戦後の料理人
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「解体する場所もないのに!」
文句を言っても馬耳東風。褒めて、と言いたげにしっぽを揺らしている。
「え、え〜、どこか適当な場所は〜」
さすがの宰相さんも、目が泳いでいる。
「ギルドハウスは、盗賊達に荒らされてて、しばらくは使い物にならんしな」
団長さんも、困惑中だ。
「では、商工会議所の解体所をお使いください。内臓や血液の処理装置も完備してます。なんなら、うちの解体担当者を呼びましょうか」
「いきましょいきましょ、すぐに行きましょ♪」
モリィさんが、スキップ踏みながら歩き始める。
「そちらではありませんよ〜」
卵おじさん、もとい商工会長さんがにこやかに手招きする。オボロ達も、進んで付いていく・・・。また、料理教室? 勘弁してよ。
商工会議所も、盗賊達の家捜しの対象にされたが、金庫以外はたいした被害はなかったそうだ。その金庫は、
「・・・よくも、まあ」
「馬鹿力?」
「いくらなんでも、これって」
金庫室の中は、ずたずたに切り裂かれ、一面に金属片が散らばっている。金庫だけでなく、折れた剣も混ざっている。力任せに斬りつけて、バラバラにした、って事か。なんつー、乱暴者だ。
とにかく、今は猪を食べられるようにするところから。とはいえ、いつもの作業。さくっと解体して終了。
「な、なに? 今の」
「あっという間に、毛皮がなくなって、内臓もなくなって、骨しか残って、ない?」
三百年以上かけて、数をこなしてようやく、なんだけどな。
「あ、その骨もぶつ切りにされた」
「なんという、手際の良さ! アルファ殿、うちで働きませんか?」
「却下!」
さて、料理はどうしよう。街の人に振る舞えるほどの量はないけど、全部焼き肉にしても、五人では少々余りそう。うーん。
「会長さん? 食材を買う事は出来ますか? あと、どこか調理場をお借りしたいのですが、紹介していただけませんか?」
「どうぞ、モゼットとお呼びください。それで、何がご入用でしょうか? 調理場は、あちらの宿にお願いしましょう」
いくつかの食材をお願いする。ギャラリーもとい腹ぺこ軍団は興味津々。
商工会議所の食品貯蔵庫も盗賊達に狙われたが、ほとんど荒らされていなかったそうだ。多分、原材料ばっかりで、やつらには料理できなかったから放っておかれたのだろう。まあ、パン種をこねる盗賊ってのも、想像できないし。
じゃあ、街中で篭城中は干し肉とかの保存食ばっかり、だったのかな?
紹介してもらった宿も、金目の物は盗られたが、食堂と調理場は無事だったそうだ。で、そこの宿の料理人も加わって、喧しい事!
ス「猪の子供を、丸焼きにするのは判るけど」
デ「なんでお肉を全部潰しちゃうの?」
「今忙しいから後で!」
かまどの大鍋で、いちど茹でこぼした骨を、ネギやセロリのような野菜と一緒に煮込んでいる。あく取りは料理人さんにお願いした。自分は、肉の加工にいそしんでいる。
ノ「それにしても、よくそんな薄くに切れるよねぇ」
もも肉だけは、薄切りにした。軽く塩こしょうして酒もふりかけてもみ込む。残りの肉は、肩もロースも肋骨周りもひとまとめにして、ミンチにする。正体がなくなったら、ショウガとネギのみじん切りも加える。
でっかい猪一頭分だ。ミンチの量は半端ない。それを、「変なナイフ」二刀流でたたいてたたいて叩きまくる。
八つ当たりではない。ないったらない。
調理場にあった大きなボウル一つでは足りず、大鍋二つも追加して、ミンチを分ける。柔らかさを出すのとボリュームアップのために、山芋もどきの摺りおろしも加えた。それぞれに、塩こしょうと酒で味付けして、更に練る。
骨スープも、いい感じに出汁が出来たそうなので、いくつかの別鍋につぎ分けて、切った野菜を投入して煮る。煮立ったら、港都で買ったノマウ(醤油)で味付けし、一口大の団子にしたミンチを入れる。
モ「あ、あらぁ。いい匂い〜」
味付けしたもも肉に片栗粉をまぶし、骨スープの残りを使って、さっと湯がく。料理人さん達が、サラダ用の葉を添えて盛りつけてくれた。
なんとか、ちょっと遅めの夕飯ぐらいの時間に作り上げる事が出来た。
「鍋一つあれば足りますよね? 残りの鍋は、お手すきのみなさんで召し上がってください。オボロ達は、ごめん、もうちょっと待ってね」
ディさん達には、鍋一つとしゃぶしゃぶサラダ一皿を押し付けて、食堂に追い出す。
料理人さん達は、手の空いた時間に、微発酵のパンを焼いてくれていた。それも、ありがたくいただく。
「・・・アルファ、さん?」
「ノルジさん、なんですか? 足りなければ、[森の子馬亭]の料理があと一食分ぐらいはありますけど」
「じゃなくて。なんで、この時間で、猪一頭が全部料理に出来ちゃうの?」
「なんといいますか。魔法のようですなぁ」
「我々が見ていても、こう、瞬く間に形を変えていったとしか」
モゼットさんだけでなく、間近で見ていたはずの料理人さんも、呆れ気味だ。
「そう言う追求は後にしませんか? 冷めちゃいますよ」
「「「「「「ごちそうになります」」」」」」
団子鍋は、後片付けをしていた商工会議所と宿の従業員のみなさんに行き渡った。サラダは、少々足りなかった。もも肉二本分はあったのに。誰だ独り占めしたのは。
自分は、団子汁を一杯だけ貰うと、うり坊の丸焼きに取りかかる。お利口な事に、相棒達は、調理場の外でじーっと出来上がりを待っていてくれた。時々、中を覗き込むのはご愛嬌。
「それでさぁ。料理の時間なんだけど!」
食後のお茶を貰ってまったりとしていたかと思ったら、ノルジさんがいきなり声を上げた。
まだ、調理場に居る自分に聞こえるよう、大声を出したんだと思うが。
「そこの食欲大王様を大人しくさせるのに、他に方法があったと?」
モ「う」
「そりゃもう、必死でしたよ。空腹の余り、三人組に劣らない暴れっぷりを発揮してコンスカンタを壊滅させた〜、なんてことになりかねなかったでしょ」
「や、やらないわよ。そんなこと!」
「今、おなかが満たされているから、そう言えるんです! 宰相さんだって、思いっきり引いてましたよ? いつ喰いつかれるかって」
「・・・」
「自分だって、昨日から盗賊退治に出ずっ張りだったのに。ちーっとも斟酌してくれませんでしたよね?」
「「「・・・」」」
「スーさん達も、モリィさんをなだめてくれるどころか、煽ってませんでしたか?」
「してない! してないから!」
恨み節をかましながら、子豚の丸焼きを続ける。いつもの、うっすら蜂蜜味。こんなもんかな? もも肉の一部をそぎ落として、別皿に盛る。
「お待たせー。ただ、子豚は四頭しかないから、一人だけ、切り落としになるけど、トリさん、これでいいかな?」
頷いてくれた。というか、視線はすでに皿の上の肉にロックオンされている。
どうぞ。
ごちそうさまでした。
やー、早かった。ちゃんと味わってくれたのかな?
調理具の後片付けに取りかかろうとしたら、料理人さん達に止められた。料理場のレンタル代も要らない、と言われた。珍しい料理を教えてくれたお礼だそうだ。いいのかねぇ。
「たいそう美味でございました」
なんと、またも宰相さんが混ざり込んでいた。
「なんでこちらにいらっしゃるんですか?」
「王宮にご案内してお休みしていただこうと、お迎えに上がったところでした」
宿の部屋は、ベッドなどは壊されていないが、お客様を泊める状態ではない、と言われている。だからって、宰相さん直々に迎えに来なくても。
「雨が凌げる場所を貸していただくだけで良かったんですが」
「とんでもござませんよ。まして、殿下方を街中で野宿まがいさせるなど、到底見逃す事は出来ません。ということですので、どうぞ」
にこやかーに、王宮への道を指し示す。
ディさん達への対応を盾に取られたら、反論できない。宿の人達に世話になった礼を告げて、王宮へ向かった。
翌朝。いつも通りに目が覚める。あれだけ動き回ってたんだから、寝坊しても良さそうなものだが。
部屋付きのメイドさんに、浴室へ案内してもらう。朝風呂だー。
ちなみに、河原の露天風呂では、自分は朝湯を使わなかった。というか、使えなかった。他の四人が長風呂すぎて。ちくせう。
朝食が出来たそうなので、食堂に案内してもらった。そこには、筋骨隆々とした男性が待ち構えていた。涼やかな笑顔のおかげで、威圧感はない。でも、でもでも、こーれーわー。
「おはようございます。私が、コンスカンタ国王です。このような場所で申し訳ないが、一言お礼を申し上げたく、お待ちしていました」
やっぱり。
いくら王様でも、他国の王族そっちのけでパンピーに挨拶って、まずいんじゃないの? とはいえ、自ちゃんと返事はしとかないと。
「初めまして。猟師のアルファと申します。こちらこそ、お世話になりました」
「なんの。昨晩はこちらで晩餐を召し上がっていただくべきところ、宰相まで貴殿の料理の相伴に預かったと聞きました。まったくもって、許し難い。罰として、今日は、私の分の仕事もすべて任せました」
本気で悔しそうだ。なにそれ。
「あれは、連れを大人しくさせるための手段でして。晩餐を無駄にさせてしまったようで申し訳ありません」
「いえいえ。盗賊を全員捕縛した褒美として、王宮にいた者達に振る舞いましたから無駄にはしておりませんよ。王子方も、ようこそ、お越し下さいました」
それから、全員が自己紹介をし、朝食をいただいた。
ディさんの目的の街道補修の技術員派遣に付いては、昨日のうちに宰相さんから話が伝わっていて、一度、現場を下見してから本格的な派遣員の選抜にかかる、というところまで、話が進んでいた。
やっぱり、王子さま直々の訪問、ってのが効いたようだ。
マデイラからコンスカンタに来る途中の落石現場(元)で、敷石の一部が破損していた事も伝える。
「おお。ご連絡、ありがとうございます。すぐさま工兵を派遣しましょう。それにしても、あやつらはそのような事までしでかしておりましたか」
あ、王様の目が笑ってない。さすが、魔道具職人の街。工房を荒らされただけでも、猛り狂っていたって言うからねぇ。王様も然り、か。
モ「アルさんってば、切り通し一杯に積み上がっていた岩の山を、目の前で片付けてくれたんだもんね」
デ「いや。目の前で見てても信じられませんでした」
ス「奇跡、とでも言っていいかもしれません」
「大げさなことを言わないでくださいよ。自分の使える道具を使っただけなんですから」
「「「いやいやいや!」」」
モ「マデイラ側にいた騎士団の隊長さんは、三ヶ月はかかるって言ってたの」
「それを? 目の前で?」
「「「そうです!」」」
あああ、お尻がこそばゆい。
「ご自分の道具を適材適所に使い分ける。すばらしい! なかなか出来ることではありませんよ」
ぐああ。もう、やめてーっ。
「陛下。そう言う話でしたら、私も加えてくださらないと!」
オタッキー魔術師団長さんが食堂に飛び込んできた。
がすっ。
騎士団長さんが、背後から現れた。
「朝から騒がせてすまない。陛下。今日は、例の三人組の尋問を始めます。それで、是非アルファ殿にも立ち会っていただきたいのですが、よろしいでしょうか」
殴られて床に伸びている人は、放っておいていいの?
「アルファ殿さえよろしければ。いかがなさる?」
陛下も無視。そうか、いいのか。
「こちらこそ、お願いします。自分も訊いてみたい事があるので」
「王子方のご予定は?」
「アル殿に付いていきます」
「目が離せませんから」
「私も付いていく」
まだ、金魚のフンを続けるつもりか!
「さようですか。世話係も付けるので、何かあれば申し付けていただきたい。私はこれから街の視察に向かいます。また、夕食時にお会いしましょう」
陛下が食堂から立ち去るのを見送った。
「さて。アルファ殿。誰から殺る?」
「騎士団長殿! 字が違います字が!」
ノルジさんが、大慌てだ。
「確か、ノルジ殿だったか。無理に丁寧に話さなくてもいいぞ?」
「そうじゃなくてですね? アルファさん、殺しちゃ駄目ですよ?」
「殺しませんよ。死にそうにはなるかもしれませんが」
「「「あああっ」」」
「あの三人組からは、じっくりたっぷり言い分を聞いてやる予定だ」
「それでは、一人ずつにしませんか?」
「それもそうだな」
ス「あのっ。もう捕縛してある事ですから、お二人とも穏便にお願いしますっ」
「穏便?」
団長さんの嘲笑に、
「なにそれ?」
自分も答える。ささ、牢屋に行きましょ♪
ス「・・・油に火を注いでしまった、気がする」
ノ「うわさに聞くロックビーの襲撃とどっちがましかな」
モ「・・・ねえ。すっごく、寒気がしたの。まだ、雪は降らないよね?」
だからっ。食欲大王様、アドリブも程々にしといてくれないと!
もう一つ。最後のスーさんの台詞は間違いではありません。




