光への階(きざはし)
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おとといからの気疲れからか、二人ともぐっすりと眠ってしまった。そんなになるくらいなら、最初から嵌めなければよかったのに。
自分は、『灯』をともして、ヌガルで貰った魔術関係の本を開いてすごした。
朝方、スタッフが小さくドア越しに声をかけてきたので、二人とも疲れて眠っているので、出てくるまでそっとしておいて欲しい、と伝えておく。
昼も近くなってから、ようやく目を覚ました。ロストリスを使ったわけでもないのに、よく寝てたねぇ。
「もう、お昼ですよ」
「ああ、アルファさん、おはよう。・・・え? 昼!」
「よく寝てました。ソファの上でしたけど、腰とか痛くないですか?」
「え、うん。僕は大丈夫。おい! ポリトマ! 起きろ!」
がしがしと揺さぶる。
「怖い、怖いよ・・・」
「・・・なんの夢、見てるんだ?」
「さあ」
寝起きが悪いのかね? ドアを開けて、スタッフに濃いめのコーヒーを頼む。
入れたてのコーヒーが届けられて、やっとポリトマさんも目を覚ました。
「うなされてましたよ?」
「真っ暗なんだ。そこで、白い物が周り中を取り囲んでいて、どっちを向いても逃げられないんだ・・・」
書類恐怖症になってなきゃいいけど。
「もう一眠りしますか?」
「いや、もう、いい。って、アルファさん?」
「まだ寝ぼけてたのか?」
「アンスムまで、って、そうか、ギルドハウスか」
起きたばかりだというのに、疲れ果てた顔をしている。コーヒーを飲み干しても、目の下の隈がとれない。
「この後は、どうします?」
「すまないが、顔を洗ってきてもいいか?」
「僕は、水浴びしてくる」
「じゃ、自分はこれで」
「「待って!」」
「昨日の話で全部ですよ?」
「でも、でもなぁ」
「でもも、だっても、なしです」
「何か忘れてる気がするんだ」
「忘れてる? あ、そうでした」
「「何?」」
「トレント」
「「・・・」」
挙動不審になって、左右をきょろきょろ見る。
「どうしたんですか?」
「機密に関わる話だから、ちょっと」
「まだ結界生きてますから、大丈夫です」
「・・・僕たちが寝てる時は、解除、してたよね?」
「いいえ?」
術弾がもったいないじゃないか。
「・・・僕たち、ほんとに馬鹿だったよね」
「そうだな」
どこかの学生と同じ台詞だ。
「あんな物、自分が持ってても使い道がありません。どこに持っていけばいいですか?」
自分で獲った物の方が質がいいんだもん。
「・・・本当は、王宮に運び込みたいけど」
「昨日の今日だし、どうだろう」
そういえば、いいものがあったっけ。
「あとで、ギルドの修練場、貸し切りにしてもらえませんか?」
「・・・何を、するのかな?」
「港都での研究の成果をお見せしましょう♪」
「うん。すぐ行こう。すぐやろう!」
アンスムさんが妙なテンションになった。
「・・・そうだな」
ポリトマさんは、どんよりしたまま。寝すぎたのかな?
『防音』を解除して、修練場に向かう。アンスムさんが、ギルドマスター権限で、そこにいた人達を追っ払う。自分は、修練場いっぱいに『隠鬼』と『防音』を張る。内緒だって言うからね。
「今、何を?」
「別にぃ?」
便利ポーチから、トレントの幹と根を取り出す。二人の口が、ぱかっと開く。ロクラフの時も見てたでしょうに、いまさら驚くかな。
でもって、限定仕様の特製収納カードを取り出し、そちらにトレントを移し替える。
「「・・・」」
歌詞を書き込んだロー紙と、収納カードをアンスムさんに渡す。
「十分な広さのところの中央にこのカードを置いて、こちらの文書を読んでください。また、トレントが出てきますから」
「普通に取り出せないのか?」
「自分のマジックバッグは、何故か他の人は使えないんです。それでも、一回出すだけなら誰でも出来る、というのを作れました。なんなら、試してみてもいいですよ? まだ、数枚残ってますから」
「・・・俺、こんな大容量のマジックバッグは取り扱えないんだけど。そもそも、この形、バッグじゃないよね?」
「試させてもらっていいのかな?」
「どうぞ」
「じゃ、じゃあ」
修練場の中央にカードを置き、少し離れたところからアンスムさんが歌詞を読む。
ごろごろん
「ね?」
「「・・・」」
「はい。実験も終わり」
別のカードを取り出した。こんどの歌詞は、あらら、あれだ。子牛の歌。一番を、三回繰り返す。・・・ま、いいか。
カードに設定した亜空間開いて、トレントを収納する。傍目には、カードが触れたとたんにトレントが消滅した、様に見えただろう。
「あ〜、ああ。うん」
「常識って、なんだったっけ」
どうしてそこで、常識なんて言葉が出てくるんだ?
「・・・すまない。この、カード? の支払いを」
「それと、トレントの代金も、だよな?」
「どっちが?」
「ギルドだろう?」
「じゃあ、カード代は商工会で」
「要りません」
がばっと振り向く。
「事業の件は了解した。だが、これは、証拠がある。支払わないわけにはいかない!」
「カード、開封したら、消えちゃいますけど?」
「その開封前に、不特定多数に目撃される」
「これは、どうやってもごまかせないよ」
「でもねぇ」
「モガシのやった手は?」
「アルファさんの欲しがる物がないよ!」
「でも、何か、何かないか?」
「料理は自分で作ってしまうし」
「調味料? 街で買えるしな」
「素材も、買うか狩るかしてしまうし」
「貴金属」
「だから、それ、ちがうだろ?」
「じゃあなにが」
「うあぁぁぁぁっ」
アンスムさんがまたも頭をかきむしる。だから、将来の髪の毛が。大丈夫かな?
「アル坊はねぇ。情報も好きなんだよぅ」
「ルテリアっ」
ぎゅむぅ〜っと、後頭部にね。
「なんで入ってきた!」
アンスムさんが慌てている。なんだ、ルテリアさんは来てもいいよ、じゃなかったのか。
「え〜、はいっちゃだめ〜って、執務室だけだったでしょ?」
「その後で! いまここは立ち入り禁止なの!」
「もう、入っちゃったもんね〜」
その、自分の頭を胸に抱え込むのやめてくださいよ。
「情報、か」
ああ、ポリトマさんが考え始めちゃった。
「だがなぁ、金額に似合う情報なんて、国家機密ぐらいしか」
「やめてください! そんな恐ろしい物は要りません。というか、聞かせないで!」
その手の話は、後々になるほどヤバくなるんだ。近寄りたくもない。
ぶるぶる。と、頭を振りたくても固定されている。無理矢理動かすと、かえって喜ぶんだよこの人わ!
「なら、何の情報ならいいんだ?」
「うん? ギルドでも協力できるか?」
そういうことなら、
「[北天]の定期報告。なら欲しいかも」
「「げっ」」
二人そろって、一声叫んで息を止めた。
「深部に入れ、というのじゃなくて。ほら、今回みたいに違法伐採があったとか、いつもは見かけない魔獣が街道に出てきたとか」
「そ、その程度で、いいのか?」
「自分は[魔天]周辺で狩りをしてますけど、今回のことで、[北天]もまるっきり無関係じゃないな〜と感じましたので」
「なんていうか・・・」
「アル坊は、猟師、なんだもんね〜」
だから、むにょって!
「値段と価値がずれすぎてるんじゃないか?」
「情報の必要度って、受け取る人によって違うでしょ。自分は、あったらいいな、と思いましたが、そうしょっちゅうクモスカータに調べに来れるわけないし」
「そう、か? そうなのか?」
「一種の牽制にも使えると思いますけどね?
ほら、他国のギルド関係者が定期的に[北天]の状況を調べてるってことは、巡回の回数を増やす口実に出来るとか、違法伐採者が裏を勘ぐって手控えるようになるとか」
「それでは、私達の方が得をしてしまう!」
適当な言い訳を鵜呑みにしてくれちゃって。商工会のトップが、それでいいのか?
「じゃ、そういうことで。届け先はローデン・ギルドにお願いします。あ〜、すっきりした。さ、帰ろ」
「ま、待て待て待て!」
「その、大パーティーはどうするんだ?」
「だって、材料は渡しちゃいましたよ? 保冷庫に入りきらない分が、まだ手元に残ってるし。もっと要ります?」
「うわぁ」
「どんだけ捕ったんだ・・・」
「自分が訊きたいくらいです。とにかく、住み慣れたところが一番、ということで」
「あ、そうだ。元だんちょーの追加情報、持ってきたんだった」
ルテリアさん、ちゃんと用があって来たんだ。
「いくらで?」
「お土産に足りなかった分だよん。どっかに貯めてた分で、数人雇ったって」
「どっちに居るかは?」
「東、らしいけど確実じゃなかったぁ」
「十分!」
男二人が、一瞬顔を見合わせてから、ごくりとつばを飲む。
「女って・・・」
「いや、男が馬鹿なんだよ、きっと」
「怖ぇ〜」
「「失礼な!」」
「「はい! ごめんなさい!」」
アンスムさん、尻に敷かれまくってるな〜。
「ポリトマ。パーティの采配、頼めるか?」
「なんだ?」
「出国まで、付いていく」
「!」
「ルテリアは、パーティの手伝いな?」
「仕方ないよねぇ」
その辺は、夫婦なんだ。息ぴったり。
「相手があれなら、発言力のある証人がいた方がいい」
「そうだな。そっちはまかせる」
「アルファさん!」
「はい」
「まずは、飯にしないか?」
「はい?」
全員が身ぎれいになってから、自分がおととい泊まった宿に集合することになった。自分はそこで一泊。今日中に帝都を出るつもりだったんだけど、またも逃げそびれた。
朝昼をろくに食べていなかった男達の食欲はすごかった。・・・半分は自棄食いかもしれない。
自分もがっつかない程度に食べ続ける。ここの料理は、何度食べても飽きないな〜。
ルテリアさんは、かなりの酒豪だ。飲んでははしゃぎ、何かと自分を抱え込もうとする。だから、食事時だってば。
でもって、お土産に渡したオルゴールを、見せびらかす。
ポリトマさんの眉間にしわが寄る。
「これ、の制作者は?」
「港都のルプリさんに訊いてください」
誰が作ったか、は、教えない。なぜか、オルゴールにむけたアンスムさんの指先が、震えている。
「あの、さ? これ、材料、鉄、じゃ、ないよね?」
おや、素材を識別しちゃった? そこはギルドマスター、さすが。でもね。
「普通は鉄で作ると思いますけど。聞きたいですか?」
「うっ。聞きたいような、でも聞いたらあとが恐いような・・・」
なんか、壁に向かって葛藤を始めちゃったよ。
「だーめだよぉ〜う。わたしへ〜のお〜みやげ〜、なんだ〜もんね〜」
変な節をつけて、歌いだした。
「だめだ。貴族どもが目の色を変えるぞ」
まだ、考えてたんだ。
「ほっといてもいいんじゃないですか?」
「だが、ルテリアが」
「こんなでも、[深淵]に入り込んでいたハンターですし」
「そうだよぉ〜うう」
ぼよんぼよんと、踊りだす。やめてぇ、見せないでぇ。
「そ、そうだ。ポリトマさんにもあげます!」
一個取り出し、ハンドルを回して曲を鳴らす。あら、これも子牛の歌。後半だけがエンドレス。泣けてくるわぁ。
強引に手をつかんで、手のひらに乗せる。
「私?! 私はっ」
「執務室の書架だけじゃ、侘しいでしょ」
あ、今まで、忘れてたんだ。一瞬で真っ青になった。
「ソ、ソウカ?」
ロクラフみたいに、口から泡をはきそうだな。
「どちらも、大事にしてくださいね?」
「ウン。ソウ、シヨウ」
しまった、瞳孔が開いちゃった。
ここまでするかな。
それにしても、ルテリア。407話のちょい役だったはずなのに、主人公も翻弄するとは。




