百宝千華
607
コンスカンタは、職人の街。加工済みのロックアントでも有効利用できるはず。
ふふふ。要らないって言っても、押し付けてやる。少しは自分の気持ちも理解できるようになるだろう。自分の在庫は減らせる。意趣返しも出来る。一石二鳥だ!
王宮要人達だけでなく、居合わせたメイドさん達も石化した。
ディさんとスーさんは、酸欠の池の鯉みたい。
宰相さんの返事を待つ。あれ?
団「・・・宰相?」
団長さんに軽く揺すられて、そのまま床に崩れ落ちた。おやまあ、気絶していたとは。
それを見た侍従さん達が、再起動もとい大騒ぎを始めた。どうやら、かなりの人が気を失っている。
「皆さん。お疲れのようですから、今夜はもう休んだ方がいいんじゃないですか?」
聞きつけた人は、そろって自分を見つめる。そして、一斉にため息をついた。
廊下の外にも応援を頼んだらしい。気絶した人、へたり込んだ人達が次々と運び出されて行く。残ったのは、団長さんとランガさん。と、メイドさんが一人。
団「・・・済まないが、なにか飲むものを用意してもらえないか?」
侍女B「・・・はい」
とぼとぼと控え室に向かう。
治「あんたなぁ」
ランガさんが、ようやく口を開いた。
「そんなところに座り込んでるくらいなら、さっさと休んでください」
治「誰の所為だ!」
ふん。自分は言いたい事を言っただけ。ショックを受けるなんて、これっぽっちも予想してなかったんだもんね。
団「あ〜。さっきまで執務室にこもってたので、まだ、事情がよくわからないのだが」
「自分はもっとわかりません。ランガさんに拉致監禁されて、ほとんどの時間を意識不明にされてましたから」
治「人聞きの悪い事言わないでください! 治療の一環です! 不用意にうろつく患者を保護していただけです!」
「で。自分が持ち込んだ道具をどうするかと聞かれたので、ここに捨てていく、と答えただけです」
治「ロックアントの盾をゴミ扱いするあんたがおかしい!」
「持って帰れないし、かさばるし。自分にとっては、邪魔でしかないので」
治「この変態!」
「そっくりお返しします。この人非人」
治「誰が人非人だ!」
団「待て待て待て。話が進まん。アルファ殿? 本当に、あの盾を置いていくつもりか?」
「あれは、盗賊制圧用です。森の中では、使えませんよ」
メイドさんが、お茶を淹れてきてくれた。
団「だが、あれほどの量を手放したら、アルファ殿は大損ではないか」
「また狩るだけですし」
のんびり帰る訳にはいかないだろう。隻眼になってしまったので、シーズンに入る前に、今まで通り動けるかどうかの慣らしが必要だ。加減が効かずに周囲に被害が出るかもしれない。場合によっては、相棒達をローデンに預ける事も考えておかないと。
治「狩る? 狩るって言った?」
「そう言いました」
放っておいたら、[魔天]が荒れ放題になっちゃう。
団「無理だ! アルファ殿は、片目を失ってしまったのだぞ?!」
治「あんた、バカですか? バカでしょ! 死にたいの?!」
二人掛かりで怒鳴られた。
「失礼な。自分は猟師です。狩られないで狩るのが仕事。手を抜くなんて論外です」
いざとなったら、蟻団子にすればいい。ヴァンさん達には渡せなくなるけどね。
治「ちがう〜そうじゃな〜い」
「だから、ちゃんと動けるかどうか確認したかったのに、縄でぐるぐる巻きにして無理矢理意識を奪って。この、変態」
治「・・・」
団「・・・アルファ殿の矜持は理解したつもりだ。だが、どう考えても無理がある。アルファ殿は、各地で報奨金などをもらっているはずだ。危険な仕事をしなくても暮らしていけるだろう?」
「自分は猟師。さっきから、言ってるじゃないですか」
[魔天]でパン屋を開いても、お客が来ない、もとい来られないでしょ。
団「・・・」
ランガさんだけでなく、団長さんまで黙り込んだ。判ってくれたのかな?
治「せめて、同僚と一緒に」
「あのですね。怪力自慢の勝手君をポイポイ出来る人と、一緒に狩が出来るようなハンターは早々いませんよ?」
治「・・・」
団「それなら騎士団で師範でも勤めれば!」
「もー、人相手の仕事はやりたくないです。けがさせたりとか、気を使うばっかりで疲れます」
「「「・・・」」」
逃げそびれていたメイドさんが、引きつり笑いのままフリーズしている。
「あの。皆さんの仕事ぶりを否定しているわけではありませんからね? ほら、人には向き不向きというものがあるんです」
侍女B「・・・お心遣い、ありがとう、ございます」
うーん。まだ硬いなぁ。
「済みませんが、自分のバッグをとってもらえませんか?」
今までは、混ぜるな危険、と言われて取り上げられていた。おかげで、縄を切る事も出来なかった。・・・咬みちぎってもよかったかな。
それは今更という事で。
ウサギのぬいぐるみを取り出す。
「いろいろとお世話になったお礼です。代表して受け取ってください」
人数分配れるものがないんで。さすがにナイフは物騒というか違う気がするし。
侍女B「・・・そんな、お受けするわけにはまいりません」
「なんででしょう」
侍女B「王宮内で、お客様にお怪我をさせてしまっているのです。わたくしどもが謝罪するのは当然ですのに、少しもわかってくださいません。まして、このような、こんな・・・」
あややや。泣き出しちゃった! なんで、どうして?
「だ、団長さん。どうしましょう」
治「ほらみろ。この人でなし」
侍女B「違いますわ! 違います・・・」
ランガさんにすがりついて、泣き続けている。
団「下がらせた方がいいだろう。交代のものがいたら、寄越してくれればいい。後は私が付いている」
治「・・・了解です。でも、逃がさないでくださいよ?」
団「承知した」
部屋の中には、団長さんと自分だけ。あの劇薬も無し。
便利ポーチのベルトに付けてあるナイフで、腰縄と足枷を切る。
ようやく一息つける〜。
ベッドから降りて、柔軟を始めると、団長さんが床に座り込んだ。先制攻撃だ。
「謝罪なら要りませんからね」
団「あ、謝らせてもくれないのか!」
「必要ないです」
団「くっ! だが、だがな?」
「ちょっとした運の悪さを、他人の所為にするほど子供じゃありません」
団「違うっ!」
うーん。感覚がずれてる。力加減が怪しいかもしれない。また、修行のし直しかぁ。こうなると、魔力テストは部屋の中ではしない方がいいか。壁をぶち抜いたりしたら、目も当てられない。
団「私はっ、騎士団長という職にありながら、失態をおかし、客人に」
「ならば、次に繋げればいいんです。生きているから、反省も出来る、やり直す事も出来る。そうでしょ?」
団長さんが、膝の上で拳を握りしめる。
団「反省するのは当然だ。だが、謝罪しないというのは、人の道に反する!」
あー、えーと、なんて言ったらいいんだろう。
「あのですね? その人が反省する態度こそ、自分への謝罪だと思っているので。それ以上の言葉は過剰というか、いき過ぎというか」
目がまん丸になった。
それでは、お礼返しはどれにしようかな〜。団長さんには、これでどうだろう。
蜂蜜酒を取り出す。ああ、三本しか残ってなかった。
団「・・・アルファ殿、それは、何か?」
「うーん。団長さんの謝意は受け取りました。ということで、仲直りのしるし?」
一本を開けて、さっきの香茶のカップに注いで渡す。
団「だから、中身は何なんだ?」
「ま、一杯どうぞ」
団「ぐ。だが、受け取ったら、もう謝れないじゃないか」
「お酒は嫌いですか?」
団「そうじゃない!」
勢いで、ぐっと煽った。よし。あれ、むせた。
団「がふっ。げほっ。きついぞ、これ」
「蜂蜜酒でーす」
団「アルファ殿は飲むんじゃない!」
自分の手にしていたカップだけでなく、酒瓶全部を取り上げてしまった。あの薬の口直しに欲しかったのに。けち。
「一口ぐらい、いいじゃないですか」
団「出血多量の怪我人が、飲んでいいものじゃないだろう」
「もう、傷は塞がってますから」
団「ダメと言ったらダメだ!」
あ、あらら。手酌で開け始めちゃった。
まあいいか。今のうちに、使ってもらえそうなものを全部出しておこう。
ベッドの脇に、いろいろと取り出し始めたのを見て、団長さんが半眼になる。
団「何をしている?」
「どうせ、あれやこれや貰わされる事になるんでしょ? その返礼になりそうなものを渡しとこうと思って」
団「要らんわ!」
「分かってくれます? 自分は要らないって言ってるのに、みんな勝手してくれて。迷惑してるんですよ。本当に」
団「違うだろうが。それらは、アルファ殿の行為に対する正当な報酬だろう?」
「本人が要らないと言っているんです」
団「ああもう。そうじゃなくてな!」
王様には、水晶(特大)。ランガさんには、トレント紙、特盛り。そして、
団「だから、何を出している?」
控え室に積み上げたものを見て、団長さんの声が尖った。いや、こっちの客室には、立派な絨毯が敷き詰められている。そこに硬い物を置くのは躊躇われたから、なんだけど。
「組合長さんに渡してください」
団「だから、それは何だ?」
一見、畳大の銀色の金属板。而してその実体は。
「シルバーアント。板状に成型してあります」
団「な、な、な」
「他所では、この形状だと渡しにくいんですが、コンスカンタの職人さん達なら問題ないですよね?」
団「大有りだ! 持って帰れ!」
「無理でーす。自分のバッグ壊れましたから♪」
団「なら出すな!」
「この際なので、荷物の整理に協力してください」
団「断る!」
でもねぇ、盾に加えて、この物量。レンキニアさん謹製の新型マジックバッグでも、収めきれまい。ふふふ。勝った! とどめだ。
革や毛皮の山を、もっさりと。
「こっちは、商工会長さんに。モリィさん達に食べてもらった食材代とか、解体所の借り賃とか、一切払ってませんでしたから」
団「・・・もう、勘弁してくれ。悪かった、謝るから」
あ、でも、メイドさん達へのお礼がまだだ。ぬいぐるみは受け取ってくれなかったし。
「少し、こっちの板を貰います」
団「アルファ殿のものだろうが!」
シルバーアントの板を、抜け殻ナイフで棒状に切断する。数本切ったものを持って、団長さんの前に座った。
団「何をする気だ?」
なんか、声が疲れてきたな。
「もう、夜も遅いですよね。寝てください」
団「だめだ。ランガに見張りを頼まれた」
よく見れば、蜂蜜酒の酒瓶一本が半分空いている。気に入ってくれたようだ。よかった。
団「違う! 飲まずにいられる状況か? これが!」
やけ酒だったようだ。
シルバーアントの棒を、短くしていく。適当なサイズを手に取り、変形。・・・一安心、なんとか操作できてる。あとは、術弾が使えるかどうかだ。
団「・・・どうやった?」
「まあ。自分の魔力を使って?」
百合の花に似せたブローチを作っていく。侍従さん達にはドラゴンデザインで。これなら、受け取ってくれるだろう。
出来上がったものは、踏みつけないように、ベッドの上に放り投げていく。
女官長さんには、もう少し凝ったデザインにしてみた。うーん。いいのかな、これで。
団「なあ。もしかして、あの盾もそうやって作ったのか?」
「そうですよ〜。これ、女官長さん、気に入ってくれると思いますか?」
団「そのまま、宝物庫に直行だ」
「ただの飾りですよ?」
団長さんは、がっくりとうなだれてしまった。
そっと、ドアを叩く音がする。メイドさんが来たのかな?
開けてみれば、復活した三人衆だった。明日出発でしょうに、寝てなくていいのか?
ス「だめです。もう目を離しておけません」
デ「心配で心配で心配で・・・」
ノ「大人しく、してました?」
団長さんが、スーさんにつかみかかる。
団「この人は、何なんだ? 何でこうなる! もう、なんとかしてくれ」
終いには、泣きが入った。
「コンスカンタの皆さんに、お世話になったお礼を渡そうと思って、並べてたところです」
団「だから! 要らないって言っているだろうが!」
「出しちゃったものは、しまえませーん♪」
団「あんたんとこの人なんだから、責任とってどうにかしろ!」
ちょっと、仮にも王子様ですよ?
ディさんとノルジさんが、物を確かめている。だんだん、眉根が寄ってきて、手先も震えてきた。
デ「なんなの。この魔導紙の山!」
「ヌガルへの報告書に使ってもらおうと思って」
ノ「こ、これ、これ。全部、魔獣の、革」
「ウサギのも混ざってますよ?」
団「この、ベッドの上の物は、私の目の前で、作られたんだ。材料は、あの板から切り出してきて」
ノルジさんが、控え室の板を叩いている。
ノ「・・・金属じゃないですね。それに、軽い・・・。あるふぁさん?」
「ガーブリアでも使いますか? それ、シルバーアントです。保管もしやすいし、運搬も楽でしょ」
団「違うっ!」
ノ「シルバーアント?!」
デ「何に使えって言うんですかそんな物!」
「ほら。自分のバッグ、壊れかけですし。帰る途中でばらまいたら大変でしょ? 出来るだけ整理しておこうと思って」
団「さっきと言っている事が違う!」
「いいじゃないですか。今更、目の前から消えるわけじゃないですし」
団「だからもう出すな!」
女官長さん用のブローチには、もう一手間加えたい。水晶弾を出す。結構残ってるな。帰路には、足りるだろう。長衣のポケットにしまう。そのうちの一つを、抜け殻ナイフで半分に割った。
「「「な?」」」
牡丹の花の中央に水晶をおいて、花弁を大きくしてみた。ちょっと派手かな? まあ、いいか。宰相さん用は、胴の部分を水晶に置き換えたドラゴンにする。
「どうでしょう?」
ス「その、透明な石、なんですか?」
「水晶です」
ノ「げっ」
団「硬いよな? 硬いんだよな?」
デ「アルさん、冗談でしょ? ね?」
「ディさん達も一個ずつどうぞ。後で、存分に確かめてください」
指で弾いて渡したら、投げ返された。
デ「い、いいいい、要りません。欲しくないです。遠慮します」
「だって、物がなければ水晶かどうか調べられないでしょ?」
ス「分かりました! 水晶なんですね? はい、そう言う事でいいです」
うーん。まあ、確かに、弾一つじゃ見栄えも良くない。
リハビリがてらに、もっと作っちゃえ。
水晶弾を咥えた龍。水晶の花を咲かせる蔦。二枚貝の中から真珠のように顔をのぞかせている水晶。ブローチだけでなく、腕輪やペンダントトップも作ってみた。
こんなもんかな?
「ディさん達はどれがいいですか?」
あれ?
いつの間にか、自分に背を向け、四人して酒盛りを始めていた。
自棄になっているわけではありません。主人公は、あくまでも通常運転。
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水晶
硬い。この世界でも、加工するのは大変な手間がかかる。ゆえに、整形された物は高値で取引される。四人はそれを知っているので、パニックを起こした。
ちなみに、ダイアモンドはほとんど知られていない。入植直後の混乱で、加工技術が失われてしまったため。




