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天衣無縫

514


「ね、ねぇ。今の話を聞いてて、ローデンの住人でなくても、どうかと思うんだけど?」


 ノルジさんが、慌てている。


「私は、ほら、一応、王族だから、各国の風習とか、ほら、言っちゃいけないこととか、知ってたのに、言ってしまったし。これって、外交問題に、なる、んだけど?」


 ディさんも、あたふたしている。それよか、王子さまが「一応王族」なんて言う方が問題になるんじゃないの?


「自分、ローデンの生まれじゃないので、問題にもならないかと」


「「「「いやいやいや!」」」」


 ローデン組が思いっきり否定した。事実でしょーが。


「お嬢は、うちのもんだから!」

「私の娘だっていつも言ってるでしょ!」


「ほとんど、森の中にいるし」


「「関係ないっ!」」


 またも、全否定。


「いや、そう言う意味じゃなくてね? アルファさん、ローデンの身分証持ってるから」


 ディさんが、見当違いな指摘をしている。


「身分証って、どこで発行されても一緒なんじゃないんですか?」


 立ち入り許可書、みたいなものだと思ってたんだけど。


「「「「いやいやいや!」」」」


 なんなの。


「何かあったら、その都市の保護が受けられるの! それに、その、アルファさんのは王宮発行のだよ? 凄いんだよ?」


 ノルジさんの丁寧な説明で納得。


 やっぱり面倒な代物だったんだ。


「じゃ、返却します」


「「「「ちがぁーーーーう!」」」」


 絶叫された。耳が痛いって。


「だって、ディさんが、ローデンの身分証持ってる人に、言っちゃいけない言葉を使ってしまったことが、問題なんでしょう? それなら、ほら、自分がローデンの関係者でなければ、万事解決」


「「「「それも違う〜〜〜〜」」」」


 おや、床や机に懐いてしまった。いわゆるorzな格好?


「お嬢! わざとはぐらかしてるだろうが!」


「え? どこが違うの?」


 またも、おーあーるぜっと。


「あ、あるふぁさんって、変」

「変な賢者?」

「へんじゃ(変者)?」

「それ以上言うな!」


 ガーブリアのハンターさん達が、ボソボソとつぶやいている。自分は、頭をぽりぽり。


「自分が「まれひと」かどうかは置いといて。

 それって、体質みたいな物でしょ。そう呼ばれたら、国のために働かなきゃならないとか、乱暴しなきゃいけないとか、そういうのなら嫌ですけど」


 全員が、ぶんぶんと首を横に振る。


「でもって、皆さんは、自分をそう呼びたくなかった。だから、「賢者」〜とか、いろいろ渾名つけてたんだなーと、そう思うし」


 今度は、力強く縦にうなずく。


「そうですよ。いっその事、昔の人の呼び方を変えちゃえばいいんじゃないですか? これから先、「稀人」さんが来るたびに、びくびくしないで済みますよ?」


「「「「は?」」」」


「頑張った人は「建国王」とか、どうしようもない人は「莫迦王」とか」


「え?」

「あ」

「そうなの?」


「でもって、自分はただの猟師にもどって万々歳」


 全員がずっこけた。ロロさん、スカートが危ないです。


「違うでしょ! そうじゃないでしょ?!」


 アンゼリカさんが、取りすがってきた。


「え〜。

 だって、全部「賢者なんちゃら」から始まってるじゃないですか。あっちでもこっちでもみょーな呼び方されるし、面倒ごとは増えるし、厄介ごとには巻き込まれるし。そもそも、自分、最初から猟師としか言ってませんよ?」


「だから!」


「だから?」


「じゃなくて! 今は、「稀人」のことで」


「それは、どうでもいいです」


「「「「は?」」」」


 そろって、鳩豆顔になる。


「さっきも言いました。体質、でしょ? 髪が黄色いとか、背が高いとか、槍が上手とか、歌がうまいとか、そういうのと、どこが違うんですか?」


「「「「「・・・」」」」」


「それとも、やっぱり「稀人」って、何かしなくちゃいけないんですか? 新しく街を作ったりとか、もっと魔獣を狩ったりとか」


「これ以上何もするな!」


 ヴァンさんが悲鳴を上げる。


「アルちゃんは、そのままでいいの!」


 アンゼリカさんが、ガバッと抱きついてきた。


「なら、いいじゃないですか」


 口をぱくぱくさせる人、視線が泳ぎまくってる人、床の上から立ち上がれない人。


「い、いいの、かなぁ?」

「・・・問題、ないはず、は、なくない、ない、よね?」

「どうなんだろう」

「やっぱり、へ」

「これ以上言うな!」


 ガーブリアの皆さんは、何やら討議中?


「それより、昼間、模擬戦やったので、そろそろ休みたいんですけど」


「「「「「あ」」」」」


「続きは明日でいいですよね?」


「お、お? おう・・・」


 ヴァンさんに一言断りを入れる。アンゼリカさんの手も離してもらい、居残った人達の視線を背に受けて、食堂から部屋に戻った。


 それにしても、王族って大変だ。言葉遣い一つで、大騒ぎになるんだから。




 翌朝、食堂に行くと、皆、疲れた顔をしていた。


「おはようございます。皆さん、どうしたんですか?」


「おはよう、アルファさん。よく眠れた?」


「昨日、あれだけ体を動かしましたからね。朝までぐっすり!」


「・・・そう。それは、よかった」


 ノルジさんが、どんよりと答える。おやまあ、徹夜でもしたかな?


「これから、コンスカンタに向かうんですよね? ちゃんと、休まないと駄目じゃないですか」


「は、あはは、そうだよねぇ」


 ガーブリアのハンター、ベルグさんが渇いた笑い声を上げる。・・・大丈夫か?


「そう言えば、ディさん、は?」


「先ほど、王宮に向かわれました」


 少々よれ気味のロロさんが、教えてくれた。


「ええ? お一人で?」


「いえ、アレが付いてます」


 アレって。・・・そういえば、コンビの片割れが見当たらない。


「・・・アストレさん?」


「ですから、アレです」


 ・・・気の毒に。



 朝食をもらった後は、さて、ナニしよう?


 昨日の大騒ぎで、アンゼリカさんも完全に頭が冷えたようだし。でも、今回は、って、そうだ、まだ、偽者さんが残ってた。どうするかなぁ。


 ガーブリア組は、ディさんを除いて、骨休め。明日は、移動用の消耗品の補充をして、明後日、出発する予定らしい。

 いっそ、一緒にくっついていくかな。例の人は、コンスカンタに向かっているようだから。


 悩んでいる時には、手を動かすに限る。そろばん作成の続きをする事にしよう。料理長さんには、念のため、今日もアンゼリカさんの見張りを頼まれている。食堂で作業していれば、目も届くだろう。

 アンゼリカさんに断って、食堂の一角を借りた。


「何をされていらっしゃるのですか?」


 ロロさんが、覗き込んできた。


「ん? ん〜、ローデンの商工会で、今、作っているのと同じ物、です」


 まだ、あちらで販売や使用制限をどうするつもりか聞いていない。ガーブリアの人もいるけど、彼らはハンターだし、少々、見られても大丈夫だろう。・・・かな?


 玉の数が揃ったら、錐で中心に穴をあける。くぼみをつけた木の板にセットして、ぐりぐり、ぐりぐり。穴がささくれたままだと、串も傷つく。ヤスリで、削りすぎないように、磨いていく。

 枠は、竹だと安定感がいまいちだったので、木材にした。

 ほら、自分でもちゃんと竹で作れるかどうか試作しておけば、万が一、聞かれたときにも答えられる。だから、錐とかヤスリも用意したんだし。


 部品を並べて組み立てる。串と枠は、膠で接着した。さて、どうだ?


 しゃこしゃこ。


 いい感じに、玉が動く。膠が完全に乾くまで置いておけば、完成。


「これ、何? 玩具?」

「いい音したよな」


 おやおや。野次馬が、わらわらと取り囲んでいた。


「ローデン商工会の新商品?の試作品、ですね。一応、内緒にしてください」


「へぇええ」

「って、こんな物まで作っちゃうの?」


「ええ、まあ。あ、まだ乾いてないから、乱暴に扱わないでもらえますか?」


「ご、ごめん!」


「皆さんこそ、部屋で休んでなくてもいいんですか?」


「「「女将さんのお茶が美味しい!」」」


 ・・・野郎どもの鼻の下が延びきってる。見るだけなら、ただかもしれないけど。

 自分の方には、ちらりともしやがらない。むしろ、視線をそらしまくっている。どうせ、鑑賞にも堪えられないちびですよぅだ。


「あらあらあら。もう一杯いかが?」


「「「はいっ」」」


 自分も香茶をもらった。


「はい、アンゼリカさん。リュジュさんも手伝ってくれたんです」


「これって、昨日、お部屋で作っていた物なの?」


「使い方は、後で教えますね」


 売り上げ計算とか、楽になるんじゃないかな?


「まあ、まあまあ。嬉しいわ!」


 そろばんを握りしめて、ぴょんぴょん飛び跳ねていった。おおい、どこまでいくんですか?


「そ、そうか。贈り物だ!」

「何がいいかな?」

「でもさぁ、街で買える物じゃイマイチじゃん」


 下心満載の内緒話だ。いつもなら、アンゼリカさんの教育的指導が入るところ、だけど? おや?


「アルちゃんからの、贈り物よ? いいでしょ。いいでしょ?」


 従業員一人一人を捕まえて、自慢してますよ、あの人。


「アンゼリカさーん。それ、まだ完全にくっついてないから、乱暴にすると壊れちゃいますよ?」


「まっ。だめよ、そんなの!」


 慌てて、自室に駆け戻っていった。やれやれ。


「「「あ〜」」」


 見送るハンターさん達には、


「そろそろ修練場にいかないと、従魔達が待ちくたびれてますよ?」


 ねぇ。こういう指示って、ノルジさんが出す物じゃないのかなぁ。

 目を向けたら、口をぱくぱくさせている。言うつもりだったら、さっさと指示出しといてよ。


 でも、たむろしていたハンターさん達は、


「「「うい〜っす」」」


 ・・・まあ、素直でよろしい。ノルジさんは肩を落としている。この際だ、反省したまえ。


 昨日に引き続き、ロロさんにアンゼリカさんの見張りもとい目付役を頼む。余計な仕事をお願いしたお詫びに、エルダートレントのレースリボンの束をプレゼントした。その辺のハサミでは、ハサミの方が負けてしまうから、特製の裁ちバサミとセットで。

 お、さっきまでのきっつい目付きがほどけている。・・・そう、貴女もプレゼント、欲しかったのね。

 まあ、贈り物を喜ばない女性は、いない、だろう。・・・自分を除けば。

 宝石とかドレスとか、あれは、贈り物じゃなくてお荷物あるいは厄介物という。


 さて、自分もいかなくちゃ。


 ムラクモには、[森の子馬亭]でお留守番をお願いする。あああ、ふてくされちゃった。でも、トリさん達も放っておけないから、と、拝み倒す。・・・帰りに、美味しい物でも買ってこよう。


 ノルジさんは、ディさんが帰ってくるのを待つそうだ。他の、ガーブリア組とギルドハウスに向かう。



 修練場は、・・・カオスだった。


「〜なんとかしてくれ!」


 あのヴァンさんが泣きついてくる。


 銀狼達が、修練場を走り回っている。追いかけっこをして遊んでいるようだ。時々、山東烏がちょっかいをいれている。あ、ちっちゃいオボロが、ツキとハナの背中の上を飛び跳ねながら、山東烏に手を出してる! ・・・お互いの躱し躱されが楽しいらしい。

 

 ハンターさん達は、隅っこで訓練していたが、横合いから従魔達にどつかれてはね飛ばされて巻き込まれて埋もれている。立ち上がろうとしたところをさらに踏みつけられている。走って逃げれば、追いかけっこに混ざったと思われたか、取り囲まれて振り回されて・・・。修練どころじゃない。


「・・・なあ、あいつら、どうしたんだ?」

「アルファさんとこの奴らと気が合ったらしくてな。朝から、あの様だ」

「「「「止めろよ!」」」」

「「どうやって?!」」


 居残っていた二人が、悲鳴を上げた。


「大人しくしてくれって、頼んだよ? 頼んだらさ」

「混ざりたいって、目で訴えかけてくるんだよ」


 うわぁぁ。相棒達ってば、おねだりの仕方まで伝授しちゃった! ど、どうしよう。


「ヴァンさん! 調理場、借ります!」


「なんでもいい。なんとかしてくれ・・・」


 米を炊いて、塩むすびとグロボアのしぐれ煮を混ぜ込んだおにぎりを作った。北峠での騒ぎに懲りて、大釜を用意しておいた甲斐があった。役に立って欲しくはなかったけど!


「おーい。ご飯だよー」


 相棒達が、遊びの集団から抜け出した。つられて、他の子達もやってくる。よし。


「留守番、ご苦労様。でも、やりすぎだよ?」


 そう言うと、ふいっと目を逸らす。をい。そんな仕草まで、どこで覚えてきた?


「まあ、はい。お疲れさま」


 炊きたてのご飯に、よだれが。本当に好きだよね。自分も好きだ。


「ユキもご飯にしよう」


 今まで、影で待機してたんだもんね。


 それを見ていた銀狼達が、山東烏も、それぞれのパートナーにご飯をねだる。いや、おにぎりを見ている。うーん、君達もか。


「自分の作ったのでよければ、どうぞ?」


 憔悴していた二人に、おにぎりを盛った大皿を差し出す。


「え、いいの?」

「アルファさんとこのは?」


「たくさん作りましたから。皆さんも、どうぞ召し上がってください」


 手を洗ってから、手づかみで食べてもらう。この世界にラップはない。包装紙は超高級品。今度は竹の皮でも用意しておこう。・・・いつ使うかは、判らないけど。


「従魔には、皆さんからあげてください」

「わかった」

「ありがとう!」


 一通り、従魔達にもおにぎりが行き渡ったようだ。相棒達には、食後のブラッシング。


 ん? 一頭が自分に向かってきた。


 おうん!

 

 しっぽも振ってくれた。どうやら、おにぎりのお礼らしい。気に入ってもらえたようだ。


「どういたしまして」


 相棒達を見れば、・・・そろって得意顔をしている。なんなんだ。

 ・・・アストレ君、わざとじゃないんだ。たまたまなんだ!

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