おどろきもいっぱい
502
来訪者の中に、友人の紹介状を持っている人はいなかった。
身元がはっきりした、もとい無関係者であることがはっきりしたところで、王宮の偉いさん達が総出で対応したそうだ。中には、ローデンの貴族が仲介していた人もいたようだが、そもそも、その貴族とも知り合いでもなんでもない。全員、相手にすることなく、お引き取りを願った。
旅費だって、安くはないのに。無駄足、ご苦労様。
手紙を仕分けるのには、四日もかかった。
貴族や商人からの意味不明な贈り物は、「受け取る理由がないから」と手紙を付けて送り返すことにした。ただ、アンゼリカさんの指示で、自分のサインは入れていない。なまじ、直筆の手紙を出せば、内容はどうあれ、勝手に名前を使われるかもしれないから、だそうだ。
王宮とも相談して、すべて宰相さんの名前で返事を出すことになった。ついでに、贈り物を返却するための馬車も王宮が用意する。
宰相さんは、サインを入れる手紙の件数を聞いて半泣きになっていた。でも、そもそも、新砦に自分の名前を使ったのが悪い。あちこちで巻き込まれたのは、(半分ぐらいは)それが原因なんだから。そういったら、がっくりと肩を落としていた。こういうのを、自業自得、というんだろうか。
手紙の文面は統一し、トリーロさんと侍従さんコンビがひいひい言いながら書き写している。今後も届くかもしれないから、多めに用意しておく、のだそうだ。となると、知り合った人の名簿が必要だ。・・・必死でごまかしてきたのに。
肩や腰をさすっているので、まだ残っていたリタリサの湿布薬を三人に分けてあげたら、喜んでくれた。お手数をおかけしてすみません、と言うと「これが仕事ですから!」と真面目に答えてくる。
だから、自分は、ただの猟師だってーの!
知人、関係者からの手紙は、ほんの数件だけだった。自分の執務室が三人に占領されているので、ヴァンさんの執務室を借りて返事を書く。
王様直筆のお手紙も混ざっていた。ただの猟師に、なんていうか、いいのかねぇ?
それでも、シンシャの王様には「自分よりも先に、ステラさんに謝って謝って謝ってください」、クモスカータの王様には「貴国にも親しい友人を得て、彼等からもたよりを貰いました。次に訪れる時が楽しみです」、と、したためた。
どちらも贈り物付きだった。東湖の希少な淡水真珠を使ったネックレスと、金で象眼した豪奢な短剣。こんなもん、どうしろってのよ。でも、さすがにこれは返却する訳にはいかないだろう。
お礼に、オルゴールを送ることにした。石英ガラスで小箱を作って、手持ちのオルゴールをセットする。ガラスだけではちょっと地味だったので、ビーズほどサイズに砕いた宝石を混ぜておいた。これなら、デザインはともかく地味すぎることはない、だろう。
ヴァンさんに出来上がりを確認してもらおうとしたら、「見てない。俺は見ていない・・・」と、そっぽをむかれた。噛み付いたり爆発したりしないのに。
ウサギの毛皮で袋を作り、手紙と一緒に入れておいた。
これも、王宮からの馬車で届けてもらえる、というので、侍従さんに預けた。
このあと、トリーロさん達が書いた手紙に、宰相さんのサインをもらって発送すれば、一段落する。
翌日、団長さんがギルドハウスにやってきて、馬車が出立したことを教えてくれた。護衛にローデンギルドのハンターさん達も付いているので、知ってるんだけど。律儀なことだ。
「そういえば」
「・・・お嬢。今度は何だ?」
「今年のロックアント、どうします?」
「「あ」」
他所の都市からの手紙攻勢で、すっかり忘れていたようだ。自分もだけど。
「去年と同じ数、で、いいですか?」
「騎士団は、それでお願いいたします」
「ヴァンさんは?」
「ヴァン殿?」
なにやら、書類をにらんで唸っている。
「港都とコンスカンタの商工会から、大量発注がな」
「港都なら、シンシャとモガシから報酬で貰ったシルバーアントを置いてきました。もう一度、確認してからの方がいいと思いますよ?」
支払いを分割にしてくれって、言ってきたくらいだし。
「シルバーアントぉ?」
「なんなら、双方のギルドに提出した報告書の写しを」
「参考までに、何頭分売られたのでありますか?」
何でもいいじゃない。買い手は満足してくれたんだから。
「あ〜、港都の商工会長さんと砦の主任さんが目を回したくらいには」
と、はぐらかそうとしたけど、逆に、勘付かれた。二人とも、目が据わっている。うわぁ、食いつかれそう・・・
「それで?」
「・・・百五」
二人とも、即座に気絶した。だから言ったのに。
昨日まで激務だったので、トリーロさんには今日は休んでもらっている。自分で階下にいって、お湯を貰ってきた。縄茶を入れて、目が覚めるのを待つ。そうだ、シンシャとモガシに提出した報告書の写しの写しを作っておこうか。
あら、オボロが出てきた。君は、こういう年配の男性が好みなのかな? いや、からかってるだけだな。ぺちぺちとほっぺたを叩いてるし。
そのおかげか、二人とも、割と早くに気がついた。ぬるめのお茶を差し出すと、一気に飲み干す。
「お嬢〜、さらっと言いやがったな! この非常識娘がっ」
「賢者殿〜? 本当の本当に?」
「・・・交易船を新造するのに使いたいって言われて、どうせあるなら全部くれと。おかげで口座の残高が酷いことに」
「そりゃ、そうなるだろうよ!」
団長さんは、差し出された写しをなめるように読んでいる。
「ヴァン殿も」
「おう」
今度は、ヴァンさんが読み始めた。
「密林街道の西部、南部では、小型種ばかりでしたぞ。ファコタ、キルクネリエ、ロコックなどが大半で、中型種がモディクチオ。ジャグウルフとグロボアは数頭ずつ、でしたかな?」
ファコタは、全身とげとげのネズミで、さされるとめっちゃ痛い。でもって、かなりすばしこい。
キルクネリエは、鹿、じゃなくてレイヨウに近い姿をしている。前向きに生えた角で突っつかれれば、大けがをする。でもって、これまたすばしこい。
ロコックは体長一メルテのクモ。樹上からびしばし糸を飛ばしてくる。麻痺毒を持つ体毛も飛ばしてくる。非常にうっとおしい。
モディクチオは、体長三〜五メルテのムカデで、猛毒を持っている。咬まれたらイチコロだ。しかも、ロックアント同様に魔術が通じにくい。
どれも普通に見かける魔獣だが、こいつらの団体さんかぁ。
「手こずったんじゃないですか?」
「ノーンやケチラはわかりませんが。ローデンは、数人の怪我人だけですみましたぞ。隊商の被害もありません。賢者殿との訓練のおかげですな!」
「うちの連中は怪我人なしだがな!」
「あはは。役に立ったのなら、よかったです」
ど素人の対魔獣訓練でも、無駄にはならなかったようだ。
「うちの新人どもの訓練もやってもらえないか?」
「新人では、体力が追いつきませんぞ」
「・・・そんなにか」
「集中力も必要ですな」
「じゃあ、中堅どころの再訓練にするか」
「あの〜、ロックアントは?」
「「あ」」
なんで、話が脱線したんだっけ?
「おほん! コンスカンタからも、あるだけ欲しい、って依頼があってな。あそこには、いろいろと借りがあるから、無碍に断れないんだ」
「コンスカンタって、密林街道から離れてますよね」
「ケチラの西、だな。鉱山と金属加工の街だ」
「騎士団の武具も、コンスカンタ産を使っておりますな」
「ここ数年、ローデンから一定数のロックアントを輸出しているから、それを見越しての依頼、なんだろう。だがなぁ。今年の分は、他の奴らが採取してきた分も含めて、予約済みだしな。
って、お嬢? その顔はなんなんだ?」
ヴァンさんが赤鬼さんになった。ひえぇ。
「ってことは。あるんだな。あるんだよな? そうなんだな!」
「いや、あの、ですね? 真面目に狩っている人がやる気をなくしちゃわないかな〜って」
団長さんは、放心している。
「せんめつせんをしてらっしゃると、いぜんおっしゃっていらしたが、いったいぜんたいどれだけ・・・」
「だから、ですね?」
「・・・お嬢の言っていることはわかった。尊重しよう。で、どれだけ出せるんだ? ん?」
猫なで声で、訊いてくる。でも目が据わっている。怖いよぅ。
「ローデンギルトと騎士団が買い取ってる数の数年分は・・・」
実際、毎年それくらい狩っている。けど、湧いてくるロックアントは、なかなか減ってくれない。おかげで、在庫はたんまり。最近は、ギルドに下ろすことを考えて、中身だけ抜いて板にしていないものがほとんどだ。・・・便利ポーチくんの容量はほぼ無限大だから、問題ないけど。
「はうぅ」
団長さんが、またも目を回した。ヴァンさんは、ぎりぎりと歯をならしている。
「こんの、非常識娘が!」
「で、でもでも、森を食い荒らされないように、ですね?」
「どこもかしこも普通じゃねえか!」
「そりゃ、そうなる前に狩ってるから、で」
「それだけ派手なことをしでかしておいて誰も見かけないってことはないだろうが! そんな報告、誰からも上がってきてねえ!」
「それわぁ」
「ん? 言えないわけでもあるのか?」
ありますとも。あるけどさ、ヴァンさんの迫力が、こう、なんて言うか、黙ってられない?
「あの、ですねぇ。猟場が、ですねぇ」
「ん?」
「[魔天]深淵部、だったりして」
「は?」
「周縁部に這い出る前に、ちょいちょいと・・・。ヴァンさん?」
あらら、またも気絶しちゃった。
さっきよりも時間がかかったが、ちゃんと目を覚ました。用意しておいたお茶を差し出すと、またも一気飲みする。
「お嬢」
「はい?」
「言うなよ? 誰にも言うなよ?」
「何を、ですか?」
「ロックアントを、毎年、大量に、深淵部で、ほいほい狩ってることを、だ!」
「深淵部ですと!?」
そうか、さっき団長さんは気絶してて聞いていなかった。
「俺の前で、白状しやがった。この常識破りが〜」
ヒドい呼び方だ。あんまりだ。言わせたのはヴァンさんでしょ!
「た、確かに。賢者殿のような若い方でも深淵部で狩りをしている、と知られたら、無謀者が大挙して[魔天]に入り込みますな」
「でもって、そいつらは死者負傷者の仲間入り、と」
「なるほど」
あ〜、学園五人組の迷子事件みたいになるわけね。
「だとすると、コンスカンタには、なんて返事するかな〜」
「無理のない匹数を、こちらから提示する、しかないでしょうな」
「そうだな」
その辺の案配は、自分には判断がつかない。
「それにしても、先ほどから頭痛が収まらないのですが」
「奇遇だな。俺もだ」
二人して、自分を見る。なんですか、その、諦めきった顔は。オボロが自分の頭をなでてくる。うう、なんだかなぁ。
とにかく、騎士団とギルドには十五体ずつ納品し、港都とコンスカンタには、確認の手紙を出して、その返事を待ってから、ということになった。
「ヴァンさん、相談もあるんですけど」
「まだ、なにかあるのか?」
こめかみを押さえている。うーん、頭痛薬は常備してないんだよねぇ。
「ほら、お土産。クモスカータでは、街の人に大盤振る舞いして、減らしたんですけど」
先日の[森の子馬亭]での宴会でも食べたけど、消費しきれなかった。
「お嬢が持っとけ!」
「相棒達は、魚はあまり好みじゃないみたいで。それに、ウサギの毛皮、自分じゃ使い道がないですし」
「〜わかってるなら、獲ってくるなよ」
「好きで獲ってきたんじゃないんですけどね。かといって、腐らせるのはもったいないじゃないですか!」
「それはそうでありますが」
「団長、そこで納得するな! とにかく! ギルドは、依頼出して狩ってきた素材か魔獣しか扱わねえ。そっから先は、商工会にでも持ちかけてくれ」
とうとう、机に突っ伏してしまった。オボロが寄っていこうとするのを、慌てて止める。
「そ、それじゃ、解体班に渡してきますね」
「では、そのあと騎士団にもお願いできますかな?」
「はいはい」
ぴくりとも動かなくなったヴァンさんを置いて、執務室を出た。
うわ、後始末が終わらなかった。
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魔獣の分類
大型種 体長五メルテ以上
中型種 体長二〜五メルテ
小型種 二メルテ以下
ただし、討伐の難易度は体長に比例しない。ロックアントは、最難関の一つ。
また、通常の形態よりも巨大化したり、特殊能力を発揮するようになった個体を、変異種と呼ぶ。106話で主人公が蹴り倒した巨大サイクロプスや噴火後に湧いて出てきたシルバーアント、まーてんに入り込んでいた赤大蟻など。
オボロは、毛皮の色が珍しいだけ。体長を縮められるようになったのは、主人公の魔力の影響を受けたから。




