まぼろしの王国
531
マデイラ側の門に向かいながら、『花火』をばらまいていく。
道の先で、光が弾けた。
団「うおっ。今のはなんだ?!」
「光るだけの術です。でも、光量はそれなりなので、盗賊達には気づかれます」
団「奴らを刺激してどうするんだ?!」
「集まってきたら、昏倒させます♪」
デ「ま、さか」
「はい。しびれるやつを、たんまりとお見舞いしてあげます♪」
団「しびれるって?」
「論より証拠。マデイラ側の門の前に居る盗賊を無力化したら、開門していただけますか?」
宰相「わかりました」
団「宰相!」
「他国の王太子殿下が二人もそろっていらっしゃるのだ。お待たせするわけにはいかんよ」
団「ですが、護衛が!」
「あ〜、従魔が七頭そろってますんで。あ、門の前に金虎が居ますけど、攻撃しないでくださいね。オボロ、門が開くまで、盗賊を近づけないでいてくれる?」
みゃん♪
くー、いい子だなぁ。軽く、頭を撫でると、大きくなってもらう。
その間にも、わらわら出てきた盗賊どもに、びしばし『縛雷』を打ち込んでいく。
『瞬雷』よりも持続時間を長くしてある。ので、的になった人に触れた人もしびれまくる仕掛けだ。巻き添えさん、いらっしゃ〜い。でもって、ロックアントの盾で押さえつけるだけなら、ノーダメージ。うふっ。
移動した先で、また『花火』を転がす。
ノ「そんな騒ぎを起こしたら、その陛下とか言うやつが出てくるだろ?! どうする気だ」
ノルジさんの口調が乱暴になった。慌ててるのかな?
「ギルドハウスにいる連中は、まだ寝てるはずですが」
「「「「は?」」」」
「結界を張る前に、ロストリス入りの煙玉を、あるったけ放り込んできました。効き目は、確認済みです」
団「は?」
「専用の目覚ましを与えるか、一日以上経つまで眠り続けます。どんな悪戯もし放題ですよ♪」
ス「悪戯って・・・」
「地下への秘密通路とかはないですよね?」
宰相「ないはずですが。君、ギルドマスターに確認をとってくれ」
侍従A「はい!」
とはいえ、地下室があっても、そこにも煙は充満しているはず。逃げられるのかな?
団「準備できたぞ。まずは、西側だな?」
「はい。お願いします」
城門の開く音がした。結構な人数が走り出している。彼らに持たせるように投げ込んだのは、ロックアント製の盾だ。機動隊が暴徒鎮圧用に使うような縦長の盾。アスピディの羽で覗き窓も付けてある。
あの大きさの金属盾など、よほどの力自慢でもないと持って歩けないが、ロックアント製だから、素人にも取り扱えるほど軽い。
盗賊一人を三四人で取り囲んでしまえば、身動き取れなくなるはず。そこに、捕縛のスペシャリストの兵士さんが加われば一丁上がり、と。
走り回りながら、スーさん達に説明する。
ス「先に教えてくれてもいいじゃないですか!」
「え〜、まずは住人の皆さんで憂さを晴らしてもらおうかと思って」
デ「憂さ晴らしって・・・」
「やっぱりこう、最後の締めは住人の手でやってこそ、達成感とかあるんじゃないかと」
本音は、一人で縛り上げていくのが面倒くさかっただけなんだが。
宰相「さすが、賢者殿。その深謀遠慮には、ただただ感じ入るばかりです」
「は?」
宰相「工房の者達が、それはもう荒れ狂っておりまして。騎士団員ほどではありませんが、武器を作る者ならそれなりの腕は持っております。それが、散々けなされた揚げ句、やられっぱなしになっているわけにはいかない、と。押さえておくのも限界だったのですよ」
「「「・・・」」」
一緒に入れておいた刺股は余計だったか。
「街門の前に来ました。ここにいた盗賊は、全員気絶させました」
宰相「速いですなぁ」
デ「アルさんですから」
宰相「なるほど」
「なにがなるほどですか!」
ス「いやだって」
ノ「普通、盗賊が溢れてるところに、一人で突貫なんて、しようとも思わないよ?」
「自分だってしたくないです」
ノ、デ「「いやいやいや!」」
ス「全然説得力ないです」
宰相「城門は一旦閉じます」
「その方がいいですね。オボロ、ここで見張りをよろしく。さっきの団長さんの声は覚えてるよね?」
みゃうん
モ「え? アルさんが開けてくれるんじゃないの?」
「まだ、街門がもう一つ残ってますから。って、あれ?」
ノ「どうしたの!?」
「あ〜、多分街の人だと思うんですが、特製盾で、あ、殴り倒した。三人掛かりでのしかかって押しつぶして、うわ、もろ、腹に一撃。集まってきた盗賊達と乱戦になってます」
宰相「どちらが優勢ですかな?」
「そんな、のんびり聞く情勢でも、・・・ありますね。多勢に無勢。盗賊の方が次々と討ち取られてます」
デ「あ、あ〜あ」
ノ「ギルドハウスの様子は?」
「注進に駆けつけた盗賊が、入ろうとしてます。でも、結界に阻まれてて、あ、住人が追いついてきた。こちらも、盾の一振りで昏倒した模様」
宰相「ギルドハウス周辺と街門で待ち構えていれば、よさそうですな」
「城門前は居ませんか?」
宰相「今のところ、集まってくる様子はないようです」
「では、ギルドハウス以外にいる盗賊を全部片付けましょうか」
宰相「ご協力、感謝いたします」
モ「だから! 門を開けてよ!」
「あーとーでー」
モ「けちぃーっ!」
昼前には、街中をうろついていた盗賊はすべて捕らえられた。工房などに立てこもろうとした者もいたが、ハナ達が嗅ぎ付け、トリさんの一蹴りで扉が壊され、突入した兵士さん達によって速やかに確保。
いや、逆光をあびたトリさんのシルエットは、初見では怖いと思う。それでビビってるところに指弾を打ち込むだけだから、楽なものだ。
ギルドハウス以外の家屋に盗賊が潜んでない事が確認されたところで、一旦休憩する事になった。
「改めまして。猟師のアルファです。この度は、無理なお願いにも関わらずお許しいただき、ありがとうございます」
なんたって、不法入国。本来なら、終身労働刑だっていうから。
「こちらこそ、国の危機に際してご尽力いただいたのです。お礼の言葉しかありませんぞ。わたくしは、宰相のカラキウムと申します。さすがは、ローデンが誇る賢者殿ですな」
声から想像した通りの、渋いおじいさまだった。好々爺にも見えるが、宰相をはってるんだから、一筋縄じゃいかないだろう。でも、
「その、賢者って呼び方、やめてもらえませんか?」
「なんでだ? 私がコンスカンタ騎士団長のセレナストルだ。術具越しでは、いろいろと不愉快な話をしてしまった。すまなかった」
わー。すんごい迫力美人。
「いえいえ。いきなり現れた不審者をすんなり信用できないのも当然でしょう。それより、今回の騒動も、その呼び名の所為だと思うと、こう腹が立って」
「あ、あ〜、そうか。では、アルファ殿、でいいか?」
「もちろんです」
「工房組合長のエストラダです。この度は、我々の活躍の場も設けてくださった。誠にありがとうございます」
いかにも頑固そうな、濃ゆい顔をしたおじさんだ。港都のプロテ工房長を思い出す。
「とんでもない。自分は、皆さんが街を守るお手伝いをしただけですから」
「「「「いやいやいや」」」」
ディさん達まで。なんでよ。
「そこで、謙遜されるとは。もし、計算してやっておられるなら、とんでもなく狡猾と言わざるを得ませんな」
にやりと笑って宰相さんが宣う。
「計算も何も、利害の一致で協力しただけですし」
「「「「いやいやいや!」」」」
「アルファ殿の協力がなければ、あいつらを排除するのにもっと時間がかかっていました。その間の損失は計り知れません。あ、失礼しました。商工会長のモゼットと申します」
つるんとしたおじさんだった。某小説に出てくる卵おじさんみたい。
「では、時間はかかっても解決は出来たんですね?」
「実は、鉱山に通じる道から、マデイラとケチラに派兵要請の使者を出そうとしていたんだ。ただ、三人組の実力から、援軍にも相当な犠牲が出る事が予想できた。だから、本当に要請するべきか、それとも、両国に街道の閉鎖だけしてもらい、兵糧攻めにして自滅を待つか、意見が対立していてな。
それが、結界に閉じ込めて眠らせて無力化した? 私たちの苦悩はなんだったのかと、落ち込んでいるんだぞ?」
騎士団長さんが、自分の肩に腕を絡めて愚痴ってくる。でも、顔は笑っている。
「まだ、閉じ込めたままで、捕縛してませんが。早ければ、そろそろ目が覚める頃ですし」
「もう一度、眠らせてしまえばいいじゃないか」
「手持ちの眠り薬は、あとは刺して使う物しか残ってないです。一網打尽はちょっと難しいと」
「そうか。なら、すぐ行こう!」
「特に、黒賢者が結界内で城壁に使ったような魔術を使ったら、ただじゃすみませんね」
「どうなるんですか? あ、私がレンキニアです。いろいろと、そりゃもういろいろとお話をさせていただきたい!」
インテリオタッキーな青年だった。ちょっとイッチャッテル目をして、自分の両手を握りしめている。うわお。
ス「私も知りたい」
デ「野営中に使ってた結界だよね」
モ「野獣避けじゃなかったの?」
「いっぺんに言わないでくださいよ。あれは、結界の内外の物理的魔術的衝撃を跳ね返すんです。副次効果で、結界の出入りが出来なくなるので、重宝してます」
「「「「は?」」」」
宰相さんだけでなく、魔術師団長さんの目も丸くなった。他の人はいわずもがな。
「黒賢者が目を覚ましていれば、結界を壊そうと術を放つと思うんです。でも、あの結界、丸ごと跳ね返しちゃうので、彼女の一発で、中の人はこんがり丸焼けになる可能性が高いと・・・」
左右の建物の位置関係で、『散華』『防陣』の術弾を均等に配置できなくて、やむなく『重防陣』にしておいた、んだけど。今更だが、失敗した。
「だめだ! 早く確保するぞ! 動機とか聞き出したい事はいろいろあるんだ!」
あ、お、おおおっ! 魔術師団長さんから自分の手を奪い返すと、そのまま走り出した。
「手のあいている者は、捕縛用の縄とさっきの盾を持ってギルドハウス前に集合だ!」
「団長! 待ってくださいよ。まだ話が終わってないです」
魔術師団長さんの文句も、華麗にスルーした。
「貴様の話なんか、後回しに決まっている! 生きて確保できるなら、それに越した事はないだろうが!」
そりゃそうだ。自分がこんなに苦労したのも、その為だし。
「では、結界を解除したら、あのしびれるやつを放り込みましょう。少しは時間が稼げると思います」
「助かる!」
結論。
まだ、寝ていた。
ということで、全員、生きて捕縛された。というか、縛り上げられてもまだ目を覚まさない。ロストリス、すごーい!
『縛雷』の出番はなかった。
ただ、三人組だけは、さらに厳重な取り扱いになった。
黒賢者には、ドリアードの根の粉末を溶かした水を飲ませる。魔力が足りなければ、大技も出せない、だろう。多分。
一応、治療師さんにも相談して、体調不良を起こさない、ぎりぎりの濃度にしてある。
少年二人には、手足に重い枷を嵌めた。赤髪の方が、怪力の持ち主だという話だったが、念のためだ。
そうして、牢屋に放り込んで、ようやく、全員が安堵のため息をついた。
途中で目を覚まして暴れた時の用心のために、牢屋まで付き添って行ったが、放り込まれてもまだ寝ていた。寝顔だけ見れば、普通の少年少女に見えるのに。
そこから、王宮に戻る途中、
「アルファ殿。早めに指摘してくれて助かった」
「あー、自分もうっかりでした」
「ねえ。まぁだ?」
騎士団長さんと自分の会話の間に、ひょっこり混ざってきたのが食欲大王様だった。
「は? なにが、ですか?」
さすがの団長さんも、竜人には言葉遣いを改めるらしい。
「なにがまだ、ですか。全部終わってませんよ? それに、猪肉もありません」
「えー。本当に最後まで見てるだけだったのよ? つまんないつまんないつまんない!」
「詰まるつまらないの話じゃなかったでしょ? 怪我人もたくさん居て、大変な時だっていうのに、何を言い出すんですか」
「何が大変なの?」
ディさん達が寄ってきた。
「食欲大王様のおねだりです」
「「「ああ」」」
「ああって、なによ」
ぶんむくれてしまった。
「事情が判らないんだが」
「あのですね。黒賢者の騒ぎの結末を見届けるのに、くっついてきたはいいんですが、やたらと手を出そうとするので、じっとしていたら料理を作ると約束したんです。で、まだ黒賢者から話を聞いてないので、終わってない、と」
「つかまえたんでしょ? もう、いいじゃないの」
「自分的には、終わってません。それに、ひと月半も交易が止まってたんです。余分な食料はありませ「ありますよ?」・・・?」
宰相さんまで、混ざってきた。
「先達の知恵でして。大雨などで、通行できなくなった時のために、常時、一年分は確保しております。それで、何をご所望でしょうか?」
「あのねあのね、アルさんが猪肉料理を作ってくれるって約束してくれたのよ。約束したのに・・・」
恨めしそうに睨みつけてくる。
「さすがに、生肉は保管できませんからな。誰か手すきの者を・・・」
宰相さん、いくらモリィさんの上目遣いにほだされたからって、職権乱用じゃ、ん? 自分の背後を見ている。
「あ、あ〜」
「まあ、アルファさんの従魔だし」
「気が利く、って言っていいのかなぁ」
オボロが、でっかい猪をぶら下げていた。ハナ達だけじゃなくて、トリさんまでドヤ顔で加わっている。それぞれが、うり坊を口にくわえて。
あんた達、いつのまに!
もっと、主人公が大暴れするはずだったのに。代わりに、住民達が手当り次第に叩きのめしました。
次号、三人組の無駄な抵抗が、始まる、かもしれない。




