起怒相絡(きどあいらく)
506
本物が、偽物を、討伐する。
あの、でか男達のように?
芝居、ではないようだ。
まずは、深呼吸して。うん、冷静に考えよう。とはいえ、情報が少なすぎるな。王様の様子からすると、盗賊相手のように、問答無用で叩きのめすわけにはいかないようだし。とすると。
「保留です。
その偽者さん、の名前、商人さんの名前と、所属している街、彼らの目的。最低でも、それが判らなければ、お引き受けしかねます」
そういうと、王宮組の目が泳ぐ。おい。調査も自分でやってくれってこと?
目で、返事を催促する。
あわてて、宰相さんが答えた。
「あ〜、申し訳ない。賢者殿の名をかたる不届き者が現れたというので、気が急いておりました。
パンドリナ家当主の報告では、「黒髪の小柄な女性で、アルファと名乗った。ユアラの商人と懇意にしている。できれば、贔屓にして欲しいと語った」とあります」
「ユアラって、ケセルデの西の街、でしたっけ?」
「マデイラとケセルデの間にある、農業が盛んな都市です。ただ、貿易船が直接停泊できる大きな港は持ちません」
ローデンから西南西に下ったところにケセルデがある。交易船の中継地だ。そこから海都に向かう間に、ユアラ、マデイラがある。マデイラと海都の間には大きく西に張り出した半島が突き出していて、陸路では直接行き来が出来ないほど険しい地形になっている。んだったよね。
それにしても、行ったことのない街の商人と、どうやって昵懇になれるんだ?
「それと。たまたま、彼女の本名も同じだった、ということは?」
「街門では、アティカという名で入ってきております」
門兵さんは、黒髪で背が低い女性、でも、賢者殿とは印象が全く違う、ということで、覚えていたそうだ。
密林街道西側では、黒髪の人は少ない。ついでに言えば、女性でも平均身長は百七十センテくらいある。つまり、自分のように、成人で百五十センテ以下の女性は、それはそれで目立つ。・・・くすん。
「もう一つ、なぜ自分に依頼しますか?」
またも王宮組がそわそわする。をい。
じーっと、返事を待つ。
お互いの顔を伺うように、きょろきょろしている。
なおも、返事を待つ。
「俺も理由が知りたいんだが。怪しいやつが出た、ふんじばる。じゃ、だめなのか?」
ヴァンさんからも、質問が出た。そうだよね?
王様が、観念して口を開いた。
「それが、その、賢者殿が、あまりにも、だな、その、有名になられ過ぎ、おほん、いや、高名を得られているので、王宮が直に対応するのは、最善とは言い難く・・・」
「なぜ?」
詐称は、大罪ではないが、捕縛されても文句は言えない。王宮が手をこまねく理由にはならない、と思うんだけど。
「よろしいでしょうか?」
なんと、侍従さんが手を挙げた。
「賢者様は、ローデンの名を冠する著名人となられました。各地から、称賛と嫉妬が押し寄せております。そこで、この度のような事態に王宮主体で対応し、万が一、賢者様の評判を落とすような結果になれば、ローデン王宮の権威は地に落ちます」
「アストレ!」
「陛下。賢者様が誤解されるような態度は、慎むべきです。何よりも、ご依頼するのであれば、すべてを詳らかにしなくては、納得していただけません!」
侍従さんは、アストレさんという名前なのか〜。それはともかく。
ローデン王宮は、自分の評判イイトコ取りで、面倒は自分にお任せしたい、と。アストレさん、うがち過ぎじゃないの?
と思ったのは、自分だけらしい。
商工会長さん以下、ジト目で王様を睨みつけてるし、って、王様相手に、いいのか?
ヴァンさんとトリーロさんも、あきれたようなため息ついてるし。
一方、王宮組は、アストレさんとロロさん、団長さんも除けば、皆、顔中に汗をかいている。・・・ありゃりゃ、正解だったの?
とはいえ、どうしろってのよ。ただの、猟師、なんだよ? 勝手歩きしてる浮き名の評判なんか、知らないってーの。
「陛下。誠でありましょうか?」
え? 商工会長さん、怒ってる?
「け、んじゃなかった、アルファ殿には、先ほど、素晴らしい道具を紹介していただきました。計算を素早く行えるものです。我々は、ローデン商工会での独占の許可を求めましたが、認めていただけませんでした。
いえ、最後までお聞きください!
単純故に模倣もされやすい、しかし便利な技術ならば、率先して広めた方がより信用度が上がる、そう諭してくださったのです。常に、我々の先を見ていらっしゃる方に、感謝こそすれ、隠し事をするなどもってのほかではありませんか!」
買いかぶりですって!
ぶるぶると顔を左右に振って、否定した。したけど、誰も見てくれなかった。みんな、会長さんに注目しちゃってる。
「先日の噴火の予告も、魔獣の暴走の危険性をご指摘くださったのも、すべて、賢者殿のご好意によるものですぞ。それを、それを・・・」
あああ、団長さん、握りこぶしにまで血管が浮いてるよ。
「・・・申し訳ない」
とうとう、王様がうなだれてしまった。なんか、自分がいじめたみたいじゃないの。
さて、どうするかねぇ。
引退イベントに利用するにはいい口実だ。でも、相手の目的が判らないと、手の出し様がない。それこそ、王宮の評判だけを、つるべ落としに急降下させかねない。
・・・出来ることなら、そんな事情をぜーんぶ無視してとんずらしたいけど。
「とにかく、情報、ください。
それと、その、偽者さん? が、他の都市にも入り込む可能性がありますよね? できれば、大至急、各都市に、迂闊に引っかからないように警告を出すべきだと思うんですけど」
がばっと、王様が顔を上げた。
「引き受けていただけるのですか?!」
「ですから、保留です。偽者さんが現れた、だけでは、対応できませんって」
今言ったのは、応急処置。
王宮組が、押し黙る。
「商工会でも、情報を集めましょう」
「おう。ギルドも協力するぜ。ただな、これは、王宮の要求があったからじゃない。お嬢が必要だって言うからだ」
「その通りです」
またも、王宮組が、萎れた。
「他に、話はねえよな」
ヴァンさんの一言で、解散、となった。
馬車で、[森の子馬亭]に送ってもらった。夜も遅い時間だというのに、アンゼリカさんが待っていた。
「アルちゃん、おかえりなさい」
「ただいま、です」
「疲れたでしょう。何か、食べる?」
かいがいしく、世話をしようとするアンゼリカさん。この態度はぁ、
「・・・もしかして、聞いてるんですか?」
「ええ。聞いちゃいました。でも、私が付いているんだから心配しなくてもいいのよ?」
「はい?」
「うふふふ、私達をナメてもらっては困るわぁ」
目が、目が笑ってない。
「あの、無理しないで・・・」
「あら、アルちゃんの方がいっつも無理してるじゃないの! こんな時くらいは、お母さんに頼って欲しいわ」
・・・だめだ、本気で怒ってる。
「なんで、そこまでしてくれるんですか」
「まあ! 娘の名を騙るような不届き者を、許しておけるわけがないでしょ!」
だから〜、って、言っても無駄かぁ。
「それで? どうするの?」
「さっき、王宮に呼ばれて、陛下直々に、偽者さんを退治してくれって・・・」
「あらあら、しょうのない人達ねぇ」
うわ、その笑顔が怖いです。
「保留! 保留にしてきました! 偽者さんの本名? と、その裏にいるらしき商人さんの名前は判ったようですけど、目的が判らなくて」
「そう、そういうことね。まかせておいて♪」
何を? と聞きたかったけど、いきなり手紙を書き始めたアンゼリカさんの邪魔は出来なかった。もう、全身、めらめらと燃えている。
こそっと、部屋に戻った。
王宮から、各都市首脳部へ、警告は出されるだろう。でも、念のためだ。旅先で知り合った人達へ、自分からも連絡しておこう。片っ端から、手紙を出すことにした。
翌朝、食堂に行くと、紙の束が待っていた。
「おはようございます、アンゼリカさん。あの、これは?」
「ええ。懇意にしている宿や商店に、何か知っていることはないか、訊ねておいたの。これは、今朝までに集まったお返事よ」
すごい。王宮よりも早いんじゃないの?
「ええと、アティカさん、と言うらしいわね。ユアラ発行の身分証を持っていたわ。なんでもラストルム、という商人の代理人? で、売り込みにきた、といっているそうよ」
早い。
「売り込みって言っても、商品はなんなんでしょう?」
見本品とか、持ってきてるんだろうか?
「あら、それはまだ判ってないみたいね。彼女、商工会には、行っているのかしら?」
「う〜ん。昨日、商工会長さん達も呼ばれてまして。情報収集に協力する、と言ってくれました」
「さすがね。アルちゃん? 私にも、教えてもらえるかしら?」
「は、はい」
ここで、仲間はずれにしたら、あとが恐い。
「さ、朝ご飯はちゃんと食べていってね?」
お盆にてんこもりの料理が運ばれてきた。
「い、いただきます」
そこに、ハンターの奥さん達がやってきた。めずらしい。飲み会の翌朝でもないのに。
「あー、いたいた。アルちゃん、おはよう」
「おはようございます」
「おはようございます。皆さん、どうなさったんです?」
アンゼリカさんが、聞いてくれた。うん、自分、食事中なのよ。
「それがねぇ」
「アルちゃんの姉妹って、いるの?」
「フェンのこと?」
「ちがうわよ。だったら、聞いたりしないわよ」
「昨日、買い物の途中で、黒髪の女の子見かけてね?」
「顔はぜんぜん似てなかったわよ」
「でもさぁ、賢者様と親しいとか、ずいぶんと馴れ馴れしい態度で店の人と話してるのを聞いちゃって」
あれまぁ、街の中でもやっちゃってるのかぁ。
「うふふ」
げ、アンゼリカさん? 顔が、顔が・・・
「あ、あら、女将さん?」
「あのねぇ? アルちゃんの名前を騙って、貴族に取り入ろうとした子がいるって、昨日、聞いたばかりなのよ」
「「「えーーーーーーっ!」」」
「ありえなーいっ」
「よりにもよって、ローデンで?」
「どこのおばかさんよ」
「でしょう? どんな、お仕置きがいいのかしら?」
「アンゼリカさん! 落ち着いて! こういうのは、元から絶たなきゃ駄目なんですから」
今、彼女を投獄しても、しっぽ切りよろしく、別の手を使われかねない。
「まあ、そうよね。さすが、アルちゃんだわ」
よかった、正気に戻ってくれた。
「ということで、彼女の情報、絶賛収集中です。気がついたことがあれば、教えてもらえますか?」
「うちらも、昨日、聞いたことくらいしか、まだ」
「そうだ、商店の連中に教えなくっちゃ」
「それよ! でもって、いろいろ話を聞き出す。どう?」
「いいわね。お客さん達にも、知らせてもらって」
「「うんうん」」
おかみさんネットワーク、おそるべし。
「よ、よろしくお願いします?」
「「「まかせて!」」」
奥さん達は、意気揚々と引き上げていった。あの勢いなら、今日のうちにローデン中に広まるな。ここでは、もはや偽者さん達の悪巧みは成功しない。だろう、たぶん。
「あの、ギルドでも協力する、とヴァンさんが言っていたので、ちょっと、行ってきます」
「まあ、フェンとの約束は?」
口を尖らせて、すねなくても。
「簡単な打ち合わせだけで済ませてきますから。フェンさんには、待っててもらってもいいですか?」
「きっとよ? フェンも待ちくたびれてしまうわ」
「はいぃ〜」
「返事はしゃきっと!」
「はい! では、いってきます!」
自分に対して怒っているのではない、と判っていても、アンゼリカさんの怒りっぷりは胃にくる。
ヴァンさんや団長さん達が、戦々恐々するのも無理ないな、と実感してしまった。
主人公よりも、周囲の人達が怒りに燃えてしまった。




