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いつか、どこかで -森の約束-  作者: しまいね れーん
迷えるものたちの狂想曲
140/192

妄執を抱いて

429


 ポリトマさんは、それから気絶しているのか起きているのかわからない状態のままだった。ロックアントに、アレルギーでも持ってるのかな。


 朝食前に、商工会館につれていく。受付のお姉さんにも手伝ってもらって、執務室のソファに寝かしつけた。

 ついてきてくれたのは、運の悪い、あのお姉さん。お詫びに、海都近くで買ったマーマレードと人参ジャムを渡す。頑張って、と声をかけたら、飛び上がって返事した。


 宿で朝食を食べ終わるころ、アンスムさんがやって来た。彼は、昨晩、ルテリアさんに抱えられて家に帰っていた。毎回こうなのかな?


「お、おはよう」


「おはようございます。アンスムさん」


「すぐに出るのかな?」


「いえ。ちょっと買い物をしてから、ですね」


「よし! 代金は全部俺が持つ!」


 いや、おごらせようとしたわけじゃないんだけど?


 食材と香辛料を買い足して、帝都の東門をでる。


 大きく息をした。やっと帝都から離れられる。


「? どうかしたのか?」


「いえ。緊張感をほぐしておこうかな〜と」


「これから、湖沿いに南下する?」


「峠の手前で森に入って、[魔天]を突き抜けていきます」


「なぁっ?」


「なにか?」


 今度は、アンスムさんが大きく息を吐いた。ため息かもしれない。


「そうだよな。二十三匹、だもんな」


 いわゆる[深淵部]が自分の縄張りですから。でも、誰にも内緒。


 アンスムさんは、馬を引いている。ムラクモには、まだ出てこないように言ってある。


 門が見えなくなって、すぐに気配を感じた。あちらが風上にいたので、待ち伏せしている人数もすぐにわかった。


 人数を聞いて、アンスムさんが加勢する、と言ってくれた。


 だけど、これは自分のケンカだ。


 きっちり最後を締めてきます。そう答えたら、頭を振って、「なんか違う。常識って、どこにあったっけ」とか、昨日の夜のようにぶつぶつ言い出すし。これじゃ、やっぱり加勢にならないな。


 薮の中から、矢が射かけられる。すべて黒棒ではたき落とした。魚の突撃の方がよっぽど鋭かった。

 氷の矢も混じっていたが、これもたたき落とす。【氷矢】は、当たった対象を凍らせる。でも、ロックアント製の黒棒に魔術は効かない。そういうこと。


「死ねやぁっ!」


 襲う前に声をかけてどうするの。剣を振り上げた時に、腹を突く。


「げぶぅ」


 その場で泡を吹いて倒れた。あ〜、胃に当たったか。


「てめぇ!」


 だからさぁ。黒棒を横薙ぎにする。槍を持った男は、足を掬われて背中からひっくり返った。いや、後頭部からいっちゃった。手足をぴくぴくさせたまま、起きてこない。


 魔術師が、必死になって火球を投げつけてくる。黒棒に当たっただけで四散した。


「来るな、来るなぁっ」


 そういわれれば逆に行きたくなる。あまのじゃくな、ワ・タ・シ♪


「危ないお手玉はやめましょうね?」


 黒棒で両手をべしべしと叩く。


「ひぎゃぁぁぁ」


 白目をむいて気絶した。うーん、手の甲の骨が砕けたかも。男が痛みに弱いって、本当かも。


 彼らの後ろから、元団長さんが現れた。


 サボーター兼用の防具を付けている。だが、右腕は何も握っていない。やっぱり、靭帯やっちゃってたか。


「体の具合は、いかがですか?」


「っ! 貴様っ」


 革兜の下の顔は、鬼もかくやという形相だ。あの練兵場でのケンカ以外で、恨まれるようなことをした覚えはないんだが?


「貴様が、貴様が現れなければっ」


「それが?」


「俺は、俺が王になっていたんだぁっ!」


 はい?


「・・・アンスムさん? それって有りですか?」


「ありえないよ」


「てめえにゃ関係ねぇ! この臆病者の卑怯者がっ」


「戦略的撤退と言って欲しいね。負傷者を増やすばかりじゃギルドは成り立たない」


「だから、臆病者だっていってるんだろうがっ」


「護衛対象はむろん、本人も無傷で生き残る。それがトップハンターだよ? アルファさん、そう思わないかい?」


「アンスムさんの意見に全面的に賛成ですね。死んだらおしまいでしょ?」


「! どいつもこいつもっ」


 昔になんか確執があったようだね。今は関係ないけど。


「それで? 元・団長さん? 練兵場では、これ以上はない負けっぷりでしたよね? 今更、やり直しを希望ですか?」


「やかましいっ。貴様さえいなくなればっ。俺はまた力を付けて、いずれは世界の王になるんだっ」


「誰がそんなことを」


 アンスムさんもあきれたように言う。


「だからてめえはひっこんでいやがれっ。俺がそう決めた。世界は俺のもんだ!」


 超ど級勘違い男か。妄想系も、ここまでくれば、りっぱなもんだ。じゃなくて!


「誰かに言われたとか、女性がそういっていたとか?」


「!」


 今、ぶちって血管の切れる音がした。


「自分を手に入れたければ、世界の王になってみろとか?」


 ぶちぶちぶちっ。目が血走っている。


「き、さまぁ。よくも、俺様を、侮辱、して、くれたなぁ」


 ビンゴ? あ、力一杯、古傷をえぐっちゃったのか。


「あ〜、アルファさん?」


「はいぃ。やっちゃいましたねぇ」


「逃げてっ!」


「逃げませんよ?」


「そうとも、逃がすもんか! 貴様はここで死ぬんだっ」


 左手の剣を引きずって、駆け寄ってくる。でも、練兵場のときほどのスピードはない。剣の柄は長く伸びていて、二の腕の防具に固定されている。なるほど、重量級の武器を片手で振り回すための工夫だ。ならば。


 左手に黒棒、右手に「変なナイフ」を構えて、防具のつなぎ目を狙った。


「がっ、またかっ。貴様っ、まともに打ちあえぇぇえ!」


 ふーん。右手というより、右腕そのものが打撃武器になってるのか。


 彼の右腕は黒棒でいなし、左腕の剣をかいくぐり、次々と防具を分解していく。

 体に固定させる効果も持っていた防具を失い、右腕の武器はすべて地に落ちた。左腕の剣も、いまはその手で握っている部分だけで保持している。


「むごい・・・」


 アンスムさん? その感想は何よ。って、先に気絶した三人を手早く縄で締め上げている。お手数掛けましたぁ。


「きさまっ、何のつもりだぁっ」


 吠えるしか脳がないのかね? ぶるぶると剣を持ち上げようとするところに、蹴りを入れた。


 ばきん!


 まっぷたつにへし折れた。


 ナイフをしまって、黒棒をもう一本取り出す。


「さ、取ってくださいな」


 さっきまでふるっていた方の黒棒を、投げつける。


「だから、何のつもりだと訊いているんだぁっ!」


「わめかなくても、聞こえてますよ? 先の三人を倒したのは見てましたよね? ということで、同じ武器でやり合いましょ」


「こんな棒っきれで戦えるかぁっ」


「失礼な。先日のシルバーアントは、これ一本で沈黙させたんですよ?」


「信じられるかっ」


「まあ、信じる信じないは自由ですけどね。さっきの剣以外に武器はありますか?」


「ぐっ」


「それじゃ、自分も左手でいきましょう」


 とはいえ、片手での加減は難しいんだけどなぁ。


「俺様を、世界の王を馬鹿にしやがって!」


「自称で、そういうことを言ってる人って、自信過剰で被害妄想の願望重視な、」


「やかましいっ」


 軽くて楽に振れるものだから、調子に乗って、ぶんぶん振り回す。でもね、どんな武器でも、相手に当たらなくちゃ意味ないと思うんだ。


 ローデンの団長さんと立ち会った時のように、相手の力を受け流す。水のように、風のように。


 ふるった腕力が、手応えなく、抜かされているのがわかったのだろう。さらに、ムキになって振り回す。うまく効かない右手も添えているが、その方が振り抜く時の軌道がぶれる。かえって、疲労が蓄積されていく。


 やがて、ぜんそくのような呼吸音をしだした。受け身もとれずに、地面に倒れ込む。

 目の焦点が合ってない。


「ば、ばかに、かはっ、ぜっ、ぜぃ」


「気が済みましたか?」


「ころ、して、や、る」


「自分は嫌です」


 なあんでこんな時に出てくるかな!

 興奮したグロボアが、街道めがけて疾走してくる。


「自分は猟師です。殺すのは獲物だけ」


 蟻弾を取り出し、まっすぐに突っ込んでくるグロボアの額めがけて打ち込む。


 びgyぃえあ


 着弾と同時に、全身をヤバいかんじに痙攣させて、走って来た勢いのまま滑ってくる。止まった時には、白目をむき、口から泡をはいて果てた、死体となっていた。全身に斬りつけられた痕がある。それで逃げてきたのか。


「あなたは、自分の獲物じゃありません。なので、殺す理由もありません」


「きっ、きさ、まっ」


 彼の目は、恐怖と狂気と絶望に染まっていた。



 グロボアを追って来たハンター達には、アンスムさんが説教を食らわしていた。[魔天]領域内で仕留め損ねた、まではいいが、それを街道側に取り逃がして隊商を危険にさらすとは何事か! ということだ。

 罰として、元団長さん以下四人を、盗賊の現行犯として帝都まで連行する手伝いをすることになった。

 また、逃がしたグロボアは、仕留めた自分の物だ、といわれて、激しくへこんでいた。だったら、最初から逃がさないでよ。


 元団長さんは、練兵場でうけた関節のダメージが回復しないまま、自分と長時間やり合った所為で、まともに立てなくなっていた。貯金も使い果たしたみたいだし、どうやって生活するんだろう。


「あ〜、アルファ、さん?」


「アンスムさん、まだなにか?」


「いや。実力をこの目で見ちゃった、というか、なんというか」


 また、やりすぎちゃったか。


「こちらもすみません。頭に血が上ってたみたいで」


「いやいやいや! あそこまで冷徹に攻め続けるってもうどこの魔王様かと思った!」


「誰が魔王ですか!」


 ただでさえ、怪しい輩から怪しい呼ばれ方してるんだ。


「でも、一人も殺してないんだよね」


「だって、自分、猟師ですから」


 人は、獲物じゃない。


「やさしいんだか、厳しいんだか」


 苦笑している。誰かもこんな顔をしていたっけ。


「個人を目標にした襲撃だから、討伐料は出ない。別件で、仕留めたグロボアはアルファさんが持っていってね」


「それが、判定、ですか?」


「そ。ギルドマスターの判断」


「じゃ、グロボアは貰っていきます」


「! うん。そうだ、これ」


 渡されたのは一枚の書状だ。開いてみれば、


 無期限の採取許可書・・・


「なんですかこれわ!」


「クモスカータ国ギルドからの褒賞。個人の所有物以外は、好きに獲って好きに売っていいからね」


「やばいでしょ。こんな書状が出回ったら!」


「大丈夫。王宮と商工会の許可も取ってあるから」


「え?」


「物も金も要らないって言うし、ずいぶんと悩んだんだよ? でも、いつも「猟師の」って名乗ってたのを思い出したら、これなら役に立つよね、ってことで。ギルドの受付に出してもらった時、身分証にも書き込んであるから」


 でええええっ。またまた勝手なことを!


「アルファさんだけ。

 北都で出そうとしたら、責任者が変わったら認めてもらえないって、言ったそうじゃないの。だから、発行者はクモスカータ国。だから、無期限」


 なんか、ムラクモの自慢げな顔そっくりに見えて来た。そもそも、北都で出そうとしていたのは、「討伐」の、だった。目的が、違ーう!


「獲りません、要りません、知りません!」


「あはははっ」


 笑い事じゃないですって!

 作者、書いてて主人公の性格がようやくわかって来た、気がします。恐ぁ。

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