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愉快な道中記

522


 二日目。


 昼食を含めて二回の休憩を取った。途中、現れた盗賊達は、『瞬雷』で動けなくなったところを、トリさんに蹴飛ばされた。死んではいないようなので、置いていった。きっと、仲間が拾ってくれるだろう。


 夕方、野営地では、昨日と同じ光景が。とにかく食事をさせて眠らせる。


 三日目。


 今日は、早めの昼食と、前後に軽食二回の休憩を取った。

 途中、狼の縄張りに踏み込んでしまったようだが、オボロとトリさんの一喝で素直に引き下がってくれた。


 夕方、野営地では、四人とも食事を終わらせるとすぐに寝てしまった。自分は、トリーロさんの資料を読んでから休んだ。


 四日目。


 ケセルデ近郊を通過。もちろん、都市には入らない。


 開墾したばかりの農場を通り過ぎるときは、並足にしてもらった。作業中の人達の視線が痛い。明るい声で、ディさんとノルジさんが、わざとらしい会話でガーブリアの宣伝をする。乗りのいいモリィさんの合いの手に、なにやら納得した様子。それとも、アレ? アレの説得力の所為なの?


 野営地で結界を張る前に、ヘビが入り込んでいた。反省。しかし、オボロのおもちゃと化し、トリさんのくちばしでとどめを刺された。そのまま、トリさんのおやつに。夕食に、ウサギの薫製肉を差し出すと、トリさんは美味しそうに食べてくれた。

 明日からは、肉も調理して出す事にする。在庫が減らせるので大いに結構。なお、モリィさんも、興味津々。少しだけ味見に分けたら、さらにねだられた。殿下方にも、お代わりを要求された。


 相棒達も含めて、魔獣達の体調はすこぶる快調。特製ジュースが効いたかな? 特に、二人も乗せているみどりちゃんの頑張りに脱帽。無理はするなと言い聞かせる。


 五日目。


 モリィさんがやかましい。乗馬に慣れてくると、今度は、周囲のあれこれに興味が湧いてきたらしい。んなもん、暇なときに勝手に見に来ればいいのに。

 でも、ムラクモが頑として主導権を渡さないので、迷子になる事は避けられている。偉いぞ、ムラクモ。


 男衆三人も順応してきたようなので、昼食後、もう少し速度を上げてもいいよ、と、みどりちゃんをそそのかす。


 夕方、野営地では初日と同じ情景が見られた。今夜のウサギは、バター焼きにした。明日の夕食用の仕込みも作っておく。


 六日目。


 今日は、側道を通った。本街道ほど立派なものではないが、橋が架かっているからだ。ただ、その前後には盗賊がよく現れるとの情報有り。


 なんと、彼らは樹上から飛び降りてきた。が、『重防陣』に阻まれた。プールで飛び込みに失敗したときのような、痛そうな音がした。いくつも。そして、結界からずり落ち、後方に取り残されていった。

 ただ、トリさんも、結界に阻まれて手出し(足出し)が出来ない。とても悔しそうだった。


 橋を渡った先にも現れた。道のど真ん中にずらりと並んで待ち構えていた。今度は、結界を張らずに『瞬雷』と水晶弾で動きを止める。下手に林に隠れられているよりも、当てやすかった。

 でもって、哀れにも、トリさん達の八つ当たりの餌食にされた。特に、みどりちゃんが容赦なかった。走るペースを崩されたのが気に入らなかったようだ。道の左右に、蹴り飛ばされていく。死者はいなかったので、全員放置。


 その後、さらに速度を上げて走り出す。


 夕方、ユアラ近郊に到着。野営地では初日と同じ情景が見られた。



「みどりちゃん、まだ先はあるから。張り切りすぎないでね?」


 夕飯の干し草と果物を出して渡す。が、まだ、悔しそうだ。しきりに脚を踏み鳴らしている。


「大丈夫。明日は、また気持ちよく走れるって」


 自分が宥めている横では、ノルジさんが餅のように伸びている。


「お、もいだ、した」


 なんの呪文?


「あるふぁ、さん。なんで、へいき、なの、?」


 平気だったら、夜間、寝ずの番をしているけど? 索敵しながらオボロでロデオは疲れるって。だから、ユキ達に、夜の警護を頼んでるんじゃないか。


「そうよ、ね。竜の、体力、より、ある、なんて」


 モリィさん、舌がもつれてます。


「まあ、前に走ったときよりは楽ですが。全く平気という訳でもないです」


「「うそだぁ」」


 失礼な。


 その証拠に、ドリアード入りジュースじゃ物足りなくて、特濃ヘビ酒をぐびぐびやってます。言えないけど。たぶん、ノルジさんが一口飲んだら、それこそ魔力酔いでひっくり返るだろう。ばれないように飲むのも大変なんだから。ぷんぷん。


「もう、諦めませんか? ユアラまで送りますから」


「やだっ」


 モリィさんが、すかさず拒否する。


「ついて、いき、ますぅ」

「わたし、もぉ」


 ディさんとスーさんが、か細い声を上げる。


「そう、いう、こと」


 ノルジさんが締める。やれやれ。


 夕飯には、昨晩つけ込んでおいたウサギ肉の味噌漬けを焼いて出した。トリさんほか人族にも好評だった。


 夜間にも、盗賊の襲撃があった。『重防陣』でガードしているが、更に内向きの『隠鬼』を使った。これで、外でどれだけ騒ぎが起きても、ディさん達は安らかに眠る事が出来る。


 盗賊ご一行様は、たき火は見えても、見えない壁に邪魔されて近づけず、大騒ぎしている。それを、片っ端から『瞬雷』と水晶弾で無力化していった。

 自分も早く寝たかったのに。


 よし、いたずらしちゃえ。



 七日目。


 朝、結界を解除する。


「・・・アルファさん? これ、なんですか?」


「面白くありませんか?」


「そうじゃなくて!」


 ノルジさんが、慌てている。


 うつ伏せに寝かせられた彼らは、誰かの右足と別の誰かの左足が結びつけられている。二人三脚もどきの出来上がり。さらに、一人挟んだ人の左右の手をつないだ。全員が、タイミングを合わせなければ、立ち上がる事も出来ない。顔をよじるたびに、草が鼻だの顎だのをくすぐっている。くすくす。


「てめぇ、ちゃんとやれよ!」

「お前こそ!」

「このやろう! とっとと、はずしやがれ! っくし!」


 とまぁ、賑やかだこと。


「昨夜のお客さんを、精一杯おもてなししてみました♪」


 ジタバタもがくおじさん達の目の前で、ホカホカの朝食を優雅にたっぷりといただく。焼きたてパンに、よく煮込まれたシチュー。ああ、いいにおい。


「ぐああ」

「よこせーっ」

「ちくしょうっ」


「アルさん? なんて言っていいか・・・」


 ディさんが、なんとも言いがたい顔をしている。


「人の安眠を妨害するような輩に、ごはんを食べさせる義理も情けもありません」


「今朝のごはんも、本当に美味しいわぁ」


「「「・・・」」」


 モリィさんが、双方にとどめを刺した。天然って恐ろしい。


 盗賊達は、そのまま放置。苦情その他諸々も、一切無視。手間賃に、武器はすべて没収させてもらった。なお、手足を結ぶのに服を裂いてひもを作ったから、全員が、ほぼ、下着一枚。風邪引く前に、拘束がほどけるといいね。


 野営地の後片付けをして、出発する用意ができた。


「さて、今日は早めに休憩しましょうか。自分も、お客さんの相手をしたら疲れました」


「うそつけぇ」


 ほんとだもん。


「移動は、午前中だけ。ということで、今日は思いっきり行ってみましょう」


「「「「え?」」」」


 ゴー!



 いくつかの緩やかな丘を越えた先に、つぎの丘が遠くに見えた。その間に広がる草地に、障害物は見当たらない。


「よっし、ムラクモ、トリさん、みどりちゃん? 競争オッケー!」


「ま、待って」


「そうだ、みどりちゃん。ノルジさんと二人でいく?」


 だが、ヤル気らしい。スーさんが降りようとするのを見事に邪魔をする。


「んじゃ。よーい、どん!」


「あきゃああぁぁぁっ」

「ひゃぁああぁぁぁ〜」

「ぶっ、トリさん?! ちょっとぉぉぉぉ」


 嬉々としてスタートダッシュしていった。


「ユキ、ツキ、ハナ〜。みんなも昼のお散歩しようか」


 四頭が揃ったところで、自分も混ざる。ずーっとオボロにしがみついていたからね。


「いこうか」


 こうやって、揃って走るのも久しぶりな気がする。天気は上々。楽しいねぇ。

 ユキ達も楽しそうだ。よかった。


 前方では、抜きつ抜かれつ左右に蛇行しながら、すっごい勢いで走り抜けている三頭がいる。時折、「きゃっほー!」とか、「さいっこー!」とか聞こえてくる。落馬はしていないので、問題ない。



 だいぶ遅れて、次の丘に到着してみれば。


 満足げな顔をしたトリさん達と、


「ひどいぃ〜」

「も、もうだめ・・・」

「「・・・」」


 自分を見るなり文句を言うモリィさん、指先をピクピクけいれんさせているノルジさん、声も出せずに突っ伏している殿下方、が待っていた。


「楽しかった?」


 三頭とも、大きく頭を振って同意を示す。それはよかった。


 四人は疲れている様なので、そのまま寝かせておく。


 少し下ったところに小川がある。ユキ達に四人の見張りもとい看護を頼み、三頭を連れて水を汲みにいった。


 お茶用と洗顔用の水を汲んでから、三頭に水浴びを勧める。鞍を預かると、ざぶざぶと小川に入っていった。


「さっぱりしたら、ごはんにしようね」


 彼らを川に残して、丘に戻る。四人は、まだ、死んでいた。


 また、濡らした布を用意して手渡す。冷たい水の感触で、息を吹き返したようだ。ゆっくりとした動作で、顔を拭き始めた。


 湯を沸かして、お茶の用意もできた。


「そのまま寝ててもいいですけど、お茶、飲みませんか?」


「ねえ。アルファさん?」


 ノルジさんが口を開く。


「はい。お茶を入れますね」


「そうじゃなくてぇ。その体力、どこから来てるの?」


「さあ。どこからでしょう。自分でも判りませんねぇ」


 なんたって、正体不明な謎の生物Xだ。あ、そう言っちゃうと不気味かも。やめやめ!


「こ、この際だから言っちゃうけど! 稀人にしても規格外過ぎる!」


「そう言われても。でも、どうでもいいじゃないですか」


「どこが?」


「ちょっと体力のある猟師だった、ってことで」


「えぇえええ! それって! それって、それ、でいいのかな、そういうこと? ええ?」


 一人でツッコミを始めたノルジさん。好きにしてて。全員の顔の脇に、入れたての縄茶のカップを置く。


「あ、いい香りぃ」


 さすがモリィさん、いち早く復活の兆しをみせた。食欲大王と呼んであげよう。


「先に、何か食べますか?」


「ううん。まだ、いいわ」


 ムラクモ達が水浴びから戻ってきた。軽く、体の水気を拭いてやり、食事の用意をする。おお、モリモリ食べる食べる。


「みどりちゃん、すっごく、楽しそう」


「楽しかったんでしょう」


「私の処に来て、つまらなかった、のかな?」


 あ、ノルジさんが自沈した。


「それとこれとは、話が違うと思います。

 火山に追い立てられて、街で暮らすようになって、ノルジさんと一緒にいるのは楽しいけれど、でも、好きに走り回れるところがなくて。まあ、今までの鬱憤を晴らした、って所じゃないでしょうか」


「うう、みどりちゃぁん。気が付かなくて、ごめんねぇ」


 みどりちゃんは、ノルジさんの髪に優しく触れる。はいはい、ラブラブなのね。放っておこう。


「では、トリさんはどうなのでしょう?」


 ディさんまで訊いてきた。いや、トリさんの表情と言うか感情はよくわからないよ? でも、


「ムラクモと走ってるときは、生き生きしていた気がします。ライバルと競い合えたのが楽しかった、のかな?」


 ムラクモもトリさんも、お互いを見て、小さくうなずく。気は合っているようだし。


「ほら、みどりちゃんはノルジさんラブで、トリさんには構ってくれないっていうか・・・」


「ああ。納得できます。赤手熊のアンさんは、腕力自慢の方だし。体格の事もあって、ガーブリアで留守番、なのですが」


 アンさん! わはははは。


「その、アンさんがどうしたんですか?」


「なぜか、土木工事に興味を示していて、積もった灰を取り除くのに夢中なんです」


 わーはははははっ! 楽しい! 楽しすぎる! 土建が趣味の熊! ねじり鉢巻してツルハシ担いだ三つ編みおさげの熊、を想像してしまった。お腹がよじれそう。うくく。


「一度、お会いしたいですねぇ」


「是非とも! 国を挙げて歓迎しますよ!」


 ディさんが嬉しそうに、さそってくれる。まあ、そんな機会はないと思うが、想像する分には構わないよねぇ。ぶふふふ。



 昼食は、軽くおにぎりで済ませた。その後、四人は昼寝。相棒達は、のんびりと草を食べたり、木陰で寝てたり。


 でも、自分まで寝てしまうわけにはいかない。

 気安く話はしていても、王族様を二人も預かっているんだ。万が一なんて起こしちゃならないわけで。

 ハナ達用のウサギの丸焼きをせっせと作りながら、時間をつぶす。


 ああ、護衛依頼も自分には向いてない。やっぱり、さっさと、隠居しよう。

 それなりに楽しんでいるようです。さて、後半は?

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