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いい日、旅立ち

520


 モリィさんは、自分の目を盗んで飲んでしまっていた。

 ほかの三人は手酌でぐいぐいと。


 出発予定の四人は、早々に部屋に放り込まれていた。にもかかわらず。


 翌朝、食堂には出てきたものの、そろって青い顔をしている。


 いわんこっちゃない。

 ドラゴンとはいえ、アルコールの代謝機能はさほど強くないらしい。それとも個体差、なのかなぁ。ジルさんは、普通に動き回ってるし。


 彼らの前に、酔い覚ましの特製飲み薬を置いた。フェライオス殿下は、さらに顔が青くなったが。

 飲まないのなら置いていく、と告げるとあわてて薬を飲んだ。


 またも、うなり声を上げてのたうちまわる四人を放置して、ギルドハウスで従魔達と過ごしていた二人と侍従コンビに助っ人を頼み、荷物を点検する。


 床のあちらこちらに転がっているマグロは、完璧に無視した。


「食事に関しては問題ないです。[森の子馬亭]の食堂から、大量に差し入れをいただきました」


「お手数をおかけします。野営道具はこちらです」


 なんたって、王族二人だ。さぞや立派な道具が、と戦々恐々していたのだが、上等ではあるが至って普通の寝袋やテントなどばかり。


「・・・これだけですか?」


「一応、フェライオス殿下も騎士団の訓練を受けておりますから、問題ありません」


 ・・・あの、ぼっちゃん殿下の兄君だし、話半分に聞いておこう。


「では、お預かりします」


 便利ポーチにさくさく仕舞っていく。今回は鞍袋もなし。トリさんやみどりちゃんの負担を少しでも軽くするためだ。


「ま、間に合いました!」


 トリーロさんが、駆け込んできた。明らかに、一睡もしていません、といった状態だ。


「トリーロさん! 大丈夫ですか?」


「私はこれからいくらでも寝られますから大丈夫です資料はこちらに纏めましたお手数ですが道中にご確認ください!」


 紙束を自分に手渡し、一息に言い切ると、そのまま崩れ落ちた。


「トリーロさん!」


 ・・・寝ていた。そりゃもういい顔をして。


 この調子だと、ルテリアさんも、執務室で沈没しているんじゃないだろうか。


「アストレさん、ギルドハウスの執務室に、ルテリアさんという客人が残っているはずなんです。申し訳ないんですけど、世話をお願いしていいですか?」


「お任せください」


 侍従コンビも、少々やつれ気味に見える。ここんところ、いろいろ頼みすぎたから、無理もない。


「事後の処理は万事抜かりなく執り行っておきます。賢者様は、心置きなく成敗に向かってください」


 最後の台詞には、副音声が乗っていた気がする。ギルドハウスの受付のお姉さん達と同じだったような。ブルル、気のせい、気のせいだ。


 自分に一礼すると、トリーロさんを連れて、食堂の奥に下がっていった。


 気を取り直して。


「ちゃんとご飯食べましたか?」


「だ、駄目です。まだ、ソレどころじゃ・・・」


 十倍希釈でも、口の中はすごいことになっているようだ。ノルジさんがうめくように、声を上げる。


「私は、食べたわ!」


 モリィさんは、しっかりと手を挙げた。朝食のおいしそうな匂いが勝ったようだ。むむ、ドラゴンの食欲は健在だった。


「それに、フェンさんと約束したもの」


「そう言えばそうでしたね」


「やぁよ。忘れちゃ」

「姉さん、やっぱり僕も・・・ごめんなさい!」


 昨日のワンピースを着たジルさんと、ワイバーン革の乗馬服を身に着けたモリィさん。見た目だけでも迫力が違う。一睨みされただけで、あっさりと白旗を揚げた。


「私たちが戻ってくるまでに、食事を済ませておいてくださいね?」


 三人に声をかけて、返事を待たずに食堂を出た。ロロさんに三人の世話を頼んでおく。



「待ってたわ!」


 フェンさんの店も、貫徹したのが丸解りな顔ぶれだった。お姉さんの一人は、作業場の隅で沈没している。


「全部は無理そうだから、これとこれとこれだけでも着てくれる?」


 モリィさんに服を押し付ける。でもって、てきぱきと着替えさせる。


「うわぁ。これもすごくいいわ」


 モリィさんが、歓声を上げる。


 普段、自分が作ってもらっているものとほぼ同じデザイン、長衣までそっくり。だけど、胸囲が。それだけでずいぶんと雰囲気が変わる。


「うーん。あれは、先にモリィさんに着てもらったイメージが強かったからなのかしら」

「でも、防具とは違いますし」

「革系の素材だと、よりデザインを選ぶということかしら?」

「! そうかもしれませんね!」

「私たちもまだまだということよね」

「はい! もっともっと腕を磨きます!」

「ということで、アルちゃん!」


「は、はい?」


 いきなりこっちに話を振らないでください。びっくりします。


「帰ってくるまでに調整するわ。もうしばらく、借りておくわね?」


「いえもう、十分で・・・」


「いいわよね?」


 徹夜明けの勢いもあって、これまた拒否できそうな雰囲気にない。


「・・・どうぞ」


「「「やったーーーっ!」」」


 お姉さん達は、ひとしきり喜んだ後、ばったりと倒れた。


「え、え? どうしたの! 大丈夫?!」


 モリィさんがあわてて抱き上げる。が、


「・・・寝てる?」


「この二日余り、モリィさんの服を作るのに寝てないみたいですから」

「なぁに、これくらい、大丈夫よぅ。アルちゃん? 気をつけて行ってきて、ね・・・」


 フェンさんもくったりとなった。


「なに、なに? 服を作るのって、こんなに大変なの?」


「そうですね。モリィさんが貰った分をこの日数で作るのは普通じゃないです。大急ぎで頑張ってくれたんです」


「そうだわ! ちゃんとお礼をしないと! って、どうしたらいいの?」


 おろおろとするモリィさんをなだめる。


「今回は自分のお客さんだから、自分が費用を払います。でも、フェンさんの服、気に入ってくれたんですよね? 次に来た時には、最初にフェンさんに相談してください」


「また、来てもいいのかしら?」


「きっと、喜んでくれます」


 初めてあった時のあの喜び様は、ただ事じゃなかったし。頼めば、何着でも縫い上げるに違いない。それで、自分から矛先がそれれば万々歳。


 寝てしまったフェンさんの横に、金貨を入れた小袋を置いておく。足りなければ王宮に請求するだろう。


「それって、何?」


「金貨、貨幣の一種です。人の間で物をやり取りする時に使います」


 昨日、買い食いしている時にも見てたでしょうに。


「貨幣。通貨よね。そうか、話には聞いてたけど、こういう時にも使うのね」


「道々、ノルジさん達にも聞いてください。じゃ、戻りましょうか」


 店の戸締まりをして、両隣の店主にフェンさんの事を頼んだ。この辺りの職人さんは、熱中しすぎて店で夜明かししたあげく寝込んでしまうのは、よくある事らしく、お互い様なのだとか。この、熱血系住民め!


 [森の子馬亭]では、ようやく三人が復活していた。きちんと朝ご飯も食べたようだ。


 三人を連れて厩に回ってみれば、三頭が待ち構えていた。


「ほら、トリさんもみどりちゃんも待ちくたびれてますよ」


「「申し訳ない」」


 二頭は、すでに鞍を付けられていた。急ぎムラクモにも鞍を付ける。いやまだ先は長いから、今から興奮しないで。


「アルちゃん、いってらっしゃい」


 アンゼリカさん、殿下方は無視ですか?


「アルちゃん?」


「は、はい。行ってきます。アンゼリカさん」


 にっこり笑って見送ってくれた。門を出るまでは、ロロさんが付いてきた。道すがら、こまごまとした件を報告してくれる。


「女将様も、隊商の準備が整い次第出発されます。商工会の調査担当者二名と、護衛隊、ガーブリアの方々も含めて十五人が随行いたします。私も、お世話係兼護衛として同行いたしますので、ご安心を」


「え? ロロさんも? なんで?」


 笑顔の凄みが違う。手綱を握って歩いていた男三人が、そぉっと距離をとる。


「王宮を代表いたしまして、かの商人宛の言付けを預かっております」


 うわぁ。ラストルムさん、やっててもやってなくても、がっつりお説教コース確定だ。合掌。


「あ、申し訳ありません。もう一つ、お渡しするものがございました」


 差し出されたのは、指輪。それを見て、フェライオス殿下が息をのむ。これって?


「ローデン王宮の身分保証の指輪です」


 簡潔なご説明アリガトウゴザイマス。って!


「だって、だって、自分の身分証、王宮発行だからすごいんだって、ディさんが」


「あれは、あくまでも発行元が王宮であっただけの事。これは、さらに身元を明らかにするものでございます」


「要りません、不要です! そんなもの持ってたら、ますます王宮に迷惑が!」


「今後、賢者様のいかなる行動もローデン王宮がバックアップいたしますので、ご安心を」


「出来ません! 自分はただの猟師なの! そんな馬の骨になんて物を!」


「陛下が言い出された事ですよ?」

「・・・その通りです」


 フェライオス殿下まで、認めちゃった。


「それは、現国王にしか発行できない物。ローデンでは、王族と認められたもののみが所持しています」


 そう言って、ご自分の指輪を見せてくださる。これまた、一種の魔道具らしい。街の紋章が浮き出て見える。


「んな! 王族でもない人にこんなもの渡したら、貴族だって黙ってないでしょう!」


「いえ? 黙らせましたから、問題ありませんわ」


 途中合流していたペルラさんが、にっこり補足。じゃなくて!


「な、な、なんで・・・」


「先日、模擬戦で大きな口をきいてしまいましたお詫びですわ」


 そんな詫びは要らない!


「いかなる状況にあっても冷静さを失わずに的確に対処されるお姿に、改めて感服いたしましたの」


「あれは、あくまでも模擬戦での判断であって、全然意味が違うでしょ!」


「ほほほ。模擬戦ですら、そのように出来なかった私にはもう何も言う事はございませんわ」


 負かされておきながら、その勝ち誇った態度はどうなのよ。


「指輪一つ、たいした荷物にもなりませんわ。万が一の時のための保証です。どうぞ、お持ちになってくださいまし」


 大通りのど真ん中、自分に指輪を差し出す女官長さんは確実に目立っている。必然的に、自分も。


「わ、かりました。今はお預かりしておきます!」


 便利ポーチに放り込もうとしたが、なぜか入らない。


「指輪ですから。身に着けてくださらないと」


 ・・・今着ている服にポケットはない。便利ポーチ以外には、ドリンクボトルしか下げていない。く、くくく、くやしい!

 しぶしぶ、指にはめる。あとで、ネックレスチェーンでもつくって、それにぶら下げよう、そうしよう。


 ようやく、街門を出た。いくつかの隊商が街門の外に向かっている。その彼らから、


「頑張れよーっ」

「行ってこいやー!」

「さいっこーっ!」


「・・・なんなんですか? あのかけ声」


「昨晩の騒ぎが広まったようで」


 ロロさんがしれっと答える。ディさんが顔を背ける。


「よかったですね。いい宣伝になったようで」


「・・・アルファさん、いじめないでください」


 いじめてないよ? 励ましただけじゃないか。


 それはさておき。ディさんはトリさんに、ノルジさんとフェライオス殿下はみどりちゃんに、モリィさんはムラクモに騎乗した。


「あら? 賢者様は?」


「オボロに頼みます」


 すかさず、影から出てきた。


 うみゃぁん


 調子は良さそうだ。


「自分が先頭で。みどりちゃんとトリさんが、並走もしくは縦走、殿をムラクモに。速度は、みどりちゃんにあわせます。ムラクモは、異状に気がついたら知らせて。自分は、基本、進行方向の索敵に集中します。質問は?」


「あ、あの。僕たちは何をすればいいのかな?」


 ノルジさんが手を挙げた。


「落ちないでください」


「「「それだけ?!」」」


「落ちたらおいてきますよ?」


「「「わ、解った」」」

「ねえ、私も?」


「ムラクモの邪魔をしない事」


「う。」


 竜術で、いろいろやらかしかねないが、とにかく乗る事に集中していてもらいたい。お願いだから。


「昼過ぎまでは進めるだけ進みます。途中、速度は落としても止まらないつもりなので。水筒を渡しておきます。適宜、飲んでください。他に質問は?」


「「「「・・・」」」」


 無いようだ。


「ご武運を」


 ペルラさん、その台詞も間違ってます。普通は、殿下をよろしくお願いします、じゃ無いの? ・・・そうですか、いいんですか。


「・・・行ってきます」


 四頭が、走り出した。

 とうとう出撃。え、違った?

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