出発進攻!
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まずは、軽く足慣らし。街道を往く隊商をゆっくりと追い抜いていく。
「ディさん、殿下、調子はどうですか?」
少し下がって、二人に声をかける。
「だ、いじょうぶ」
「私は乗せてもらっているだけだからね」
若干一名の返事が微妙だが、トリさんのサポートを期待しよう。
「それじゃ、みどりちゃん。無理しない程度で速度を上げてくれる? トリさんとムラクモは、みどりちゃんに合わせてね」
「「「え?」」」
ゴー!
昼過ぎに、予定の休憩地についた。事前に、団長さんと地図上で見当をつけておいた場所だ。
「落ち着きましたか?」
四人は、それぞれ地面にへたり込んでいた。彼らを尻目に、相棒達を小川に連れて行って水を飲ませる。オボロは、のんびりと毛繕いを始めた。
三頭が周辺の草をむしり始めたところで、昼食の用意をする。といっても、便利ポーチから取り出すだけだけど。
「みどり、ちゃんっ、本当に、足が、早かっ、たんだ、ねぇ」
ノルジさんは、地面に仰向けになって、ぜーはーいっている。ディさんとフェライオス殿下は、うつ伏せになっている。
「ぐ・・・」
「うぁぁ」
王宮職員には見せられない格好だ。どうやら、臀部を地面に触れさせたくないらしい。
バケツに汲んできた水を凍らせて、叩き砕いたものを革袋に入れ、即席の氷枕を作って乗せてあげた。即座に、やんごとなき方々の安堵のため息が漏れ出る。
「まだ半日ですよ? 諦めて帰りませんか?」
今走ってきた来た区間には、盗賊はいなかった。彼らだけでも帰還するのに問題はない、はず。いや、ローデンまで連れ戻してもおつりが出る。
だが、返事はない。
「ねえ、私、飛んでいっちゃ、だめ?」
「ジルさんへの説明を、モリィさんにもしなくてはいけませんか?」
地面に座り込んで荒い息を吐くモリィさんは、それでも絵になる。美人は得だ。でも、自分の要求は曲げない。
今朝、フェンさんの店で、自分の服(ワイバーン革の乗馬服以外)を渡されていた。その時に、もう一つ、ハリセンが追加されていたりする。あの、真っ先にお休みしていたお姉さんが、面白がって作ったらしい。なかなかの趣味人と見た。
それはともかく。
そのハリセン二号をさりげなく取り出すと、モリィさんは黙り込んだ。
「う。」
「さっさと片を付けさせて下さるか、あくまでも同行を希望されるか、決めるなら今です」
「私は、付いていきますっ」
ディさんが、ようやく顔を上げた。
「私も・・・。ノルジ殿、すまない・・・」
フェライオス殿下がのろのろと手を挙げる。
「は、ひ、いえ。殿下、どうぞ、ノルジ、と」
「それなら私も・・・」
フェライオス殿下が口ごもった。
「殿下、どうしました?」
「あ、その、愛称、というか、略称で呼ばれた事がなくて・・・」
ふむ。
「この辺りでの習慣に寄れば、フェル、ですか?」
「っ。却下させて頂きたい・・・。可愛らしすぎます」
ディさんの提案に、即座に返事をする。
ぶっ。フェルちゃん。確かに。一瞬、幼い殿下のエプロンドレス姿を想像してしまった。
「ディさんと同じパターンだと、スーさん?」
某映画の主人公の愛称と一緒だし、親しみがわく。
「賢者殿! いくらなんでもそれは」
「そうですか? そうだ、従魔達にに決めてもらいましょう。フェルがいい人〜右向いて〜。スーなら左!」
トリさんもみどりちゃんもムラクモもオボロも、そろって左を向いた。そう、今、彼らが立っている場所から殿下を見ようとすると、左に首を向ける事になる。くすっ。
「み、皆さん・・・」
再び、地面に突っ伏すフェライオス殿下改めスーさん。
「自分の事もアルと呼んでくださいね。さてと、少しでも食べておかないと、このあと持ちませんよ〜」
「・・・はい」
氷枕が効いたのか、なんとか座れるようになった。パンかおにぎり、それと具沢山シチューに、果物。トリさん達から、少し分けてもらった。
空になった水筒を回収し、新しいものを渡す。
「け、んじゃなかった、アル殿。この容器は、先ほどの果汁ですか?」
スーさんが質問する。
「そうです。ただし、ディさんとノルジさんに渡したものと、スーさんモリィさんに渡したものでは中身が違うので、間違えないようにして下さい。理由は、夕方にでも説明しましょう」
「えぇ。今、教えてくれてもいいじゃない」
「理由があるんです。ほら、出発しますよ!」
自分のかけ声に、ムラクモ達がそれぞれの乗り手を促す。
「これから野営地まで、街道から離れます」
「「「えええっ?」」」
「なんで?」
「ムラクモ達は、敷石のあるところの方が走りにくいんですよ。気が付きませんでしたか?」
そう、彼らは魔獣。石の上を長距離走るのは苦手だ。
「ついでに、盗賊の襲撃を避ける狙いもあります」
「どういうこと?」
トリーロさんの集めた裏情報の中に、ガーブリアの重鎮がコンスカンタに向かうという話が広まりつつあって、身代金狙いの盗賊が出るかもしれない、と書いてあった。
「馬鹿正直に街道を進んで、彼らの網にかかる事はありません」
「でも、ほら、前に言ってたよね。弓矢とか魔術とか仕掛けてくるんじゃないかって」
スーさんに、『重防陣』の術弾を渡す。
「これで防ぎます。もし、立ちふさがっても、自分が排除しますし」
「え? でも、アルファさんだけにそんな事させる訳には」
ノルジさんが慌てて言い募る。
「騎射できますか?」
だいたい、弓を持ってきてないじゃないの。
「「う」」
「私なら、風で」
モリィさんが、嬉々として手を挙げる。
「却下。トリさん達まで吹き飛ばす気ですか!」
「はい、ごめんなさい」
出来るというなら、任せようとも思ったけど、やっぱりダメか。
たぶん、出力が大きすぎて、対象を細かく識別して風を叩き付けるなんて細かい芸当は出来ないのだろう。というより、試してみた事はないと見た。
「ということで。皆さんは、振り落とされないよう頑張ってください。トリさん達はまわりを気にせず、好きなだけ走ってくれていいからね」
「「「「えええええっ!」」」」
それこそ、乗り手の悲鳴はどこ吹く風といった顔で、三者三様に気合いが入った模様。よしよし。
ゴー!
日が沈む前に、予定の野営地に到着した。幸い、盗賊ご一行様とは、かち合わずに済んだ。
途中、速度を緩めたりもしたが、乗っている時間は、朝よりも長かった。
結果、昼時と同じ情景が再現された。
「ああ」
「ううっ」
またも、氷枕を用意する。
ノルジさんは、うつろな目をして空を見上げている。
モリィさんも、今度は倒れ臥している。
「君達の相棒さん達はお疲れのようだねぇ。あれだけ加減してくれたのに」
「なっ。まだ、まだぁ?」
ノルジさんが、悲鳴を上げた。
まだもなにも、四頭ともけろりとしている。適度に走れて、ご機嫌だ。
ここは小川ではなく、清水の湧く泉がある。先に水を汲ませてもらった。程々に水を飲んだところで、鞍を外した。ブラシをかけようとしたが、先にご飯が欲しいらしい。干し草と果物を取り出して、食べてもらう。ハナ達も影から呼び出し、ウサギの薫製肉を食べてもらった。
「ユキ、ツキ、ハナは夜の見張り番をお願いね。オボロは、ちゃんと休む事」
全員が、一声ないて返事をする。ん? こんなに、お行儀よかったかな?
結界を敷き、たき火を起こす。汲んできた水を湯に湧かし、縄茶の準備ができたところで、四人に声を掛けた。
「夕飯ですよー」
のろのろとたき火に這い寄ってくる。不気味だ。水で濡らした布を渡して、手や顔を拭かせると、ようやく顔つきがましになった。
柔らかめの料理がいいな。メニューを選んで、それぞれの前に並べる。
『いただきます』
少しずつでも食べている。
「おかわりは?」
「はいっ!」
モリィさん、さすが、食べて復活。やや遅れて、ノルジさんも手を挙げた。
「私は、パンをもう一つください」
ディさんもおかわりをする。
おかわりをしなかったのは、スーさんだけだった。
すっかり日が暮れて、ずいぶんと虫の声が大きくなった。自分は、みどりちゃんとムラクモにブラシを掛けている。
四人は、敷布代わりの毛皮の上で、食後のお茶をすすっている。
「あ、の、アルファさん?」
ノルジさんだ。なんだろう。
「はい。なんですか?」
「いくつか、訊いてもいいかな?」
「えーと、種類の違う果汁の事ですか?」
「じゃ、まずそれから」
他にもあるかな? ま、いいか。ドリアードの根から抽出した魔力たっぷり煮汁の事を説明する。ノーンの街の事件は、モリィさんは知らないので、そこから話した。
「食事中にも飲んでもらってました。どうですか? 到着直後よりも体が楽になってませんか?」
「そういえば」
「うん。食事をしただけでこんなに元気になったことはない、と思う」
「トリさんもみどりちゃんも、あなた方の魔力に依存しています。急激に食われる事はなくても、影響はあります。ということで、疲れたかな、と思ったら飲んでください」
「ねぇ。なんで私は飲んじゃダメなの?」
モリィさん、好奇心旺盛ですね。一口分だけ、カップに注いで渡した。
「なめてみてください」
「ん。えっ。なにこれ。うえぇ」
「モリィさん、竜と魔天の魔力はそりがあわないって、前にジルさんに聞いたことがあります。で、ドリアードは魔天の植物型魔獣。食べられないでしょ」
「うん。無理。無理でした」
ちなみに、酔い覚ましの薬は、魔天には生えているものの普通の薬草から作る。なので、モリィさんにも飲めた。しかし、ドラゴンにも効くのか。初めて知った。
「ええと。私が飲んではいけない理由は?」
話を聞いとけ!
「ノーンの病の二の舞。実体験してみます?」
スーさんは、大きく顔を横にふる。
「えーと、最初は微熱が出て、そのうちに立てなくなって、重傷者は昏睡したまま・・・」
「判りました! 飲みません!」
「魔術師さんなら、これで、消費した魔力を補充できます」
「私は、魔術はからっきしで!」
スーさんが、降参とばかりに両手を上げた。
「アルさん? は、飲んでます?」
ディさんが、質問した。
「飲んでますよ?」
「でも、従魔五頭分には足りてないような・・・」
「なんか、元々持っている量が違うみたいで、よくわかってはいないんですが、体調に問題はありません」
「そう? そうなの? 大丈夫ならいいんだけど」
それ以上は、訊いてくれるな。自分でも判らない事が多いんだから。
「あれ? 他にも聞きたい事があったはずなんだけど」
ノルジさんが頭を抱えている。
「まだ先は長いです。でも、自分はさっさと到着したいです。ということで、皆さん休んでください。
そうだ、モリィさん? ここなら人型でなくても休めますよ?」
めったにとらない人型よりも、体が休まるはずだ。
「ううん。このままでいいわ。これ、気持ちいいの」
なぜか、毛皮に懐いている。それ、ロクソデスだよ? いいの?
「ディさんと、す、すーさんは除くとして、夜間の見張りは?」
ノルジさん、さすがにスーさん呼ばわりはすんなりといかないようだ。
「ユキ達がいるし、結界も張ってますから、寝てても大丈夫ですよ?」
「え? 寝てても結界? ええ!」
ダメだった?
「・・・普通は、術士が気絶したら、魔術は霧散するものな、んだ、けど・・・」
「でもほら、自分、術具使ってるし」
「「使ってても!」」
そういうものなんだ。へぇ。
「でも、使えてるし。自分の特製術具のおかげということで」
「いいの? いいのかな。いいのかなぁ?」
「・・・さすがアル殿。街道の非常識」
「誰ですかそんなことを言っていたのは!」
「すみません! 何でもないです。気のせいです、気のせい!」
スーさんが弁明した。
「それより、テントをまだ張ってないんですけど」
「雨が降らないなら、寝袋だけで十分」
「そういうこと」
ディさんとノルジさんが平然とのたまう。スーさんは?
「・・・私も、なんとか」
明日、大丈夫かな。
「寝袋の下に、その毛皮敷いて下さい。少しは楽でしょう」
「ありがとうございます」
「日の出後、一刻で出発しますからね」
「「「「ええええ!」」」」
苦情は受け付けない。
お荷物抱えて、長道中。がんばれ主人公!




