不透明な混乱
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切り通しからコンスカンタに向かう左手に、いびつな形の岩山があった。周りは木や草に覆われているのに、その山だけごつごつした岩がむき出しになっている。岩の色が、切り通しにあった物とそっくりだ。
どうやら、山頂を吹き飛ばして、切り通しを埋めるのに使ったらしい。
「モリィさんなら、どうやって切り崩しますか?」
「ブレス、かしら? 風か雷の」
「竜のブレス並み、となると、魔法陣を使ったのか?」
「それなりの術師のようだね」
ふむ。ローデンで見た魔導書の中にも、広範囲を吹き飛ばす魔法陣があった。結構な魔力量が必要だったはず。
「でも、あんな狭いところに狙って飛ばせる魔法陣なんてありましたか?」
「岩を砕くのと、投げ飛ばすのと、別の魔法陣を使ったとか」
「砕くよりも、投げる方が難易度が高そうだな」
「しかも、あれだけの重量物だよ? 一個投げるだけで魔力切れにならないか?」
「筋肉自慢の竜ならやりそうだけど」
むきむきポーズのドラゴンを想像してしまった。
「でも、脳筋連中の最近の流行は、投げるよりも持ち上げる方なのよねぇ」
「「「・・・」」」
なぜか、重量挙げよろしく頭上に竜体を掲げるマッスルドラゴン、を想像してしまった。
・・・ぶるぶるぶる。目前の問題には関係ない。ないったらない。
「アルファさんなら、岩投げもできるんじゃないの?」
「ノルジさん! 自分をなんだと思ってるんですか?!」
「だから、アルファさん」
「そうよね、アルさんだもの」
「うん。アル殿なら、有りだよね」
むきーっ!
「だって、一蹴り、だもんねぇ」
「それそれ! 聞きたかったの!」
「蹴るのと投げるのでは話が違います!」
「えー?」
「本当に十八メルテもあったんですか?」
「私は、ちょうどローデンから離れている時だったんです。惜しい事をしました。それで、後日、報告書を読みました。くっきりはっきり、そう書いてありましたよ」
「「へえぇ」」
「私より少し小さいくらい? そんな大きさの動物を、人が一蹴りで、って・・・」
「あの。首を落としたんじゃなくて、頸椎を壊して、ですね?」
「いやいやいや! 筋肉層もそれなりにあるんだから!」
「そういう弾力のある物体の内部に衝撃を与える技があるんですよ」
「それでも、大きすぎるわ。そうよ。岩は、投げたんじゃなくて、蹴ったのかも!」
もう、この話題はやめようよ。軽くオボロの背を叩くと、スピードを上げてくれた。ん? 耳が臥せっている?
「あ。待って!」
「みどりちゃんっ! そんな慌てなくてもぉぉぉっ」
いや、オボロさん? そこまで必死になって走らなくてもぉぉぉ!
四頭のがんばりのおかげで、落石のあった切り通しから一刻余りでコンスカンタの西の街門前に到着した。
岩石砂漠をも気楽に走り抜けていた四頭が、この一刻で息を切らせている。なにが、彼らを急き立てたのか?
「無理しなくてもいいって言ってたのに」
みどりちゃんに至っては、小刻みに首を震わせているし。
「街に入る前に、腹ごしらえしましょうか」
トリさんが直立不動の姿勢になった。勢い余って、ディさんが鞍から転げ落ちる。
超特急ではあったが、短時間だったため、乗り手の方はすぐに回復している
「とはいえ、もう料理も少ないし。おにぎり、でいいかな?」
昨夜の野営地で汲んでおいた水と、果物のバケツと、おにぎりの包みを取り出す。モリィさんは、しぐれ煮おにぎりを食べられないので、塩むすびだけを渡す。
「スーさん、ディさん。みどりちゃんとトリさんに。あ、モリィさん、ムラクモに食べさせてもらっていいですか?」
自分は、オボロにおにぎりを差し出す。なかなか口をつけようとしない。自分がちゃんと食べてから、ようやくオボロも口にする。変な味はしてないけど。それとも、昨日のウサギの丸焼きで、まだそれほどおなかが減ってなかったのかな?
通常なら、昼間、街門は開かれて、門兵さん達が出入りする人達の身分証を確認している。だが、今、門は閉じられたままだ。左右にある、非常時用の小門も閉まっている。壁の上の哨戒も見当たらない。
さて、どうやって、街に入ろう?
「門を壊すのは無し。とすると、この壁を越えていくしかない。でも、門兵さんのチェックを受けてないから、不法侵入扱いになる。回避するには〜、」
「アル殿、だだ漏れです」
スーさんが、ため息まじりに指摘してくれた。
「あ、ああ。すみません」
「不正入国した場合、片方の手首を切り落とすか、鉱山などでの終身強制労働ですよ?」
「盗賊と同じ扱いになります。首を切られるよりはまし、ですけど」
ディさんとノルジさんも、物騒な追加情報を教えてくれる。
「ん〜。事前に許可をもらうとか、ありませんか?」
「どこの国が、不法侵入を認めるんですか!」
「不法侵入じゃなくて、門を通らずに入国する、ってことなんですが」
「それのどこが不法侵入じゃないと?!」
「ですが、スーさん。ここで立ち往生してても、らちがあきませんよ」
「・・・それはそうですが」
中の様子が全く判らなければ、対応も考えつかない。
『拡声』の術弾を二セット取り出し、ペアのマイクとスピーカーをもう一つのセットと入れ替える。これを、ディさんに渡した。
「あの、アルさん?」
「自分が、こっそり街の様子を見てきます。これで、離れていても連絡できます」
要は、姿を見られなければいいんだ。
「ノルジさんは、お二人の警護とモリィさんの見張りを。トリさんとみどりちゃんは、みんなを守って。もし、街門から盗賊が出てきたら、遠慮なくやっちゃっていいからね。ユキ、ツキ、ハナも頼むね」
トリさん達は、至って素直にうなずいてくれた。すまないねぇ。
「って、一人で行くの?!」
ディさんが、あわてて自分を引き止める。
「いえ? オボロに手伝ってもらいます」
「やぁよ! 私は付いていくわ!」
「却下! こっそり、って言ったでしょ? モリィさん、できます?」
「う、う〜」
「じゃ、私が!」
「ノルジさんがいなくなったら、誰が殿下方をお守りするんですか」
「ぐ」
「剣とか、他の装備も、出しておきましょう」
なにせ、腰の剣だの鎧だのは、高速走破するみどりちゃんの負担になる。全部取り上げて、もとい預かっておいたのだ。
三人の武器防具を、便利ポーチから取り出す。それぞれ、素早く身に付けていく。モリィさんは、・・・下手な武器を渡しても使えないだろう。逆に味方を切り刻みかねない。ハリセンで対応してもらう事にする。
「モリィさん。前にもお願いしましたけど、多勢に無勢となったら、スーさんだけでもここから連れ出してください」
「う〜」
「全部片付いたら、猪肉の料理とか・・・」
「やる! ちゃんとやる! だから、約束よ!」
食欲大王様、釣り上げ終了しました。・・・でも、本当に、これでいいんだろうか。
「ん〜、ムラクモ? 荷馬車を貸してくれるかな?」
おや、今日はすんなりと出してくれた。
「な。な、なな・・・」
それを見た男衆が目を丸くしている。
「器用ですよねぇ」
「そういうレベルの話じゃない、と、思う」
スーさんが呆然と感想を漏らす。
「でもほら、アルさんだし」
「・・・それもそうか」
違う! ムラクモが器用なだけなの!
荷馬車の上に、ディさん達の野営道具、ムラクモ達の飼い葉、食料、予備の武器類、などなど積み上げていく。仕上げに、トレント布のカバーをかぶせ、荷台の縁にひもで括り付けた。これで、雨が降っても安心、かつ走り回っても中身は飛び跳ねない。
「ノルジさん、これだけあれば間に合いますか?」
「・・・うん。ただ、食料はちょっと心許ないかも」
「おにぎりは、この状態だと日持ちしないので先に食べてください。パンとか薫製肉は、マデイラまでの分を残しておいた方がいいです。なので、足りなくなる前に、ハナ達に狩を頼んでください」
「そんなに、長くなるの?」
モリィさんが、不満げに訊いてくる。
「すぐ戻ってきてくれるんじゃないの?!」
ディさんも目をむいた。
「街の中を全部調べるわけじゃないですけど。少なくとも、門が閉じられている理由が判らないと、今後の方針も決められないじゃないですか」
「方針って?」
「この場所で開門するまで粘るか、一旦マデイラに戻るか、それとも・・・」
ここまで来て、お預けは遠慮したい。
小さくなったオボロに、長い細縄をくわえてもらう。子猫サイズのオボロを見て、全員がため息をついていた。
「壁の上で大きくなっておいてくれる? 自分は縄をよじ上って行くから、支えてて。出来る?」
みゃん!
オボロを放り投げる。
「・・・やっぱり、岩投げも出来そうだよね」
「ディさん。岩の替わりに投げてもいいですか?」
「い、いや。独り言。独り言だから。じゃ、気を付けていってらっしゃい!」
うまく、着地したようだ。オボロが大きくなったのを見てから、街壁を登った。
壁の上で、縄を回収する。続いて、『拡声』と『隠鬼』を起動する。そっと、術弾にささやく。
「(聞こえますか?)」
ディさん(以下、デ)「! あ、ああ。聞こえたよ。他の三人にも聞こえてる。私の声は?」
「(聞こえてます。ただ、念のため、大きな声を出さないでください)」
デ「わかった」
コンスカンタの街は、建物はすべて大通りの山側にある。中央が王宮、その両側が商業区と居住区と思われる。また、看板から判断すると、手前側区画に商工会議所、向こう側の区画中央にあるのがギルドハウスだろう。
「(ここから見える範囲の状況です。東側の街門も閉じられてます。それぞれの門の内側には、盗賊らしき男達が十人ぐらいいますね。街壁の上には誰もいません。大通りの南側には建物がなくて広場になってます。そこで、酒盛りしています。大通りに面している建物がいくつか壊れてますけど、周囲に街の人とか兵士さんは見当たりません)」
スーさん(ス)「盗賊って、さっきの連中だけじゃなかったのか」
ノルジさん(ノ)「すぐに開門は無理、だね」
デ「だとすると、王宮にでも避難しているのかな?」
「(可能性はありますね。それで、どうします? 撤退します?)」
ノ「盗賊に占拠されるなんて。何があったんだ」
デ「マデイラに救援を頼むにしても、もう少し詳しい情報が必要だよね」
ス「救援要請を出すなら、コンスカンタ王族から一筆貰えれば話は早いが・・・って、アル殿? 我々がそこまでする必要、ないんですからね!」
モリィさん(モ)「なんなら、私がその盗賊をやっつけて・・・」
「(却下です! モリィさんだけ料理抜きにしますよ?)」
なんで、そうも暴れたがるのかな。
モ「わ。ごめんなさい!」
「(コンスカンタ住人に解決を任せてもいいですけど。自分は、街の状況、少なくても黒賢者が滞在しているかどうかは確認したいです)」
ノ「一人で、大丈夫なの?」
「(【隠蔽】を使ってます。ただし、明るいうちに街中から街壁に登ると縄を見られてしまうので、皆さんのところに戻るのは、夜になってから、になりますね)」
ス「潜入するのは確定?」
「(ここまで来て引き返すなんてもったいない)」
ノ「それ違う、なんか違うよ・・・」
「(黒賢者を見つけても、いきなり殴り掛かったりしません。約束しますから)」
デ「・・・しょうがない、かな?」
ス「無茶はしないでくださいお願いですから」
「(注意して、見ておく場所はありますか?)」
ノ「ギルドハウス、が、住民の籠城拠点になってるかもしれない」
「(では、そこも偵察してみましょう)」
ス「・・・本当に、気を付けて」
小さいオボロを肩に乗せて、七階建てのビルぐらいはある街壁を飛び降りる。前世だったら、絶対無理。でも、今なら泥棒稼業でもやっていけそう。やらないけど。
気を取り直して、ギルドハウスらしき建物に向かう。向かっている間に、その建物に数人の盗賊が無造作に入って行くのを見た。ありゃりゃ。占領されてるっぽい。
「おやぶーん!」
「陛下と呼べと言っただろ!」
「すいやせん! 陛下! 街ん中、全部見て回りやした。どの武器工房も、もぬけの殻でさぁ! めぼしい武器は残っちゃいませんぜ!」
「ちっ。手に入ったのは、これっぽっちかよ」
ずいぶんと声がでかい。親分と呼ばれて返事をしたのは、ずいぶんと若い声だ。
「(聞こえました?)」
「(だ、だだ、大丈夫?)」
「(向こうからは見えないはずですけど。見つかったら〜、その時はその時♪)」
「(・・・)」
「(これから、王宮に向かいます)」
ギルドハウス前の石畳の色が、どす黒くなっている事は伝えなかった。
怪しい雰囲気になってきました。




