表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
149/192

百苛量濫(ひゃっかりょうらん)

508


 華麗なる脱出計画、どころか、王宮がらみの厄介ごとにはまり込むことになってしまった。

 自分が、どんな悪さをしたって言うんだ? ヒドすぎる!


 ・・・なんて、愚痴っていても、解決はしない。


 一月後には、ある程度情報が集まっているだろう。

 アンゼリカさん達にばれないように、退場準備をしておかないと。


 術弾を片っ端から作り溜めする。置き土産代わりになりそうな小物も、じゃんじゃん作る。


 どうでも良さげな、ウサギのぬいぐるみも作る。だって、毛皮が大量にあるんだもん。詰め物は、オボロ達の抜け毛を使った。

 いくら毎日ブラッシングしてたからって、等身大の人形いっぱいになるとわ。自分でも驚いた。


 冗談で、ウサギマントも作ってみた。ふわふわの真っ白なフードに、地面まで届くロングマント。前合わせには、三翠角のかけらを使った留め具をあつらえた。裏地にエト布を使っているので、見た目は華奢でも、防御力はばっちり! ・・・自分に似合わないところが、くやしい。


 って、現実逃避してる場合じゃないってーの!



 取り出し専用の収納カードは、準備できた。一枚に、解体済みロックアント五体をしまってある。開封用歌詞を書き出す方が、手間がかかった。カードと歌詞リストを入れておく木箱は、内側をロックアントで補強した。

 これをヴァンさんに渡しておけば、当分は困らないだろう。


 他は、極力何も残さない。様にすればいい。


 ・・・置き土産なんかは、残したらまずいじゃん。さっきまで、ナニシテタんだろう。自分も、ばかだねぇ。


 偽者さん達には、臨機応変、かぁ。でも、本性がばれるような派手なことはしない。とすると、あれとか、あれとか、これ、くらいしか使えないかな?


 あー、めんどくさい!



 ローデンの街に着くなり、あちらこちらに呼ばれた。


 商工会館では、そろばんのネーミングから、使用方法の講習まで、ねだられた。中年男性がそろって上目遣いしても、かわいくも何ともない。

 それよりも情報を、と言ったら、ユアラの都市構成、ラストルムさんの家族構成、運営規模、商売内容、その他諸々、どっさりと資料を渡してくれた。


 ・・・これだけの資料を渡されたら、それじゃあ、で逃げるわけにもいかない。

 講習会に一日付合うはめになった。今回の滞在中に、練習用の教本まで作る約束もしてしまった。


 ギルドハウスには、アティカさんの隊商に付いていた傭兵の情報が集まっていた。専業で護衛を請け負っていて、お金さえあれば、という人達だけど、腕はいいらしい。


 王宮からは、各国からの返事が自分のところにまで回されてきた。今のところは、偽物さんや代理人を名乗る人は入り込んでいない、とのこと。

 また、あれから半月ほどで、アティカさん一行はローデンを出てしまったと、門兵さんから報告があったそうだ。


 おかみさんネットワークは、一行はユアラに戻るのではなく、密林街道を北上するらしい、というところまで、聞き出していた。


 そして、なんと、帝都のポリトマさんから、現在地の速報が入ってきた。帝都に入ってきた後、ケチラを経由してコンスカンタへ行くらしい。


 だけど、名前を騙った目的は、とうとう判らなかった。



 ・・・困った。


 何がって、手立ての検討がつけられないこと。も、なんだけど。


「アル様? また、お願いします〜」


「あ〜。了解、です」


 あれから、アンゼリカさんが怒ったまま、なのだ。


 肝心の、偽者さん達の目的を調べ出す前に、彼女らが街を出て行ってしまったこと。つてを頼って、街中から情報を集めてはみたものの、あまり役に立たなかったこと。

 アンゼリカさんは、「任せて!」と言ったのに、肝心なところで役に立てなかったと、自身の不甲斐なさに腹を立てている。


 のだと、思う。


 それで、時折、思い出し怒りで周囲を凍結させている。


 今のところ、自分かフェンさんしか近寄れない。相棒達は、文字通り尻尾を巻いて逃げ出した。・・・怖すぎる。


「アンゼリカさん? きれいな顔が台無しですよ?」


「あ、あら。あらあら。まあ、それはダメね?」


「今日は、何を作りましょうか?」


「そうねぇ。アルちゃんは何が食べたい?」


「鳥、は、どうですか?」


 アンゼリカさんの背後で、[森の子馬亭]の料理長以下、従業員が胸を撫で下ろしている。

 宿の顔でもある女将さんが、般若の形相でお客さんを追い払ってしまっては、商売上がったりだ。・・・自分が顔を出すまで、宿泊客は誰もいなかったのだとか。


 それとなーく、宥めてはみた。でも、効果なし。フェンさんも、お手上げだと言っていた。こんなアンゼリカさんは、初めて見たそうだ。


 鳥とは言っても、ニワトリじゃない。ここの家禽は、ベペルと言う、黒いアヒルのほっぺに肉ヒダがついた鳥が主流だ。でも、煮ても焼いてもブロイラーの肉の味。卵も同じ。おもしろい。


 それはさておき。


 酒としょうが汁と醤油をもみ込んだ鳥肉を、一口大に切り分ける。軽く小麦粉をまぶして、油で揚げる。和風フライドチキンの出来上がり。

 そのまま食べてもよし。タルタルソースをかけてもよし。大根に似た根菜があるので、それのすりおろしとゆずもどきのジュースを混ぜてのせるもよし。


「まあまあまあ。どれも、美味しいわ。アルちゃん、美味しいわよ」


「よかったです」


 料理長さんにも試食してもらったら、ものすごく受けた。ローデンでは揚げ物料理はメジャーじゃない。揚げ油そのものが、なかなか入荷しないからだ。ちなみに、醤油も入ってこない。

 今回の料理には、自分が海都で購入してきたものを使った。


 これで、交易品が増えるといいな。


 それはともかく!


 自分が、つきっきりでアンゼリカさんの安全装置を勤めるにも限界がある。なんとかして、普通に戻ってもらいたい。


 ・・・でも、どうしたらいんだ?


 開店休業中の[森の子馬亭]食堂で、ピコピコと竪琴をつま弾いてみた。アンゼリカさんは、気がつけば眉間にしわを寄せている。

 お客さん達は、料理を頼みはするものの、大急ぎで食べ終わっては出て行ってしまう。


 せっかくのご馳走が、もったいない〜。料理長さんは、うなだれている。


 夜になって、ヴァンさんが様子を見に来てくれた。


 しかし。


 アンゼリカさんの流れ弾を恐れて、びくびくしている。

 そういえば、ギルド全体も、何となく落ち着かない様子だった。騎士団も似たような状態だと、今日も来ている侍従さんコンビが教えてくれた。


「〜たのむ、お嬢。なんとかしてくれ!」


「そう言われても、ねぇ」


「「・・・、はぁ」」


 顔を見合わせて、ため息をつく。何度目だ? はぁ。


「ガーブリアの温泉で気分転換、が出来ればよかったんだろうが」


「あそこは、まだ灰の下ですよ」


 今は、うっすらと降ってくるだけだが、それまでにたっぷりと積もりに積もった灰が取り除けていない。施設も壊滅しているだろうし、温泉街が復活するのはまだ先だ。


「・・・アンゼリカさんが、吹っ切れてくれればいいんですけど」


「ん? なんか思いついたか?」


「まったく。なんにも」


「・・・そうかぁ」


 いきなり、アンゼリカさんが雄々しく立ち上がった。


「な、なんだ?」


「どうしたんですか?」


「コンスカンタまで、行ってくるわ!!」


 どっしぇーーーっ! 思い切りが良すぎる!


「なんで!」


「いきなりどうした!?」

「やっぱり、お仕置きしてあげないと、気が済まないのよ!」


 あああ、まだ暴走しているよぅ。


「女将? 宿はどうするんだ」

「うちの子達は優秀だもの。半年くらいなら、私がいなくてもちゃんと出来るわ」


「でも、ほら、そこに居るとは限らないでしょ?」


「行ってみなくちゃわからないわよ」


 もう、理屈じゃない。おろおろしているアストレさんに、フェンさんを呼んできてもらえるように頼んだ。実の娘なら、思いとどまらせられる、はず!


 ほどなく、フェンさんがやってきた。


「なに? 母さん、コンスカンタまで行くの?」


「フェン、いいところに来たわ。旅行用の服をお願いね?」


「危ないんです。やめてください!」


「護衛を雇うもの」


「高いんだよ!」


 ヴァンさんも、必死になって引き止める。


「母さん。なんで、そんなところに行く気になったの?」

「ほら、問題の人達が向かった先らしいのよ。なんでアルちゃんのふりをしたのか、理由を聞いてくるわ」


「フェンさん、止めてください!」


「街で悶々としているよりは、健康的よね?」


 そういう問題じゃなぁ〜い。


「ですが。本当に、道行きはどうなさるおつもりなんですか?」


 ロロさんが、質問した。


「あら、それくらいのお小遣いはちゃんとあるもの」

「女将〜、そういうことじゃなくてだな?」

「そうだわ。コンスカンタに行く隊商に加えてもらえないかしら? ちょっと商工会まで行ってくるわ」


「もう閉まってます! 明日、明日にしましょう! ね、ね?」


「そう? そうだったかしら」

「そうそう。明日にしようぜ。女将。な?」

「仕方ないわねぇ。フェン? 旅行用の服、見てもらえるかしら?」

「え? 今から?」

「足りないものがあれば、明日すぐに探しに行けるもの」


 フェンさんが、アンゼリカさんに腕を採られて宿の奥に消えて行った。


「「「・・・」」」


 扉の閉まる音が響いた後、食堂に残っていた一同が一斉に息を吐いた。


「ありゃ、本気だぞ?」


「だからって、行かせるわけにはいかないでしょ?」


「「「・・・」」」


 誰も妙案を思いつくことが出来ず、そのまま解散となった。



 翌朝も、アンゼリカさんは絶好調だった。


 朝食もそこそこに、商工会館に行こうとするのを、従業員総出+アルファ(シャレじゃない!)で、必死に引き止めた。その間、ロロさんに、「商工会でも引き止め工作、せめて時間稼ぎをお願いしたい」、と伝言を頼んだ。

 了解の返事をもらってきたロロさんに、今度はアンゼリカさんの見張りも頼んだ。実際のところ、彼女の仕事じゃないと思うんだけど、自分からのお願いということで引き受けてくれた。頭が上がらないなぁ。


 そうして、アンゼリカさんは商工会館に向かった。


 自分は、アンゼリカさんを見送ってから、ギルドハウスに向かった。

 ヴァンさん、トリーロさんだけでなく、団長さん、アストレさん、なぜか商工会の買取担当さん(ロゴニさんというそうだ)も混ざっている。臨時の自分との連絡役、を仰せつかったらしい。

 うう、騒ぎがどんどん大きくなってる気がする。


「アンゼリカさん、止まりません。どうしましょう」


 自分も、半分泣きが入っている。


「ローデンからだと、ケチラ経由かケセルデ、ユアラ、マデイラをまわって西山脈南麓沿いに東進するかだな」


「ノーン経由で突っ切れませんか?」


「深い渓谷ばっかりだぞ? 橋も架けられねぇほどの幅もあるし。ケチラからは、渓谷沿いに街道が整えられてるから、まだ、馬車でも行ける」


 ヴァンさん、本当によく知ってますね。


「山沿いなので、足は遅くなります。ケセルデ経由で向かうよりは、若干早い、くらいですね」


 ロゴニさんも追加情報を教えてくれる。


「そう言う道だと、出るんですよね?」


「出るな」

「出ますね」


 盗賊だ。ただでさえ小回りの利かない馬車が、慎重に山道を進むのだ。加えて、カーブが多く、視界が利きにくい。絶好の強盗ポジションだ。


「女将様が向かわれるのでしたら、やはり、西回り、しかないでしょう」


 団長さんが、指摘した。


「その前に、止めましょうよ」


 あわてて、団長さんを押しとどめる。


「ですが」

「お嬢でも止められないんだろ?」


「なんで、一般市民のアンゼリカさんの安全を確保してくれないんですか」


「だって、女将だぞ?」


 なんで、そこに職位が出てくる。


「あの方も、近接戦闘で名を挙げておられましたから」


 団長さんが、ぼそっとつぶやく。


「はい? 強い、んですか?」


「数人程度なら、あっという間だな」


 ひょえぇ〜。


「街中の女性一人で切り盛りしている宿屋ってんで、頭の軽い連中が、その、なんだな、押し掛けたときは、あ、言いたくねぇ」


 ヴァンさんが、言い淀むとは。


「ローデンの街門前で商売しようとしていた盗賊団は、騎士団が討伐しようとしたところを、たまたま通りかかった女将殿が背後から援護、いえ助勢、いや乱入してくださいまして」


 あぶなっ。


「け、怪我とか」


「とんでもございませんでした。女性一人と見て、盗賊どもの気がそれた隙に騎士団が突入し、女将様も片っ端から昏倒させてくださいまして・・・。私は、当時まだ平の団員でしたが、女将様の活躍ぶりには負けました」

「そうかぁ、自分の若い頃のやんちゃぶりに似てるから、気にしているのかもなぁ」

「騎士団と言えば。モガシとヌガルから、報告書とお礼状が届きましたぞ」

「俺んとこにも来たぜ」

「あのぅ、お礼状とはなんでしょうか?」


 ロゴニさんが、余計な質問をする。


「両方の都市の間にいた盗賊団の討伐を手伝ったんだと」

「なんでも、狼の群れを使って隊商を襲っていた、と。双方の討伐隊にも、大きな被害が出ていたところを、賢者殿と従魔殿方のご協力でやっと退治できたそうです」


「囮と狼退治しかしてませんって」


 ヴァンさんと団長さんが、そろって自分を見た。


「その狼が曲者だったんだよ!」

「十分すぎるほどのご助力をいただけた、と溢れんばかりの感謝の言葉でいっぱいでしたぞ!」


「大げさすぎますって」


「こいつ、わかってねぇ」


 ヴァンさんが頭を抱えた。一方、ロゴニさんは、目をうるうるさせている。


「け、んじゃなかった、アルファ殿は、まさしく街道の守護者とも言えるお方なのですね!」


 やーめーてーっ! 変なあだ名はもうお腹いっぱいなの!


「それは置いといて! アンゼリカさん、行かせちゃうんですか?」


「「「あ」」」


 ふんとにもう! 逃避したくなる気持ちはわかるけど、こっちの話の方が重要でしょうが。


 こんこん。扉が叩かれる音がした。

 トリーロさんが、すかさず対応する。が、すぐさま振り向いた。


「うあ、あの」

「トリーロ、どうした?」


「顧問殿に、ガーブリアからのお客様、だそうです」


「「「はい?」」」

 アンゼリカさん、大暴走。そして、次回、珍客襲来。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ