表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
165/192

ふる里は遠くに在りて

524


 まだ陽の高いうちに、河原に到着した。少し下れば、マデイラに通じる大きな橋が見えるはずだ。


 砂地の先に、水がゆったりと流れている。所々に砂州が作られていて、葦のような草や柳のような木が生えている。対岸の崖は、ずいぶんと低く見える。その向こうの西山脈に連なる山々は、オレンジ色に山肌を染めている。


 と、感慨に耽っているのは自分だけで。


「うえっぷ」

「おえぇぇぇ」

「「・・・」」


 死に体の四人が、転がっていた。乗り物酔いは、しばらく放っておくしか無い。


 ムラクモ達の鞍を降ろし、水辺に連れて行く。蹄などを確かめたが、怪我は無い。体調も上々だ。


「水浴びしてもいいけど、深みにはまったら助けてあげられないから、気を付けてね」


 少し離れた上流側に、流れの緩やかな箇所を見つけた。小さな砂州に挟まれている。流れの幅もちょうどいい。

 下流側と上流側に川底の砂を盛り上げて、塞き止める。岸側には、黒棒と長布で目隠しを設置。仕上げに、塞き止めプールの中に『噴湯』を放り込む。やや時間をおいてから、湯の温度を確かめる。上流側の堰に、細い溝を付けて川の水が入るようにする。


 よし、いい感じだ。


 ムラクモ達は、水浴びを終えてくつろいでいる。急いで、体の水気を拭ってあげた。河原の草は、堅めで食べにくいようだ。目隠しの近くに連れて行き、干し草と果物を取り出して与える。


「みんな、ご苦労様でした。今夜は、この辺りで休んでね」


 冷茶を作ってから、四人のいるところに戻る。


「お茶、入れましたよ」


 這うように、訂正、這って移動してくる。バケツに水をくんで、砂だらけの手を洗わせた。

 お茶で、少しは調子が戻ってきたようだ。それなら、


「ごはんの前に、お風呂を使ってください」


「あ〜、風呂〜。って、お風呂?!」


 ノルジさんが復活した。


「そこの目隠しの向こう、準備してあります。着替えは〜、これでしたよね」


 預かっていた荷物を、便利ポーチから取り出して手渡す。


「ここ、ガーブリアじゃないよね? 夢?」


「入るならさっさと行ってください。ただし、混浴はナシです。覗き見も禁止。

 そうそう、着替えの手伝いが必要ですか?」


 ディさんもスーさんも首を横に振った。

 ・・・助かった。そこまでは面倒見る気はなかったからね。一人で着替えができない、とか言われたらどうしようかと思っていた事は内緒にしておこう。


「堤は、崩さないように気を付けてください。一気にぬるくなっちゃいます」


「わかった〜」


 目隠しの向こうで、返事があった。


 さて、男衆が風呂を使っている間にテントを張っておくか。


「ねえ。今まで使ってなかったのに、どうして?」


「今夜、雨が降りそうな気がするので」


「え? 川のそばだから水気が多いんじゃないの?」


 空往くドラゴンが、気象に鈍くてどうする。


「豪雨まではいかないでしょうが、念のためです」


 モリィさんに手伝ってもらって、土手寄りに、二張り建てた。


 その頃、


「あぁぁぁ」

「ふうぅぅ」


 ディさんと、ノルジさんの、吐息が漏れ聞こえる。


「はあぁぁ。野天での入浴とは、気持ちいいものなんですねぇ」


 スーさんも気に入ったようだ。


「ガーブリアの保養所には、いろいろ趣向を凝らした施設がたくさんあって」

「スーさんは、ご利用になった事は無かったんですか?」

「恥ずかしながら、ご年配の方々の物だとばかり」

「いえいえ」

「女性の美容にも効果があるんですよ?」


「そうなの?!」


 モリィさんが、会話に乱入した。そうですか、そこまでピッチピチの美貌でありながら、まだこだわりますか。


「老若男女、肌が綺麗になると宣伝してますが、更に進んで若返り効果もあるとうたっているところもあります。いえ、ありました・・・」

「今は、すべて、火山灰、に、埋まってしまって・・・」


 火山の位置と風向きの関係で、温泉地は火山灰の直撃を受けていた。所によっては、一メルテ以上積もっているらしい。

 パワーショベルもダンプカーなど存在しないこの世界だから、【土】系の魔術や人の手で掘り返し、人力馬力で運び出す。どれだけ労力をつぎ込む必要があるのか。かつての繁栄と復興までの道のりを思えば、どんよりなるのも無理は無い。


 が、


「アンさんの活躍に期待ですね」


 自分は、そう感想を述べる。暗くなってても、誰も喜ばない。


「あははは。他にも力自慢の者達が頑張ってます。とにかく、道が通らなければ、作業が進みませんからねっ」

「すみません。アンさん、って誰ですか?」


 そうか、スーさんは、あの話をしている時にはもう寝てたもんね。


「アンフィのアンさんです。ガーブリアで留守番しながら、灰を掘っているそうですよ?」


「アンフィのアンさん?! あははははは!」


 スーさんのツボにもはまったらしい。大笑いし始めた。


「あ、ああ、そうか。西側ではアンフィ・・・、っぷぷ」

「モナのやつ、わかっててあの名前にしたのか?! っはははは!」


 え? シャレで付けたんじゃないの? ディさんとノルジさんも笑い始めてしまった。

 でも、トラケリオに「トリさん」と名付けてる時点で五十歩百歩、な気がする。ガーブリアの国民性、なのかなぁ。



 着替えはあっても、タオルは無い。


 慌てて、トレント布を適当な長さに切って、目隠しの向こうに投げ入れる。


「お手数をおかけしました」


「こちらこそ、気が付きませんでした」


 自分が水浴びする時は、『温風』で一発乾燥しちゃうから。


 彼らが着替えを済ませて目隠しから出てきた。腰を落ち着けたところで、夕飯を取り出す。


 いただきます。そして、ごちそうさま。


「あ!」


 食べ終わってから、モリィさんが叫んだ。


「なんですか?」


「アルさん! ご褒美あるって言ってたのに!」


「え? お風呂、気に入りませんか?」


「え? 水浴びと違うの?」


「論より証拠。いいから、入ってみる!」


 一緒に浸かるのは勘弁。ダイナマイトボディは刺激が強すぎる。


 モリィさんに、着替えとタオル代わりの布をもたせて、目隠しの向こうに追いやり、服を脱いで入るように指示する。


「ええと。スーさん達は、耳を塞いでいるか、テントの向こうに行っている事をお勧めします」


「ここじゃダメなの?」


「・・・忠告はしました」


 ばちゃん!


「ああああああああっ」


 三人が真っ赤になった。言わんこっちゃない。


「き〜ぃもちいいぃ〜」


「ご褒美には足りませんか?」


「いいわぁこれぇ〜」


 すでに上機嫌のようだ。穴掘りの手間はかかったが、安上がりにできた。ふふん。


 見れば、三人が、こそこそとテントの向こうに引き下がっていくところだった。



 湯上がりモリィさんの髪を、布で乾かす。『温風』だと、停止するたびに他の結界を解除してしまうので、面倒くさいのだ。

 ということで、塞き止め湯風呂は朝まで温水垂れ流し。朝風呂もお好きにどうぞ。


 それはおいといて。


「ねえねえねえ! お風呂って気持ちいいのね! ガーブリアの保養所っていうのと、どこが違うの?」


 モリィさんの「なぜなに」攻撃が炸裂していた。よっぽど気に入ったらしい。実年齢でも自分より遥かに年上のはずだが、どこのお子様ですか!

 ジルさんのプロポーズ大作戦といい、ドラゴンって好奇心で行動するものなの?


「ガーブリアの事なら、ディさんとノルジさんに聞いてください。お二人のふる里、本拠地、出身地、えーと、とにかく、二人に聞いてください」


 まだ、髪が乾いていないので、逃げる事も出来ない。放っておけば、ぐしゃぐしゃのまま。朝のブラッシングが大変な事になる。

 ちなみに、ムラクモに乗るのに邪魔にならないよう、毎朝、髪を纏めさせている。というか、自分が括ってやっている。長いしウェーブはかかっているしで、結構手間がかかる。この手触り、くせになりそう。

 っおほん。


 ともかく、攻撃の矛先をなすり付ける事で、自分の被害を最小限にする。


 が、しかし。


 湯上がり美人さんになり、さらに上機嫌で笑顔満面のモリィさんを前に、先日のセールストークはどこへやら。

 視線を泳がせまくりながら、ノルジさんが、ようやく説明を始めた。


「あー、その、ガーブリアの保養所、ではぁ、地面から湧いてきたお湯を使って・・・、あれ? アルさん? さっきのお風呂、どうやって用意したんです? 湯が湧き出していたんじゃないですよね?」


 げ、矛先が帰ってきた。でも、これは、説明しないと納得もしないだろうな。仕方ない。


「欠陥魔術なんですが。お湯が出るんです」


「「「は?」」」

「地下の温水をわき出させる?」


 ディさんからの質問。


「違います。術具から、どばどばと熱湯が」


「どばどば!」

「魔力は! そんな、出っぱなし? 熱湯?! どうやって!」


 うーん、なんと言ったらいいものか。


「だから、欠陥品なんですよ。術を止めるまで、沸騰した湯が出続けちゃうんです」


「・・・あり得ない」

「さすが、ローデンの非常識・・・」

「竜でも無理よ。そんな変な術」


 ドラゴンから、「変な術」のお墨付きをいただきました。しくしく。


「って、まだ出続けている?」


 スーさんも、さりげなく訊いてくる。


「朝湯もどうぞ」


「やっぱり変!」


 ドラゴンから太鼓判を、・・・以下同文。しくしく。


「よく、体調がもちますねぇ」


 ほとほとあきれた、と言った感じで、ノルジさんが明後日の感想を漏らす。


「そうよね。術って、術具を使うって言ってたわよね。それ、見せてもらってもいい?」


「これです」


 種弾を渡す。とはいえ、見て解るのかな?


「いやぁん。魔力の固まりよ、これ」


 投げ返してきた。


「え? そうですか?」


 自分では、そうは感じないけど。


 推察するに、種弾に込めた魔術で作動しているが、その魔力量は、竜がいやがるほどの高密度、ってことかな? でも、術式を実行するまでは、魔力も込めてないはずなんだけど。術式自体にも、それ相応の魔力が内蔵されている? 今度、ゆっくり検証してみるか。


 さらに、推論を進めれば。


 術弾を使った魔術は、自分にとっては極わずかな魔力で作動する。一方、それは、竜から見ても、半端ない魔力量である。ということは、本体である自分の保有する魔力量って、・・・超危険レベル? 天災級?


 やばいかも。やっぱり、隔離する必要があるよね。よし、理論武装完了。さっさと、引退しよう。


「魔石、じゃないですよね。こんなもの、どうやって作って、って、アルファさんだし、・・・」


 種弾をたがめすがめしていたノルジさんが、とうとう匙を投げた。


「そ、そうか、アル殿、だから」

「そうだねぇ、アルさんだものねぇ」


 スーさんもディさんも、棚上げしてしまった。


「お風呂、気持ちよかったし。まあ、いいことにするわ」


 モリィさんまで! まじで泣くぞ。


 それでも、なぜなに攻撃が止まった今のうちだ。


「ほら、明日は、マデイラに入りますよ。ちゃんと寝て、しゃっきりした顔になっておかないと、宣伝どころじゃなくなるでしょ」


「あ、そうだね」

「せっかくだから、マデイラ王宮にも」


「寄りません! 自分だけコンスカンタに向かっていいのなら、それでも構いませんが?」


「「いやいやいや!」」

「付いていきます付いていきますから置いていかないで!」


 スーさんは、ノンブレスの台詞が得意なようだ。


 男女別のテントに、とっとと押し込めた。


 自分は、ちょこっと湯を浴びてから、オボロを枕にして寝た。



 十日目。


 夜間、水トカゲやヘビなどの襲来は無かった。夜明け前に小雨が降ったが、すぐにやんだ。


 気持ちのいい朝が来た。朝陽にきらめく水面も美しい。


 四人とも、朝風呂を希望した。モチロン、男女別で使わせる。

 モリィさんには、髪を纏めてから風呂に入ってもらった。乾かしている時間がもったいない。


 それから、全員が、たっぷりと朝食をとる。


 身支度を整え、野営道具を片付ける。『重防陣』や『噴湯』も解除した。露天風呂よ、さようなら。


「このまま、河原を下っていけば、大橋が見えてくるはずです」


「どれくらいで見えてくるのかな?」


 スーさんが、わくわくしながら訊いてきた。


「河原の状態にもよると思いますが、昼までには橋に到着するかと」


「ミハエルは、留学後、見聞を広めるとか言って、あちこちの都市を回っているんだ。でも、私は国内の砦を見て回るのが精々で。

 初めて、他の国を見るんだよ。とても楽しみだ」


 そういう理由もありましたか。まあ、楽しみがあるのはいい事です。


「では、出発しましょう」


 ゴー!

 河原での野営風景でした。ぽろりはありません!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ