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心望・遠慮(しんぼう えんりょ)

605


 次の見舞客も待っているから、と言われて、スーさん達は部屋を出て行った。


 なんとかして隙を見つけて、モリィさんが到着する前に脱出しなくっちゃ! なんて、算段をしているうちに、本当に、次の客が来た。スーさん達を部屋から追い払う口実ではなかったのか。


 入ってきたのは、国王陛下とレンキニア魔術師団長さんだった。


 でもって。


 ベッドに括り付けられている自分に向けて、二人そろって深々と頭を下げた。


「ちょ、ちょっと! あの、ですね? 国王陛下が平民なんかに頭下げたりしたらまずいですよ!」


 敬語もへったくれもない。他国の人に見られたらどーすんのって、自分がそうだわ。


「コンスカンタ国の危機を救ってくださった英雄殿に、我が国の者の不手際で深手を負わせてしまった。しかも、ご自分でお持ちになられた薬がなければ、治療もかなわなかったと、ランガから報告を受けている。私の頭を下げたくらいでは、詫びにもならない。誠に、申し訳なかった!」


 さらに頭が低くなる。よく見れば、部屋にいる人たち全員が、頭下げたり平伏したりしている。


「や、ややや、やめてください! 今回の怪我は、自分の不注意なんで」


「「「「とんでもない!」」」」


 それから、あの事故前後の詳しい状況を説明してくれた。


 団長さんは、まずは、三人組の所持品リストをそれぞれ検分した。特に、魔力増強薬らしきものを探したが見つからない。実物をさらってみたところ、その薬は、蒼騎士君が隠し持っていた。


 なぜ?


 1・黒賢者から預かっていた。

 だが、魔法陣が書かれた魔導紙は、すべて黒賢者が持っていた。それらを増幅させるための薬を本人が持っていないのはおかしい。


 ならば。


 2・黒賢者に、それと知らせず飲ませていた。

 黒賢者は、強力な魔術を使う事にこだわりを見せていた。また、青騎士君は、彼女の望みを叶える事、彼女の役に立つ事を優先させていた。行き過ぎた盲従が暴走した結果、だとすれば。


 さらに。 


 3・蒼騎士も服用している。

 どんなに役に立つ薬でも、人に合う合わないがある。あれだけ黒賢者に気を使っている蒼騎士君なら、己の体で薬の危険性を確かめようとしたかもしれない。

 ギルドハウスで拘束し、入牢させる前に魔力の簡易検査を行った時は、常人レベルではあった。しかし、常人が禁薬を使用した場合の副作用は未知である。極端な興奮状態になった時、暴発しないとも限らない。


 3、については、あくまでも推論ではあったが、可能性はゼロではない。危険性を知らせるため、急ぎ特別房に向かった。


 その時には、事は、始まって、終わっていた。


王「貴女の言う蒼騎士は、もはや手遅れだそうだ」


治「魔力除去薬を与えましたが、もう、まともに話す事も出来なくなっています」


術「細いろうそくの火は、全体に火をつける事で瞬間的に大きくはできても、すぐに燃え尽きてしまう。そう言う事でしょう」


「つまり、蒼騎士君は、黒賢者の激高ぶりに触発されて、思わず魔術を使ってしまい、成功はしたものの素質の乏しいところで無理を通したため、本人は壊れてしまった、ということでしょうか」


治「おそらく。これで、薬の入手先もわからなくなってしまいました」


 自分を寝かしつけている間に、再度、勝手君と黒賢者の尋問を行ったが、二人とも、薬の存在すら知らなかったそうだ。

 蒼騎士君は、すべての秘密を抱えたまま、一人逝ってしまうのだろう。蒼騎士君の、卑怯者! 先に、こいつを締め上げておくべきだったーっ。


術「それよりも、なぜ体で止めようとしたんですか! アルファ殿なら、いくらでも魔術が使えたでしょう?」


「慌ててたもので」


王「どういうことです?」


 便利ポーチがいつも通りに使えなかったことから、攻撃手段の選択を間違えた、と簡潔に言う。


治「だからって、だからって!」


術「・・・そんな、賢者殿が、ありえない」


「皆さんが、なにを見ているのか、聞き込んでいるか、知りませんけど。自分、こんなもんですよ? 

 術具の使い方も黒棒の使い方も、ただただ練習を続けて、ようやく、なんです。今までは、運良く怪我をすることがなかっただけですよ」


 自分は、要領が悪い。


 今世でも、馬鹿力と頑丈な体と桁外れの魔力はあっても、器用さまでは授かっていない。実際、黒棒の修行で爆散させたエルダートレントの本数は半端ないし、三百年以上修練を続けても、術具がなければ、ほどほどの威力の魔術行使はかなわなかった。


 例えば、あの場で、術弾を使わずに結界を張っていたら、『重防陣』と壁との間で押しつぶされて、全員ミンチ。『瞬雷』なら、骨まで黒焦げ。間違い無し。これを不器用といわずになんと言う!


「いつもと勝手が違えば、判断ミスもするし、怪我もする。たいした存在じゃありません。

 だから! 賢者も英雄もお腹一杯胸一杯で吐き気がするのでやめてください!」


 魂の叫びだっ!


 しーん。


治「・・・なんで? 今の話の流れで、そういう結論になるんですか?」


王「・・・そうだな。何故だと思う?」


術「わ、私に聞かれてもお答えできませんよ!」


 侍従さん達にも矛先は向けられた。が、おたおたするだけで、答える人は誰もいない。


 自分に言わせれば、なんで、と返される方がなんで? なんだけど。


 おほん。


「騎士団長は、自主謹慎している」


 王様が、強引に話題を変えてしまった。ちぇっ。


「まだ、街の復旧も終わってないのに。いいんですか?」


王「えいゆ、じゃない、アルファ、殿、に申し訳が立たない、会わせる顔もないと言って、執務室に籠城してしまった」


 はい?


治「部屋の中から鍵を掛けてるんで、眠らせたとしても外に連れ出せなくて」


術「扉が破れなくて、しかたなく書類をやりとりするための小窓を強引に作った、というか切り抜いた。そこから食事も差し入れているんだけど、頑として出てこようとしない」


 室内の家具で、バリケードでも作っちゃったんだろうか。


王「騎士団の采配は最小限しか手を出してない。今は、副官や各部隊長にほとんどの権限を委譲させている」


 職務放棄とは言わないの?


術「エストラダ魔道具職人組合長も、ひどく落ち込んでいる」


「え、えーと。客人に、それも歳若い女性に、体を張って命を守られたとは、男として何たる恥か、とか」


治「よくわかりましたね」


「まあ、何となく」


 でもねぇ。


 生きているから、愚痴も言える。プライドなんてちっぽけなものは、猪にでも食べられてしまえ! とにかく、自分も彼も生きてるんだから、問題ない。


「自分の修行不足の不始末の自業自得ですから、気にしないよう伝えてください」


治「だから! なんでそうなる!」


 怒られた。


治「陛下! やっぱりこの人、変です。おかしいです。話が通じません。重病人です。重篤な症状を患ってます。懇切丁寧かつ根本的治療が必要です!」


 ひとを指差して、見当違いの非難をするんじゃない。きっちり反論ささせ貰おうじゃないの。


「自分は普通です。並です。一般人です。王宮の方が変なんです。ぽっと出の助っ人に大仰すぎます。自分とは水が合いません。なので、とっとと退出します」


 だから、この縄切って。


治「違ーうっ!」


 なんとなく、自分と会う人は、よく絶叫している、と思う。なんでだろう。きっと、気が合わないんだろう。相手に無理はさせたくない。だったら、自分から会わないようにするのが親切というものだ。


 だから、この縄切って!


 ・・・誰もほどいてくれなかった。


 王様達が、変な顔をしたまま部屋を出て行った後。縛り付けられたまま、手を変え品を変え口をこじ開けられ、病人食を食べさせられ、また、あの薬も飲まされた。


 バタン、キュ〜。




 翌朝。


 愛想笑いのネタも尽きた。不機嫌どストライクな仏頂面で、治療師さん達を迎える。


治「調子はどうですか?」


「良いわけないでしょ。ほどいてください」


 拘束具合が、さらにグレードアップしていた。胴とベッドが縛り付けられているだけでなく、足縄まで追加されている。これで気分上々だったら、正真正銘の変態だ。


治「バラディ殿から、アイデアを貰いました。もー、こうでもしないと、あちこちふらつき回って、また怪我したり怪我したり怪我したり」


「しません!」


官「皆様、道中に必要な荷物をそろえているところでございますわ。アルファ様は、準備が整いますまで、こちらでお休みになっててくださいまし」


「だったら! 自分も手伝いますっ」


「「「だめだめ」」」


 メイドさん達までそろって駄目出し? ヒドいわ。


「もう一つ。今の視界に慣れておかないと、とっさの時に対応できないじゃないですか!」


治「コンスカンタからも護衛要員を増員するから、問題ないね」


「どこに、そんな人を雇う予算があるんですか?」


 街の復興が、最優先でしょうに。ああ、自分が払えばいいか。預金が減らせる。コンスカンタでは、人手不足になるだろうから、その分、増額、大盛りで。


官「あらあら。盗賊の討伐報酬には足りませんわよ?」


「要りません!」


治「そう言うと思って、エストラダ組合長をけしかけました」


 ん?


官「アルファ様の術具を改良されますのに参考になりそうな資料本とか、各種魔道具ですとか。組合員総出で街中から収集しておりますわ」


「何のために!?」


 そういうものは、研究熱心な魔道具職人さん達や本当に必要な人に渡すべきでしょーが。それに、職人さん達。発光現象で使えなくなった魔導炉を立て直さなくていいの?


治「名誉挽回! とか言って、張り切ってるから。止めても無駄」


「だいたい、どうやって持ち帰れと?」


 自分の便利ポーチは、使用不可だし。ムラクモの馬車は、野営道具でいっぱいだし。というわけで受け取り拒否!


術「まーかせてっ!」


 レンキニアさんが、唐突に自己主張する。手にしていた背負いカバンを自分に押し付ける。

 先日の『拡声』用術弾工作の時には、なぜかメンバーには加わらなかった。その間に、何していたのか? たぶん、これだ。


術「これこれ。私の自信作なんだよ〜。従来の魔法陣に、街道馬車に使う軽量化の魔法陣も組み合わせて、新式のマジックバッグの魔法陣を作り出す事に成功したんだ〜っ。容量は、大型馬車三台分ぐらいまで入るし。さらにさらにっ! ほら、アルファ殿が言ってた、「使用者限定」の仕組みはここ、ね? 別の魔法陣を付けて、こっちの鍵がないと開かないようにしたんだよ。すごいよね。私、偉いよねっ!」


 怒濤の勢いでまくしたてるレンキニアさん。ちょっと待て!


「自分、教本に載っているような魔法陣は、ことごとく使えなかったんですが?」


 そんだけの容量のマジックバッグは、滅多に使える人はいないとも聞いた。


術「だいっじょーーーーぶっ!」


 胸を張り、天井を見上げ、大声で叫ぶレンキニアさんに、思わず耳を塞いだ。


治「うるさい」


 ランガさんは、控えていたメイドさんからお盆を借りると、おもむろにレンキニアさんの後頭部を殴りつけた。


 くわん!


術「・・・はっ。失礼しました」


 殴り倒さなくても、正気に戻れるんだ。


治「病人の前だぞ? もっと静かに出来ないのか?」


術「はうっ」


 空の薬瓶をレンキニアさんの目の前で振っている。何か、薬にトラウマでもあるのかな。まあ、ランガさんなら、やりかねないか。泣かせまくっているって聞いたし。現在進行形で、自分、被害者だし。


術「え、ええと。ですね。容量拡大と軽量化の複合魔法陣の維持には、魔石を使いました。これも、アルファ砦を参考にしまして。それで、出し入れする操作自体が、こちらの指輪に付けた魔石、ちゃんと術式が入ってますよ? それを持ってる人だけが行える、という代物なんです。ということで、試してみてください」


 説明しているうちに、薬の事は忘れたらしい。目に光が戻ってきた。この人、単純でいいな。


 侍従さん達の手で、出しっぱなしになっていた自分の本が、枕元に積み上げられた。膝の上には、マジックバッグと指輪が転がっている。


 ここで手を出したら、要らないものを山ほど押し付けられるのが目に見えている。だけど、だけど。魔道具というか、術具というか、・・・調べてみたい!


 レンキニアさんを初め、部屋に居るメイドさん達も侍従さん達も、わくわく顔で待っている。じーっと、見てる。まだ見てる。


 う、ううっ。・・・ちょ、ちょっとだけなんだからねっ。


 フタの長さが半分になった薄型ランドセル、と言えばいいのか。指輪をつまんだ手で、フタをめくる。バッグの口は、植物図鑑の厚みと同じくらいの幅しかない。


術「指輪をつけた手でないと入れられませんよ〜」


 しぶしぶ、右手に嵌める。薬指がちょうどいい。一冊、手に取り、バッグの口に差し込む、と吸い込まれていった。更に、数冊入れてみる。


術「取り出したいものをイメージして、手を突っ込んでください」


 指示通りにやってみると、目的の本が手に収まった。


術「ほらぁ。使えたじゃないですかぁ。ああ。やっぱり、私って偉いっ!」


「他の人にも、試してもらったんですよね?」


術「いいえっ! それ、できたてほやほやです! アルファさんは、二人目の試験者です!」


 思わず、バッグを叩き付けた。


「実験台ですか!」


術「あああ。完成品を、あこがれのアルファ殿に使ってもらえたなんて、なんて幸せ者なんだろう。うふ、うふふ、うふふふふふ」


 だめだ。トリップしちゃった。


 くわんっ!


 またも、お盆が炸裂した。もう、そのお盆、ゆがみまくっちゃって使えないんじゃないの?


術「はっ!」


治「説明は、もう終わったか?」


術「あ、いえ。注意事項があります。二つの魔法陣を維持する魔石は、最大容量を毎日出し入れして、三年は持つ、と計算しています。それで、魔石が摩耗してしまったら、・・・すみませんが、交換する必要があります。最も、私に連絡していただければ、すぐにでも用意します。

 そうだ! その時には、更に改良したバッグを作っておきます! そうしましょう!」


 要らないって。


「魔石ってどこに付けてあるんですか?」


術「一つはその指輪です。もう一つは、バッグの内側の底になります。完全に摩耗してからでないと交換できないようにしましたっ」


 指輪をまじまじと見る。直径半センテほどの、紫色の石が付いている。石、というより宝石? アメシストみたい。リング本体も、ミスリル合金のような感じがする。


「・・・これ、ただの魔石じゃないですよね」


 ローデンのギルドハウスでみた魔石も、魔力さえ感じなければ、ただの石にしか見えない。まーてんにいたっては、ただの岩山だ。


術「ご存知でしたか! 魔包石まほうせきあるいは封玉ほうぎょくと呼ばれているものでして、宝石としての価値もあります。陛下のお許しを得て、王宮宝物庫からいただいてきましたっ」


「・・・バッグの底の、も?」


術「もっと大きいですよ?」


 指輪を抜き取り、レンキニアさんに投げつける。


「要りませーん!!!」

 宝船か〜、宝石箱か〜。

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