道は後ろにできるもの
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「ん。美味しそうな匂いがする〜」
食欲大王様が、起床した。
「ディさん達が目を覚ましたら、夕飯にしましょう」
「味見しちゃ、ダメ?」
可愛くおねだりしても、だめなものはだめ。
「味見じゃ済まないでしょう?」
気に入った料理は、気が済むまで食べたがる。[森の子馬亭]でもらった大量の餞別は、すでに半分を切ってしまった。・・・帰り道は、どうしたらいいんだろう。
「普段からそんなに食べてたら、竜の里では食べるものが無くなっちゃいませんか?」
「成竜は、普段、大気から魔力をもらっているわ。たくさん動物とか食べるのは子供だけ」
「モリィさん、大人でしょ?」
「え〜、ワタシ、こどもだも〜ん」
うそつけ! そんな、メリハリボディーな子供なんか認めない!
「アルファさんの焼いてくれるウサギ? こう、なんていうのかな、じゅわぁ〜、で、ぐわぁっ、で、ごくり、なの」
わかりません。
「あ、私も欲しいです」
ディさんが、寝転がったまま手を挙げた。
「半身でいいですから〜」
「これは、うちの相棒達のごはんです」
「「そこをなんとか!」」
ディさんなら、王宮でいくらでも高級料理を食べているだろうに、なんだって、欲しがるんだ?
「こう、癖になるっていうか、味付けと焼き加減がもう・・・」
こらこら、よだれが出てますって。
「味付けって、塩とコショウと蜂蜜しか使ってませんよ?」
「「蜂蜜?」」
コショウは、街の周辺で栽培されているものを使っている。塩は、岩塩。蜂蜜はロックビーのだけど。
「たっぷりの塩をもみ込んで、しばらく置いて、洗い流して、こしょうをふって、まんべんなく火を通すようにして、途中で水で薄めた蜂蜜を塗って、焼いて、また塗って」
と、いいながら、手早くウサギをひっくり返す。ああ、これももう十数羽しか残ってない。いいや、ここで全部焼いていこう。あとで、こっそり、東の草原に狩りにいけばいいか。
焼き上がったウサギを、少し冷ましてから、相棒達に渡す。
「はい、今夜の見張り番もよろしく」
肉を骨からはずして、トリさんにもお裾分け。
「あー、いいなぁ。トリさん、少しだけ、ぇっぷ」
軽く蹴られた。食事の邪魔をしてはいけないよ?
「ふえぇん。嫌われた」
「ごはんを横取りしようとするからです。ねぇ、トリさん?」
こちらも、気に入ってくれたようだ。あっというまに平らげてしまった。
「そこに、水を汲んできてありますから、顔を洗って。スーさんとノルジさんも起こしてください」
「ん〜、起きてま〜す」
ノルジさんも、ようやく体を起こした。
ぐ、ぐぐぐぐうぅぅぅぅ
スーさんのお腹の辺りから聞こえたような・・・。気のせい、気のせい。仮にも王子さまが、
ぐきゅぅるるるる
そこには、顔を真っ赤にしたスーさんがいた。
「・・・夕飯にしましょう」
「お願いします」
返事は、とても小さかった。
ノルジさんとディさんに、夕飯用の果物のバケツを渡す。ムラクモにもちゃんと用意する。
それから、自分たちの夕食にした。もっとも、トリさんは、ディさんの背後に座り込み、食べ物を頻繁に催促していた。
「こっち? はい、トリさん」
なかなか、落ち着いて食べられないようだ。
「親しき仲にも、礼儀有り、です。食べ物のことならなおさら」
「はい。反省しました。しましたから。トリさん、許して!」
トリさんは、ディさんの頭を軽く小突いてから、ムラクモの休んでいる方に歩いていった。うん、トリさんがディさんの面倒を見ているわけだ。おおいに納得した。
トリさんとディさんのやりとりを見ていたモリィさんも、オボロに謝った。
「ごはんを取り上げようとしました。ごめんなさい」
じーっと、モリィさんの顔を見ていたが、おもむろにべろんとなめた。
「ひゃっ」
おどろいて、倒れ込んだところに手を添えてうつ伏せにひっくり返す。
「え? え?」
次は、両手をモリィさんの腰に添えて、ぐいーっと。
「あ、あああ、うわああああ」
・・・マッサージをしていた。どこで、そんなことを覚えてきたんだ。
いい感じにツボが押されているようだ。はぁ、とか、ふうとか、気持ち良さげな吐息に変わる。
「よかったですね。オボロは気にしていないそうです」
「ああ、そこそこ、そこが、いい〜」
オボロの肉球が勝った。
「・・・器用ですねぇ」
身悶えるモリィさんをみて、スーさんが感心している。
「自分が教えたんじゃないんですよ?」
「いえいえ、さすが賢者さまの従魔だなぁと」
「それは禁句!」
まだ、騒動を増やす気か? この腹黒王子さまは。
「今更じゃないですか」
ねばるスーさん。ならば。
「では、スーさんはここに居残りで」
「申し訳ありませんもう言いません」
ちょいと卑怯な脅しではあったが、半分本気だもん。少しは反省して欲しい。
いつのまにか、モリィさんは寝落ちしていた。そして、次の獲物に選ばれたのは、
「え? 私? わたしはいいです遠慮します乗せていただいていただけですからぁぁあ」
スーさんも、抵抗むなしく肉球マッサージの餌食にされた。
「アルファさんの従魔は、ええと、揃って個性的、というか」
ノルジさんが、言葉選びに四苦八苦している。だけど、相棒達がユニークなのは、断じて自分がそうしむけたのではない。もともとだ。そのはずだ。
「それをいうなら、みどりちゃんこそ」
あの、ラブラブ感は尋常じゃない。
「いやいや」
「いえいえ」
ユキ、ツキ、ハナは、すでに不寝番に出ている。この辺りだと、ヒョウが出没するらしい。無理はするな、もとい余計なちょっかいは出すなと、念を押しておいた。
野営地には、『重防陣』を展開済みなので、大事にはならないけど。
「それにしても、おかしいと思いませんか?」
「何が?」
最後のウサギを丸焼きにしながら、ノルジさんに質問した。
「昨日の野営地です。すぐ近くにユアラがあるのに、あんなに盗賊が湧いて出てくるなんて」
「街道から離れていたからでは?」
と、ディさん。
「あれだけの規模の盗賊団なら、すぐに騎士団に知られて討伐されていそうなものです」
北都の巡回隊の隊長さんと話をした時、盗賊との駆け引きのようなものがあって苦労すると聞いた。大所帯の盗賊団だと、少人数のグループを作って巡回の裏をかこうとするとか、同じ場所では襲わないようにするとか。他の都市でも似たようなものだろう。
「そういえば、そうだね」
「襲撃ポイントも、いかにも、な場所でしたよね。定期的に巡回がまわっていれば、真っ先に避けていそうな」
「ユアラから、巡回が出ていない?」
「街で何かあったのかな?」
「知りたいなら、戻ります? でもって・・・」
「いやいや!」
「ユアラの問題は、ユアラに解決してもらって!」
「それなら、自分の見届け役も」
「いやいやいや!」
「それはそれだから」
「付いていく。付いていきます。置いてかないで!」
ちっ。放り出せるかと思ったのに。
「アルさんの料理が食べられないなんて、我慢できないっ」
はい? ああ、餞別の方か。
「ローデンに戻って、[森の子馬亭]で好きなだけ食べて下さい」
「ちがう! アルさんのウサギ料理が食べたいの!」
「ただの、猟師飯ですが」
「「いやいや!」」
あれ? そこまでの味かなぁ?
「自覚が無いって・・・」
「そろそろ、バターとか無くなりますから。どちらにしろ、食べ納めですね」
「「いやぁぁあ!」」
男二人が、絶望的な悲鳴を上げた。北峠の隊長さんみたいだな。
八日目。
昨日、昼寝もしたおかげか、全員すっきりした顔をしている。今日も張り切っていきましょー。
「・・・アルさん。何処いくの?」
「どこって、マデイラですけど」
マデイラの手前には、ごんぶとな大河が横たわっている。右岸は切り立った崖になっていて、船で渡っても登れるところが無い。コンスカンタに向かうには、橋に直結しているマデイラに入る必要がある。
「街道にしよう。ね? そうしようよ」
ノルジさんが、涙目になって哀願する。だけど。
「ここから、街道に向かっても、似たような地形のはずですけど」
「うそぉぉぉぉ!」
野営地を下って小川を越えて、次の丘を登った先には、昨日の丘陵地とは似ても似つかない、岩石砂漠が広がっている。ごつごつとした岩肌がうねる大地の所々に、割れ目のようなものが見える。枯れ川に水が溢れるたびに、削り取っていった跡だ。どれも、四メルテ弱の幅しかない。
「みどりちゃん、あれくらいなら飛べるよね?」
大きくうなずくみどりちゃん。頼もしい。
「え、え? みどりちゃん、無理だよ。やめとこうよ」
「じゃ、皆さんはユアラに戻ってください」
「それもいや!」
「ね? 私、飛んでいったら、だめ?」
「待ち合わせ場所をどうするんですか」
「あああ」
モリィさんが、頭を抱えた。
「ちゃんとしがみついててくださいねー」
「待って! ってえぇぇぇ!」
ゴー!
四頭は、岩肌を滑るように移動していく。が、乗り手は、いままでとは勝手が違ったようだ。
ムラクモの合図で、早めに休憩を取る。でも、
「うぷ」
「もうだめ」
食事どころじゃないらしい。
「アルファ、さん、な、なんで、平気なの!」
「慣れ、ですね」
西街道の爆走に比べれば、池の小舟ぐらいなものだ。オボロも、おふざけを控えてくれたし。
朝汲んでおいた水を、トリさん達に与える。この辺りに、水場は無い。
そういえば、さっきいいものが生えていたような。
探しにいってみれば、ありました。ロストリス。
北峠で採取したものは、クモスカータで使い果たしていた。念のためだ、少しとっておこう。誰も見てない、だから勝手採取でもばれない。
程々に、棘と実を採取した。だけど、実の数が少ない。年中採れるものではなさそうだ。
リタリサは、小さな株しかなかったので、採取しなかった。ちょっと残念。
「そろそろ出発しないと、予定の野営地に到着できませんよ〜」
そう声を掛けると、四人は、よろけながらも騎乗した。
「では!」
「「「・・・」」」
ゴー!
夕方、野営地では、初日と同じ光景が見られた。
湧き水があったが、水量は少ない。『水招』でも、バケツ四杯分しか集まらない。そうか、空気中の水分が少なければ、量も減るのか。
それはさておき。
湧き水は、トリさん達に飲んでもらう。
『水招』で集めたうちのバケツ一つのさらに半分を氷にして、氷枕を四つ作る。四人に渡せば、お尻に当てたり、頭に乗せたり。カメラがあれば、楽しいレポートに追加できるのに。残念。
氷の上から縄茶を注いで冷茶を作り、それぞれに渡せば、一気飲みするし。
「すみません。もう一杯」
「私も」
全員が、お茶のお替わりをした。
野営地に選んだ場所は、亀裂の無い岩棚だが、念のため、トリさんとハナ達に探索してもらう。・・・サソリとかクモとかトカゲとか。
トリさんは、目についたものを片っ端からおやつにする。ハナ達は、風を使って切り刻む。それも、最後はトリさんのお腹に収まった。
「はい。お掃除、ありがとう」
今夜は、ハナ達も『重防陣』の中に入ってもらう。小さな毒虫は、銀狼の手には余るだろう。朝、サソリに刺されて痙攣していた、なんてところは見たくない。
今日の移動は、かなりこたえたようだ。モリィさんでさえ、おにぎり一個を食べるのが限界で、すぐさま横になってしまった。
もう少しの辛抱だ。
九日目。
「アル殿。もう、勘弁です」
出発前、スーさんから泣きが入った。
「大丈夫ですよ。昨日よりは移動時間が短くて済むはずですから」
「そのぶん、飛んだり跳ねたりするんでしょ!」
モリィさんも、半泣きだ。
「うーん」
それは、行ってみないとわからない。
「今日、頑張ったら、ご褒美あります」
「ウサギ料理だけじゃ足りないわよぅ」
「それは、着いてのお楽しみ♪」
なぜか、男性三人が身を引いた。いやいや、オボロのスペシャルマッサージじゃないから。
「それでは、トリさん、みどりちゃん、今日もよろしくお願いします。ムラクモ、オボロも頼むね」
というわけで。
ゴー!
「「「ぎゃーっ!」」」
いつの間にか、胃袋をつかんでいた主人公。




