ひとときの安寧
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[森の子馬亭]に、ゾロゾロと人が移動していく。魔獣も混ざっているので、通りのあちらこちらから驚きの声が上がる。
みどりちゃんは、ムラクモよりも淡い色合いだ。若草色、と言ったらいいのだろうか。ぱっちりとした大きな瞳と相まって、確かにかわいい。魔獣なのに、可愛く見える。なぜだ?
そして、何より、その横に居るトリさんが、とにかく注目を集めている。ダチョウよりも二周りは大きい(と思う)うえ、赤だの金だののきらびやかな羽を全身にまとっている。でも、これが密林の中だと、木洩れ陽にまぎれて、全く目立たない。
ムラクモ達は、街中仕様の姿をとっている。ヴァンさんがなにか言いたげな顔をしているが、ガン無視。なんで、こんなことが出来るのか、自分もわからないんだもん。質問されても、答えられません。
それはさておき。
久しぶりの宿泊客ということで、[森の子馬亭]は久しぶりに活気を取り戻していた。アンゼリカさんは、まだ、商工会館から戻ってきていないようだ。でも、彼女が休暇のときは、料理長さんが取り仕切ることになっている。
・・・予行演習じゃないよね?
「ようこそ、いらっしゃいました」
「八人で三泊、お願いします」
ガーブリアから来た人達のうち、二人は、従魔達の面倒を見るために、ギルドハウスに残った。後で、食事を届けることになっている。見せ物とはいえ、十人もの大所帯。まあ、殿下の護衛もかねているんだろうから、こんなもんなのかな?
ノルジさんが宿泊手続きをとっている間に、厩にトリさんとみどりちゃん(とムラクモ)を連れて行く。ユキは影に控えてもらって、万が一のときの連絡要員を務めてもらう。
「えーと、彼らの食事は何を用意すればよろしいでしょうか?」
従業員の一人、レックさんが、ディさんに質問する。
「ムラクモ殿と同じで問題ないでしょう」
「・・・普通の飼葉、でいいんですか?」
自分も質問する。なにせ、従魔になったトラケリオの食生活など、見たことも聞いたこともない。あるわけない。
「トリさんは、雑食ですから」
にこやかにお答えくださるディさん。・・・雑食、って。いくら街中でも、トラケリオが草だけで満足するはずはない、と思う。
「・・・レックさん、出来る範囲でいいみたいです(果物を混ぜておいてください)」
こそっと、耳打ちする。黙って、うなずいてくれた。ムラクモは、魔天にはない、リンゴに似た果物がいたくお気に入りなのだ。トリさん達も、きっと気に入ってくれるだろう。
ガーブリア組は、一旦部屋に案内されていった。その隙に、アストレさんに王宮への連絡をお願いする。ディさんの手紙も持っていってもらう。非公式とはいえ、都市内での所在が不明なのはあちらも不安だろうから。
本来のアストレさんの仕事でもないと思うんだけど、この際、使える物は何でも使う。後で、なにかお礼しなくっちゃ。
ディさんは、本気でお忍び旅行をするつもりだったらしい。身分を隠して宣伝してもそれほど効果はないと思う。
その上で、明日、王宮の門番に手紙を渡して、取り次いでもらう予定だったとか。・・・先日の、押し掛け訪問者と同じだって! ガーブリアの印象が悪くなるから、それはやめておいた方がいい、と諭して、ギルドハウスにいる間に、王宮を訪問したいという手紙を書いてもらった。というか、書かせた。第一王子、だったよね? ガーブリアの未来が心配になってくる。
団長さんも、[森の子馬亭]周辺を警備する兵士を増員するために、一旦王宮に戻る。まあ、自分もユキもムラクモもトリさん達もいるから、滅多なことは起きないと思うが、貴人の警護は用心するに超したことはない、んだそうだ。
自分も警備対象になっていることは、初めて知った。ただの猟師に、大げさだって言ってるのに、侍従さん達以外にも割を食っている人達が居たとわ。後で、団長さんとよーくお話し合いをしよう。
夕食時になって、皆、食堂に集まってきた。先日のフライドチキンを始め、料理長渾身の料理が並べられている。久々に、存分に腕を振るえて、嬉しそうだ。もちろん、お客さんには、大好評。当然だね。
戻ってきたアンゼリカさんも、今はちゃんと「女将さん」モードで接客している。よかった〜。ヴァンさん達も安堵している。
食後の香茶が配られた後、数人ずつに別れて、和やかにおしゃべりを始めた。ローデンとガーブリアの人達が入り交じって、情報交換、といったところか。
自分は、手持ち無沙汰なので、竪琴を弾くことにした。というより、自分の噂話ばかり聞こえてくるので胸焼けがする。
そういえば、久しぶりにいじるなぁ。腕が鈍ったかな? 音量控えめで数曲弾いたが、乗りが悪い。
ん? いつの間にか、食堂が静かになっている。みんな、自分の方を見ていた。何?
「・・・素晴らしい」
ディさんがつぶやくと、ガーブリア組から賛同の声が上がった。
「アルファさんって、猟師、だよね? 違った?」
ノルジさんは、顔中に「はてなマーク」を浮かべている。
「まあ、手慰みですけど、しばらく練習さぼってたから・・・」
聞き苦しいところがあったかもしれない。
「「「いやいやいや!」」」
団長さんやアストレさん達は、彼らの驚く様子を見て、自慢げにニコニコ、もといニヤニヤしてるし。
「ほら、お嬢だから」
ヴァンさん、説明になってませんよ?
「「「なるほど」」」
って、それで納得するってどうなの?!
「ハンターと言っても、四六時中仕事があるわけでもないだろ? 街中なら酒や博打もあるがな。ねぐらに居るときなら、細工物を作って副業にしているやつも多い。だが、さすがに竪琴を弾いてるやつはいねえ。・・・お嬢ぐらいなもんだ」
「副業って、皮の鞣しとかじゃなくて?」
「あれも、腕のいいやつの加工なら高く売れるが、普通は卸して専業の職人にやらせた方が質が上がるからな」
そういうもんなのかな。自分は、ほら、魔天には他に鞣しの専門職人なんていないし、捨てるにはもったいないし、で、身につけたけど。ずいぶんと失敗もしたんだよねぇ。もったいない。
「でも、狼程度で生皮売っても、たいした金額にならないでしょ?」
「おい! ギルドで取り扱うのは魔獣素材だって、何遍言やぁわかるんだ? あんなもん、素人が加工できるわけねえっての!」
ノルジさんに質問してみる。
「そういうものなんですか?」
「・・・は?」
「だから、魔獣の皮はハンターが加工するんじゃないんですか?」
「出来るわけないでしょう! 必要部位をまとめて、領域から脱出するだけでも大変なんですから! それに、加工するのに、どれだけ手間と設備が必要か知らないんですか?」
ノルジさんの声がひっくり返っている。他の人は、目も口もまん丸だ。
「・・・知りませんでした」
全員が、がっくりとうなだれる。
「・・・な? お嬢だから」
だから! ヴァンさん、それで締めないでよ。
「ええと、狼とか猪とかはハンターさんでも加工できる。鞣しの下手な人は生皮で売る。魔獣の皮は専門職人さんが請け負う。で、いいですか?」
「ようやくわかったか!」
「って、この人、魔獣の鞣しもやっちゃうんですか?」
「ん? そう言われれば、見たことねぇな」
「あら、フェンが見てるわよ」
香茶のおかわりを配りながら、アンゼリカさんが教えた。言わなくていいって!
「ええと、最初に服を作るときに出してもらったけど、似合わなくて買い取らせてもらったって。あの時は、お店の人達揃って、落ち込んでたわね。上質の魔獣素材を無駄にさせたって。そうだわ。ムラクモちゃんの馬具が出来たから、来てちょうだいって」
「女将、そん時の素材はなんだったんだ?」
「あら、なんだったのかしら? 聞いてないわね」
「よし。明日、新しい馬具とやらを見せに来い!」
「やです」
ヴァンさんなら、一発で見破る。間違いなく。でもって、また騒ぎになる。
「ちょ、ちょっと待って! 魔獣素材を何に使ったんですか? 服? なわけないですよね。でも、狩猟村に来た時、防具はつけていませんでしたよね?」
ノルジさんが慌てている。
「アル坊は、領域内でも防具なしだぞ?」
「騎士団での訓練でも、身に付けておらせませんが?」
ちゃっかり混ざり込んでいたガレンさんと団長さんが、余計な解説をする。
「「「は?」」」
「手甲、脚甲ぐらいはありますって!」
最近は、指輪で筋力調整しているから、ほとんど使ってないけど。
「だから! 魔獣素材で!」
「普通に、胸当てと手甲、脚甲、作ってもらいました。なんですが、動きづらかったので使えません、といってフェンさんに譲りました。あ、アンゼリカさんの娘さん「アルちゃんの姉よ!」・・・の、フェンさんは軽防具や衣類の職人やってて、いつも、いろいろと作ってもらっているんです」
というより、自分から素材を巻き上げては、作った物を、大量に押し付けてくる。そうか、アレが出来上がっちゃったんだ。
「動き辛いって、防具ですよ? [魔天]領域内なら無いと危ないでしょう!」
ああ、ノルジさんが混乱している。ディさんもほうけている。他のガーブリア組も言わずもがな。
「論より証拠、かな?」
「そうですな。練兵場を使いますか。そうそう、久しぶりにお相手していただけますかな?」
団長さんだけが、うきうきとお願いしてくる。調子いいなぁ。でも、自分もちょっと体を動かしたいかも。
「ねえねえ。私も見に行っていいかしら?」
「アンゼリカさん?」
これまた、わくわく顔している。まあ、例の件から、気が逸らせるならいいか。
「団長さん、どうします?」
「かまいませんとも!」
「だな」
団長さんとヴァンさんも、気が付いたらしい。大きくうなずいている。
「明日、王宮を訪問されるんですよね。その、ご挨拶の後、で、どうでしょう?」
「かしこまりました。手配して参ります」
アストレさんが、一礼して食堂から下がっていった。いや、あの、今のはディさんに確認とるために言ったんですけど!? おおい!
「・・・早えぇな」
「そうですね」
ヴァンさんとトリーロさんが、つぶやく。
「あの?」
ディさんが、ようやく口を開く。
「すまねぇな。明日の予定、こっちで決めちまって」
「どういうことでしょう?」
ディさんが、まだ、ほうけている。
「皆様の従魔のお披露目を、ローデン王宮で大々的に執り行わさせていただきます。その後、騎士団と賢者様との模擬戦を見学なさってください」
ロロさんが、スパッと解説する。
見せ物確定コースだ。最も、宣伝に来てたわけだし、費用はローデン王宮持ちってことで、よかったね。
「は、はあ。はあ?」
ノルジさんが、素っ頓狂な声を上げる。
「アルファさんの防具の話が、なんでこうなるんですか?」
ディさんが慌てている。気持ちはよくわかる。
「お嬢が絡めば、大抵こんなもんだ」
団長以下、大きくうなずいている。
「違います! ローデンの王宮が変なんです! ただの猟師にいっつも大げさなんです!」
「あ、あの。私は、ご迷惑ですか?」
ロロさんが、上目遣いに取りすがってきた。
「じゃなくて! そもそも、ロロさんが派遣されていること自体、間違ってるって言ってるんです」
「ですが、賢者様ですから」
「そうそう、賢者殿にご不便はかけたくありませんからな!」
うがぁ! 話が通じない!
「・・・ローデンのイメージが変わりそう」
「賢者殿が変?」
「ギルドも」
「王宮も」
「「・・・」」
あああ、こんなところで、ローデンの評判が下がっちゃった。いいの?
客人が用件を済ませる前に、主人公が(さらに!)宣伝されてしまった




