうだし。アレって何?
団「なんのことだ?」
ス「酔い覚ましです。ください」
「二日酔い覚悟で、飲むつもりですか?」
ス「飲まずにいられません!」
「自分の快気祝いだというなら、一口ください」
ス「くれたら、あげます」
元は自分が出したお酒なんですけど? でも、いつまでも手を引っ込めようとしない。しぶしぶ、薬瓶を渡す。
ス「ふ、ふふふ。これで、だいじょーぶ」
団「何がだ?」
ス「アルファ殿のことですから、私達が寝ている間に逃げ出そうとするでしょう? そうはさせません!」
「しまった! その手があった!」
全員酔い潰しておけば、一人で脱出できたのに。あわてて取り返そうとしたけど、スーさんが隠してしまった後だった。
ス「アハハハハ! これで安心です! もう、じゃんじゃんいきましょう!」
団「よし。飲もう!」
ノ「かんばーい!」
デ「さいっこーっ!」
四人は、つまみも無しに酒盛りを始めてしまった。ちょっと、自分の一口はどうなったの。・・・無視された。くすん。
しかたなく、最後の「森の子馬亭」の料理を食べて、気を紛らわせる。
それまで眠らされていた反動か、全然眠くならなかった。朝までいろいろ作り続けた。団長さんが作れって言ったんだも〜ん。
魔力は、全然減ってない。・・・ランガさん、自分に何飲ませてたんだろう。
日の出前。
「ん。ん〜」
盾や部屋に持ち込んだ物の一覧と、それぞれの譲渡先を書き終えて、大きく伸びをする。
「すーさ〜ん、アレ〜、ください〜」
「どこにゃったかにゃ〜」
「はやく、うぷ」
「に、にがすかぁ〜」
酔っ払い達は、惨憺たる有様だった。酒瓶は、すべて空いている。全員、眠り込んでても良さそうなものだが、根性で目を開いている。王子さまと王子さまがそろっていながら、とてもそうは見えない。残念すぎるわぁ。
「散歩に行ってきます」
スーさんが、がばっと身を起こす。
「だめれすっ。っぷ、このくらいかにゃ」
あ。原液だよ? 注意する前に、カップにつぎ分け、煽ってしまった。残る三人もつられて煽る。しーらないっと。
「お、おああああっ」
口を押さえて、のたうち回る。
カップを回収して、控え室にあった水ですすぎ、水をいれて持っていった。
四人は、すぐさまカップを手に取り、一気飲みする。お替わりを持っていけば、それもすぐに飲み干す。しばらくして、ようやく口の中が落ち着いてきたらしい。
団「これは、効くな・・・」
ス「忘れてました・・・」
皆、涙目になっている。うーん。収納カードでダメになったのは、出し入れ機能だけか。中身が無事なのは、ほっとするやら残念やら。
「朝食前に、軽く街の中を散策したいんですけど」
デ「付いていきますからね」
「その前に、相棒達にも会いたいんですけど」
ス「出発はまだですよ?」
ノ「・・・その割には、装備が整ってませんか?」
「それは、あんなことがあったばかりですから。用心しただけです」
団「それだけか?」
「それだけです」
抜け殻服一揃いに、ポケットを増量した長衣、便利ポーチと二種類のナイフを取り付けたベルト、そして赤棒。
団「先日見た棒と色が違うな」
ス「いつものはどうしたんですか?」
「床が埋まりそうだったので。それも、要ります?」
団「要らん!」
「では。そう言う事で」
赤棒は、一本しか作っていない。取り出しやすかったから、これにした。
デ「それに・・・」
ベッドの上は、山が四つほど。百合のブローチ。ドラゴンのブローチ。腕輪やペンダントトップ。そして、オルゴールがいくつか。
「量だけでなく、質も目指してみました」
ノ「このからくりは?」
自分も、一つを手に取って、ハンドルを回す。すぐに、音楽が鳴り出した。
「晩に、ずーっと作ってましたよ?」
団「そうだったか?」
「そうです。ということで、適当に貰ってください」
団「要らないって言っているだろう!」
「持って帰れませーん♪」
そのまま部屋をでる。さて、厩舎はどこかいな。
ドアの両端に、侍従さんと兵士さんが二人ずつ立っていた。
「おはようございます」
「「おはようございます!」」
「済みませんが厩舎は・・・」
団「私が案内する。宰相、魔術師団長を呼んで、部屋の中の物について指示を仰いでくれ。
アルファ殿と朝食前に散歩とやらをしてくる。その間に、処理を頼む。こちらの客人は、用意ができたら、城門前にご案内するように」
侍「かしこまりました」
まだ鳴っている音楽に惹かれて部屋に入った兵士さんから、意味不明な悲鳴が上がった。
団「・・・無理もない」
「そうですよね」
団「分かっているのか?」
「お酒の空き瓶でしょ?」
デ「違うっ!」
「それじゃ、またあとで」
ス「お願いですから、逃がさないでください!」
団「わかっている。ゲーレン隊長に、完全装備で厩舎に来るように伝えてきてくれ。任務は要人警護。大至急だ」
兵「はっ」
兵士さんの一人が、駆け足で去っていく。三人は、侍従さんが客室に誘導していった。
「王宮内で、あんなに走り回っていいんですか?」
団「非常事態だ。やむをえない」
どこが、非常事態なんだ?
やっと厩舎に着いた。相棒達と、こんなに長時間離れていたのは初めてだ。でも、見た目、体調は良さそう。よかった。
「みんな、心配かけて御免ね」
相棒達は、最初は嬉しそうに飛びつこうとした。でも、途中で鼻をひくつかせると、自分から遠ざかってしまう。あれ?
「おーい。怒ってるの?」
オボロが、しきりに自分の鼻を手で撫でさすっている。ハナ達は、近寄ろうとしては遠ざかり、ぐるぐると歩き回るはめになっている。ムラクモに至っては、くしゃみし続けてるし。
「・・・」
団「どうした?」
「ランガさんはどこです?」
団「いきなりどうした」
「あの薬の所為で、相棒達が近寄れません。どうしてくれるんですか!」
厩舎にいた兵士さん達が、驚いている。
団「そうなのか?」
相棒達の隣の房にいるみどりちゃんは、やたらと頭を振っている。鼻水が止まらないらしい。
唯一、近づいてきたのは、人並みの嗅覚しかないトリさんだけだ。それでも、何かが気に入らないらしく、自分を突き回している。痛いって。
兵士さん「で、ですが。他の馬達は、普通の様子ですよ?」
「相棒達は、魔獣です。森の外の動物達より敏感なんです!」
自分は、多分、飲まされ過ぎて嗅覚がバカになってしまったのだろう。
団「と、とにかく。今は、外に出ないか? ランガには、朝食後、出頭するように連絡しておく」
ここで苛ついていても、仕事の邪魔になるだけだろう。
「・・・お願いします」
城門前でスーさん達と合流した。彼らも、旅装になっている。
ノ「・・・どうしたの? また、機嫌が悪そうだけど。はっ。みどりちゃんに、なにかあったの?!」
どんだけ、みどりちゃんラヴなのよ。
団「すまない。どうやら、アルファ殿は、染み付いた薬の匂いで、ムラクモ殿らが近寄ってくれなくなってしまった」
ス「え!」
「ええ。いいんですよ? 皆さん、自分を思って、あんなこととか、こんなこととか、いろいろ余計な事をしてくださったんですから。ぜーんぜん、これっぽっちも気にしていません」
「「「・・・」」」
薬が完全に抜けるまでは、ふかふかもふもふはお預け。相棒達に、無理強いはしたくない。あとで、ウサギのぬいぐるみを抱いて我慢しよう。
それでも、自分が散歩に行くと言ったら、厩舎から付いてきた。来てはいるが。
デ「・・・あんなに、離れちゃって」
「しょうがないんです。ムラクモ達はちっとも悪くないんです。仕方ないです」
後ろも後ろ、それも風上側に回って、そろそろと歩いている。あんなにも落ち着かない様子は、見た事がない。ちらちらと赤棒に目がいっているようだが、それは関係ない、はず。
「・・・無理しないで。厩舎に戻ってて?」
ス「私と一緒に戻ろう。もう少ししたら、匂いも収まるかもしれないし、ね」
団「三人、ついていってくれ」
団長さんの指示で、兵士さんも付き添ってくれる。五頭は、意気消沈していた。
ノ「・・・なんと言ったらいいのか」
「言わないでください」
それこそ、街ごと吹っ飛ばしそうだ。
団「あ、ああ。発光現象がいつ起るか分からない。散策は、やめた方がいい・・・」
「歩きたいんです」
団「・・・わかった。用心して、大通りよりも北側に、」
「歩きたいんです」
団「・・・街門の外なら圏外だ。その周辺にしよう」
隊長さんらしき兵士さんの先導で、無言のまま、東の街門に向かう。
開いたばかりの街門の向こうは、朝露がきらめいている。とても綺麗だ。深呼吸を繰り返し、爽やかな空気を胸一杯に吸い込む。・・・少しでも、薬臭さが抜けてくれますように。
思わず、赤棒を握りしめる。
「隊長さん。ディさんをお願いします。街門の兵士さん達に応援要請も」
団「どうした?」
「おバカさんが、のこのこと、やってきました」
やっと、やっと気分転換できると、そう、思ったのに。なんで、出てくる。今頃、現れる?
臭っさいおやじどもなんかお呼びじゃない!
やがて、自分の視線の先に、人影が現れた。三十人ほどの団体の中から、三人が不用心に近付いてくる。
「よう! 賢者殿! うまく、国盗り出来たみたいだな!」
今の台詞で、黒賢者関係者と認定。そうでなくても、盗賊丸出しな連中なので、八つ当たり決定。
隊長さん達は、相手に気付かれないよう、さりげなく円陣を組む。団長さんも、本気モードに入った気配がする。
「ああ? 怪我でもしたのか? べっぴんが台無しだ。ドジ踏むたぁ、あんたらしくもねぇ」
「初めまして。どこでお会いしたか、とんと記憶にないのですが、どこのどちら様で?」
あの黒賢者と自分の共通点は、髪の色くらいだ。髪型も、服装も全然違う。どこ見てるんだ?
「なんだよ。つれないなあ。俺とあんたの仲じゃないかよ」
自分の肩に手を回そうとするのを、一歩下がって退ける。そこに、団長さんが声をかけた。
団「今頃やってくるとは、ずいぶんと遅いじゃないか。大物ぶったつもりなんだろうが、残念だったな。
お前達の言う賢者は、七日以上も前に捕縛されている」
「なんだとっ!」
あわてて剣を抜く。それを見た後続連中も攻撃態勢に移る。
逃がさん!
手前の三人は、隊長さん達に任せよう。ディさんも含めれば十対三だ。負ける要素はない。
自分は、こちらをむいている男達の腹に、水晶弾を叩き込む。同時にダッシュ!
デ「あ、アルさん! 止まって!」
もう走り出してますって。
「げっ」
「がふっ」
「なんだ?」
「魔術か?!」
「逃げろ!」
数人が、気絶するのを見て、慌てだした。背を向けて逃げ出そうとする者もいる。
逃がすかって、言ったでしょーがっ!
更に加速して彼らの前方に回り込み、水晶弾を打ち出す。真っ先に逃げ出した男達は、うずくまり、動かなくなった。
「な、何が起ってやがる!」
「ぐはっ」
「あの女だ!」
「うぐぅ」
「畜生! やっちまえ!」
誰がやられるか。
残りは十五人。
あえて右に移動方向を変えて、包帯を巻いた側を盗賊達に見せる。
「へっ、わざわざ隙を見せて、っぎゃっ!」
どちらが隙だらけなんだか。調子に乗って近付いてきた男達の足元を、赤棒で思いっきり掬い上げる。結構な勢いで振ったので、数人は骨折してるだろう。そうでない男らは、受け身がとれないまま地面に落ちる。巻き込まれて倒れた者も含めて、起き上がって来る前に、踏みつけ、蹴り飛ばして気絶させた。
「このあまぁ!」
両側から振り下ろされる剣は、赤棒の両端で手首を打って、取り落とさせる。もう一人には、剣を握る両腕めがけて、回し蹴り。あら、いい音がしたわぁ。
「ぎゃああああっ!」
手首を押さえている二人も、赤棒で一撫でして沈黙させる。
戦うか逃げるか迷っている者は、第三の選択、水晶弾で眠らせてあげる。
逃げようとする者は、追いかけていって、襟首を掴み。
「んなぁああああああっ!」
「どわあぁぁぁあっ」
既に気絶している男達の上めがけて放り投げる。高い高い高ーい・・・どすん。下敷きになった人は、御愁傷様。
「なんなんだ。お前はなんなんだ!」
「ああ。名乗ってませんでしたね。猟師のアルファです」
「「「げえっ」」」
名乗りを聞いて、一瞬動きの止まった男達に、ボディブローや、首すじへの手刀を叩き込む。
「これだけの人数がいるなら、さぞや名の知れた一味なのでしょうに。その割には、手応えなさ過ぎ」
「馬鹿にしやがって!」
残っているのは五人。
「俺達ぁ、迅狼団だ。ここに居るのはごく一部だぞ。俺達に逆らって、生きていられると思うな!」
負け犬の遠吠えか。見苦しい。
「マデイラ側の街道で、安酒カッくらっていた連中なら、とうの昔に捕縛済みですよ?」
「「なんだとっ!」」
あーらら、簡単に引っかかってくれちゃった。
「というわけで、あなた方で最後です。踊ってくださいね」
「ざけんな!」
コンスカンタ一同には、それなりに意趣返しは出来ました。すっきりしたかと思いきや、災難のダブルパンチ。




