未定な予定
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昔拾った、って[東天王]さんは言ってたけど、竜の卵ってそんなに長生きなの?
「まあ、詳しいことは省くけど、あれからすぐに生まれたわ。長老ったら、もうデレッデレ。ジルも狂喜乱舞したわ。
ところが、生まれた本人は、お冠でねぇ。「婚約者そっちのけで別の女性をさらっていった極悪人!」って、縁切り宣言されてるの」
も、もしかして、討伐現場から自分を抱きかかえていったところを見ていた、というか、感知していた? すごいわぁ。
「それにしても、竜の里に帰ったとたんに、生まれるなんて。よっぽど嬉しかったんですね」
「そうでもないのよ? 「亀のおじいちゃんは、大事に守ってくれたし、たくさんお話を聞かせてくれた。ちっとも退屈じゃなかった。お姉様には暖かい布団を頂いてとっても嬉しかった。殻越しじゃなくて、手で触ってみたかったから、出てきた」んですって」
「あ、あの袋ですか。気に入って頂けたようで、嬉しいです。って、お姉様?」
「そ、お姉様。馬のお兄様も騎士見たいで格好良かった、ですって」
・・・お嬢様、あなたの未来が心配です。
「婚約者に相手にしてもらえなくて、ふてくされてたのよ。それが、たまたま「アルファさんの偽物が現れたらしい」って聞き込んできたのをさらに漏れ聞いたあいつが飛び出していっちゃって。仕方が無いから私が追いかけてきたの」
「・・・ご苦労様です」
「アルファさんもね」
まあ、街の外で捕まえられたのは、運が良かった。あの格好で、街に飛び込んでこられてたら、・・・想像もできない。
「どちらにせよ、帰ってもらいたいんですが」
「いやです!」
まだ、反論しやがるか、この駄竜が!
「・・・だって、だって、お手伝いしたいんですぅ」
ベソをかくドラゴン・・・。周囲の白い目が痛い。泣かせた自分は悪くない。頭が悪い聞き分けのないジルさんが悪い!
「あ、あの、アルファ、さん?」
「ディさん、なんでしょう」
「立ち話もなんですから、場所を変えて・・・」
「このでっかい竜さん達と話の出来る場所が、他にどこに?」
「「・・・」」
ディさんもノルジさんも、なぜか顔色が悪い。体が冷えたかな?
「お二人とも、殿下と一緒にローデンに戻っていればよかったのに。体調悪くしてませんか?」
「い、いや!」
「そんなことはない、ないよ?」
そうかなぁ。
「これから夜になるし。夜間飛行は苦手なのよ」
レモリアーナさんが、いきなり言い始めた。
「つまり?」
「泊めて?」
図々しいのは血筋か? それともドラゴン特性?!
「ですから! あなた方は体が大きすぎます。街門すら通れません!」
「じゃあ、こうする」
そこには、美女がいた。いや、女神様? レモン色の緩やかなウェーブを描く長い髪が、絶妙のボディラインを飾り立てている。って、って〜〜〜!
あわてて、適当な布地を取り出してかぶせる。
振り向けば、顔を押さえた男二人。指の間からは赤い物が・・・。男って、男って! 胸? 胸なの?
「あ、ああ。人型の時は、もう一枚皮が必要なのよね」
「・・・そういうことです」
「ジルぅ〜」
ん?
「僕も、これはまだ練習中」
振り向けば、くるぶしまであるマントで体を覆っている人型のジルさんがいた。どうやら、角は隠せるようになったらしい。彼の方は、裸○ント・・・? なお悪いわ!
「鱗の一枚を変化させるんだけど、形がよくわからなくて」
まあ、服飾も文化の一つだし。って、竜の里よ、そこまで文明を捨てたか。
「・・・見本があれば、なんとかできますか?」
「「うん」」
そういうところは姉弟なんですね。
ムラクモとツキは、フェライオス殿下を連れ戻ってきたときに、即行で影に引っ込んでしまっている。そして、フェライオス殿下は、馬車を持ってきていた。彼らを街に連れて行くかもしれない、と予想していたそうだ。
こんなときだけ余計な気を利かせるとは。
まだ、混乱の残る街道を通って、ローデンの街に戻った。街門では、ジルさんもレモリアーナさんも、竜の里の通行証でさくっと通過。・・・身分証システムもやっぱり謎だなぁ。
王宮で引き取ってもらいたかった。でも、レモリアーナさんが、知らない人がいるところは嫌だというので、「森の子馬亭]に連れて行かざるを得なかった。必然的にジルさんも。
まずは、口の硬い事には折り紙付きのフェンさんを呼んで、二人の服を大至急用意してくれるように頼んだ。
服の代金は自分が持つ、と言ったところを、フェライオス殿下が、「王宮に請求してください!」と割り込む。
「なぜですか? 今回の騒動は、自分が原因、みたいなものですし」
彼らが来たのは、間違いなく、ここに自分が居たからだ。費用を持つのは当然でしょ。
と説明したのに、聞いちゃくれない。偽物騒ぎの一件は王宮からの依頼だから、関連する事項に掛かる費用はうんちゃらかんちゃら、と長々と反論?されて、滞在費その他諸々を王宮が支払う事になっていた。そういうものなのかねえ。
それにしても、財布の中身が一向に減らない。
フェンさんが、二人のために、間に合わせの服をかき集めて来てくれた。服の着方も知らなかったので、一緒に来ていた縫製のお姉さん達数人がかりで教え込んだ。その後、なぜか自分から素材(と裁縫道具)を搔っ攫うと、意味深な顔をして店に取って返していった。何を企んでいるのやら。
そんなこんなで、ようやく夕飯にありついた。
「へえ。人の料理ってこんなに美味しいんだ。これ、いいな♪」
「姉さん。手づかみじゃなくて」
正体がナニなので、従業員、戻ってきていた侍従コンビ及び宿泊中のガーブリア組に一通り説明する。が、男どもにとって、中身はどうでもいいらしい。
「やっぱ、胸、胸だよ」
「あの腰つきが何とも・・・」
「美人だ・・・」
男って!
ディさんとノルジさんだけは、食堂の隅に陣取っている。さすがに、街道脇での醜態を見られているので、レモリアーナさんに近寄り辛いらしい。いや、自分の方もチラチラ見てるし。なんだかな。
自分は、少しでも気を静めるために竪琴をならす。ここは街の中。解体予定の牢屋じゃない。野生の王国、[魔天]の領域内でもない。気軽に、吹っ飛ばすわけにはいかない。でも、ジルさんを見ているだけで、魔力が暴発しそう。おおっと、しずまれー、しずまれー。
それはともかく。
竜の里に引きこもっているはずのジルさんがやってくるくらいだ。他にも、余計な事をする、あるいは押し掛けてくる知人が出るかもしれない。
王宮がらみだから、と、放置していた結果が、このざまだ。読みが甘かった。相手の理由なんか無視して、さっさと取りかかっておけばよかった。
「け、賢者殿?」
食堂には、団長さんも来ていた。ディさんにジルさん達も加わったから、更に警備を増員したのだとか。物々しい兵士さんがびっしり張り付いているおかげで、宿泊客以外に食堂に来ている人は、関係者だけ。これなら、街の中に、ドラゴンが居る! と漏れる事はなさそうだ。
「もしもーし、賢者殿?」
自分は、正体をバラしたくない。というより、ジルさん達とも違う、と思うし。
「あのー、賢者、殿?」
空から落っこちてきて、そのときには、既にそれなりの大きさだったからねぇ。今更だけど、自分の正体ってなんなんだろう。
「おい!」
わ。ヴァンさんの顔が、ぬっと突き出してきた。
「びっくりした。なんですか?」
「さっきから、団長が声をかけてたぞ?」
「すみません。気付きませんでした」
「あ、いや。熱中していらっしゃるところ、お邪魔したようで申し訳・・・」
「こちらこそ。それで、何かご用ですか?」
「それが、ですな。あの・・・」
なんだなんだ。全員が自分に注目してる。
「今後、どうなさる、おつもり、で、しょうか、と、お聞きしたかった、のですが」
歯切れが悪い。悪いものでも食べたのかな?
なぜか、ディさんとノルジさんのそばにジルさんも寄っている。むむ?
それはともかく。アンゼリカさんの暴発に、さらにジルさんの乱入で、自分にも、よく判らない状況になっている。ディさん達の突然の来訪も、混乱に輪を掛けている気がする。
ん? そもそもは、「自分の偽物」が始まりだよね。ってことは。
「よし。」
さらに、全員の姿勢が固まった。
「さくっと叩きのめしてきますか」
「だ、誰を?」
「もちろん偽者さんです」
「「「あああ」」」
「「「やっぱり!」」」
「やめろぉ〜」
なによ。ただの決意表明よ?
ため息をつくもの、納得するもの、引き止めるもの。様々だ。でも、みんなも予想してたじゃん。なら、問題ないよね。
「叩きのめすって、賢者殿、いくらなんでも・・・」
団長さんが、半分あきらめ顔で、それでも言い募ってくる。
「最初っからそうしておけば、ここまで騒ぎが大きくならなかったんです。反省しました。なので、ここは自分がけじめを付けに」
「いえいえいえ! 王宮がすぐさま偽物を捕まえておけば!」
「それでも、言うなれば、「本物」が目の前に現れれば、相手も諦めがついていたはずですよね?」
「そりゃそうだろうが。その、だな? お嬢は「理由」にこだわってたんじゃ・・・」
「ほら。王宮がらみなら、あれやこれやの理由があるんじゃないか、と。でも、本来、自分と王宮は無関係ですし」
何を言われても「関係ないもん」で押し通す!
「「「「「いやいや!」」」」」
「今更無理! それ無理だから!」
ヴァンさんが、顔中を口にしてわめく。でも、そんなことはないでしょ?
「やっぱり、身分証を返却してしまえば」
「「「「「いやいやいや!」」」」」
「それなら僕がお供をしま・・・」
すかさず、嬉々として名乗りを上げる迷惑ドラゴン。駄我鹿死。
「ジルさんは却下」
「なんで?!」
「勝手して騒ぎを起こさない自信がありますか?」
「・・・」
ほらみろ。
「愚弟にはいい薬よ」
レモリアーナさんも容赦ないな。
「ということで、今後、何かあったら、全部自分に押し付けてくれていいです」
「「「「「いやいやいや!」」」」」
「だからそれ無理、絶対無理!」
団長さんが、悲鳴を上げる。自分、ローデンから居なくなるんだし。不在者に口無し。臭いものにフタ。割れ鍋に綴じ蓋。あれ?
「お、王宮から各方面に通達を出した手前、そのような訳には!」
フェライオス殿下まで、混ざり込んでいた。
「ですから、今後、自分はローデン王宮と関係ないものとして」
「無理ですぅぅぅ」
殿下? 王族にあるまじき絶叫です。
「せめて、せめて見届け人として!」
まだ食い下がる。って、見届け人?
「ムラクモには付いてこられませんよ?」
今度こそ、昼夜ノンストップで走り通す、気がする。
「ならばっ」
「我々がっ」
ディさんとノルジさんが名乗りを上げる。なんで、他所の都市の事件に首を突っ込みたがるんだ。
「ガーブリアの皆さんはお仕事があるでしょ?」
「銀狼達だけでも何とかなります。というより、させます!」
「ムラクモ殿についていけるのはたぶんトリさんとみどりちゃんだけだしっ」
おお、ノルジさん、一気に言い切った。でもねぇ。
「いくらなんでも、ディさんの護衛がノルジさん一人じゃ」
「ほら早いから。二人とも足早いし」
「盗賊が弓矢とか魔術を使ったらどうするんですか?」
「「・・・」」
だから、やめとけ?
「なら、私が連れて行ってあげる」
「レモリアーナさん?」
「アルファさんなら、モリィって呼んでもいいわ」
「なら、自分もアル、と。それはおいといて! なんで、モリィさんまで付いてきたがるんですか」
「面白そうだもの」
「却下です!」
確かに傍目から見たら面白いだろうが、これ以上、見せ物になる気はない。
「乗せてってあげるから、ね?」
可愛く言ってもダメ。
「そんなことしたら、「竜が人の下に付いた」って思われちゃいますよ? 長老さんに怒られませんか?」
「あ・・・」
まだ、竜の里は「人」を許してはいない。そんなときに勝手をしたら、モリィさんが、それこそジルさん以上にこっぴどく怒られてしまうだろう。
「それなら僕が!」
「ジルさんはさっき却下しました」
「なんで?!」
こんの駄竜が。人の話をちゃんと聞いとけ!
「誰かが竜に乗った。それなら俺も。という人は、必ず現れます。竜の里に押し掛ける人もいるでしょう。そんなことになったら「彼女」が怯えますよ? それでもいいんですか?」
ディさんとノルジさんには、「失われた卵」が見つかった事を内緒にするよう、お願いした。竜の里が公表しないものを、他人が言っていいはずがない、と説得したら、快く了解してくれた。
凄い勢いで頭を振ってたけど、そこまで、説得力のある理由だったかな?
それはともかく。
名前はぼかしたが、ジルさんもモリィさんも押し黙る。やっと、仲間の元に帰って来られたのに、野次馬もとい「俺様こそが!の人達」が大挙してくるような環境はよろしくない、と、わかってくれたようだ。
「ですから! この際、正式に結婚して・・・」
ばしん!
「まだ、ご理解いただけてないようですね」
「ご、ごめんなさい! もう言いません。ごめんなさいぃ〜」
ハリセン効果は偉大だ。
「うわぁ」
なぜか、関係ない人達まで引きつりまくっている。
「お、お嬢?」
「なんですか」
「もしかして、怒ってる、のか?」
ヴァンさんが鍋をかぶったその下から、恐る恐る聞いてくる。なんで、そんなものを、かぶってるんだろう。みれば、半数ぐらいの人が、どこからか引っ張り出してきた桶や鍋をかぶっている。最近の酒場の流行だろうか。
「そうですね。自分自身には怒ってますよ? ちゃっちゃと片を付けておけば、こんな騒ぎにはならなかったはずですから」
「「それ違う、違うから」」
隅の方で何やらつぶやかれたようだが、聞こえないふりをする。
「という訳で、今から成敗してきます」
「「「「「待て待て待てーっ!」」」」」
時は金なり、よね?
主人公の出陣。偽者君に明日は来る?




