競来嵐無(きょうきらんぶ)
517
「あ、アルちゃん。フェンからまだ受け取ってないでしょ? 約束破ったらダメよ!」
珍しくもアンゼリカさんが慌てている。どこからって、さっきフェンさんから聞き出してたか。
「次、来たときに受け取ればいいじゃないですか」
「ダメったらダメーっ!」
だから、耳元で叫ばないで。
「西街道では、昼はムラクモ、夜はオボロが乗せてくれました。たぶん、マデイラまで同じくらいの日数で着けるはずだし」
「待て待てぃ。ローデンからマデイラまで、早馬でも十五六日は掛かるんだぞ?」
「だから、自分達ならもっと早くに行けます」
「だから待てーっ!」
ヴァンさんがまたも絶叫。
「ローデン王宮の対応としてはなんとしても見届け人が必要ということでなにがなんでもついていかなくてはならないじたいなのですよお願いしますから!」
フェライオス殿下が、呪文を唱えている。
「ですから、身分証を返却して、」
「却下です!! 受け取り拒否です!」
殿下も絶叫。おやまぁ。
「あ、るふぁさん? ここまで、お名前がひろまっちゃってるので、身分証、返した程度では、無関係は通りません、よ?」
ディさんが、説明してくれた。
「だから、肝心なときに持っていなければ」
「それが無理なんだってば!」
ノルジさんが否定する。
「どうして?」
「「ローデンの賢者」、は、もう、それだけで有名なの! 知られてるの! 判った?」
えー。パスポート無くしちゃったら、身元不明でしょ?
「それに、それに、偽物と会ったときに、アルファさんが本物だって、証明してくれる人が、ほら、居ないとまずいでしょう?」
またまたディさん。でも。
「どうでもいいです」
「「「「「よくない!」」」」」
「叩きのめすだけですもん」
「それがダメだってば!」
なんなのよ、一体。
「賢者殿から理不尽な暴力を振るわれたと訴えられたら、ローデンの街そのものがダメージを受けてしまうんです。正当な行為であったと保証する見届け人が必要なんです。ローデン住人を代表してどうかお願いしますから!」
怒濤の勢いでフェライオス殿下が畳み掛ける。
むう。そういう理由か。解るような判らないような。
「さっきも言ったよね? トリさんとみどりちゃんならついていけるし」
「でも、ディさんもノルジさんもガーブリアの人でしょ? それこそ関係ないですよね?」
「「大有りだよ!」」
今度はユニゾンで叫ばれた。
「ご自分のなさった事、忘れたのですか? ガーブリアの災害を最小限にとどめられたのは、アルファさんのおかげなのですよ?」
「私なんか、直接避難するように言ってもらわなければどうなっていた事か!」
「こんなこと、見届けるだけなんて恩返しにもなりません!」
「どっちにしろ、コンスカンタまでいく予定だから!」
「私も付いていきます!」
「「「殿下?」」」
ローデン組が驚きの声を上げた。そりゃそうだ、フェライオス殿下が、見届け人として出るって言うんだから。
「なんで、殿下まで」
「ローデンの一大事なのだから。せめて見届け人ぐらいは務めなければ!」
「どこが一大事?!」
馬の骨の騙りだよ? でも、なんか自分に酔っちゃってる雰囲気。そもそも、見届け人ってなに!
「これは私の義務と心得た! バラディ殿下、ノルジ殿。ご同行お許し願えますか?」
「もちろん。歓迎します!」
ディさんは即答。ノルジさんは、さすがに複雑な顔をしている。
「同行するっていっても、どうやって?」
他に、騎乗できる従魔はいない。ムラクモ達の足に付いていける騎獣もいない。
「・・・申し訳ないが、ノルジ殿、同乗させていただきたい」
「私もツイテいく」
「モリィさん?」
「この馬鹿を大人しくさせておくためよ。協力してもらえない?」
「姉さん!」
「私が一部始終を報告してあげる。それまで、ここで待っている事!」
「それなら僕も」
「「却下!」」
モリィさんとハモった。
「ふ、二人して・・・」
またも涙目になっている。可愛くも何ともないっての。
「余計な事をしないでいる自信は?」
「勝手に飛び出していかない約束が出来ますか?」
「・・・」
ほらみろ。
「それに、私なら、急ぎの手紙とか届けてあげられるわよ?」
「ダメでしょ、そんな事したら」
「人は乗せないわ。たまたま握っていたものがたまたま届くだけ♪」
「お願い、出来るのでありますか?」
団長さんが確認しようとする。そりゃ、竜の翼なら、あっという間に連絡が取れる。この世界の情報戦では優位に立てる貴重な戦力になる。
「アルさんのお願いなら聞いてもいいわ。面白い人だもの」
・・・引き受ける理由がそれって、どうなの。その前に、
「どうしても同行すると言い張るんですね?」
「「「「もちろん!」」」」
ああ、ノルジさんもか。何かしらないけど、覚悟を決めた目付きをしている。王族二人の、安全とか安全とか安全とか。そういうことだろう。
うーん。
途中で取り残していった場合。万が一、盗賊が来たら、護衛がノルジさんだけでは心許ない。トリさんやみどりちゃんも頑張るだろうけど、大勢でこられたら、対処できない。モリィさんは彼らの事は知ったこっちゃないだろうから、問題外。
後ろを心配しながら突貫するよりは。
「コンスカンタに着くまで、ですからね?」
「「「「ぃいやったーっ!」」」」
歓声が上がった。桶も鍋も舞い踊る。なんなんだ。殿下二人がほぼ単独行動するんだぞ?
「これでお嬢の無茶が少しでも減らせるっ」
「殿下ぁ。賢者殿をよーく見張っててくだされ!」
「「バンザーイ、バンザーイ!」」
「あ、あの」
「王宮での準備もありますから出発は二日後の早朝で! それでは今夜は失礼します!」
・・・いいも悪いも答えないうちに、フェライオス殿下が飛び出していった。
「二日後?」
すぐにも出発したいのに。
「そうだ! みどりちゃんに似合う二人乗りの鞍を見つけてこないと! 明日中に探せるかな?」
「荷物の構成も変えないと!」
「騎士団のものを探してみましょう!」
「「お願いします!」」
あれよあれよと話が進んでいく。
「あのー」
「お嬢。二日後、あさって。な?」
ヴァンさんはぽんぽんと肩を叩いて、上機嫌で食堂を出て行った。あのー、自分の意見は、どこ?
「さ、忙しくなるわよ!」
「アンゼリカさん?」
「コンスカンタはアルちゃんに任せるから」
「はい?」
「ユアラには私が行ってくるの!」
あ、諦めてなかったんだ。
「ラストルムさんが無関係かどうか確かめるだけよ?」
「アンゼリカさんが向かう必要は無いんじゃないかと・・・」
「うふふ、きちんとお話ししてきてあげるわ」
「女将さん? 俺たち、付いていきます!」
「従魔達の宣伝も出来るし」
「もちろん道中の護衛は任せてください!」
「あらあら。いいのかしら?」
「殿下? 問題ありますか?」
「いや? 全くないね。これこそ、一石二鳥だよね」
「「「そうですよね!」」」
「では、マデイラで合流しましょうね」
「ふふ、私たちがユアラに戻ってくる方が早いかもしれないよ?」
わはははは。
さっきとは打って変わって、明るく笑いあう一同。妙にハイになっているとも言う。
「商工会で、買い付けの依頼があった気がしたのだけど」
「女将様、こちらがそのリストです」
ロロさんが素早くロー紙を差し出す。ロロさぁん! 止めてくれるんじゃなかったの?!
「まあ、馬車もいいものが必要ね。もう一度、商工会館に行ってこなくっちゃ」
「畏まりました」
止めて止めて止めてーっ。って誰も聞いてくれない。
「賢者殿? 他にお手伝いできる事はございませんか?」
アストレさんが、さりげなく自分のそばに控えていた。
「誰も止めてくれないんですね」
「我々の制止を振り切って出かけようとなさった賢者殿のおっしゃることではございません!」
みんな、絶好の口実が出来たことで、被害者そっちのけで嬉々と画策し始めた。そろって気炎を上げている人々を、誰が止められよう。
がっくり。
せめて、道中、ディさん達の役に立つものを用意しておこう。
「フェンさんのところに行った後で、ちょっと手伝ってもらえると嬉しいです」
「畏まりました」
嬉しそうに答えるな!
「ねえ。私たちは?」
モリィさんかぁ。
「一緒に、フェンさんのところに行きましょう」
各種服のデザインを見てもらえれば、モリィさんのバリエーションが増やせるだろう。
「ぼ、僕も」
「大人しくして居るのよ?」
「そうだ。はい、モリィさん。これをどうぞ」
握っていたハリセンを渡す。それを見て、真っ青になるジルさん。
ばしーん!
さすが、いい音させる。
「机とかは壊さないでくださいね?」
「これ、気に入ったわ! ありがとう。アルさん、本当にいい人ね!」
ぱしーん。ぱぱーん!
そうか、じっとさせておくために、何か手を動かしていればいいかも。
「ジルさん。音楽は好きですか?」
「は、はい。あちこちの王宮で聞かせてもらった事はあります。それに、さきほど、アルファさんの、の・・・」
さっきの曲がどうした? なぜか、真っ赤になっている。
「では、宿題です」
竪琴を手渡す。
「自分が帰ってくるまでに、弾けるようになっていてください」
「え? ええっ! いくらなんでも無理です!」
「綺麗な曲を「彼女」の目の前で弾いてあげたら、見直してくれるかもしれませんよ?」
「頑張ります!」
ちょろい。
見れば、モリィさんがにやっと笑ってサムズアップしている。そうか、そう言う仕草もここにはあるのか。
「アルファさんが聞き惚れるような曲を弾いてみせます!」
こら、婚約者が先でしょ? それに、自分が「見直す」とは一言も言っていない。
びん、ぼんと弦を弾き始めた。よかった、竜の変化した人なら、エルダートレントの弦で指を切る事はなさそうだ。しかし、先は長いな〜。精進してくれ。
やっと、全員が部屋に引き上げて行った。・・・疲れた。
翌朝、ハイテンションを維持した一同が食堂に集まってきた。ちなみに、ジルさんは片目パンダになっていた。夜中まで竪琴をいじっていて、同室のモリィさんに力一杯殴られたそうだ。竪琴にしたのは失敗だったかな?
ディさんとノルジさんは、トリさん達と一緒に王宮へ行って、鞍その他諸々の準備をする。
アンゼリカさんは、ロロさんと一緒に商工会館で買い付けという名目で隊商を組む準備その他諸々に取りかかる。ガーブリア組も、護衛役という事で付いていく。
自分は、モリィさんとフェンさんの店に行く。フェンさんからの指示で、ジルさんも一緒に行く。手伝いを頼んだアストレさんも同行する。
「ふ、ふふふ。最高よ、アルちゃん。最高のモデルを連れてきてくれたわ!」
妙なテンションになっているのは、昨日の食堂の一同だけではなかったらしい。
縫製担当のお姉さん達は、そろって目の下に隈をくっつけている。徹夜?
「どうよこれ!」
広げられたのは、一枚のドレス、だった。無染色のトレント布で作られている。
「これが私の?」
「そうよ! 着てみて!」
昨日来たときに、きっちり採寸していたらしい。お姉さん達に寄ってたかって着せられていく。その間、ジルさんとアストレさんは目隠しをされていた。当然だ。
結果、姿を現したのは、まじ女神、だった。
足元を覆い隠すスカートはふんだんにドレープが施されており、それでいながら腰から足にかけての曲線を見事に浮き立たせている。ウェストは、細いひもを何十にも巻く事でさらにその細さを強調している。そして、そして、上半身が、
「ぶっ」
アストレさんが昏倒した。
「ね? ねっ! この人、凄いのよ」
何がって、ナニが。
「すごいのね。とっても動きやすいの。あなた、凄いわ!」
「あなたこそ最高よ!」
手の動きを邪魔しない絶妙なナニのホールドを維持している、それでいて、張りとか柔らかさとかを存分に感じさせるデザイン。うわぁ。
「これから、魔獣の全速力で街道を行くのに、そんな服装で?!」
全力で突っ込んだ! 街道中が血の海になってしまう。
が、こんなことで動じるフェンさんじゃない。
「ムフフフ。ちゃあんと用意できてるわよ?」
次に取り出してきたのは、ワイバーン革の騎乗服、だった。あれから、一晩で、二着も作っちゃったの?!
「せっかくだから、アルちゃんとお揃いにしてみたんだけど、どう?」
って、比較されちゃう。ナニが。
お、鬼ですかフェンさん!
なんで、この章はシリアスが維持されないんだろう。おかしい。




