ふる里は遠くに在りて
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まだ陽の高いうちに、河原に到着した。少し下れば、マデイラに通じる大きな橋が見えるはずだ。
砂地の先に、水がゆったりと流れている。所々に砂州が作られていて、葦のような草や柳のような木が生えている。対岸の崖は、ずいぶんと低く見える。その向こうの西山脈に連なる山々は、オレンジ色に山肌を染めている。
と、感慨に耽っているのは自分だけで。
「うえっぷ」
「おえぇぇぇ」
「「・・・」」
死に体の四人が、転がっていた。乗り物酔いは、しばらく放っておくしか無い。
ムラクモ達の鞍を降ろし、水辺に連れて行く。蹄などを確かめたが、怪我は無い。体調も上々だ。
「水浴びしてもいいけど、深みにはまったら助けてあげられないから、気を付けてね」
少し離れた上流側に、流れの緩やかな箇所を見つけた。小さな砂州に挟まれている。流れの幅もちょうどいい。
下流側と上流側に川底の砂を盛り上げて、塞き止める。岸側には、黒棒と長布で目隠しを設置。仕上げに、塞き止めプールの中に『噴湯』を放り込む。やや時間をおいてから、湯の温度を確かめる。上流側の堰に、細い溝を付けて川の水が入るようにする。
よし、いい感じだ。
ムラクモ達は、水浴びを終えてくつろいでいる。急いで、体の水気を拭ってあげた。河原の草は、堅めで食べにくいようだ。目隠しの近くに連れて行き、干し草と果物を取り出して与える。
「みんな、ご苦労様でした。今夜は、この辺りで休んでね」
冷茶を作ってから、四人のいるところに戻る。
「お茶、入れましたよ」
這うように、訂正、這って移動してくる。バケツに水をくんで、砂だらけの手を洗わせた。
お茶で、少しは調子が戻ってきたようだ。それなら、
「ごはんの前に、お風呂を使ってください」
「あ〜、風呂〜。って、お風呂?!」
ノルジさんが復活した。
「そこの目隠しの向こう、準備してあります。着替えは〜、これでしたよね」
預かっていた荷物を、便利ポーチから取り出して手渡す。
「ここ、ガーブリアじゃないよね? 夢?」
「入るならさっさと行ってください。ただし、混浴はナシです。覗き見も禁止。
そうそう、着替えの手伝いが必要ですか?」
ディさんもスーさんも首を横に振った。
・・・助かった。そこまでは面倒見る気はなかったからね。一人で着替えができない、とか言われたらどうしようかと思っていた事は内緒にしておこう。
「堤は、崩さないように気を付けてください。一気にぬるくなっちゃいます」
「わかった〜」
目隠しの向こうで、返事があった。
さて、男衆が風呂を使っている間にテントを張っておくか。
「ねえ。今まで使ってなかったのに、どうして?」
「今夜、雨が降りそうな気がするので」
「え? 川のそばだから水気が多いんじゃないの?」
空往くドラゴンが、気象に鈍くてどうする。
「豪雨まではいかないでしょうが、念のためです」
モリィさんに手伝ってもらって、土手寄りに、二張り建てた。
その頃、
「あぁぁぁ」
「ふうぅぅ」
ディさんと、ノルジさんの、吐息が漏れ聞こえる。
「はあぁぁ。野天での入浴とは、気持ちいいものなんですねぇ」
スーさんも気に入ったようだ。
「ガーブリアの保養所には、いろいろ趣向を凝らした施設がたくさんあって」
「スーさんは、ご利用になった事は無かったんですか?」
「恥ずかしながら、ご年配の方々の物だとばかり」
「いえいえ」
「女性の美容にも効果があるんですよ?」
「そうなの?!」
モリィさんが、会話に乱入した。そうですか、そこまでピッチピチの美貌でありながら、まだこだわりますか。
「老若男女、肌が綺麗になると宣伝してますが、更に進んで若返り効果もあるとうたっているところもあります。いえ、ありました・・・」
「今は、すべて、火山灰、に、埋まってしまって・・・」
火山の位置と風向きの関係で、温泉地は火山灰の直撃を受けていた。所によっては、一メルテ以上積もっているらしい。
パワーショベルもダンプカーなど存在しないこの世界だから、【土】系の魔術や人の手で掘り返し、人力馬力で運び出す。どれだけ労力をつぎ込む必要があるのか。かつての繁栄と復興までの道のりを思えば、どんよりなるのも無理は無い。
が、
「アンさんの活躍に期待ですね」
自分は、そう感想を述べる。暗くなってても、誰も喜ばない。
「あははは。他にも力自慢の者達が頑張ってます。とにかく、道が通らなければ、作業が進みませんからねっ」
「すみません。アンさん、って誰ですか?」
そうか、スーさんは、あの話をしている時にはもう寝てたもんね。
「アンフィのアンさんです。ガーブリアで留守番しながら、灰を掘っているそうですよ?」
「アンフィのアンさん?! あははははは!」
スーさんのツボにもはまったらしい。大笑いし始めた。
「あ、ああ、そうか。西側ではアンフィ・・・、っぷぷ」
「モナのやつ、わかっててあの名前にしたのか?! っはははは!」
え? シャレで付けたんじゃないの? ディさんとノルジさんも笑い始めてしまった。
でも、トラケリオに「トリさん」と名付けてる時点で五十歩百歩、な気がする。ガーブリアの国民性、なのかなぁ。
着替えはあっても、タオルは無い。
慌てて、トレント布を適当な長さに切って、目隠しの向こうに投げ入れる。
「お手数をおかけしました」
「こちらこそ、気が付きませんでした」
自分が水浴びする時は、『温風』で一発乾燥しちゃうから。
彼らが着替えを済ませて目隠しから出てきた。腰を落ち着けたところで、夕飯を取り出す。
いただきます。そして、ごちそうさま。
「あ!」
食べ終わってから、モリィさんが叫んだ。
「なんですか?」
「アルさん! ご褒美あるって言ってたのに!」
「え? お風呂、気に入りませんか?」
「え? 水浴びと違うの?」
「論より証拠。いいから、入ってみる!」
一緒に浸かるのは勘弁。ダイナマイトボディは刺激が強すぎる。
モリィさんに、着替えとタオル代わりの布をもたせて、目隠しの向こうに追いやり、服を脱いで入るように指示する。
「ええと。スーさん達は、耳を塞いでいるか、テントの向こうに行っている事をお勧めします」
「ここじゃダメなの?」
「・・・忠告はしました」
ばちゃん!
「ああああああああっ」
三人が真っ赤になった。言わんこっちゃない。
「き〜ぃもちいいぃ〜」
「ご褒美には足りませんか?」
「いいわぁこれぇ〜」
すでに上機嫌のようだ。穴掘りの手間はかかったが、安上がりにできた。ふふん。
見れば、三人が、こそこそとテントの向こうに引き下がっていくところだった。
湯上がりモリィさんの髪を、布で乾かす。『温風』だと、停止するたびに他の結界を解除してしまうので、面倒くさいのだ。
ということで、塞き止め湯風呂は朝まで温水垂れ流し。朝風呂もお好きにどうぞ。
それはおいといて。
「ねえねえねえ! お風呂って気持ちいいのね! ガーブリアの保養所っていうのと、どこが違うの?」
モリィさんの「なぜなに」攻撃が炸裂していた。よっぽど気に入ったらしい。実年齢でも自分より遥かに年上のはずだが、どこのお子様ですか!
ジルさんのプロポーズ大作戦といい、ドラゴンって好奇心で行動するものなの?
「ガーブリアの事なら、ディさんとノルジさんに聞いてください。お二人のふる里、本拠地、出身地、えーと、とにかく、二人に聞いてください」
まだ、髪が乾いていないので、逃げる事も出来ない。放っておけば、ぐしゃぐしゃのまま。朝のブラッシングが大変な事になる。
ちなみに、ムラクモに乗るのに邪魔にならないよう、毎朝、髪を纏めさせている。というか、自分が括ってやっている。長いしウェーブはかかっているしで、結構手間がかかる。この手触り、くせになりそう。
っおほん。
ともかく、攻撃の矛先をなすり付ける事で、自分の被害を最小限にする。
が、しかし。
湯上がり美人さんになり、さらに上機嫌で笑顔満面のモリィさんを前に、先日のセールストークはどこへやら。
視線を泳がせまくりながら、ノルジさんが、ようやく説明を始めた。
「あー、その、ガーブリアの保養所、ではぁ、地面から湧いてきたお湯を使って・・・、あれ? アルさん? さっきのお風呂、どうやって用意したんです? 湯が湧き出していたんじゃないですよね?」
げ、矛先が帰ってきた。でも、これは、説明しないと納得もしないだろうな。仕方ない。
「欠陥魔術なんですが。お湯が出るんです」
「「「は?」」」
「地下の温水をわき出させる?」
ディさんからの質問。
「違います。術具から、どばどばと熱湯が」
「どばどば!」
「魔力は! そんな、出っぱなし? 熱湯?! どうやって!」
うーん、なんと言ったらいいものか。
「だから、欠陥品なんですよ。術を止めるまで、沸騰した湯が出続けちゃうんです」
「・・・あり得ない」
「さすが、ローデンの非常識・・・」
「竜でも無理よ。そんな変な術」
ドラゴンから、「変な術」のお墨付きをいただきました。しくしく。
「って、まだ出続けている?」
スーさんも、さりげなく訊いてくる。
「朝湯もどうぞ」
「やっぱり変!」
ドラゴンから太鼓判を、・・・以下同文。しくしく。
「よく、体調がもちますねぇ」
ほとほとあきれた、と言った感じで、ノルジさんが明後日の感想を漏らす。
「そうよね。術って、術具を使うって言ってたわよね。それ、見せてもらってもいい?」
「これです」
種弾を渡す。とはいえ、見て解るのかな?
「いやぁん。魔力の固まりよ、これ」
投げ返してきた。
「え? そうですか?」
自分では、そうは感じないけど。
推察するに、種弾に込めた魔術で作動しているが、その魔力量は、竜がいやがるほどの高密度、ってことかな? でも、術式を実行するまでは、魔力も込めてないはずなんだけど。術式自体にも、それ相応の魔力が内蔵されている? 今度、ゆっくり検証してみるか。
さらに、推論を進めれば。
術弾を使った魔術は、自分にとっては極わずかな魔力で作動する。一方、それは、竜から見ても、半端ない魔力量である。ということは、本体である自分の保有する魔力量って、・・・超危険レベル? 天災級?
やばいかも。やっぱり、隔離する必要があるよね。よし、理論武装完了。さっさと、引退しよう。
「魔石、じゃないですよね。こんなもの、どうやって作って、って、アルファさんだし、・・・」
種弾をたがめすがめしていたノルジさんが、とうとう匙を投げた。
「そ、そうか、アル殿、だから」
「そうだねぇ、アルさんだものねぇ」
スーさんもディさんも、棚上げしてしまった。
「お風呂、気持ちよかったし。まあ、いいことにするわ」
モリィさんまで! まじで泣くぞ。
それでも、なぜなに攻撃が止まった今のうちだ。
「ほら、明日は、マデイラに入りますよ。ちゃんと寝て、しゃっきりした顔になっておかないと、宣伝どころじゃなくなるでしょ」
「あ、そうだね」
「せっかくだから、マデイラ王宮にも」
「寄りません! 自分だけコンスカンタに向かっていいのなら、それでも構いませんが?」
「「いやいやいや!」」
「付いていきます付いていきますから置いていかないで!」
スーさんは、ノンブレスの台詞が得意なようだ。
男女別のテントに、とっとと押し込めた。
自分は、ちょこっと湯を浴びてから、オボロを枕にして寝た。
十日目。
夜間、水トカゲやヘビなどの襲来は無かった。夜明け前に小雨が降ったが、すぐにやんだ。
気持ちのいい朝が来た。朝陽にきらめく水面も美しい。
四人とも、朝風呂を希望した。モチロン、男女別で使わせる。
モリィさんには、髪を纏めてから風呂に入ってもらった。乾かしている時間がもったいない。
それから、全員が、たっぷりと朝食をとる。
身支度を整え、野営道具を片付ける。『重防陣』や『噴湯』も解除した。露天風呂よ、さようなら。
「このまま、河原を下っていけば、大橋が見えてくるはずです」
「どれくらいで見えてくるのかな?」
スーさんが、わくわくしながら訊いてきた。
「河原の状態にもよると思いますが、昼までには橋に到着するかと」
「ミハエルは、留学後、見聞を広めるとか言って、あちこちの都市を回っているんだ。でも、私は国内の砦を見て回るのが精々で。
初めて、他の国を見るんだよ。とても楽しみだ」
そういう理由もありましたか。まあ、楽しみがあるのはいい事です。
「では、出発しましょう」
ゴー!
河原での野営風景でした。ぽろりはありません!




