愉快な道中記
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二日目。
昼食を含めて二回の休憩を取った。途中、現れた盗賊達は、『瞬雷』で動けなくなったところを、トリさんに蹴飛ばされた。死んではいないようなので、置いていった。きっと、仲間が拾ってくれるだろう。
夕方、野営地では、昨日と同じ光景が。とにかく食事をさせて眠らせる。
三日目。
今日は、早めの昼食と、前後に軽食二回の休憩を取った。
途中、狼の縄張りに踏み込んでしまったようだが、オボロとトリさんの一喝で素直に引き下がってくれた。
夕方、野営地では、四人とも食事を終わらせるとすぐに寝てしまった。自分は、トリーロさんの資料を読んでから休んだ。
四日目。
ケセルデ近郊を通過。もちろん、都市には入らない。
開墾したばかりの農場を通り過ぎるときは、並足にしてもらった。作業中の人達の視線が痛い。明るい声で、ディさんとノルジさんが、わざとらしい会話でガーブリアの宣伝をする。乗りのいいモリィさんの合いの手に、なにやら納得した様子。それとも、アレ? アレの説得力の所為なの?
野営地で結界を張る前に、ヘビが入り込んでいた。反省。しかし、オボロのおもちゃと化し、トリさんのくちばしでとどめを刺された。そのまま、トリさんのおやつに。夕食に、ウサギの薫製肉を差し出すと、トリさんは美味しそうに食べてくれた。
明日からは、肉も調理して出す事にする。在庫が減らせるので大いに結構。なお、モリィさんも、興味津々。少しだけ味見に分けたら、さらにねだられた。殿下方にも、お代わりを要求された。
相棒達も含めて、魔獣達の体調はすこぶる快調。特製ジュースが効いたかな? 特に、二人も乗せているみどりちゃんの頑張りに脱帽。無理はするなと言い聞かせる。
五日目。
モリィさんがやかましい。乗馬に慣れてくると、今度は、周囲のあれこれに興味が湧いてきたらしい。んなもん、暇なときに勝手に見に来ればいいのに。
でも、ムラクモが頑として主導権を渡さないので、迷子になる事は避けられている。偉いぞ、ムラクモ。
男衆三人も順応してきたようなので、昼食後、もう少し速度を上げてもいいよ、と、みどりちゃんをそそのかす。
夕方、野営地では初日と同じ情景が見られた。今夜のウサギは、バター焼きにした。明日の夕食用の仕込みも作っておく。
六日目。
今日は、側道を通った。本街道ほど立派なものではないが、橋が架かっているからだ。ただ、その前後には盗賊がよく現れるとの情報有り。
なんと、彼らは樹上から飛び降りてきた。が、『重防陣』に阻まれた。プールで飛び込みに失敗したときのような、痛そうな音がした。いくつも。そして、結界からずり落ち、後方に取り残されていった。
ただ、トリさんも、結界に阻まれて手出し(足出し)が出来ない。とても悔しそうだった。
橋を渡った先にも現れた。道のど真ん中にずらりと並んで待ち構えていた。今度は、結界を張らずに『瞬雷』と水晶弾で動きを止める。下手に林に隠れられているよりも、当てやすかった。
でもって、哀れにも、トリさん達の八つ当たりの餌食にされた。特に、みどりちゃんが容赦なかった。走るペースを崩されたのが気に入らなかったようだ。道の左右に、蹴り飛ばされていく。死者はいなかったので、全員放置。
その後、さらに速度を上げて走り出す。
夕方、ユアラ近郊に到着。野営地では初日と同じ情景が見られた。
「みどりちゃん、まだ先はあるから。張り切りすぎないでね?」
夕飯の干し草と果物を出して渡す。が、まだ、悔しそうだ。しきりに脚を踏み鳴らしている。
「大丈夫。明日は、また気持ちよく走れるって」
自分が宥めている横では、ノルジさんが餅のように伸びている。
「お、もいだ、した」
なんの呪文?
「あるふぁ、さん。なんで、へいき、なの、?」
平気だったら、夜間、寝ずの番をしているけど? 索敵しながらオボロでロデオは疲れるって。だから、ユキ達に、夜の警護を頼んでるんじゃないか。
「そうよ、ね。竜の、体力、より、ある、なんて」
モリィさん、舌がもつれてます。
「まあ、前に走ったときよりは楽ですが。全く平気という訳でもないです」
「「うそだぁ」」
失礼な。
その証拠に、ドリアード入りジュースじゃ物足りなくて、特濃ヘビ酒をぐびぐびやってます。言えないけど。たぶん、ノルジさんが一口飲んだら、それこそ魔力酔いでひっくり返るだろう。ばれないように飲むのも大変なんだから。ぷんぷん。
「もう、諦めませんか? ユアラまで送りますから」
「やだっ」
モリィさんが、すかさず拒否する。
「ついて、いき、ますぅ」
「わたし、もぉ」
ディさんとスーさんが、か細い声を上げる。
「そう、いう、こと」
ノルジさんが締める。やれやれ。
夕飯には、昨晩つけ込んでおいたウサギ肉の味噌漬けを焼いて出した。トリさんほか人族にも好評だった。
夜間にも、盗賊の襲撃があった。『重防陣』でガードしているが、更に内向きの『隠鬼』を使った。これで、外でどれだけ騒ぎが起きても、ディさん達は安らかに眠る事が出来る。
盗賊ご一行様は、たき火は見えても、見えない壁に邪魔されて近づけず、大騒ぎしている。それを、片っ端から『瞬雷』と水晶弾で無力化していった。
自分も早く寝たかったのに。
よし、いたずらしちゃえ。
七日目。
朝、結界を解除する。
「・・・アルファさん? これ、なんですか?」
「面白くありませんか?」
「そうじゃなくて!」
ノルジさんが、慌てている。
うつ伏せに寝かせられた彼らは、誰かの右足と別の誰かの左足が結びつけられている。二人三脚もどきの出来上がり。さらに、一人挟んだ人の左右の手をつないだ。全員が、タイミングを合わせなければ、立ち上がる事も出来ない。顔をよじるたびに、草が鼻だの顎だのをくすぐっている。くすくす。
「てめぇ、ちゃんとやれよ!」
「お前こそ!」
「このやろう! とっとと、はずしやがれ! っくし!」
とまぁ、賑やかだこと。
「昨夜のお客さんを、精一杯おもてなししてみました♪」
ジタバタもがくおじさん達の目の前で、ホカホカの朝食を優雅にたっぷりといただく。焼きたてパンに、よく煮込まれたシチュー。ああ、いいにおい。
「ぐああ」
「よこせーっ」
「ちくしょうっ」
「アルさん? なんて言っていいか・・・」
ディさんが、なんとも言いがたい顔をしている。
「人の安眠を妨害するような輩に、ごはんを食べさせる義理も情けもありません」
「今朝のごはんも、本当に美味しいわぁ」
「「「・・・」」」
モリィさんが、双方にとどめを刺した。天然って恐ろしい。
盗賊達は、そのまま放置。苦情その他諸々も、一切無視。手間賃に、武器はすべて没収させてもらった。なお、手足を結ぶのに服を裂いてひもを作ったから、全員が、ほぼ、下着一枚。風邪引く前に、拘束がほどけるといいね。
野営地の後片付けをして、出発する用意ができた。
「さて、今日は早めに休憩しましょうか。自分も、お客さんの相手をしたら疲れました」
「うそつけぇ」
ほんとだもん。
「移動は、午前中だけ。ということで、今日は思いっきり行ってみましょう」
「「「「え?」」」」
ゴー!
いくつかの緩やかな丘を越えた先に、つぎの丘が遠くに見えた。その間に広がる草地に、障害物は見当たらない。
「よっし、ムラクモ、トリさん、みどりちゃん? 競争オッケー!」
「ま、待って」
「そうだ、みどりちゃん。ノルジさんと二人でいく?」
だが、ヤル気らしい。スーさんが降りようとするのを見事に邪魔をする。
「んじゃ。よーい、どん!」
「あきゃああぁぁぁっ」
「ひゃぁああぁぁぁ〜」
「ぶっ、トリさん?! ちょっとぉぉぉぉ」
嬉々としてスタートダッシュしていった。
「ユキ、ツキ、ハナ〜。みんなも昼のお散歩しようか」
四頭が揃ったところで、自分も混ざる。ずーっとオボロにしがみついていたからね。
「いこうか」
こうやって、揃って走るのも久しぶりな気がする。天気は上々。楽しいねぇ。
ユキ達も楽しそうだ。よかった。
前方では、抜きつ抜かれつ左右に蛇行しながら、すっごい勢いで走り抜けている三頭がいる。時折、「きゃっほー!」とか、「さいっこー!」とか聞こえてくる。落馬はしていないので、問題ない。
だいぶ遅れて、次の丘に到着してみれば。
満足げな顔をしたトリさん達と、
「ひどいぃ〜」
「も、もうだめ・・・」
「「・・・」」
自分を見るなり文句を言うモリィさん、指先をピクピクけいれんさせているノルジさん、声も出せずに突っ伏している殿下方、が待っていた。
「楽しかった?」
三頭とも、大きく頭を振って同意を示す。それはよかった。
四人は疲れている様なので、そのまま寝かせておく。
少し下ったところに小川がある。ユキ達に四人の見張りもとい看護を頼み、三頭を連れて水を汲みにいった。
お茶用と洗顔用の水を汲んでから、三頭に水浴びを勧める。鞍を預かると、ざぶざぶと小川に入っていった。
「さっぱりしたら、ごはんにしようね」
彼らを川に残して、丘に戻る。四人は、まだ、死んでいた。
また、濡らした布を用意して手渡す。冷たい水の感触で、息を吹き返したようだ。ゆっくりとした動作で、顔を拭き始めた。
湯を沸かして、お茶の用意もできた。
「そのまま寝ててもいいですけど、お茶、飲みませんか?」
「ねえ。アルファさん?」
ノルジさんが口を開く。
「はい。お茶を入れますね」
「そうじゃなくてぇ。その体力、どこから来てるの?」
「さあ。どこからでしょう。自分でも判りませんねぇ」
なんたって、正体不明な謎の生物Xだ。あ、そう言っちゃうと不気味かも。やめやめ!
「こ、この際だから言っちゃうけど! 稀人にしても規格外過ぎる!」
「そう言われても。でも、どうでもいいじゃないですか」
「どこが?」
「ちょっと体力のある猟師だった、ってことで」
「えぇえええ! それって! それって、それ、でいいのかな、そういうこと? ええ?」
一人でツッコミを始めたノルジさん。好きにしてて。全員の顔の脇に、入れたての縄茶のカップを置く。
「あ、いい香りぃ」
さすがモリィさん、いち早く復活の兆しをみせた。食欲大王と呼んであげよう。
「先に、何か食べますか?」
「ううん。まだ、いいわ」
ムラクモ達が水浴びから戻ってきた。軽く、体の水気を拭いてやり、食事の用意をする。おお、モリモリ食べる食べる。
「みどりちゃん、すっごく、楽しそう」
「楽しかったんでしょう」
「私の処に来て、つまらなかった、のかな?」
あ、ノルジさんが自沈した。
「それとこれとは、話が違うと思います。
火山に追い立てられて、街で暮らすようになって、ノルジさんと一緒にいるのは楽しいけれど、でも、好きに走り回れるところがなくて。まあ、今までの鬱憤を晴らした、って所じゃないでしょうか」
「うう、みどりちゃぁん。気が付かなくて、ごめんねぇ」
みどりちゃんは、ノルジさんの髪に優しく触れる。はいはい、ラブラブなのね。放っておこう。
「では、トリさんはどうなのでしょう?」
ディさんまで訊いてきた。いや、トリさんの表情と言うか感情はよくわからないよ? でも、
「ムラクモと走ってるときは、生き生きしていた気がします。ライバルと競い合えたのが楽しかった、のかな?」
ムラクモもトリさんも、お互いを見て、小さくうなずく。気は合っているようだし。
「ほら、みどりちゃんはノルジさんラブで、トリさんには構ってくれないっていうか・・・」
「ああ。納得できます。赤手熊のアンさんは、腕力自慢の方だし。体格の事もあって、ガーブリアで留守番、なのですが」
アンさん! わはははは。
「その、アンさんがどうしたんですか?」
「なぜか、土木工事に興味を示していて、積もった灰を取り除くのに夢中なんです」
わーはははははっ! 楽しい! 楽しすぎる! 土建が趣味の熊! ねじり鉢巻してツルハシ担いだ三つ編みおさげの熊、を想像してしまった。お腹がよじれそう。うくく。
「一度、お会いしたいですねぇ」
「是非とも! 国を挙げて歓迎しますよ!」
ディさんが嬉しそうに、さそってくれる。まあ、そんな機会はないと思うが、想像する分には構わないよねぇ。ぶふふふ。
昼食は、軽くおにぎりで済ませた。その後、四人は昼寝。相棒達は、のんびりと草を食べたり、木陰で寝てたり。
でも、自分まで寝てしまうわけにはいかない。
気安く話はしていても、王族様を二人も預かっているんだ。万が一なんて起こしちゃならないわけで。
ハナ達用のウサギの丸焼きをせっせと作りながら、時間をつぶす。
ああ、護衛依頼も自分には向いてない。やっぱり、さっさと、隠居しよう。
それなりに楽しんでいるようです。さて、後半は?




