結末と伝説
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「派手にやりやがって・・・」
でも、ヴァンさんの声にも力が無い。
「あり? あれって有りなのか?」
ノルジさんが、首を捻っている。
「あーるふぁー、さん? もし、もしですよ? グロボア、が、を、想定していたとき、は、どのようにする、つもりでした?」
ディさん。自分の名前を改変しないでください。
「そうですねぇ。真っ先に、騎士団の左右どちらかの班に突撃しますね。でもって、はね飛ばす。とにかく、移動速度と突貫力で押し通します」
「その場合の、騎士団の対応方法は?」
ノルジさんの質問に答える。
「水でも光でもいいから、魔術で大きな壁を作ります。自分よりも大きな物を見て警戒すれば、移動速度が落ちます。さらに、遊撃隊が後方から撹乱すれば、さらに動きは遅くなります。あとは、グロボアの進路を予想して、左右から挟み撃ち、ですかねぇ。
ちなみに、ロックアントで壁作戦をとるなら、上下左右に壁を作る必要があります。その場合は、今回の魔術師さんの人数ではちょーっと足りないかなぁっと」
「え? じゃあ、さっきの連中のやり方は?」
「だから、最初に、遊撃隊が自分の後方に移動しようとしたでしょ? たぶん、その後で、魔術の壁を出すつもりだったと思います」
「「「・・・」」」
「でも、移動方法が雑すぎです。もっと静かに回り込まないと、先に遊撃隊が目標にされますよ。で、それを見た魔術師さん達が慌てたんでしょう。フライングをかましまくって作戦崩壊」
「「「・・・」」」
「そうそう。森の中、という条件を加えれば、さっきの模擬戦の評価は、駄目駄目です」
「な、なんでだ?」
「【火】系統の魔術をばんばん飛ばしてたでしょう? 森が火の海になります」
「「「「・・・」」」」
「練兵場だと難しいですけど、【土】系統も、もっと使ってくれるといいんですけど」
「な、何に、使えるの、かな?」
ノルジさんが恐る恐る聞いてくる。
「簡単なところで、進路妨害の壁。それから、片足だけでも落とし穴にはまれば一瞬でも足を止められます。体ごと落とせれば、なおいいですよね。昆虫系には無効なんですけど。土の塊をぶつけるのも、目つぶしとか相手の気を散らすのに使えます」
「なあ、お嬢? それって、チーム戦、だよな?」
「そうですよ?」
「でも、お嬢は、一人、で、やってるんだよな?」
「はい」
「「「「「・・・どうやって!」」」」」
森で動物を仕留めるところを見ていた人達は、皆、救護班送りにしてしまったし。実演してみるしかないよね。
なにか〜、的になる物はないかな? あ、そうだ。
「ちょっと待っててくださいね」
工兵さんの所に行って、未加工のロックアントがないか聞いてみる。自分の手持ちは、板状に加工した物しか残ってない。これは〜、出せない。
幸い、頭が残っていたので、穴だらけにするかも、と断って借りてきた。
「こんなもん、どうするんだ?」
「えーと、ちょっと離れてもらえますか?」
練兵場の壁際に、的となる頭を置く。見物人は左右に別れた。
うーん、蟻弾もまずいか。水晶弾にしておこう。
「いきますよー」
がづっ
「・・・お嬢。今、何をした?」
「これを、指で弾きます。グロボアの頭骨も貫通しますよ」
蟻弾に比べれば、穴が大きくなるけど。
いきなり、ヴァンさんが自分の首を抱えこんだ。
「じゃあ、ロックアントはどうやってるんだ? あれじゃ、へこみもしてないぞ?」
「首の急所をガツンとすれば、もげます」
「・・・もげるのか」
「そりゃもう、ぽろっと」
「さっきの棒か? 棒の性能なのか?」
「打ち込む角度とか、当然、力も要りますよ? ツルハシみたいな物で、アレの背中から力一杯打てば、ヴァンさんでもイケます」
「出来るか!」
・・・今、耳がキーンってなった。耳元で怒鳴らないで欲しい。
「あれ、なんですか?」
ディさんは、的を指差して初歩的な質問をする。
「ロックアントの頭部です。大顎と触覚はもう取ってありますけど」
「へ、へぇ」
ガーブリア組が、そろそろと近付いていく。
「初めて見た」
「思ったよりも、大きいんだな」
「なんで、こんなに綺麗なんだ? さっきの獲り方だと、ボコボコになりそうなもんだよな」
「そういえば」
「そいつは、お嬢が獲ってきたやつだろう」
「いや。だから、なんで綺麗なんですか?」
ノルジさんの頭から、はてなマークが溢れている様が目に見えるようだ。
「だから、お嬢だから」
むきーっ! ここで、その説明はないでしょ!
「え? アルファさんが指揮して、獲ってきている?」
「違う。一人、で、獲ってきやがるんだよ。こんの非常識娘が!」
「「「「え?」」」」
ガーブリアの人達に愚痴を言ったって。だいたい、獲り方なんて、どうでもいいでしょ。
「アルファ殿は、稀人、なのですか?」
なにそれ。まれひと?
ディさんの発言に、その場にいたローデン一同がなんか変な顔をした。強いて言えば「しまった!」、な顔。
アンゼリカさんが、慌てて自分の手を取った。
「アルちゃん、今日はご苦労様。私も楽しかったけど、疲れたわね。早めに宿に帰らない?」
「そうです。そうしましょう!」
おおう。アンゼリカさんとロロさんに両手を取られて、まだ、怪我人の撤収も終わらない練兵場から退場させられた。
まれひと、って差別用語なのかな? 自分は気にしないのに。その程度、前世で散々聞かされてたからね。
差別以前に、ほら、自分、今、アレだし。本性がばれなければ、何でもいいと思う。うん、そっちの方が重大だ。
って、だから、逃げ出す算段してたんじゃなかったっけ? おっかしいなぁ。
ガーブリア組は、従魔達を預けにギルドハウスに向かった。自分は、アンゼリカさんとロロさんにがっちりホールドされたまま、馬車に連れ込まれ、そして[森の子馬亭]に連れ戻された。
一応、立ち回りをした後、ということで、お湯を使わせてもらい、部屋で小休止。
というより軟禁? リュジュさんが、つきっきりで世話をしている。
「別に、体調が悪いわけでもないのに、なんで、リュジュさんを置いとくんでしょう?」
「さあ? とにかく、夕食まではアルファさんの相手をしているようにって」
暇なので、そろばんを作ることにした。リュジュさんやアンゼリカさんに使ってもらおう。
リュジュさんが、見よう見まねで、玉を削る。あんまり危なっかしいので「変なナイフ」を貸した。これなら、手を切ることはない。
「この、大きさを、揃える、のって、難しい、です」
「普通は、そうですよねぇ」
自分は、長いこと種弾を削り出していたから、さくさく出来るんだと思う。それに、真球よりはずっと楽。
夕飯が出来たとアンゼリカさんが呼びにくるまで、ずーっと玉を削っていた。
「あの、このナイフ、すごく使いやすかったです。ありがとうございました」
返そうとするのを止める。
「これ、リュジュさんに」
「え? だって、すごくいい物だと思います。私なんかには、もったいないですよぅ」
「ふふ、自称不器用のリュジュさんが、ここまで玉を削れるようになれるんです。欲しいでしょ?」
「そ、それわぁ」
焦る姿もかわいいわぁ。
「冗談です。いっつもお世話になってるから、お礼です。これ使えば、もっと器用になれますよ」
たぶん。
「あ、ありがとうございます! 大事にします! 嬉しいぃ」
ちょろい。
「アルちゃん? リュジュ? ご飯よ、って、どうしたの? これ」
あ、床に竹の削り屑がもりもりと。
「すみません、散らかしちゃいました。すぐ片付けます」
「あらあら。後でいいわ。先にご飯にしてね?」
「女将さん! アルファさんから、これ、頂いてしまいました。嬉しいです!」
「まあ。よかった、わね?」
あれ? アンゼリカさん、目付きが怖い。
「アンゼリカさんには、別の物、いいものありますから!」
従業員に嫉妬するって、どれだけよ。
「あら、あらあら。そういうことね。まあ、楽しみだわぁ」
おや? アンゼリカさんも、チョロい? って、「変なナイフ」よりもよい物って、そろばんでもいいのかな? うーん。
「ほらほら。ご飯よ?」
「はーい」
「はい。すぐに食堂に入ります!」
二人して、部屋を出た。
食堂には、練兵場の見物人やってた一同が集まっていた。もう、食事は終わっているらしい。自分一人分の料理だけ、運ばれてくる。なんなんだ? なんていうか、ちらちら見ては、さっと視線をそらすし。お茶をすするだけで、おしゃべりもしてないし。
あの、ディさんの発言、気にしてるのか。でもなぁ。自分から「気にしてません」って言って、「それはよかった」で済ませてくれる人達じゃないし。どうしたもんかな。
自分も食べ終わって、食後の香茶が出された。でもって、リュジュさんは、竹細工の後始末をするために食堂から追い出された。
「あの、」
「「「申し訳ない!」」」
うぉう! 質問する前に、謝られた。
「何が、ですか? よく、判らないんですが」
「それは、その、練兵場で、ですね?」
ディさんが、口ごもる。
アンゼリカさんも、何から説明したらいいのか、迷っているようだ。
「そもそも、「まれひと」ってなんですか?」
「「「「は?」」」」
「お嬢! そこから?!」
うん。
ローデン組が、お前が、いや貴女が、と押し付けあっている。ガーブリア組は、顔を上げようともしない。いや、頭を抱えている。
だーかーらー、誰か説明してよ。
その後、ようやく複数人で説明してくれたところによれば、こうだ。
その昔、人と竜は、別の大陸に暮らしていた。当時は、竜と人とが交流していて、しばしば両者の間に子供が生まれていた。
天変地異がおきて、大陸の大部分が海に没した。人と竜は、その大陸からヘリオゾエア大陸に移住した。当時のヘリオゾエア大陸は、ほとんどが[魔天]の様に魔力溢れる土地で、人の住めるところは少なかった。
竜術によって[天]の領域が縮小し、ようやく人の版図も広がっていった。その途中で、人はそれまで使えていた竜術が使えなくなった。と同時に両者の間で子供が生まれなくなった。
その替わりなのか、現在の魔術が使われるようになった。
と、ここまでは、伝説のたぐいだ。
人の中には、とても長命な者が現れる。遥か昔の竜の血が現れたため、と考えられている。彼らは、魔力は持っていても、現在の魔術は使えない。
そして、身分証発行システムの取り扱いが非常に巧みな者が多い。これも、システムが竜術を元にしていて、発現した竜の血に反応しているのだと言われている。
余談ながら、そろって美男美女、なのだそうだ。どうりで、どこの受付にも、美人なお姉さんがいるわけだ。
稀人、というのは、さらに竜の血が強く現れた人のことを指す。怪力だったり、特殊な魔術を使えたり、発明家だったり、とにかく桁外れの能力を持っている。
過去、人がヘリオゾエア大陸に広がる過程で、先頭に立っていたのも彼ららしい。彼らが、各都市を立ち上げ、街道を整え、人々が各地を行き交う社会の礎を作った。
その功績により、数人が王家として奉られた。
ちなみに、稀人も長命者も、どちらも先祖帰りのようなもので、一代限りの能力なのだとか。なので、稀人から稀人が生まれることはない。長命者の場合は、親よりも先に子供が寿命を迎えてしまうので、あえて、子供を産まないようにする者もいる。
ついでに、人は、竜の能力はほとんど引き継いでいなくても、なぜか遺伝しているものもある。頭髪は、祖先と交わった竜の鱗の色だと言われている。淡い桃色、水色、黄緑色、金髪、銀髪はごく普通。精々、明るい茶色ぐらいまでだ。青や、深緑、橙色、焦げ茶の人は、ごく少数で、一つの都市で、数人しか見かけない。
そして、稀人は、例外なく濃い髪色をしている、そうだ。
見かけはさておき。ここからが本題。
現在のローデン王宮は、都市開闢の血筋ではない。最初の王家から簒奪したからだ。ある時代、どうしようもなく横暴で無能な「稀人」が王位にあって、密林街道全体で大迷惑を被ったため、と伝えられているが、真実は時の向こうだ。
ローデンに生まれたものにとって、「稀人」とは、国家の始祖であり、それと共に忌むべき存在でもある、複雑な感情の対象、なのだ。
故に、ローデンではこの言葉自体が禁句になっている。一種、歴史上の汚点、ということなのだろう。
「なぁんだ、そんなことですか」
「「「「「は?」」」」」
本性さえ暴かれなければ、陰口程度は気にしない、というスタンスの主人公。いや、もう少し気をつけようよ(by作者)。




