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ハタラクみなさん

518


「馬ちゃ〜ん。待たせてごめんねぇ。付け具合を確かめてみましょ〜っ」


 はい、今日はちゃんと連れてきましたよ。馬体をつやっつやに輝かせて、登場しました。


「「「きゃーっ」」」

「今日は一段と凛々しいわ!」


 口々に褒められて、嬉しいらしい。装備への期待と相まって、鼻の穴がこれ以上はないというくらいに広がっている。鼻息で吹き飛ばされそう。


 二人が馬装に取りかかる。フェンさんともう一人のお姉さんは、


「じゃ、レモリアーナさんはこっちを着てみましょう!」

「着方を覚えたら、いつでも好きな時に着られるでしょ?」

「そう? この服は私が貰えるの?」

「「もちろん♪」」


 ジルさんは再度目隠しされ、気絶しているアストレさんには布がかぶせられた。・・・怪しい現場みたいだな。


「なにやってるの。アルちゃんも着るの!」


 いーやーだーっ。そんな、ぼんきゅっぼんっなスタイルの持ち主の隣に、同じデザインの服を着て立つ? いやーっ!


 『重防陣』で、ガードする。こ、これなら無理矢理脱がされることはない!


「・・・すばらしい。やっぱりアルファさんは素敵です!」


 ジルさんがいきなりわめいた。まあ、術式は目で見るものじゃないからね。とはいえ、


「ジル! うるさい!」


 きゃん!


 モリィさんの一喝で黙り込んだ。


「あら? アルさん、何しているの?」


「・・・籠城、です」


 すでに、着替えは終了していた。なんていうの? 女帝? 両肩に金モールを付けて、ムチでも持たせたら、完璧。


「フェンさん、やりすぎ・・・」


「どこが?」


 自覚がないのか! ジルさんは、一度目隠しを外した後、また目隠しをしてしまった。ほら、インパクト、有り過ぎだよね。


 縫製のお姉さん達は、・・・うっとりと見つめている。


「ああ。すてき・・・」

「お姉様。格好良すぎです」

「ハリセンじゃ、もったいないわ!」


 づか、ですか? お笑いですか? ねえ、どこに突っ込みを入れたらいいの?


「それで、アルちゃん? 何? 結界?」


 フェンさんの笑顔の圧力がのしかかる。負けてたまるか!


「着ません。絶対に着ませんからね!」


「アルちゃんの服なのに」


「モリィさんと並んだところを想像してみてください! おかしいでしょ。変でしょ? やです」


「どこか変?」

「すっごく着心地がいいの! 服っていいものだったのね。いままで損してた気分だわ」


 フェンさん、ドラゴンのお墨付きをいただきました。


「ほら。レモリアーナさんもこう言ってるし」

「えーと、フェン、さん? モリィって呼んで♪」


 モリィさん、貴女もちょろい人種だったんですか!


 ずりずりと結界ごと出口に移動する。が、扉に阻まれた。扉を破壊しないと、外には出られない。わ、ワープは出来なかったか? って、あわわ、取り囲まれた〜。


「あーるーちゃん? さ、お着替えの時間ですよ〜」


 『重防陣』を重ね掛け、しようとしたら失敗した! 他の結界とは重複起動が出来るのに、同じ術だと打ち消し合うってどうなのよ。あ、


「つーかまーえたーっ」


 ぎゃーっ。



「えっ、えっ、えっ」


「おっかしいなぁ」


「だから言ったのに! えっく、ひっく」


 半べそをかいている自分の周りで、お姉さん達が困惑していた。あれから、きれいに剥かれて着せられた。モリィさんに抱きかかえられるようにして、立たされた。ほんに、この人、柔らかくて。じゃなくて!


 確かに、着心地はいい。いいのだが。


「今までの服と寸法は変えてないわよねぇ」

「どうしてでしょう?」

「デザインミス?!」


 なぜか、ぶかぶかに見えるのだ。ただでさえ背の低い自分が、ますますちびに見えてしまうという、不思議現象。その他の部位は言うに及ばず。

 ・・・だからヤダッて言ったのに!


「そんな・・・」


 お姉さん達がまたも打ちのめされようとしていた、そのとき。


「出発は明日よね? まだ時間はあるわ! 嘆いている暇があるなら手を動かすのよ。さあ、取りかかって!」

「「「は、はい!」」」


 再起動を果たしたお姉さん達が、ばたばたと動き始める。一方、フェンさんは今度はモリィさんに話しかけている。


「えーと、モリィさん。マジックバッグは使えます?」

「それって、空間収納のこと?」

「たぶんそれ。これと、今、着てもらっている服はモリィさんのものです。着ない時には、仕舞っておいてくれますよね?」

「うん。捨てたりしないわ。こんなに素敵なもの。でも、それがどうしたの?」

「明日、出発前にもう一度ここに来てもらえませんか? 私達の将来に関わる大事なんです!」

「よくわからないけど、来ればいいの?」

「お願いします!」

「アルさん、いいわよね?」


「は、はい」


 全員から、眼光鋭く睨みつけられたら、そう答えるしかない。


 ムラクモの鞍の方は、まったく問題なし。なんと、裏地にトレント布を縫い付けてあるという超豪華仕様。ムラクモの顔は、ニヤついたまま戻らない。くそう、自分は落ち込んでいるというのに、腹が立つっ。


「ムラクモ。午後はモリィさんの乗馬練習に付合うこと!」


 不満そうな顔したが、無視!


「ええ? 私も?」


「だって、馬に乗ったことはないでしょ?」


「それはそうだけど、走って行けば・・・」


「これから、ギルドハウスの修練場で、ムラクモと駆け比べしてください。負けたら、練習。でなければ、連れて行けません」


「う、わかったわ」


 ドラゴン形態でついてこられるのは論外。トリさんに二人乗りは無理。

 自分も無理だ。体格的に、どうしてもモリィさんが後ろに乗ることになる。


 ってーと、むに、とか、もに、とか。ソレが、ムラクモが疾駆する振動でどんなことになるか、・・・恐ろしい。


 そもそも、みどりちゃんよりもでかいムラクモにつけられる二人乗り用の鞍を今から見つけられるわけがない。


 フェンさんにねだられて、追加の布地を置いて店を後にした。

 アストレさんは、・・・寝かされたまま。一向に目を覚まさないので、放っておかれたのだ。気がついたら「ギルドハウスの修練場に向かった」と伝言してもらう。


 ジルさんは、ギルドハウスに行く途中、[森の子馬亭]に預けてきた。文句を言っていたが、


「たくさん練習をしないと、うまく弾けませんよ?」


 これで、素直に引き下がった。ちょろすぎる。


 昼食は、外食した。[森の子馬亭]で食べようとしたら、「今忙しいから!」と拒否された。忙しい? アンゼリカさんの出発準備かな? そう言われたら、邪魔しちゃ悪いよね。


 モリィさんは、屋台の料理も気に入ったらしく、あれもこれもと食べていく。・・・モリィさんの食べ物だけでも、相当量が必要かもしれない。



 ギルドハウスでは、まず修練場にいって、ムラクモとモリィさんの駆け比べをしてもらった。スピードは、やや劣る程度、それよりもスタミナが。


「はっ、はぁ。走るって、け、結構、疲れるのね」


 モリィさんは十周で、ギブアップした。まあ、普段、地上では走らないし、長距離なら飛んでしまうから、と、予想した通りだ。そもそも、滅多にとらない人型での持久力は、期待しない方がいい。

 自分とは、人型で修行した年期が違うのだよ、年期が。


 見物人達は、あまりの早さに目を回して気分が悪くなったものもいた。それとも、アレ? アレを見つめ過ぎた? それはそれで、自業自得というものだ。ふん。


「約束ですよ。夕方、向かえに来るまで、ムラクモと練習していてください」


「わ、わかった、わ。それ、で、アルさんは、どうする、の?」


 まだ、息が切れている。上気したモリィさんを見て、前を押さえたおじさん達が多数。くおのぉ!


「コンスカンタに行く準備をするんです。ちゃんと走れるようになっててくださいよ?」


「でも、乗り方が、わからないわ」


「この人が、コーチしてくれます」


「って、俺?」


 脇で、ニヤニヤ笑っていたガレンさんを捕まえた。


「成功報酬は出します」


「厳しいな、おい」


「二人とも真面目にやれば、すぐでしょ?」


 ガレンさんには、モリィさんの「正体」を教えてある。どうにもならなかった時は、置いて行くだけだし。そう言ったら。


「やるわ! ついて行くって決めたんだもの」

「おう、協力するぜ!」


 男って!



 自分は、来る途中で買い込んできた果物を抱えて調理場に行く。


「すみませーん、また調理場をお借りします!」


 ヴァンさんに声を掛けて、調理場に入る。


「おう。で、何作るんだ?」


 おにぎりと、秘密兵器だ。


 強行軍だから、料理を作る余裕はない。大量のおにぎりで凌ぐつもりだ。パンも考えたけど、同じ量なら、ご飯の方が腹持ちがいい。自分の好みで、何が悪い。


 ご飯が炊ける間に、果物をジュースにしていく。ジュースは、ディさんとノルジさんのためのもの。ドリアードの根の煮汁を薄めるのに使う。

 なぜなら、従魔は契約者の魔力を食う。強行軍なら、双方、魔力の消費も激しいはず。くわえて、ほぼ一日を騎乗して過ごすなら体力の消耗も半端ない。ちびちびと魔力を補充していれば、少しでも楽になるだろう。ついでに果汁の糖分補給で一石二鳥を狙う。


 百個近い携帯用ボトルを取り出して、調合済みのジュースを入れていく。ボトルは、昨日の晩、宿の部屋でこっそり作っておいた。もちろん、ロックアント製。

 ドリアードの煮汁なしのジュースも作る。中身を区別するために、形状を変えたボトルも用意した。これは、フェライオス殿下とモリィさん用。だって、ディさんやノルジさんばかりに渡す訳にはいかないでしょ。


 ようやくたどり着いたアストレさんに、手伝いをお願いする。ついでに、ヴァンさんにも分注作業をさせる。見てるばっかりじゃなくて、手を動かしてよ。時間がないんだから。


 自分は、炊きあがったご飯でひたすらおにぎりを作る。果物と一緒に、竹の子の皮も売っていたんだねー。ということで、塩むすびとしぐれ煮入りをセットで包んでいく。さて、どれくらい、食べるかね。・・・足りるかな。


 おにぎりを作りながら、地図も見せてもらう。地形や植物の分布も記入されているものだ。


「これ、街道をまっすぐ行った方が早そうですね」


「賢者殿・・・。どこをどう行くおつもりだったのですか?」


 地図の説明をしていた団長さんに呆れられてしまった。


 コンスカンタは、マデイラとケチラの間にあると聞いて、そのほぼ中間に位置していると思っていた。実際は、ケチラの方に寄っている。街道の南側に沿って、大きな川が流れている。ケチラに近付くにつれて、大河は深い渓谷になっていく。途中、滝もある。コンスカンタとケチラの間のほぼ半分は、山を縫うように街道が走る。一方、コンスカンタとマデイラの間は、旧大陸からの入植者が強引に切り開いた街道が山を貫いている。

 そして、ローデンからマデイラまでは、ほぼ一直線上にある。


 ノーンからコンスカンタへ、というのは、昔から考えられていたが、途中の渓谷の険しさに、先人達も匙を投げた。すっごく深いか、幅がありすぎるか、という谷が、縦横無尽に這い回っている。グランドキャニオンみたいな感じ?

 谷底をぬって道を造りそうなものだが、当時は、まだ魔力の濃い地域で、魔獣の襲撃が頻繁にあり、諦めたらしい。そして、現在に至る、と。

 最近は地図の更新もしていない。時々、魔岩採掘者が、うろつく程度だとか。


 自分一人だったら、その辺の崖なんか、よじのぼって飛び降りてー、で、一直線に向かえたのに。


 そんな話を聞きながら、手持ちの白米をすべておにぎりにした。


 次は、ジュースにしなかった果物の芯を落として、食べやすそうな大きさに切っていく。アストレさんには、芯をくりぬくのに「変なナイフ」を渡した。丸ままの果物は切れないが、半分に切ったあとならサックサク切り刻める。仕事の速いアストレさんにはもってこいの道具だろう。そのまま、彼にプレゼントした。恐縮している暇があるなら、次切って!


 真っ黒なバケツ(やっぱりロックアント製)に切った果物を放り込み、それをまた便利ポーチにしまっていく。ふふふ、この状態なら便利ポーチに収納できた。勝った! ・・・何に?

 おほん。


 モリィさんとムラクモにも、果物を運ぶのを手伝ってもらっている。山盛りの果物に、ムラクモはほくほく顔だった。これらは、頑張って走ってもらうムラクモ達への報酬だ。

 これだけあれば、行きの間ぐらいは、賄えるだろう。


 なんとか、予定の作業を終えて、調理場を片付けた。自分の作業を見ていたヴァンさんと団長さんは、しばらく口をきかなかったかった。というより開きっぱなし。


「・・・あれだけの品物が、どうやって」

「・・・お嬢」


 やっとしゃべったと思ったら、これだ。


「ロックアント五頭分よりは、少ないと思いますけど」


「量じゃねぇ。数だよ数!」

「巡回中の糧食が・・・」


「あ〜、魔道具職人さんに頑張ってもらってください」


 なんたって、性悪仕様の便利ポーチは、自分しか使えない。


「そう思っていらっしゃるなら、ひけらかさないでください!」


「え? 判ってくれる人にしか見せてませんよ?」


「判ってるんじゃねえ。諦めてるんだ!」


 代わる代わるに怒られた。理不尽。


 自分が調理場にこもっている間、トリーロさんは執務室にこもっていた。これまで集まった情報を分析するのだとか。

 様子を見に行くと、部屋中に紙が散らかっている。いや、山積みになっている。この中には、商工会から届けられたラストルムさんの調査書類や、王宮から届けられた資料も混ざっている。


「あ、あ、申し訳ありません! まだ、もう少し!」


「出発は明日の朝ですから。それに、無理しないで・・・」


「いえ! これが自分の仕事です!」


 情報解析は、秘書の仕事じゃないと思う。が、血走った目で次から次へと書類に目を通しているトリーロさんを見ると、とてもじゃないが止められない。おそらく、自分が同じ事をしようとしたら、三日掛かっても出来そうにない。

 邪魔にならないように、静かに退散した。ただ、こっそりロックアントの保管箱を書類の影に置いてきた。一段落して片付けるときに、気が付くだろう。


 修練場に向かう途中、受付前を通る。


「顧問様!」


「お疲れさまです」


「お客様ですよ?」


 またか! そおっと後ろを振り向こうとして、


 むにん。


「あーるー坊ぅ〜。元っ気〜?」


「る、ルテリアさん?!」


「そーっだよー」


 ああ、予感的中。そのうちに街道中から人が集まってくるんじゃないか? そこまではないとしても、なんで。


「ポーちゃんからねぇ、お仕事もらってきたのぉ」


「そ、そですか。判りましたから、離して・・・」


「やんやん♪」


 おおう。押し付けないでぇ〜。自分、そっちの趣味はない!


「何のお仕事か、訊いてもいいですか?」


「うふふぅ。アル坊、大変だってねぇ」


 確かに、ポリトマさんには、知ってることがあれば教えて欲しいとは言ったけどさ。手紙でいいじゃん。なんで、ルテリアさんを派遣してくるかな。

 ・・・一人で来た訳じゃないよね?


「ね? 一番、事情を知ってる人、紹介してくれなぁい?」


「それなら、トリーロさん、かな?」


 現在、偽物騒ぎに関する情報は、すべて、あの部屋に持ち込まれている。でもって、全部目を通しているのがトリーロさん。


 廊下を戻っていく。背後で、残念そうな男達のため息が広がる。・・・ぐぐぐ、やっぱり胸? 胸なの?


「トリーロさん、情報通の飛び入りです」


「やぁん。情報通、だなんて。照れるわぁ」

「顧問殿? こちらの方は」

「はじめましてぇ。帝都から来ましたぁ。ルテリア、でぇす」


「こんな口調ですけど、なんでか物知りなんです」


「ぶーっ。口調は関係ないよねぇ?」

「ええ、関係ありませんとも。顧問殿の秘書を務めているトリーロと申します。どうぞ、よろしくお願いします。ところで、ご用件をお伺いしても?」

「ほらぁ、「賢者」〜って名乗ってうろうろしている子達がねぇ?」

「その話でしたら是非! あ、顧問殿は先にお戻りください。明朝までに完璧に仕上げてみせます!」

「あらぁ。ちょうどよかったぁ?」

「ええ。大助かりです!」


 あ、あの。自分は? ねえ、当事者じゃなかったの? ねえ!

 まだ出発しない。何の準備をしているんだろう。

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