少年の主張
533
特別房に案内された。内張りも格子もロックアント製という豪華仕様。いくら掛かってるんだろう。望んでいた贅沢だよ? せいぜい喜べ。
「まだ起きないか?」
「はっ。交代の者からも報告は受けておりません」
団長さんの質問に、見張りをしていた兵士さんが答える。おかしいなぁ。
「ん? どうした?」
「ロストリスの効果は一日から一日半で目が覚める、ってこの本には書いてあったんですが、アレから二日近く経ってるので」
団長さんに、ヌガルで貰った薬草辞典を見せる。
「本当だな。それで、どうする?」
「治療師さんにも、聞いてみたいんですが」
「そうか。おい。誰か呼んできてくれるか?」
兵士さんの一人が、牢から離れる。
「で、誰から殺る?」
ス「だから字が違いますって!」
「キンキンした声は、後回しにしたいですね。とすると、勝手国王、からにしましょうか」
「くくっ。勝手国王、か。そうしよう。だが、目が覚めた時に暴れた時の事も考えたい。ロックアントで保護した尋問室は作ってないし。そこを壊されたりしたら話も出来ない」
「練兵場、ではいけませんか?」
「逃げられたりしないか?」
うん。その質問は当然だ。
「その時は、自分が責任を持って取り押さえます♪」
実は、望むところだったりする。
一方、自分の背後では。
「「あああ」」
「アルファさん、頼むから穏便にっ」
「だから、殺しはしませんって。自分は猟師ですよ?」
「どういう意味だ?」
「殺すのは、獲物だけ♪」
聞いていた兵士さんまで身震いする。そんなに、室温が下がってたかな?団長さんは、大笑いしていた。
「いいね。いいよ。アルファ殿の信念はたいしたものだ! 気に入った!」
「・・・団長が気に入ったって」
「怖えぇぇぇっ」
「って、あの三人組が獲物以下ってことだよな?」
「ローデンの賢者って、本物も怖いんだ。ってえ」
「そういや、お前、あいつらに、腕、折られてたっけ」
あ。マデイラのハンターさんが、重傷だって事を忘れてた。
治療師さんがやってきた。
「あー、私はそのロストリスというものは使った事がありませんが、もしかすると投与量が多かったとか、じゃないでしょうか」
「建物丸ごと、に対して、棘十個分の搾りかすで作った煙玉を投げ込んだんですが」
「ですから、適量なんか知りませんよ。ただ、昏睡しているようでは無いようですし。それに、解毒薬もあるんでしょう? 目を覚まさせたい人に投与すればいいんじゃないですか?」
それもそうか。
「ご助言、ありがとうございました。それで、お礼でもないんですが、これを」
治療師さんに、北天王から貰った薬草(調合済み)を渡す。
「これは?」
「貰い物ですが、深い切り傷も治す傷薬です。もっとも、切り落とされた指などは元通りになりません。残念ながら骨折にも効果はないです。
使い方は、傷口に薄く塗るだけです。マデイラのハンターさんとか、怪我人に使ってもらえませんか?」
治療師さんは、薬瓶を取り落としそうになった。あぶなっ。
「そ! そんな貴重な薬をぽんと出すもんじゃありませんよ! こっちの心臓が止まりそうです!」
「えー。でも、まだ街道に盗賊が集まってくるかもしれませんし、戦力の回復は現時点で一番の解決事項でしょ? それに、マデイラの人は、派遣したハンターさんが帰って来ないって心配していたんです」
使える物があるのなら、ここで使わずに、いつ使えばいいと?
・・・ありゃ? 治療師さんだけでなく、団長さんまで、おろおろと辺りを見回し始めた。
ス「あ〜、ほら、アル殿ですから」
ノ「そういうこと、ですねぇ」
モ「なんで、こういうことができるのかしら?」
デ「だから、アルさんだし」
モ「そうね」
団「・・・そういうことで、いいのか?」
「「「「アルさんだから」」」」
治療師さんは、壁に手をついてぶつぶつ言っている。
「あの〜?」
「はっ、はい。っと、団長殿! その、これ、は、我々がいただいてもよろしいのでしょうか?」
うわ。上司に丸投げした。
「あ、ああ。アルファ殿が、貰ってくれ、と言っているんだ。重傷の者から使用していってくれ」
「了解です。で、では、アルファ、殿? 貴重な薬をありがとうございます。では、これで!」
逃げるように、出て行ってしまった。よろしくお願いします、って言いたかったのに。
「ん。よし! 気を取り直していこう! この赤髪のやつを練兵場に引き出してくれ。アルファ殿、そこで解毒薬とやらを与えてくれるか?」
おお、立ち直りが早いな。
「判りました」
牢屋の鍵が開けられ、両腕を兵士さん達に支えられて行く。
「練兵場の出入り口に、あの盾を持たせた兵士を配置してくれ。これから、こいつの尋問を練兵場で行う」
「「了解です!」」
数人の兵士さん達が、散っていった。
ノ「ねえ。アルファさん?」
「なんですか?」
デ「本当に、殺さない?」
「しませんよ。何度、言わせるんですか」
ス「でも、でもでも、さっきから寒気が収まらなくて」
門の前で野営した時に薄着でもしたのかな? 毛皮も出しとけばよかった。ちなみに、野営道具は、ムラクモが乗せていた馬車ごと影に保管している。あとで、引き取らないと。
「風邪引いたんじゃないんですか?」
「「「違うっ!」」」
ローデンの牢屋と違って、魔力は漏らしていない。力加減さえ間違えなければ、問題ない。
「うわ。もっと寒くなってきた」
「これでも羽織っていてください」
ディさんに、毛皮を手渡す。
「そうじゃない〜ぃ」
四人は身を寄せ合っている。ほら、やっぱり、寒いんじゃないの。
枷を嵌められたまま、練兵場の中央に引っ張っていかれた。寒い寒いと言う見物人には、日の当たる壁際に居てもらう。どんな会話をするか知りたいというので、毛皮と一緒に『拡声』セットも渡しておいた。
彼の脇には、自分と団長さんだけが残っている。下手に人数を置いても暴れられたら怪我人が増えるだけだから、という判断に寄る。
団「おい。いい加減、目を覚ませ」
団長さんが、軽くほほを叩く。
「まだ、解毒薬を飲ませてませんから」
用意しておいたロストリスの実の絞り汁を飲ませる。ちなみに、尋問する頭らしき盗賊を起こすために、牢屋の尋問担当者にも数本渡してある。
なかなか、目を覚まさない。
「やっぱり、眠り薬が濃すぎましたかね?」
団「そうかもな。これで起きなかったら、もう一本飲ませてみるか」
「次からは、気をつけます」
団「気を付けるって、こんなこと早々あってたまるか!」
「それもそうですよねぇ」
お、ようやく目を覚ましたようだ。
「あ、ああ? なんだこれ。どういう事だよ」
団「ほう? 自分のした事を棚に上げてよくも言う」
勝手国王君は、ゆっくりと体を起こし、周囲を見渡す。
「な? なんなんだよ。おい、これを外せ!」
手枷を持ち上げて、団長さんに突き出す。判ってないな〜。まだ、寝ぼけてるのかね。
デ「いま、背中がゾクって来た」
ス「私もです・・・」
人数分の毛皮を渡しておいたはずだけど?
団「自己紹介も出来ないのか。最近の若いやつはなってないな」
「なんだよ! 俺は国王だぞ?」
「ふぅん。どこの国の王様なんでしょうねぇ」
「ああ? ちびのツルペタのチンクシャが口を開くんじゃねぇ!」
ほう。
ノ「穏便に! アルファさん、穏便に!」
うるさい。
団「私はコンスカンタ騎士団長だ。お前達一味は全員捕縛された。判るか? 捕まったんだよ」
ぶん! 枷の嵌まった手が、振り抜かれる。
「うるせえ! こんなもんで俺を捕まえた? 冗談にもほどがあるぜ」
「任せてもらえませんか?」
団長さんに、お願いしてみる。
団「・・・頼む」
ギャラリーの「やめろー」だの「うわあああ」だのの声援がうるさい。
「それで?」
改めて勝手国王君に声をかけた。
「チンクシャに用はねえって言ってるだろうが!」
「自分には大有りなんだけどね。君が国王だって言い張る根拠とか、なんでコンスカンタにいるのかとか、いろいろ聞かせて欲しいんだけど?」
「へっ。どいつもこいつも弱っちいんでやんの。だったら、当然俺が一番だよな? 国王を名乗っても文句はねえだろう」
「それも、異論有りだね。単なる力自慢だけで国王が勤まると? 笑っちゃうね〜」
「馬鹿にしてんのかよ。この、ちんくしゃ!」
それ以上は言うなとか、もうやめろとか、いちいちうるさい。
「コンスカンタの西側で街道を塞いだのも君達だよね」
「それがどうした。俺の実力を見せてやっただけだぜ? アティカが砕いた岩を全部投げてやった。あんたに出来るか? 出来る訳ねえよなぁ」
力一杯あざけっているつもりだろうが、枷を嵌められて地面に座り込んでいるので全く効果がない。というより、背伸びした悪ガキにしか見えない。
「まだ答えてないよ。なんでコンスカンタに来たの」
「その辺で売ってるなまくらじゃ、俺の実力には柔すぎるんだよ。ここなら俺に似合う武器もあるって、アティカが調べてきたのさ。だけど、名前倒れでがっかりだぜ。どこの工房も出し渋って、しまいには「売る物はない」って言いやがって。
ここで手に入らないなら、いっそ作らせればいい。俺が国王なら、いくつでも作らせる事が出来る。
そうだろ?」
なぁにが、そうだろ? だ。このお子ちゃまが!
ス「寒い、寒いです」
やかましい!
「つまり、欲しい武器が手に入らない腹いせに街を荒らした、と」
「腹いせ? 違うね。奴らの自業自得だ。さっさと、俺の剣を差し出せばそれで許してやったんだぜ?」
なんでこう、上から目線なのかねぇ。
「団長さん? 他に何かあります?」
団「そうだな。盗賊どもと一緒にいたのはなぜだ?」
「ああ? あいつらが勝手に付いてきただけだぜ。でもさぁ、国王って言うからには兵隊も必要だよな。言う事を聞くならってことで、使ってやってただけだ」
で、勝手国王君の怪力にビビりつつ、うまい事転がして稼ぎをあげようとした、ってことか。まあ、似た者同士ってことだね。
「ねえ。武器を手に入れるなら、代金は持ってるんだよね?」
「俺の実力があれば、すぐに稼げるさ。だから渡せって言ったのに、誰一人まともな武器を出しゃしねぇ。どいつもこいつも目が腐ってるんじゃないのか?」
「あのねえ。駆け出しの新人が、いきなりオーダーメードの武器を手に入れられるはずはないでしょ」
「俺のどこが駆け出しだって? 俺の実力、なめてんのか、ああ?」
ちんぴら臭がぷんぷんする。
「たかが、怪力一つで、どうしてここまで思い上がっていられるんだろう」
ス「アル殿! だだ漏れ、漏れまくってます!」
「このチンクシャが!」
立ち上がって、殴りつけてきた。
団「ほほう。たしかに、「力」自慢なだけはあるな。その枷、結構な重量があるはずなんだが」
「だから、こんなもんじゃ俺を捕まえた事にはならないって」
「そこまで言うなら、自分で枷を外してみたら?」
団「お、おい。さすがにそれは」
「黙っていれば、好き勝手なことを言いやがって! おい! 国王にこんな辱めを与えたんだ。覚悟は出来てるんだろうな?!」
誰も、黙ってないし。
目の前で、枷同士を打ち合わせて接続部分を壊そうとしている。そう言うところは頭が回るか。
一刻ほど奮闘して、ようやく枷をはずせた。はい、ご苦労様。
「それでは、自称「国王」様? 自分の実力も見てもらえますかね?」
「俺が剣を持ってないからって、いい気になるなよ? 一撃で粉々にしてやるっ」
でも、当たらなければ問題ない。
「団長さん、ギャラリーのところまで下がっててもらえますか?」
団「いいのか?」
「自分で言った事の責任を取るまで、です♪」
団「・・・そ、そうか。なら、好きにやってくれ」
「おい! 俺を無視するんじゃねえ!」
団長さんに殴り掛かろうとする手をつかんで、くるりと投げた。背中から地面に落ちる。なに、力一杯手加減して差し上げましたとも。
「ってえ!」
「そうでしょう。でも、君に殴られた人はもっと痛かったと思うよ?」
「あいつらがっ、弱いのがっ、悪いんだよっ」
拳速はそこそこあるが、コースにぶれがある。ふむ、やっぱり単なる力自慢だけか。
ス「だからっ。漏れまくりですっ」
「ばっかにしやがって!」
おう。打撃のスピードも数も増えた。でも、当たらない。
さぁて、どうやってお仕置きしようか。
ス「全部口に出てますって!」
三人組その一のつるし上げ開始。




