百苛量濫(ひゃっかりょうらん)
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華麗なる脱出計画、どころか、王宮がらみの厄介ごとにはまり込むことになってしまった。
自分が、どんな悪さをしたって言うんだ? ヒドすぎる!
・・・なんて、愚痴っていても、解決はしない。
一月後には、ある程度情報が集まっているだろう。
アンゼリカさん達にばれないように、退場準備をしておかないと。
術弾を片っ端から作り溜めする。置き土産代わりになりそうな小物も、じゃんじゃん作る。
どうでも良さげな、ウサギのぬいぐるみも作る。だって、毛皮が大量にあるんだもん。詰め物は、オボロ達の抜け毛を使った。
いくら毎日ブラッシングしてたからって、等身大の人形いっぱいになるとわ。自分でも驚いた。
冗談で、ウサギマントも作ってみた。ふわふわの真っ白なフードに、地面まで届くロングマント。前合わせには、三翠角のかけらを使った留め具をあつらえた。裏地にエト布を使っているので、見た目は華奢でも、防御力はばっちり! ・・・自分に似合わないところが、くやしい。
って、現実逃避してる場合じゃないってーの!
取り出し専用の収納カードは、準備できた。一枚に、解体済みロックアント五体をしまってある。開封用歌詞を書き出す方が、手間がかかった。カードと歌詞リストを入れておく木箱は、内側をロックアントで補強した。
これをヴァンさんに渡しておけば、当分は困らないだろう。
他は、極力何も残さない。様にすればいい。
・・・置き土産なんかは、残したらまずいじゃん。さっきまで、ナニシテタんだろう。自分も、ばかだねぇ。
偽者さん達には、臨機応変、かぁ。でも、本性がばれるような派手なことはしない。とすると、あれとか、あれとか、これ、くらいしか使えないかな?
あー、めんどくさい!
ローデンの街に着くなり、あちらこちらに呼ばれた。
商工会館では、そろばんのネーミングから、使用方法の講習まで、ねだられた。中年男性がそろって上目遣いしても、かわいくも何ともない。
それよりも情報を、と言ったら、ユアラの都市構成、ラストルムさんの家族構成、運営規模、商売内容、その他諸々、どっさりと資料を渡してくれた。
・・・これだけの資料を渡されたら、それじゃあ、で逃げるわけにもいかない。
講習会に一日付合うはめになった。今回の滞在中に、練習用の教本まで作る約束もしてしまった。
ギルドハウスには、アティカさんの隊商に付いていた傭兵の情報が集まっていた。専業で護衛を請け負っていて、お金さえあれば、という人達だけど、腕はいいらしい。
王宮からは、各国からの返事が自分のところにまで回されてきた。今のところは、偽物さんや代理人を名乗る人は入り込んでいない、とのこと。
また、あれから半月ほどで、アティカさん一行はローデンを出てしまったと、門兵さんから報告があったそうだ。
おかみさんネットワークは、一行はユアラに戻るのではなく、密林街道を北上するらしい、というところまで、聞き出していた。
そして、なんと、帝都のポリトマさんから、現在地の速報が入ってきた。帝都に入ってきた後、ケチラを経由してコンスカンタへ行くらしい。
だけど、名前を騙った目的は、とうとう判らなかった。
・・・困った。
何がって、手立ての検討がつけられないこと。も、なんだけど。
「アル様? また、お願いします〜」
「あ〜。了解、です」
あれから、アンゼリカさんが怒ったまま、なのだ。
肝心の、偽者さん達の目的を調べ出す前に、彼女らが街を出て行ってしまったこと。つてを頼って、街中から情報を集めてはみたものの、あまり役に立たなかったこと。
アンゼリカさんは、「任せて!」と言ったのに、肝心なところで役に立てなかったと、自身の不甲斐なさに腹を立てている。
のだと、思う。
それで、時折、思い出し怒りで周囲を凍結させている。
今のところ、自分かフェンさんしか近寄れない。相棒達は、文字通り尻尾を巻いて逃げ出した。・・・怖すぎる。
「アンゼリカさん? きれいな顔が台無しですよ?」
「あ、あら。あらあら。まあ、それはダメね?」
「今日は、何を作りましょうか?」
「そうねぇ。アルちゃんは何が食べたい?」
「鳥、は、どうですか?」
アンゼリカさんの背後で、[森の子馬亭]の料理長以下、従業員が胸を撫で下ろしている。
宿の顔でもある女将さんが、般若の形相でお客さんを追い払ってしまっては、商売上がったりだ。・・・自分が顔を出すまで、宿泊客は誰もいなかったのだとか。
それとなーく、宥めてはみた。でも、効果なし。フェンさんも、お手上げだと言っていた。こんなアンゼリカさんは、初めて見たそうだ。
鳥とは言っても、ニワトリじゃない。ここの家禽は、ベペルと言う、黒いアヒルのほっぺに肉ヒダがついた鳥が主流だ。でも、煮ても焼いてもブロイラーの肉の味。卵も同じ。おもしろい。
それはさておき。
酒としょうが汁と醤油をもみ込んだ鳥肉を、一口大に切り分ける。軽く小麦粉をまぶして、油で揚げる。和風フライドチキンの出来上がり。
そのまま食べてもよし。タルタルソースをかけてもよし。大根に似た根菜があるので、それのすりおろしとゆずもどきのジュースを混ぜてのせるもよし。
「まあまあまあ。どれも、美味しいわ。アルちゃん、美味しいわよ」
「よかったです」
料理長さんにも試食してもらったら、ものすごく受けた。ローデンでは揚げ物料理はメジャーじゃない。揚げ油そのものが、なかなか入荷しないからだ。ちなみに、醤油も入ってこない。
今回の料理には、自分が海都で購入してきたものを使った。
これで、交易品が増えるといいな。
それはともかく!
自分が、つきっきりでアンゼリカさんの安全装置を勤めるにも限界がある。なんとかして、普通に戻ってもらいたい。
・・・でも、どうしたらいんだ?
開店休業中の[森の子馬亭]食堂で、ピコピコと竪琴をつま弾いてみた。アンゼリカさんは、気がつけば眉間にしわを寄せている。
お客さん達は、料理を頼みはするものの、大急ぎで食べ終わっては出て行ってしまう。
せっかくのご馳走が、もったいない〜。料理長さんは、うなだれている。
夜になって、ヴァンさんが様子を見に来てくれた。
しかし。
アンゼリカさんの流れ弾を恐れて、びくびくしている。
そういえば、ギルド全体も、何となく落ち着かない様子だった。騎士団も似たような状態だと、今日も来ている侍従さんコンビが教えてくれた。
「〜たのむ、お嬢。なんとかしてくれ!」
「そう言われても、ねぇ」
「「・・・、はぁ」」
顔を見合わせて、ため息をつく。何度目だ? はぁ。
「ガーブリアの温泉で気分転換、が出来ればよかったんだろうが」
「あそこは、まだ灰の下ですよ」
今は、うっすらと降ってくるだけだが、それまでにたっぷりと積もりに積もった灰が取り除けていない。施設も壊滅しているだろうし、温泉街が復活するのはまだ先だ。
「・・・アンゼリカさんが、吹っ切れてくれればいいんですけど」
「ん? なんか思いついたか?」
「まったく。なんにも」
「・・・そうかぁ」
いきなり、アンゼリカさんが雄々しく立ち上がった。
「な、なんだ?」
「どうしたんですか?」
「コンスカンタまで、行ってくるわ!!」
どっしぇーーーっ! 思い切りが良すぎる!
「なんで!」
「いきなりどうした!?」
「やっぱり、お仕置きしてあげないと、気が済まないのよ!」
あああ、まだ暴走しているよぅ。
「女将? 宿はどうするんだ」
「うちの子達は優秀だもの。半年くらいなら、私がいなくてもちゃんと出来るわ」
「でも、ほら、そこに居るとは限らないでしょ?」
「行ってみなくちゃわからないわよ」
もう、理屈じゃない。おろおろしているアストレさんに、フェンさんを呼んできてもらえるように頼んだ。実の娘なら、思いとどまらせられる、はず!
ほどなく、フェンさんがやってきた。
「なに? 母さん、コンスカンタまで行くの?」
「フェン、いいところに来たわ。旅行用の服をお願いね?」
「危ないんです。やめてください!」
「護衛を雇うもの」
「高いんだよ!」
ヴァンさんも、必死になって引き止める。
「母さん。なんで、そんなところに行く気になったの?」
「ほら、問題の人達が向かった先らしいのよ。なんでアルちゃんのふりをしたのか、理由を聞いてくるわ」
「フェンさん、止めてください!」
「街で悶々としているよりは、健康的よね?」
そういう問題じゃなぁ〜い。
「ですが。本当に、道行きはどうなさるおつもりなんですか?」
ロロさんが、質問した。
「あら、それくらいのお小遣いはちゃんとあるもの」
「女将〜、そういうことじゃなくてだな?」
「そうだわ。コンスカンタに行く隊商に加えてもらえないかしら? ちょっと商工会まで行ってくるわ」
「もう閉まってます! 明日、明日にしましょう! ね、ね?」
「そう? そうだったかしら」
「そうそう。明日にしようぜ。女将。な?」
「仕方ないわねぇ。フェン? 旅行用の服、見てもらえるかしら?」
「え? 今から?」
「足りないものがあれば、明日すぐに探しに行けるもの」
フェンさんが、アンゼリカさんに腕を採られて宿の奥に消えて行った。
「「「・・・」」」
扉の閉まる音が響いた後、食堂に残っていた一同が一斉に息を吐いた。
「ありゃ、本気だぞ?」
「だからって、行かせるわけにはいかないでしょ?」
「「「・・・」」」
誰も妙案を思いつくことが出来ず、そのまま解散となった。
翌朝も、アンゼリカさんは絶好調だった。
朝食もそこそこに、商工会館に行こうとするのを、従業員総出+アルファ(シャレじゃない!)で、必死に引き止めた。その間、ロロさんに、「商工会でも引き止め工作、せめて時間稼ぎをお願いしたい」、と伝言を頼んだ。
了解の返事をもらってきたロロさんに、今度はアンゼリカさんの見張りも頼んだ。実際のところ、彼女の仕事じゃないと思うんだけど、自分からのお願いということで引き受けてくれた。頭が上がらないなぁ。
そうして、アンゼリカさんは商工会館に向かった。
自分は、アンゼリカさんを見送ってから、ギルドハウスに向かった。
ヴァンさん、トリーロさんだけでなく、団長さん、アストレさん、なぜか商工会の買取担当さん(ロゴニさんというそうだ)も混ざっている。臨時の自分との連絡役、を仰せつかったらしい。
うう、騒ぎがどんどん大きくなってる気がする。
「アンゼリカさん、止まりません。どうしましょう」
自分も、半分泣きが入っている。
「ローデンからだと、ケチラ経由かケセルデ、ユアラ、マデイラをまわって西山脈南麓沿いに東進するかだな」
「ノーン経由で突っ切れませんか?」
「深い渓谷ばっかりだぞ? 橋も架けられねぇほどの幅もあるし。ケチラからは、渓谷沿いに街道が整えられてるから、まだ、馬車でも行ける」
ヴァンさん、本当によく知ってますね。
「山沿いなので、足は遅くなります。ケセルデ経由で向かうよりは、若干早い、くらいですね」
ロゴニさんも追加情報を教えてくれる。
「そう言う道だと、出るんですよね?」
「出るな」
「出ますね」
盗賊だ。ただでさえ小回りの利かない馬車が、慎重に山道を進むのだ。加えて、カーブが多く、視界が利きにくい。絶好の強盗ポジションだ。
「女将様が向かわれるのでしたら、やはり、西回り、しかないでしょう」
団長さんが、指摘した。
「その前に、止めましょうよ」
あわてて、団長さんを押しとどめる。
「ですが」
「お嬢でも止められないんだろ?」
「なんで、一般市民のアンゼリカさんの安全を確保してくれないんですか」
「だって、女将だぞ?」
なんで、そこに職位が出てくる。
「あの方も、近接戦闘で名を挙げておられましたから」
団長さんが、ぼそっとつぶやく。
「はい? 強い、んですか?」
「数人程度なら、あっという間だな」
ひょえぇ〜。
「街中の女性一人で切り盛りしている宿屋ってんで、頭の軽い連中が、その、なんだな、押し掛けたときは、あ、言いたくねぇ」
ヴァンさんが、言い淀むとは。
「ローデンの街門前で商売しようとしていた盗賊団は、騎士団が討伐しようとしたところを、たまたま通りかかった女将殿が背後から援護、いえ助勢、いや乱入してくださいまして」
あぶなっ。
「け、怪我とか」
「とんでもございませんでした。女性一人と見て、盗賊どもの気がそれた隙に騎士団が突入し、女将様も片っ端から昏倒させてくださいまして・・・。私は、当時まだ平の団員でしたが、女将様の活躍ぶりには負けました」
「そうかぁ、自分の若い頃のやんちゃぶりに似てるから、気にしているのかもなぁ」
「騎士団と言えば。モガシとヌガルから、報告書とお礼状が届きましたぞ」
「俺んとこにも来たぜ」
「あのぅ、お礼状とはなんでしょうか?」
ロゴニさんが、余計な質問をする。
「両方の都市の間にいた盗賊団の討伐を手伝ったんだと」
「なんでも、狼の群れを使って隊商を襲っていた、と。双方の討伐隊にも、大きな被害が出ていたところを、賢者殿と従魔殿方のご協力でやっと退治できたそうです」
「囮と狼退治しかしてませんって」
ヴァンさんと団長さんが、そろって自分を見た。
「その狼が曲者だったんだよ!」
「十分すぎるほどのご助力をいただけた、と溢れんばかりの感謝の言葉でいっぱいでしたぞ!」
「大げさすぎますって」
「こいつ、わかってねぇ」
ヴァンさんが頭を抱えた。一方、ロゴニさんは、目をうるうるさせている。
「け、んじゃなかった、アルファ殿は、まさしく街道の守護者とも言えるお方なのですね!」
やーめーてーっ! 変なあだ名はもうお腹いっぱいなの!
「それは置いといて! アンゼリカさん、行かせちゃうんですか?」
「「「あ」」」
ふんとにもう! 逃避したくなる気持ちはわかるけど、こっちの話の方が重要でしょうが。
こんこん。扉が叩かれる音がした。
トリーロさんが、すかさず対応する。が、すぐさま振り向いた。
「うあ、あの」
「トリーロ、どうした?」
「顧問殿に、ガーブリアからのお客様、だそうです」
「「「はい?」」」
アンゼリカさん、大暴走。そして、次回、珍客襲来。




