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美味賛歌

256


 晩餐までの間、ディさん達とモリィさんは街を散策。案内の兵士さん達だけでなく、トリさん達もボディガード代わりに付いている。ガーブリアの宣伝も兼ねて一石二鳥、だそうだ。


 自分は、王宮厨房に連れ込まれて、あーんなこととかこーんなこととかやらされていた。


 つまり


「なぜでしょう? 同じ作り方をしているはずなんですが」


「ちょっとだけ、火にかけている時間が長かった気がしますけど」


「おおう、なるほど」


「肉質とか厚みで加熱時間は変えないと、って、料理長さん、常識でしょう?!」


「申し訳ありません! まだ、ここの厨房の設備を熟知していないもので!」


「道具はあくまでも道具! 素材を見ていれば加減もできるでしょ!」


「「「すみません!」」」


 マデイラでは、王宮に勤めるには貴族、あるいは貴族の推薦がなければならないそうだ。

 先日、長年料理長を勤めていた人が退職し、その下で働いていた料理人の中から新しい料理長が決められた。のではなく、貴族の指名でマデイラの街の有名店から引き抜かれ、就任したのが今の料理長さん。


 で、位の高い人達に囲まれ、慣れない職場で頑張ってはいたものの、なかなか成果が出せずにいた。料理の常識すらすっぽぬけるほど、テンパっていた。そこに、のこのこと自分が現れた、と。


 だからって、自分を担ぎだすな!


 補助スタッフである他の料理人さん達は、指名した貴族の名前に遠慮してなかなかアドバイスも出来なかったとか。


 だから、自分をだしにするな!!


「自分に頼る前に、出来る事、もっとあるでしょう? 先代から勤めている優秀な料理人さん達もたくさんいらっしゃるのに、相談もしなかったんですか?」


「誠にごもっともな事で!」


 だが、今更、彼に愚痴っても始まらない。過ぎた事は変えられない。今から出来る事、は、料理だけ、か。


 あーあ。


 二三人は自分の説明するレシピを皮紙に書き取り、他の料理人さん達は、再現しようと手を動かす。自分も食材を借りて、作ってみせる。


 一通り作り終わって、全員で試食した。自分が作ったのと変わらない気がするが。


「うーん」

「どこがどう、とは言えないんだけど」

「でも違う」

「「どこが?」」

「うーん」


 食材も道具も同じ。なんだけど?


「まあ、味は覚えてもらったわけですし。後はみなさんで工夫してください」


「もう一回! もう一回作ってみるので試食を!」


「でも、そろそろ晩餐の支度を始めないと、間に合わないのでは?」


「「「「「あ」」」」」


 こらこら、本業をおろそかにしちゃいかんよ。


「こ、この際ですから! 是非一品調理していただけませんか!」


「えーと、王宮、ってことは、毒味、されるんですよね?」


「あ、はい。それはその、申し訳ないのですが決まりですので」


「それはいいんです。自分の料理、冷めたらおいしくないと思うんですけど」


「「「「「いやいやいや!」」」」」

「十分、陛下方にも召し上がっていただけます!」


「試した事もないのに?」


「そこは我々、本職ですから!」


 胸を張って言われても、さらし者にされるのは自分(の料理)なんですって!


 またも料理長さんが、手を組んで拝んでくる。


「この一ヶ月、街道の閉鎖で皆が落ち着かなく、また、私の不手際で陛下方には大変ご迷惑をかけてしまいました。少しでも気安んじていただきたいのです。そのために、是非ともご協力をお願いできませんでしょうか」


 前半は判る。だけど、それがどうしてそういうお願いに繋がるのかが判らなーい!


 お願いします。無理です。そこをなんとか! お断りします!


 と、やりとりを繰り返しているところに、自分の世話係をしているメイドさんが入ってきた。


「け、んじゃありませんでした、アルファ様。お連れさまがお戻りになりました。それで、食材を確認して頂きたいとのことでしたので、ご案内して参りました」


 メイドさんにも、賢者とは呼ばないように、みっちり言い聞かせ、もといお願いしていた。


「わざわざ、ありがとうございます。で、モリィさん、それは、なんですか?」


 いつか見た光景。山盛りの果物が持ち込まれていた。


「馬のお兄さんへのお礼がしたい、っていったら、スーさんが買ってくれたのよ」


 ほめて、と言いたげな顔をしていますが、


「・・・残念ですが、その果物はちょっと」


 ムラクモは、果物でも柑橘系は好まない。


「ノルジさん、止めてくださいよ!」


「それが、他に種類が無かったんだよ。でも、どうしても果物が欲しいって言うから」


「理由は聞かなかったんですか?」


「レモリアーナさんが、自分で食べるものだとばっかり」


 野営地での食べっぷりを見ていれば、そう思うのも無理はない。


「街道の封鎖で、入荷する種類も減ってしまっているんです」

「「「あ」」」


「そうだったんですか」


 料理長さんの説明で、納得した。マデイラ近郊ではリンゴ類は栽培されていないようだ。いや、地元の人なら問題はない、のだろうが。オレンジ、こんなに大量に、誰が食べるの。


「ところで、先ほどのお願いなのですが」


 料理長さんが、話を蒸し返す。


「なんですか? お願いって」


 スーさんが詳しく聞きたがった。


「賢者様のお料理を晩餐に・・・」

「「「「食べたーい!」」」」


 料理長さんが、最後まで言わないうちに、反旗を翻された。


「あああ、あのですね? あれは、あくまでも野営中の食事だったからで」


「いや、関係ないね」

「食べたい食べたい食べたい!」

「何が出るかなぁ♪」


 ・・・孤立無援。




 メインディッシュは、頑として拒否した。


「それでは、何を作って頂けるんでしょうか」


「食後の口直しを」


 裏切り者達に手伝わせて、土産の果物をジュースにしている。オレンジにやや酸味が混ざった味だった。


「あーん、手がベタベタするぅ」

「黙って、手を動かす。スーさん! 次、切って下さい」

「は、はい!」


 かまどを一つ借りて、しぼったジュースの三分の一を火にかける。沸騰する前に火を弱め、そこに蜂蜜を大量に投入した。


「「「へえ」」」

「そこ! まだ終わってないでしょ。全部搾る!」

「はい、はい、はい」


 蜂蜜が溶けたら火から下し、残りのジュースを少しずつ加えていく。すべて混ぜ終わったら、ここからが本番。


「・・・塩?」


 樽に砕いた氷を投入し、時々塩もふって混ぜる。樽と同じ数の鍋を用意してもらい、鍋を樽の塩氷に浸ける。そして、鍋にジュースを注いだ。


「はい、これで混ぜてください。果汁が跳ねないように、ゆっくりと」


 借りた木しゃもじを手渡す。


「え? 私たちがやるの?」


 当然です。厨房の料理人さん達は、すでに晩餐の支度に取りかかっている。余計な人手は存在しない。


「なに? 手応えが出てきた?」

「混ぜにくくなってきたわ。これでいいの?」


「全体をまんべんなくかき混ぜてください」


 厨房の隅で、五人が黙々と鍋をかき回している。場所が違えば、怪しい団体に見える事、間違い無し、だ。


「重っ。ぐ、混ぜ、混ぜるのが」

「あ、手がしびれてきた」


 鍋の中の液体は、オレンジ色の小さな結晶に変わっていく。ほぼ、全体が均一な結晶になったところで、作業終了を宣言した。


「腕、腕がぁ」

「これ、食べられるの〜?」


「晩餐のときに判ります」


 材料は判っている。作り方も見ていた。あとは、


「料理長さん? 晩餐の最後に出してください。適当な器に盛って、さじを添えるだけでいいです」


 シンプルでいこう。派手な盛りつけは要らない。


「あのぅ、我々も味見をしたいのですが」


「会場に出す前に、一口ずつどうぞ。残ったら、皆さんでとりわけてもらえればいいと思います」


「「「ありがとうございます!」」」


 そこまでやって、厨房を後にした。


「果汁? あんな風になるの? 味は?」


 ノルジさんがしきりに頭をひねっている。


「だから。後でのお楽しみ。モリィさんは、時々なめてたでしょ?」


「えへ、えへへ。あ、でも、塊になってからはやってないから!」


 だから、どこの子供ですか。


 泊まる部屋で小休憩したあと、晩餐会場に案内された。



 料理は好評だった。評判倒れとも揶揄されていた料理長さんだったが、自信を取り戻せば十全に実力を発揮できた。


 よって、


「ふむ。今宵は、素晴らしい料理であった」


 と、王様からお褒めの言葉も頂けた。


「して、これは? 何の料理であるか? 初めて見る物であるな」


 オレンジ色の物体を盛りつけられた小鉢が、各人の前に並べられる。


「あの、その、果物を使いました食後のお口直しにございます」


 王様達が、首を傾げている間に、製作者達がぱくつき始めた。


「んっ。冷たーい! でも、なに? 口の中でフワッて溶けて、甘ーい」

「氷? なのに、サクサク? どうして?」

「ノルジ、それは関係ないよ。美味しいんだから」

「・・・おかわり、ありませんか?」


 スーさん。マイペースにも程がある。が、それらを聞いていたマデイラ一同が食べ始めた。


「おぉう。甘いぞ」


 顔がほころんでいる。うん、疲れた時は甘い物が欲しいよね。


「これはボロン? にしては甘いな?」


 ふうん。あのオレンジはボロンって名前なんだ。


 作ったのはシャーベットもどき。ジュースを一気に凍らせると、削るのが大変そうだし、味の濃いところと薄いところに分離しそうだったので、塩氷を使った。冷却している最中に混ぜ続けたのは、ジュースの結晶が小さく均一になるかなーと。で、蜂蜜は、言わずもがな、甘味増量のため。

 とは説明しなかった。ただ、作っただけ。



「さすが、賢者殿」


 ひとしきり食べた後、スーさんがぼそっと口にした。しまった。口止めするのを、忘れてた!


「な、なんと! 賢者殿が、が、作られた、のか?」


 途中、テンションが下がった。当然だろう。普通、賢者という言葉と、料理を作るイメージは結びつかない。

 そもそも、自分は賢者でも料理人でもないっ!


 なのに


「さようでございます! 陛下方のご心痛を察せられて、少しでも安んじて頂きたいと!」


 そう言って、料理長さんが脅迫してきたんだよね。


「あああ、ありがたい!」

「なんと、慈愛溢れるお方か!」

「ううう、嬉しゅうございます」


 なぁっ! さっきの料理長さんの言い方だと、自主的に提供したみたいじゃない。それも、ものすごくいい人バージョンで。


「違います! 料理長さんから頼まれて作っただけですから! そういう意図はこれっぽっちもないんです!」


 って、言った時には、もう、遅かった。全員が、なんて言うの? 感涙にむせび泣いていた。自分の台詞など聞いちゃいない。


 思わず隣を向けば、ディさんがイイ顔をしてうなずいてるし。


「違うって!」


「いやいやいや。私達は判ってるから」

「やっぱり、アル殿は凄いですねぇ」

「さすが!」

「美味しい物が食べられるのは楽しいし、嬉しいわ」


 いやーっ! いじめだ、いじめっ子だぁ。


 その後、王様が解散を命じてくれるまで、偉いさん達にもみくちゃにされた。でもって、ありがとうございます、とか、よろしくお願いします、とか、耳にタコができるほど聞かされた。下手な拷問よりも、しんどかった。



 十一日目。


 暗いうちに起きた。


 四人が惰眠をむさぼっていれば、マデイラに残して行く、もとい見捨てて行く、訂正、放置して行くつもりだった。だが、自分の部屋の前で待ち構えていた。ちっ。勘のいい人達だ。


 まだ、王様達が起きて来る前に朝食を頂いた。

 そして、「落石現場にいち早く向かうため、このまま出発します」としたためた手紙をメイドさんに預けて、そそくさとマデイラを出発した。


 街中では、一応、笑顔を取り繕っておいた。でも、街門を出たとたんに仏頂面になる。


「えー。だから、今更だって言ってたのに」


「認めてません」


「そう言っているのは、アル殿だけですよ」


「認めません!」


「いやいやいや」


「皆さんも働いた分はちゃんと食べられたんだからいいじゃないですか。それなのに、あの仕打ちはあんまりです」


「それはそれ、あれはあれ♪」


 自分の主張は、一切無視するつもりらしい。やっぱり、いじめだ。そうかそうか。そういうつもりなら、こちらにも考えがある。


 街道に、隊商は見当たらない。ということで、


「みどりちゃん? 無理しない程度で」


「みどりちゃんっ。今まで頑張ってきたからもう」


 あせるノルジさんの制止を無視して、お願いした。


「かっ飛ばして?」


「「「「え?」」」」


 ゴー!


「「「「ぎゃーっ!」」」」




 街道の所々には、馬車を止められるスペースが整備されていた。野営地にも使われるのだろうが、今は誰もいない。たまに、巡回の兵士さん達が休憩しているくらいだ。

 そんな、空いていた休憩所の一つで、昼食をとる事にした。


「「「「・・・」」」」


 一晩のマデイラ宿泊で、それまでの辛さをすっかり忘れていたらしい。さらには、走りやすかった河原と違って、石畳を走ってきた事で、再びダメージをくらった。


 休憩所の脇に流れる沢から水を汲んで、お茶を用意する。


 ムラクモ達にも、水を飲んでもらう。まだ、体調に問題はないようだ。おやつ代わりの果物をぱくついている。みどりちゃんは、草原とは違っていても障害物のない所を好きなだけ走れてご機嫌だ。


 乗り手の方は、まだ起き上がれない。


「う、腕、腕が」


 あ、そうか。昨日の作業の疲れも残ってたか。やっぱり、やんごとなき身分の方々は柔だねぇ。って、今のはノルジさんだよね。


 モリィさんの胸部は、むにょんとつぶれている。苦しそうではあるが、むっちりした臀部を地面に触れさせたくないらしい。


 残る二名も、理由は同じと見た。うつぶせたまま、ぴくりともしない。


 しょうがない。


 氷枕を用意した。

 食欲大王様の呪い、というよりは、移動行程中の付けが回ってきた?


 #######


 主人公の焼き肉料理


 無意識で調理中の食材を精査し、最適火力であぶり、内部のわずかな焼きムラも見逃さない。

 一方、自分の口に合えばいいやという感覚で味付けしているので、味覚はそれほど鍛えていない。


 つまり、自覚無し。

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