イエロー・ゾーン
528
落石現場から引き上げてくる騎士団に任せればいいだろう、ということで、盗賊達は、縛り上げたまま放置する事にした。
狼が出た時には、・・・諦めてもらおう。
暗くなる前に、野営地を決める。
小川のあるところを選んで、正解だった。トリさんを始め、全員が念入りに水浴びしている。お頭さんの足をいじった所為かな? くちばしやしっぽの先をお互いに拭い合っていたし。
うーん、申し訳ないことをさせてしまった。『温風』で、ふかふかに乾かしてあげるだけじゃ、足りない気がする。トリさん達の食べるウサギを増量した。
「あああ、焼き肉ぅ」
「これで最後でした」
「「「そんなぁ」」」
だから、北峠の隊長さんじゃあるまいし。その、ぜつぼー的な感想はどうなの。
「私がこれから狩りに行ってくる!」
立ち上がるノルジさんに、ハリセンをかます。
「事が済んでからでいいでしょ? 明日にはコンスカンタに着くんですから」
「でも、でもでもでも!」
ディさんが、涙目で訴えてくる。ハナみたい。ん?
「オボロ、どうしたの?」
なにをくわえてきたのかと思ったら、ヘビでした。おお、丸々と太ってておいしそう。
「へ!」
スーさんとディさんが、飛び退いた。
「ディさんは、食べた事ないんですか?」
ぶるぶると顔を横に振る。ノルジさんは苦笑している。グレスラさんに鍛えられてたなら、これくらいは普通だと思ったんだけど、そうでもないのか。
「え? 食べられるの?」
「え? モリィさんも食べた事ないんですか?」
「子供の頃に、一回だけ。でも、とげとげしてて食べにくかったから、嫌いになっちゃった」
あー、丸ごとかじればそうなる、のか?
「オボロ、もらっていいの?」
うみゃう〜ん
「ありがとう」
ではさっそく。でも、三メルテぐらいあるから、相棒達にも十分食べてもらえるだろう。
内臓を抜いて、手早く皮を剥ぐ。ロックアントの串に刺して、軽く塩こしょうを振って火にかける。皮は、保管。捨てるなんて、もったいない。
焼き上がった串を、ディさん達に手渡す。なにせ、それなりに量がある。一度に全部は焼けなかった。次の串をたき火にかざす。
「さめないうちに、どうぞ?」
ノルジさんは、既にかぶりついている。なんか、顔が緩んでませんか?
「で、でわ!」
スーさんが、小さくかじりとる。
「・・・私も」
「うん。アルさんの、料理、だものね」
ディさん、モリィさんも食べ始めた。
最初は、眉間にしわが寄っていたけど、噛み締めるほどに目が丸くなっていく。
「そういえば、ミハエル殿下もヘビはお嫌いのようでしたけど、焼いたら喜んで食べてましたね」
「「「「・・・」」」」
四人とも、無言。そして、あっというまに平らげてしまった。
次の串が焼き上がらないうちに、
「「「「おかわり!」ください!」」」
うん。新鮮なヘビはおいしい。と、思う。
「もう食べらんない・・・」
「満足ですぅ」
夕飯は、焼きヘビオンリー。次から次にお代わりを要求し、四人とも、満腹したら、すぐさま寝てしまった。
・・・自分と相棒達は、一切れずつしか食べられなかった。
十四日目。
日の出前に、目を覚ます。今日こそは、置いていく。
昨晩、ぐっすり寝付いていたようだから、起きるのも遅いだろう。と思ったのに。
「ぐっ」
「あいた!」
「あああれえぇぇ」
なんと、トリさんが全員をつついて起こしてしまった。
「トリさん、なんで?」
ずいずいと近づいて胸を張る。いや、わかんないから。
ムラクモ達は、なんとなく得意そうな顔をしてるし。やっぱり、わかんない。
判るのは、抜け駆けは見逃さない、ということだけ。
あーあ。
朝食は少なめだった。昨晩、あれだけ食べていればそうなる。でも、たらふく食べて、よく寝たおかげで、体力は十分に回復したようだ。
昼前に、落石現場に到着した。
「え、え? 賢者殿? なんで?」
「え? 賢者殿って、ローデンの? 本物?」
どうやら、自分達は、撤退指示を伝えにきた伝令とほぼ同着だったらしい。
汗だくの伝令さんと現場責任者らしき隊長さんが、交互に「え?」を繰り返す。
「まあ、アルさんだし」
「そうよね」
「そういえば、ローデンからここまで十四日? ですよね・・・。アハハハ」
スーさんが、乾いた笑い声を上げる。だから、自分と相棒だけならもっと早くに到着できたのに。っと、それは置いといて。
「猟師のアルファです。えっと、伝令さん? 陛下からのご指示をどうぞ」
「あ、は、はい! 落石除去班は全員マデイラに帰還、ユアラ方面の盗賊討伐に加わるよう、との命令です! 命令書はこちらに」
命令書を受け取った隊長さんは、
「命令ではありますが、では、ここの岩はどうするんですか! 開通までにどれくらい時間がかかると!」
伝令さんに詰め寄った。
「そーれわー。わわわ、賢者殿! 助けて!」
首を絞められた伝令さんが、悲鳴を上げる。ノルジさんがあわてて引きはがす。
「賢者殿が解決してくれます!」
「なんたって、賢者殿ですから」
スーさん、ディさん? なんの根拠もないでしょ。それで隊長さんが納得するとは思えない。もうちょっと説得の方法を考えてよ。
「どうやって! 今、ここに居る人数でも最低三月はかかると見積もられているんですよ?!」
ほらぁ。すんなり引いてくれなくなったし。
「あ、私も知りたい」
「そう言えば、方法とか聞いていませんでしたね」
ぐはっ。モリィさん、ノルジさん? ここで聞かないでよ。おおっぴらにしたくないんだってば。
「それとも、私がやる?」
「モリィさん! それはダメ!」
もっと、騒ぎが大きくなる。なってしまう。
騎士団長さんが報告していた通り、両脇が切り立った崖になっている街道を、人よりも大きな岩が埋め尽くしていた。作業班は、上の岩をハンマーで叩き割り、落ちてきた岩くずを切り通し手前の沢に落とし込んでいる。人数を増やそうにも、作業員の上に岩が崩れ落ちる可能性もあり、人海戦術が使えないらしい。
「切り崩しを始めて七日ほど経ちましたが、ようやく二三個の岩を割ったばかりです。かなり硬い岩の様で、騎士団の魔術師では歯が立たなくて」
ぎりぎりと歯をならす隊長さん。
「・・・どうしても、説明しないと駄目ですか?」
「賢者と名高いお方の言であっても納得できません! なにより、他国の方にご無理を強いるような事があっては、我々の名折れです!」
またもメンツか! そんなもん、大河に投げ捨ててしまえ!
つかの間、隊長さんとにらめっこする。が、説得する時間も惜しい。作業員が全員居なくなってからにしたかったけど、しょうがない。
「ええと、他言無用、ですからね? とにかく、作業している人を下がらせてください」
「・・・アルファさん? 怪我人とか、出ませんよね?」
「ディさん。自分をなんだと思ってるんですか!」
「だって、練兵場でのアレを見てれば、今度はどんな無茶をするか、気が気じゃなくて」
「ノルジさんまで・・・」
とにかく、作業員の撤収準備に取りかかってもらう。現場近くに残っているのは、自分達と伝令さんと隊長さん。
でもって、取り出しましたるは、特製収納カード。
岩の上に飛び乗る。あれまあ。本当に、切り通しいっぱいに岩が積み上がっている。これ、さっきのやり方だと、三か月でも終わらないんじゃないかな?
邪魔だ。さっさと片付けよう。
岩が崩れ落ちないよう、上の方から順にカードに放り込んでいく。ああもう、数が多い!
ん? コンスカンタ側が騒々しい。
岩の上から覗き込んで見たら、盗賊さん達がこちら側にも湧いていた。どうやら、酒を飲んでいい気分になっているらしい。でも、いちいち相手をするのも、もう面倒くさい。『瞬雷』を投げ込んで、全員昏倒させた。それを確認してから、残りの岩を片付ける。
当然、マデイラ側に居る隊長さん達にも見えるだろう。
「すみませーん。隊長さん、これ、縛ってもらえますか?」
と、振り向けば。
全員が、ぽかーんとしている。おや? 撤収作業しているはずの団員さん達まで、こちらを見ている。
「岩が、岩が・・・」
「消えちゃった・・・」
「夢か? 夢だったのか?」
「お、俺たちの苦労は・・・」
ノルジさん達は、
「・・・まあ、アルファさん、だし?」
「そうだね。・・・うん」
「あー。まあ、さすが?」
こめかみをおさえてたり、空を仰ぎ見たり、へたり込んでたり。
「ねえねえねえ! どうやって消したの?!」
も、モリィさん、揺さぶらないで! 首、首がもげる!
「だ、から、ない、しょ、ですって」
「いやーっ! 教えて教えて教えてよ!」
「そ、の、まえ、に! あっち、とうぞ、く、がぁ〜」
「え?」
やっと、手を止めてくれた。あ〜、顎ががくがくする。
「はぁ。気絶させましたけど、すぐ目を覚ますはずです。暴れる前に、捕まえて欲しいのですが」
「盗賊?!」
「だって、あの格好。商人の護衛にも騎士団員にも見えないんですけど」
「あ、あ? あっ! 第三班! 捕縛! 急げっ」
仕事熱心な隊長さんでよかった。自分は、街道に残る岩くずをカードに拾っていく。
「その、カード? みたいなので消してるの?」
「消してるんじゃなくて、しまってるんです。えーと、「空間収納」?」
「うそっ! あんなに重いものを入れたら、動けなくなるわ! いえ、持てないわよっ!」
「それが、自分が作ったら、重さも体積も関係無しにしまえちゃう代物になりまして」
「・・・」
「ただし、他の人は使えないんですよ。だから、内緒、なんです」
「「「・・・」」」
いつの間にか、ディさん達と隊長さん、伝令さんも側に来て話を聞いていた。
「これ、陛下になんとご報告すれば・・・」
「団長、信じてくれるかな・・・」
「内緒です内緒! 具体的な事は言わないでくださいお願いですから!」
ヴァンさんやローデンの団長さんにも「ずるい!」と言われたし。
「だいたい、モリィさん達が食べてた食事とか、野営道具とかも、これ、使ってたんですよ?」
「「「「あ」」」」
「移動の早さとか豪華な料理に目がいってて」
「全然、気がつかなかった」
「やっぱり、アルさんって変!」
モリィさんから、「変」の烙印をいただきました。・・・しくしくしく。
足下の、握りこぶしほどの石を拾いながら、考える。なんで、こんな面倒事に巻き込まれているんだろう。
自分は、穏やかーに、静かーに、のんびりと暮らしていたいだけなのに。変な期待をされたり、ヨコシマな下心ーな人にまとわりつかれたり、揚げ句、行くつもりもなかった国に足手まといを引き連れて強行軍するはめになったり。
・・・それもこれも、「賢者」なんて呼び名が悪い。騒動を大きくしてくれた「黒賢者」、もだ。この恨み、どうやってはらしてくれよう。
「アル殿?」
残っていた小石も、きれいに片付けた。敷石の痛んでいるところは、コンスカンタやマデイラの職人さんに任せればいい。
「アルファさん?」
ここからなら、夕方までに街門に到着するはず。
「アルさんてば!」
電撃でしびれて動けなくなっている盗賊さん達が縛り上げられているのを横目に、突き進む。意識のありそうな人は、蹴り飛ばして気絶させておく。大人しく寝てろ!
「やばい! トリさん! 急いで!」
オボロが自分の横に並んだ。背を低くしているのは「乗れ」と言っているのだろう。気が利くねぇ。
「済みませんが、先を急ぎますので、マデイラ国王陛下へのご連絡は、そちらで適当にお願いします!」
「それと、戻ったところにも捕まえた盗賊達が居るので連行よろしく、って、アルファさん、待って! スーさん、早く!」
「ムラクモのお兄さん! 置いていかないで!」
勝手国王もお仲間だというのなら、存分に相手してあげよう。待っていろ、黒賢者?
主人公の八つ当たりモード、発動しました。




