復活未満
602
客室の天井は、光量を落とした魔道具で、ほの暗く照らされている。たくさんの人が、描かれているのが見えた。どういうテーマなんだろう。
それはさておき。
光に触れた一瞬に、響いた声。懐かしい、忘れられない声。
アンゼリカさんのところでも聞いた気がする。まーてんの山頂でゴロゴロしているときのようなぬくもりとも異なる、ふわりとした暖かさ。
入植当時から、周期的に起きていた現象だというなら。そんな昔から続いていて、当初から彼女の『声』がしていたなら、・・・もう、生きていないのかもしれない。
いいや。まだ、決まったわけじゃない。なにも判っていないのだから。諦めるな、自分。
— おねえちゃん! 逝かないで!
また、聞こえた気がした。
ふっかーつ!
いつも通り、日の出前に目が覚めた。もし、また三日寝てた、なんて事だったら落ち込む。それ以上に、アンゼリカさんのお説教が怖い。
侍女B「お早いお目覚めですね」
「おはようございます。よく眠れました」
侍女A「それは、よろしゅうございました」
昨晩、寝る前にいたメイドさんとは、途中で交代したようだ。しかし、いくら眠りこけてたとはいえ、全然気付かなかった。彼女達は、隠密スキルでも持っているのかな?
侍女A「申し訳有りません。まだ、アルファ様の厨房の用意が整っておりません」
「連れと同じで構いませんが?」
侍女B「治療師殿から、特製メニューを召し上がっていただくようにと、指示を承っております」
侍女A「朝食前に、問診に来られますので、今しばらくお待ちください」
そつのない指示に逆らい様もない。恐るべし。
そうだ。
「そちらのテーブルを使っても構いませんか?」
多分、客人に出す前に食事の体裁を整えるためのテーブルだろう。ちょっと大きいところがいい。
侍女B「どうぞ」
便利ポーチを点検する。うーん。なんとまぁ。
「すみませんが、いろいろと、伝言をお願いできませんか?」
「「何なりと」」
いつものメンバーと、団長さん、組合長さんに、言付けを頼む。
返事を待っている間に、治療師さんがやってきた。
治「・・・理不尽です!」
問診が終わったとたんに、食って掛かられた。なんだなんだ?
「何が、でしょうか」
治「なんで、一晩でけろっと治っちゃってるんですか。私の存在意義がなくなってしまうではありませんか!」
いいがかりだぁ。
治「昨日、目が覚められた直後は酷い衰弱状態で! 少なくとも五日は絶対安静が必要でしたっ! それが、どうです? すっかり元気になっちゃって。握力などの体調も、全く問題無し。なんなんですか! フェライオス殿からは、なにかと非常識だとはお聞きしてましたが、体調まで規格外って、ありですか?! ないでしょう!」
ちょ、ちょっと!
団「伝言を聞いてきた。って、お前、なにやってるんだ?」
「と、止めて・・・」
団長さんが部屋に入ってきた時、自分は、治療師さんに肩をわしづかみにされ、前後に揺さぶられていた。メイドさん達は、気の毒そうな顔はしてても見て見ぬ振りだ。
団「あ、ああ。こらこら、ちょっとは落ち着け。相手は病人だぞ?」
治「こんな変な人、病人なんかじゃありません。せっかく、あれこれ薬を調合してきたのに、一度も試せないまま勝手に完治するような人! 知りませんったら知りません!」
自分を変人認定した揚げ句、おいおいと泣き出した。それより、その調合した薬って、やばいもんじゃないよね?
団「体調が良くなったのなら、いいじゃないか」
治「私はなんにもしていません! させてもらえなかったんですっ!」
があっ、とわめくと、またも号泣する。
団「そ、そうか。それなら、アルファ殿は、治療師泣かせと呼ばせてもらおうか、な?」
「やめてください」
団「だが、こいつは患者を泣かせる事はあっても、泣かされた事はないのが自慢だと言っていたんだ」
どういう自慢だ。
せっかく作った特別料理だから、ということで、客室に運ばれてきたそれを朝食にいただく。治療師さんは、まだぶつぶついっていた。
「そういえば、盗賊達の卒倒の件、何か判りました?」
治「おそらくは、睡眠薬の副作用、だと思われます」
切り替え、早いなぁ。それより、聞き捨てならない言葉が。
団「どういうことだ?」
治「卒倒、というよりは即座に眠り込む、と言った方がいいでしょう。昨日の朝までに解毒薬を飲んだものは、症状が現れていません。また、一度倒れた患者は、解毒薬を与えた後も、再発しました。
推論ですが、アルファ殿が使われた眠り薬は、投与後、一定期間内に解毒薬を飲ませなければ、ちょっと興奮しただけで気絶する体質になる、そういう副作用がある、と思われます」
ジト目で、自分を見てくる。
あ、うーん、しょうがない。
薬草辞典を取り出す。一緒に、同じカードの中の他の本も現れた。
「この本の、ここ、この項目にはその副作用は書いてありません」
治「・・・本当ですね。ご存じなかった、んですか」
だから、自分は無実。だよね? ね?
「そうなんです。ということで、どうしましょう」
治「どうしましょうって言われても。まあ、使った相手は盗賊ですし、死んでいるわけでもないので、・・・放置です」
「・・・いいんですか?」
治「いいんです。なに、治療と称して、いろいろと試させてもらいますから」
マッドサイエンティストがここにもいた。
「せめて、出版元には、一部始終を報告してください」
治「アルファ殿から、連絡されればよろしいでしょう?」
「だって、その仮説はあなたが言われたことですし。お願いします。自分も署名しますから」
治「・・・しかたありませんね」
手紙用の紙とペンを融通してもらう事にした。事が事だから、魔導紙に直筆サインで内容証明、というか本人確認にしてもらおうかと。高いんだよね。一枚、いくらだったかな。
団「アルファ殿? なぜ、他の本も出したのか? これだけ取り出せばよかったんじゃないのか?」
「あー、昨日の副作用と言いますか。術具が劣化、したのだと思います」
本を入れていたカードは、すでに消失している。
治「え? どういうことですか?」
「自分は、この、カード状のマジックバッグを使ってました。今までは、中身を一点ずつ取り出せたんですが。見ての通り、全部吐き出した揚げ句、壊れてしまいました」
困った。
団「そのカードとやらを作りなおせばいいじゃないか」
「それが、かなり特殊な素材を自分で加工して使ったものなので、一からそろえるには時間がかかります」
新しいカードを作るには、エルダートレントの布と裁縫道具一式を取り出さなくてはならない。裁縫道具、は、まだいい。だけど、エト布は、数十反もある。こんなところで、店開きは出来ない。恐ろしすぎる。せめて、丸一日は、余人の入り込まない誰にも見られない場所を確保しなければ。
でも、ディさん達が見逃してくれるとは思えない。下手な口実を付ければ、逆に一日中張り付かれてしまう。
ここで手に入る材料では、多分、だめだろう。以前、魔獣の革でリュックを作った時は、術式を書き込む過程で爆発した。爆発です、爆発。エト布がすごいのか、自分の術式がめちゃくちゃなのか、・・・両方だろうな。
便利ポーチには、人に見せられない稀少品がごろごろしている。もしくは、見た人達を仰天させてしまうほどの、溢れんばかりの物量が収められている。ということで、劣化した便利ポーチは、一部を除けば人前では使えない。
組「おはよう。どうした? なにがあった」
組合長さんがやってきたので、もう一度、便利ポーチの劣化の話をする。素材は、[魔天]のトレント変異種から採ったと言ってある。エルダートレントは、まーてん周辺にしか生えてないトレント。ほら、嘘じゃない。
組「・・・そんな材料があったとは知らなかった」
なんか、くやしそう。
団「ところで、今日の尋問は、どうする? その、アルファ殿の術具は、もうないんだろう?」
組「あ! 野郎どもも、楽しみにしてたんだ。あー、どうすっかなー」
頭をかきむしる組合長さん。
一昨日の公開処刑、もといお笑い劇場で、設定済みの『拡声』の術弾は使い果たしている。未設定の種弾・骨弾も、昨日の黒賢者の尋問で使ってしまったし。
あの発光現象さえなければ、昨晩のうちに術弾の追加分を作る予定だった。
「魔獣の牙とか、爪とかで代用できますけど」
組、団「「本当か!」」
「ただし、下準備が大変ですよ?」
組「やる!」
団「あの野郎にも手伝わせる。何をすればいい?」
「術具の必要数だけ、大きさをそろえて真球にします」
「「「・・・」」」
後ろで聞いていたメイドさんから、声が上がった。
侍女A「あ、あの、申し訳ありません。もう一度、手順といいますか下準備に必要な物を教えていただけますか?」
「魔獣の牙や爪を、大きさをそろえた真球に加工します」
「「「「「どうやって!」」」」」
室内に絶叫が谺した。
後から合流したディさん達とも相談して、今日はまだ体調不良で臥せっている事にした。その間に、出来る数の術弾を準備する、ことになったんだけど。
口実が口実だから、自分は部屋から出るわけにもいかない。ということで、手先の器用さで選ばれた魔道具職人さん達が、客室に呼び集められ、床に座り込んで作業し始めている。
魔獣素材を扱えないメイドさん達は、「お手伝いできずに申し訳ありません!」を繰り返すので、後片付けをお願いした。
また、大喜びで飛びついてくると思っていたレンキニアさんは、「忙しいから!」といって参加しなかった。・・・きな臭い匂いがする。
作業開始前に、「変なナイフ」を大放出した。職人さん達全員が握ってもまだ余る。ディさん達にも一本ずつ譲った。
いい道具があれば、作業もかどる。なにより、手を怪我する心配がないのだ。
ノ「なんで、あんな早さで削れるの?」
ス「他の人の三倍は作ってますよね」
「死ぬ気でやれば、たいていのことは何とかなります」
そう、真球に削るだけならなんとかなる。だけど、『拡声』は、ペア、ないしは一対多の組み合わせだ。サイズが異なると、うまく関連付けができない。・・・難易度が高すぎたか。
形状を変えたとして、その術具で魔術が発動するかどうかを実験する時間的・素材的余裕もない。
兄「また、変わった魔術を使っているんだな」
デ「・・・アルさんだから」
兄「それもそうか。アル殿だしな」
だから〜。その一言で締めないでよ〜ぅ。
組「それにしても、このナイフ、あれか? 盾と同じか?」
「そうです。この際なので、組合長さん達に質問なんですけど。なんで、生き物が切れなくなったか、わかりませんか?」
「「「「「判るか!」」」」」
組合長さんだけでなく、職人さん達からも、一刀両断に切り伏せられた。そんなにすげなく扱わなくてもいいじゃない。
組「俺達の方が、知りたいくらいだぞ?」
職人A「使えるしさ。使えるからいいけどさ? なんで、こんだけ力を込めても掌が傷つかないんだ?」
「力を入れすぎても、きれいに削れませんよ?」
職人B「変なっ、魔道具をっ、作りっ、やがってっ」
「あの発光現象に巻き込まれなければ、自前のが使えたんですけど」
組合長さんは、昨日、行方不明になっていた『花火』をどこからか回収してきていた。それを見本に、全員が寸法合わせに余念がない。
職人C「それは、今更だけどさぁ。本当に、こんなに小さくて使えるのか?」
「昨日試した『花火』も結界用の術弾も、ぜーんぶ同じ大きさです」
「「「「信じらんねぇ」」」」
組「お前ら! いいから、手を動かせ手を!」
昼食を挟んで、さらに作り続ける。ディさんには、ムラクモ達への伝言を頼んだ。相棒達の事も心配だけど、今日一日は、禁足令で部屋から出してもらえないんだもん。
ミハエル殿下一行は、自分の従魔に挨拶したいから、とディさん達に付いていった。モリィさんも、ムラクモの世話をするのだといって厩舎に向かった。
スーさん一人が残った。
途中から、自分は仕上がりをチェックし、『拡声』に使えるものと使えないものに選り分けた。
「お疲れ様でした。『拡声』に必要な弾数がそろいました!」
「「「「「やったぁ〜」」」」」
協力してくれた職人さん達は、極限まで集中力を使い果たし、疲労困憊している。
組「おめえら。よくやってくれた!」
団「皆の協力に感謝する。後日、報酬を届けよう」
あ、忘れてた!
「その! 材料費とか加工費とか、自分が使う物ですから、自分が払います」
団「なにを言う。これは、取り調べの時に使う重要機材だ。それに、これから、さらに術式とやらを書き込むのだろう? エストラダ、魔道具の加工賃はいくらだ?」
組「こんな小さいものに組み込める魔法陣は知られてねえ。新式ならいくらでも吹っかけられる」
団「そうか。昨日までに使われたアレコレの分を、今回の手間賃などから計算するのだが、いくらなら妥当だ?」
「要りませんから!」
本当は、モガシで貰った骨の山がある。あるのだが、便利ポーチから引っ張りだしたくても、未整理状態な上、練兵場を半分は埋めてしまいそうなくらいあった。ここで出せば、メイドさん達もろとも、骨の海で溺れてしまう。ので、自主的に諦めた。
ということで、組合長さんや商工会長さん達が、コンスカンタの街をかけずり回って、素材を集めてきてくれた。その手間賃だけでも相当掛かったはずだ。
団「まあ、その話は後にしよう。とにかく、それが使えるように準備してくれないか?」
「・・・わかりました。ところで、『拡声』に使えないこっちは、どうしましょう」
選り分けた弾の残りも、それなりの数がある。
組「あんたの魔道具に使えばいい。俺達には使い道がないからな。せいぜい、首飾りを作るくらい・・・、そうか、使い手を特定するのに、組になったものを使えば・・・」
組合長さんは、いきなり、自分の世界に入ってしまった。そのまま、部屋を出て行ってしまう。
唖然と見送る職人さん達に、団長さんが声をかける。
団「作業はこれで終わりだ。ゆっくり休んでくれ」
職人D「あの〜」
団「なんだ?」
職人D「アルファ殿の作業を見ていてはいけませんか?」
団「アルファ殿が許可するなら。どうする?」
「ペアの方の作業なら大丈夫です。一つの弾からたくさんの弾に声を届ける方は、ちょっと集中力が必要なので、遠慮していただきたいんですが」
団「邪魔するなよ?」
「「「「へいっ!」」」」
・・・大丈夫かな。
主人公最大のお助けグッズが、使用不能となりました。
次話は、4月25日投稿です。




