隣の王子さま
509
まだ、噴火の被害からの復旧真っ最中でしょ? 資材の買い出し、なら商工会館に行くはずだよね。なんで自分?
「あの、ガーブリアのどちら様がこられたんですか?」
騙りは排除されているはずだし、でも知ってる人は片手でも余るんだけど。
「バラディ殿下、です」
誰だっけ? 殿下? って、街門で遭っちゃった人だ!
「なんで、ローデン王宮じゃなくてこっちに来るんですか!」
「お、お忍び、だそうです・・・」
居合わせた人達も、超VIP登場に唖然としている。他国の王族が、ギルドハウスに乗り込んでくるとは、ただ事ではない。
「とにかく、やんごとないお方を待ちぼうけにするわけにもいきません。顧問殿の執務室でお待ちです」
「・・・」
「あ、忘れてました。こちらのお手紙をお渡しくださるように、とのご伝言です」
そっと、差し出された物を、全員の目の前で広げる。読んで、脱力した。
「お嬢?」
「コンスカンタに向かう途中、寄ってみただけ、みたいです」
「なんだって、この時期に」
ヴァンさんも、そう思うよね?
「顔を見せれば納得するようなので、挨拶してきます」
「トリーロ、付いていってくれ。厄介ごとなら、呼びに来い」
「了解です!」
ものものしいなぁ。
扉を叩いて、入室の合図をする。中に控えていた受付のお姉さんが、開けてくれた。
「お久しぶりです」
立ち上がって挨拶した人が、バラディ殿下だ。おや、一緒にいるのはガーブリア・ギルドのノルジさん? こちらも、にこやかに頭を軽く下げて挨拶してくれた。
「殿下に置かれましては、ご健勝のご様子でなによりです」
「それは、今は言わないお約束で。ハンターとして入街していますから」
・・・身分詐称と言うんじゃないのか?
「・・・えと、それでは。これから、コンスカンタに向かわれるそうですが、理由を伺ってもよろしいでしょうか?」
「火山灰、というのでしたか、それがほとんど降ってこなくなったので、街道の整備を始めたのですが、予想以上に状態が悪くて。うちの都市の騎士団の補修部や市井の魔導具職人総出でも、かなり時間と手間がかかりそうなのです。街道の補修技術なら、コンスカンタの職人が一番ですし、溶岩、で塞がれた部分の再設置の援助も含めて、ご相談に向かうところです」
えーと、うろ覚えの一般常識では、密林街道の舗装は魔導具の一種、だった。車輪の振動を和らげて、車体や馬車馬の負担が小さくなるようになっているとか。なので、直線区間で魔導具搭載の車体で貨物量もさほど多くなければ、早足の騎馬とほぼ同じ速度で街道を移動できる。自分宛贈り物の返却便にも、このタイプの馬車を使ったそうだ。
豪雨や落石などの損傷を受けた時は、街道の両端にある都市国家の騎士団が補修作業をする。ただ、ローデンは、ガーブリアとダグ以外に西のケセルデと南のカッラ間の整備義務もある。災害支援とはいえ、補修技術者の派遣は、荷が重い。
さすが、お隣さん。台所事情をよくわかっていらっしゃる。
技術力トップの都市に「お願い」に赴くのは、理に適っている。加えて、権限を持たない下っ端を何度も行き来させるよりは、上役同士がどーんと合意しちゃえば話は早い。
でも、だからって、殿下が出張るかな。
くすりとノルジさんが笑った。ん?
「本当は、ご自分の従魔を自慢したいんですよ」
「はい?」
「ええと、アルファさん、がシンシャに出発した直後、ガーブリアの街の北側に魔獣が現れて。だけど、どの個体もヨレヨレで、ぶっ倒れる寸前だった。[不動]のレウム云く、「従魔にしちゃえば?」っていうんで、物は試しでやってみたら、かなりのやつがうまいこと出来ちゃった」
「はい〜〜〜?!」
そんなこと、できるの?
「たぶん、降灰で弱っていたから、じゃないかなって言われてる。で、殿下まで物好きに」
「今は、ディ、だよ?」
「はいはい。それで、かなりの大物がディと見合いして、なんかもう「しょうがない、面倒見てやるか」って」
「どちらがどちらの?」
「そりゃ、トリさんがディを、だよ」
「逆だよ、逆!」
どっちだ。それにしても
「たなぼた、ですねぇ」
「なんですか? 「たなぼた」って」
ああ、そういう言い回しはないのか。そうだよね、ぼたもち、ないもん。
「偶然、運が良く、思わぬ物を手に入れること、です」
「「おお」」
納得顔だ。
「ほとんどが銀狼だったけど、棘栗鼠や山東烏、珍しいところで赤手熊、三翠角、火食鳥が」
棘栗鼠はしっぽとげとげのトレント大好物な栗鼠、の魔獣。山東烏は、繁殖もさせてたっけ。赤手熊は、・・・アンフィじゃん。大物だぁ。
「・・・なかなか、豪勢な顔ぶれで」
「トリさんが火食鳥なんです」
ディさんが、ドヤ顔で自慢する。火食鳥って、トラケリオ、だよねぇ。アレが、従魔? 想像できない。
「で、僕のが三翠角」
なんだ、ノルジさんも結局自慢したいんじゃないか。
「同行しているメンバーも、皆、従魔持ちなんだ」
ただのお願い行脚、ではなさそうだ。
「・・・宣伝、ですか?」
「「そう!」」
逆境でもめげない、復興に邁進するガーブリアをアピールして、客離れを防ごう、ってか? たくましい。
「でも、そういうことなら、王宮とか商工会館の方が、注目度が高いですよね」
「いやぁ、できれば、第一人者のアルファさんに真っ先に知って欲しくって」
だから! 自慢したいだけでしょ。
「なに、の、ですか。偶然に一番も二番もないです」
「「いやいやいや」」
やり取りを聞いているトリーロさんは、目を白黒させている。無理もない。
他所の都市の王族と、ぽいぽい会話する一般人なんてそうそういない。でもね、自分の所為じゃないの。そういう態度にさせる、この人達の所為なの!
「では、これから王宮に行かれるのですか?」
秘技、話題転換!
「それは明日。今日はもう宿を取って休むつもり」
「お、おお、王宮でいいじゃないですか!」
警備とか、どうするんだ?
「堅苦しいの、苦手なんだ」
殿下、もといディさんの口調がグワッと砕けた。なんなんだ。
「この人、学園生の時分に、こっそりギルドでアルバイトしてたんだよ」
「グレスラさんに、みっちりしごかれてね」
「だから、うっかりすると、騎士団に紛れ込んでたり、討伐に参加していたり。で、目が離せないんだ」
なんつー、やんちゃぶり。正統派王子様だったのは、見かけだけかぁ。
「アルファさんの宿はどこですか?」
あ、まずい。連れて行っても、あの状態じゃ、泊まるどころじゃ・・・、待てよ? うまいこと、気が逸れるかもしれない。
「先に行って、泊まれるかどうか確認してきます」
宿の状況よりも、心の準備というか、受け入れ態勢が。
「いえいえ、ご一緒します。あなたの従魔もいるんですよね?」
うわぁ。そうきたか。でも、でもでも、影にいるから場所要らず、と言っていいものかどうか。
「先ほどまで、ちょっと打ち合わせしていたところを中座してきたので、説明してきます。少々待っていてもらえますか?」
快諾してもらい、トリーロさんといっしょに執務室を逃げ出した。
「あの、顧問殿。どうなさるんですか?」
「ヴァンさん達にも相談です」
ヴァンさんの執務室には、さっきのメンバーがまだ残っていた。
「どうだった?」
「従魔自慢しに来てました」
「は?」
「なんじゃそりゃ」
「噴火のどさくさで、大量に捕まえちゃったとか。それより、王宮に向かわないで、宿に行くって言うんです。・・・大丈夫だと思いますか?」
四人が鳩豆顔、残る一人が考え込んだ。さすが、アストレさん。
「先様のご要望なのですか?」
「自分の泊まっている宿に行きたい、自分の従魔も居るのだから問題ないよね、王宮は堅苦しいから明日にする、だそうです」
「・・・噂は本当だったんだなぁ」
「「神出鬼没」、ですか・・・」
ヴァンさんと団長さんがあきれたようにつぶやく。先に教えといてよ!
「従魔、連れてるんだって?」
「少なくとも、トラケリオとトライホーンが」
がたたたっ。やっぱり、そういう反応になるよね。
「あの、凶暴さが売りのトラケリオが従魔?」
「騒ぎにはなると思いますけど、アンゼリカさんの関心はそっちに向いてくれるんじゃないかなーと、期待できる、と思います?」
ようやく全員が腑に落ちた顔つきになった。
「どうりでさっきから表が騒がしいわけだ」
「怪我人は?」
「ここに報告が入ってこないから、まだ無事だろう。お嬢のやつも見てるし、うかつなこと、はしてないよな!」
ヴァンさんがたまらず、執務室から飛び出していく。おーい、殿下はどうしたらいいんだ?
アストレさんを見上げる。
「ご案内して差し上げれば、よろしいのでは?」
「・・・そうします。済みませんが、フォロー、よろしくお願いします」
「か、しこまりました」
二人揃って、ため息をついてしまう。
「私たちはどうしたらいいですか?」
ロゴニさんが、心細そうに聞いてくる。自分にも、もはや訳が分からない状態なのに。
「えーと、引き続き、アンゼリカさん引き止め作戦を続行していただけると助かります」
とりあえず、彼にできそうなことをお願いしておこう。
でも、思いっきり顔が引きつってる。
「・・・善処、してみます」
肩を落として、帰っていった。
「では、我々は?」
団長さんまで!
「・・・[森の子馬亭]まで、ご一緒していただけますか?」
こうなりゃ、とことん道連れにしてやる。
「「「・・・」」」
あまりにも目立ちすぎるので、乗ってきた騎馬も一緒に修練場へ移動させられていた。ディさん達と、そちらに向かう。
おお、いたいた。トリさんだ。他にもうじゃうじゃと。ちょっとした、動物園みたいだ。・・・檻はないけど。
「壮観、ですねぇ」
「一応は、大人しくしててくれますよ?」
「・・・一応、ですか」
その「一応」の、程度が不安なんですが。
ノルジさんのトライホーンは、
「みどりちゃーん!」
ずっこけた。ノ、ノルジさん? ローデンの野次馬が全員、ものすごい勢いで引いてますけど? もしもーし。
「さみしくなかった? うん。僕は大丈夫だからね。今夜はあったかくしてねむれるといいよね」
馬フェチ?
みどりちゃんの方は、ノルジさんの顔を優しく唇でまさぐってるし。あー、ラブラブなのね。ごちそうさま、なんですね。
「トリさん? こちらが、我々の恩人のアルファさんですよ」
うぉう。紹介されてた。
「初めまして。アルファです。よろしく」
力一杯、見下ろされてる。どうせね、ただでさえちびですから、いいんです。
すかさず、自分を取り囲むように、相棒達が勢ぞろいした。対抗しなくていいってば!
ムラクモとトリさんの視線は、後者の方がやや高め。・・・なんか、火花が飛んでませんか?
「・・・五頭もいらっしゃったのですか〜」
「あれ? レウムさんから聞いてませんか?」
「「すごく灰が降ってくる中で、従魔を拾った」としか・・・」
ぽかーんと、相棒達を眺めているディさん。ま、まあ、オボロのことをごまかせたから、助かった、のか?
「一番大きな子がムラクモ、銀狼三頭が右からユキ、ツキ、ハナ、最後の子がオボロ、です。こちらは、ガーブリアの、えーと、バラディさん。みんな、よろしくね」
身分も言おうとしたら、ディさんに目で「言ってくれるな!」と釘を刺された。自分もやったことがあるので、拒否できない。・・・これも、因果応報?
「私はバラディといいます。アルファさんには、大変お世話になりました。どうぞ、よろしくお願いします」
うわ、いいのかな。殿下が、従魔に挨拶してるよ?
それを見ていたムラクモとトリさんが、なんか、意気投合したらしい。お互いの毛繕いなんか始めてるし。でもって、時折、こっちを見てはまた顔を見合わせてうんうんうなずいてるし。
「仲良くしてもらえるようですね。安心しました」
「自分も、です」
ここで、喧嘩上等! なんて始められたら目も当てられない。
「それでは、宿に行きましょうか!」
ディさん、のりのりだぁ。でもさぁ。
「・・・さすがに、従魔も馬も、全員連れて行くのは無理ですよ」
多すぎる。どう見ても、[森の子馬亭]の新設した厩に収まる頭数じゃない。
「それもそうですねぇ。どうしましょう」
ヴァンさん、助けて!
目で、援護を頼む。
「一晩ぐらいなら、離れていても大丈夫、か?」
ガーブリア勢が、力強くうなずく。
「なら、でん、バラディ殿とノルジのやつだけ連れてけ」
「おや? そう言えば、アルファさんの従魔は、最初ここには居ませんでしたよね?」
ちっ。気が付いてしまったか。
「おう。お嬢はとにかく規格外、だからな!」
投げやりに言わないでよぅ。
「是非、その辺りの話もさせていただけると嬉しいですね」
自分の手を取って、外に出ようとする。
「ま、待って! 他の子達は?」
「・・・ここに預かっといてやる。ローデンの宿屋で、こんだけの従魔を預かれるところはねえからな」
「あ、あ〜、それもそうですねぇ。それなら、ツキ、ハナ、オボロは、ここでお留守番。ムラクモとユキは、一緒にいこうか」
先の三頭が、ピスピスと鼻を鳴らして不満を訴える。
でも、職員の人達も、自分の相棒達が混ざっていれば、むやみやたらにちょっかいだしたりはしないだろうし。
「君たちの方が、ちょっとだけ先輩でしょ? 何かあったときには守ってあげなくちゃ」
そう言うと、渋々引き下がる。でもって、五頭でごにょごにょ言ってるし。何を打ち合わせてるんだろうね。
「・・・凄いですねぇ」
「お嬢だからな」
「ヴァンさ〜ん」
ディさんとノルジさんに、団長さん達も紹介して、ようやく[森の子馬亭]に向かった。
ちなみに、アストレさんはいち早く抜け出して、人数とか、先に知らせに行ってしまった。
くっ、出来ることなら、自分がその役を奪って、この場から逃げ出したかった。
さらに、混沌としてきました。作者、ちゃんと締められるのか?(自爆・・・)




