猟師の休息
430
元団長さんは、アンスムさんが引いて来た馬の背に括り付けて連れ帰ることになった。歩けないだけでなく、鞍にまたがっていることすら出来ないとは。残りの男達は、ハンターさん達が担いでいく。
自分は、拾い物のグロボアを便利ポーチにしまう。それを見ていたハンターさん達が、すげえだの、いいなだの、いつかはだの、やかましいこと。
グロボアの毛は硬い。それを全身傷だらけにするんだから、彼らの腕は悪くない。ただ、あそこまでズタボロにしたら、価値は下がる。もう少し、頭を使って狩って欲しいものだ。
そうアドバイスしたら、今度は、さすがだの、かっこいいだの、姉御だの・・・。
アンスムさんは、それを聞いて、げたげた笑った。こら! あなたが指導するべき人達でしょうが!
「アンスムさん? 早く帰ってポリトマさんの手伝い、してくださいね?」
干物の料理じゃ、それほどレパートリーは増やせない。料理人さん達も苦労しているだろう。
「僕は、魚料理は苦手なんだよ」
「焼くだけでしょう?」
「なんでかなぁ。全部、真っ黒になるんだ」
「・・・」
本当に、ハンターやってた人なのか?
「報告書は、僕が責任を持って書いておくからね。では、アルファさんの旅路に幸いのあらんことを!」
それにしても、無期限採取許可書とは。最後にしてやられた感じがして、なんかくやしい。・・・そういえば、思いっきりかきむしってたな。
「アンスムさんの頭髪にも、幸いのあらんことを」
びしっと、笑顔にひびが入った音がした。
聞いていたハンターさん達は、思いっきり吹き出した。
「・・・あ、りが、とう」
馬の手綱を握って、とぼとぼと帝都に向かって歩いていく。なんでかね?
ハンターさん達も、軽く黙礼して、アンスムさんの後を追っていった。
んじゃ、帰ろうか。
帝都の東には、深い湖がある。一部は、[魔天]の影響下にあり、[魔天]側の沿岸には、スライムとかでっかいカエルとかサンショウウオもどきとか、うようよいる。もっとも、水は魔力を含まない。
[密林街道]は、北峠から帝都を経由して西山脈の峠に続く。
帝都街壁の外と湖の間には間道もあるが、時々、遠征して来た水棲魔獣が徘徊する。
例えば、五メルテ以上のサンショウウオが、水中からでっかい口を開けて襲いかかるとか。もっと大きい個体なら、馬一頭を軽く丸呑みにするらしい。
なので、隊商は、帝都内を通って南下する。
帝都から[魔天]の森に向かうには、湖の北側の岩場を登るか、西山脈の峠脇から山沿いに東に進むか、北峠脇の森から南下するか、の三ルートがある。
さっきのグロボアは、岩場方向から来た。ハンターさん達は、グロボアを崖に追いつめたと思ったのだろうが、あの巨体で山羊のようにはねるからねぇ。
岩場を越えて、[魔天]に入る。相棒達も影から出て来た。ムラクモは、始めてみる森の様子に落ち着かないようだ。
いや、君よりも大きな魔獣がすたすたと移動できるところだから。
森を観察しながら、のんびりと歩く。ロックアントの暴走の跡も回復したようだ。
例年なら、あと二ヶ月ほどで狩りのシーズンに入る。でも、噴火の影響がどのくらいあるのかな。
やっと、まーてんに帰って来た。クモスカータでは、いろいろありすぎた。ゆっくりしたい。
ところが、相棒達はまーてんの草原には入ろうとしない。脅してもすかしても、ウサギの丸焼きでつろうとしても、尻込みする。とうとう、影に引っ込んでしまった。
どうやら、草地の魔力の濃さに負けてしまったようだ。三翠角のイヤリングでも駄目なら、他に使えそうな素材は、何がある?
アンフィの爪、ロクソデスの牙、ワイバーンの角、[北天王]からもらった象牙。手元にある魔獣素材を、片っ端から試した。でも、だめだった。
[深淵部]産の魔岩も使ってみようとした。でも、かけらを差し出したとたんに、悲鳴を上げて逃げ出した。これもだめか。
相棒達は、自分の影に入っていれば、まーてんに近づける。でも、彼らに窮屈な思いをさせたままでは、自分も落ち着けない。困った。
うん? まだ、試していないものがあった。自分の脱皮殻だ。一回目の殻で作った服がそのまま残してある。やってみるか。
ぐしぐしと加工して、黒銀のイヤリングを作った。ハナとオボロに付けたら、毛の色に隠れてしまう。それでも、時折、銀の光を弾くので、付けていることはわかるだろう。
自分が先にまーてんの領域に入り、手招きする。
好奇心おう盛なオボロとハナが、慎重に近づいてくる。今度は、よろけたりはしない。草地に入って来た。体調は問題ないように見える。
でも、なんというか、挙動不審だ。泥まみれの姿で金ぴかの王宮に入り込んだひとが、場違いさにおろおろしている様子、とでも言ったらいいのか。
「みんな、自分の相棒なんだから。君たちの住処でもあるんだよ?」
と、声をかける。
耳をピコピコ動かしていたムラクモが、それを聞いて、大きく息を吸うと、おおまたに歩き始めた。それを見て、ユキとツキがあわててくっついてくる。
置いてかないで〜
そう言っているように見えて、思わず笑ってしまった。
エルダートレントの間を抜けて、まーてんに近づく。[魔天]最大の魔岩だ。みんな、足が止まる。でも、自分は先に進んでいく。すぐさま、追いついて来た。
ここでは、頻繁に雨が降る。相棒達全員が洞窟に入るには、ちょっと窮屈かもしれない。でも、毎日、雨避けの結界を張るのもなんだしな〜。
この際だ。よし、作ろう。
大洞窟の入り口近くに、小屋、と呼ぶには大きすぎる高床式の東屋を建てた。八方に太い柱を立てて、その上に屋根を乗せる。壁のかわりに低い柵を付けた。
そして、自分も相棒達も飛び上がれる高さではあるが、緩やかなスロープを付けた。
北峠で狩ったロックアントをたっぷりと使ったので、頑丈さは文句なし! おまけで、自分用の長椅子とサイドテーブルも作った。
風が通って気持ちがいい。相棒達も、場所を決めて横になっている。よかった、落ち着いてきたようだ。
さあて、では通常運転と参りましょうか。
グロボアを解体する。毛は相棒達のブラシ用に保存しておく。皮は傷が多くて大きなものはとれないが、それでも鞣した。肉はブロックにして、ローデンへのお土産にしよう。一部は、ミンチにしてハンバーグを作った。相棒達から、何度もおかわりをねだられてしまった。
・・・君たちは魔獣だというのに、調理済みの肉を好むとは。いいのだろうか?
[北天王]から教わったように、エルダートレントの周りに穴を掘って内臓を埋める。ついでに、東西で獲った暴走ロックアントの内臓も草地のあちこちに撒いておく。いつも実を採らせてもらっているお礼になるかな。
まーてんに来て初めの頃は、自分にくっついて回っていたハナ達も、少しずつ行動範囲を広げていった。草地に入り込んできたヘビを捕ったり、追い回したり。・・・、うん、ここに慣れてきたならいいんだ。
だけど、オボロがロクラフを獲ってきた時は、さすがに注意した。
多分、ハナに料理のあれこれを聞いて食べたくなったのだろう。だけど、もう産卵期は過ぎている。これで、リゾットを作ってもおいしくない。そういったら、思いっきりショックを受けていた。北峠の隊長さんを彷彿とさせる。
仕方がないので、スープを取って雑炊を作った。なによ? だから、この時期はあんまりおいしくないって、さっき言ったでしょ。
ハナが、東屋周辺で草を刈ってきた。さらに、それを東屋に持ち込んで、全員の寝床を作ってしまった。ラシカさんのところで、草刈りスキルをあげてしまったようだ。しかし、どんだけ器用なんだ。
ムラクモは、まーてんの草を食べはしないが、敷き藁としては気に入ったらしい。さらに、ムラクモが横になっていると、いつの間にか全員がそろって丸くなってたりするし。なんて、平和な風景。
自分は長椅子で寝る。でも、たいていは引っ張り込まれてもふもふに押し包まれることになる。
・・・だから、暑いし重いって。
薫製果実や薫製肉も作る。
エルダートレントの実を集めるときは、ムラクモが手伝ってくれた。大助かりだ。
エルダートレントで薫製した肉は、匂いがきついのか、相棒達は食べなかった。なので、彼ら用にはトレントの根を使う。む、そろそろ根がなくなりそうだ。
保存食作りの合間に、シンシャでもらった宝石をいじる。自分、宝石屋じゃないので、加工しろ、といわれてもすぐには出来ない。
だけど、これをローデンの街に持ち込んで、カットを依頼したとしよう。入手先を追求され、完成したら「賢者様御用達」なんて金看板が掲げられ、あげく、あちこちから宝石の献上物が届けられる。
却下!! 自分で、なんとかしよう。
・・・水晶を加工できるんだから、他の宝石も加工できるよね。ということで、あっさり磨けてしまった。球あるいは楕円形にしかできないけど。
二三個加工したところで、すべてを一気に処理する必要もないと、ようやく気がついた。また今度にしようっと。
相棒達も交えたまーてん暮らしになじんだ頃、そろそろローデンに行ってもいいかな、と思った。ロックアントの狩りのシーズンの前に、とも考えてたのだが、甘かった。
例年よりも早くに、群を作り始めていた。一つ一つは十から二十匹なのだが、群の数が多い。群の殲滅が優先だ。
見つけ出しては、狩り獲っていく。
今回は、テストも兼ねて、赤蟻の殻で作った棒を使ってみた。加工するのに、通常のロックアントよりも、シルバーアントよりも、力が必要だった。その分なのか、その所為なのか、黒棒よりもさらに軽く硬くなっている。使い慣れるのに時間がかかった。
自分では、慎重に力加減しているつもりなのだが、相棒達も、赤蟻の棒(赤棒)を持っている時は、近寄ってこない。
確かに、黒棒の時よりも楽に首を刈れている気はするけど、まだちょっと慣れてないから、なんだよね?
ロックアントの群を探している合間に、運良く、地面から這い出してきたトレントを見つけた。早速、刈り倒す。後は、いつも通りに処理をしてから、便利ポーチにしまう。
掘り上げた跡地に、根付きの枝を植えて、ロックアントの内臓液を撒いておく。早く、大きくなぁれ。
[魔天]南側のトレントの少ない地域でも、群を探しながらロックアントの内臓液をあちこちに撒いてきた。こちらも、早く増えるといいなぁ。
シーズンの終わりは、例年とほぼ同じ頃だった。頭数は、やや多め。期間が長かったし、こんなものだろう。
火山の様子も見に行った。
西側でも、溶岩の流出は止まっていた。地下を探れば、マグマの流入はずいぶんと細くなっている。東側の噴火活動もじきに収まるだろう。
ローデンに、報告しにいこう。
ほぼ、一年ぶりだ。西側の街門に向かうと、門兵さんは以前とかわらず「おかえりなさい」と言ってくれた。挨拶を返して、街に入る。
心配してただろうから、まずは[森の子馬亭]に行こう。
「アンゼリカさん、ただいま〜」
「アルちゃん! もう帰ってきたの?!」
アンゼリカさんが、お帰りなさいもそこそこに叫んだ。
「もう、って・・・。じゃ、森にもどります?」
「そうじゃないのよ! そのね? あのね?」
めずらしいな。こんなに言いよどむなんて。
「なにか、ありましたか?」
「・・・来てくれるかしら?」
いつも泊まらせてもらっている部屋に連れて行かれた。中は・・・
「なんなんですか?」
部屋いっぱいに、物がぎっしりと詰まっている。大小の箱に、紙の束。足の踏み場がない。
「これ、全部、アルちゃんちゃん宛の荷物なのよ。ギルドハウスはもっとすごいことになってるわ」
は?
クモスカータ編、終了しました。お疲れさま、と言いたいところですが、またなにか起きているようで。
次話から、新章です。よろしくお願いします。




