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いつか、どこかで -森の約束-  作者: しまいね れーん
迷えるものたちの狂想曲
138/192

未来への光

427


 後は、クモスカータ国からも出るだけ。

 そういえば、褒賞式の会場に、あの団長さんがいなかった。療養中かな?


「アールー坊ーぅ!」


 王宮の門を出たところで、またも弾力のある物がふにふにと。


「ルテリアさん!」


「やっぱりここにいたぁ。アンちゃんから、聞いた通りだった。よかったよう、行き違いにならなくて」


 だからね、そのでっかいものがむにむにと。


「うぶぶ」


「お茶くらい、いいよね? いいってことだね。やったね!」


 相変わらず、人の話を聞かない人だな。だから、あのときも大けがしたんじゃないか。

 片手を握られて、街中を引きずられていく。


 クモスカータには、何軒も喫茶店があるらしい。その中の、おすすめだという店に連れて行かれた。

 アメリカンな豆茶と焼き菓子をつまみながら、おしゃべりする。海都経由で砂糖が入荷するので、甘味はそれなりに種類が多い。豆茶や香茶も、東西からいろいろと入ってくる。

 ローデンでは、砂糖を使った菓子類は貴族向けにしか販売していない。まだまだ、高いんだよねえ。


「それでぇ? 何やらかしてきたのよぅ」


「違いますよ。押し付けられてきたんです!」


「あはは。アル坊はお人好しだからぁ」


 勝手なことを。向こうが強引すぎるんだ。


「アンスムさんとポリトマさんに聞いてください。ヤバいネタもあるから、おおっぴらにはできません」


「やっぱり、やかしてるんじゃないのぉ?」


「違います!」


 調子狂うなぁ。


「だってぇ。アンちゃん、昨日、アル坊から手紙が届いたって聞いて飛び出していったきり。なーんにも教えてくれないし、さ?」


「じゃあ、そういうことなんですよ。ほら、ルテリアさんには、ちゃんとしたお土産、あげますから」


 ちゃんとした、というところがみそ。

 こそっと便利ポーチから取り出したのは、オルゴールとマーマレード。かわいい物とか好き、だったはず。


「そのうちに、港都で作られると思いますよ。こっちは、自分が気に入った味だったので」


「わぁ。うれしい」


 オルゴールの使い方を教えると、くるくるとハンドルを回しては、曲を鳴らす。喫茶店に、かわいらしい音が響く。しばし、周りの人も聞いていた。


「すごいわぁ。こんなの見つけてきてくれたんだ。高かったんじゃないの?」


「試作品とかで、安くで譲ってもらえましたから」


 安くもなにも、自分で作った物だけど。内緒だけど。


「それで。知っていれば教えて欲しいんですけど?」


 ルテリアさんがにんまりと笑う。


「うんうん。それでこそアル坊よね。それで?」


「騎士団長さんのうわさ、知りませんか?」


「ああ、あの筋肉ダルマは、城内で大けがして、首になったんだって。在職中に予算を勝手してた、とかどうとか。だから、退職金も無しに王宮から放り出されたって。その後は、まだ聞かないわ〜」


「どうも!」


 各地の砦で動きが鈍かったのは、予算が回ってこなかったから? とすると、今は再調整で大忙しだな。ますます、人手が足りない状態になった、と。


「ねえ。もういっちゃうの?」


「長居し過ぎです。森に帰りますよ?」


「そう。また、遊びにきてくれる?」


「さあ。いつ、その気になりますかね?」


「なってなって! いつでもいいから!」


 きゃっきゃと無邪気に笑ってしがみつく。あのね、自分の方が小さいの、いろいろと。コンプレックスを刺激されるのよ。


 ・・・この人は、ほんとに。


「それじゃ、行きますから」


「「待ってくれ!」」


 ちっ。男二人が追いついてきた。


 振り向いて、にっこり笑ってみせる。


 彼らは、急ブレーキを掛けて立ち止まる。


「まだ、なにか?」


「とにかく、ここじゃなんだから!」

「ギルドの方が近い!」


 ずりずりと引きずっていかれた。・・・ルテリアさんにしがみつかれていて逃げそびれたんだい。無駄にでかい人はこれだから!


 アンスムさんの執務室まで引っ張ってこられた。というより、宙ぶらりんなまま運ばれた。ルテリアさんは、執務室から放り出されたけど。


「まだ、なにか?」


「う、」

「あ」


「用がそれだけなら・・・」


「違うって!」

「あやまるから!」


「何を?」


 自分は、言いたいことは全部言えたし、余計な台詞も報酬の話も全部塞げた。謝ってもらうことは、もうない。


「ほら。王宮からの褒賞はあれですんだかもしれないけどさ」

「ギルドと商工会からのがまだ終わってない」


「ですから、たっぷりの魚肉でパーティしてもらえばそれで、完了です」


「「違ーう!」」


「報奨金なら受け取りませんからね? 使い道のないお金を預けられても利子は出ません」


「だから違うって!」


「他に用件は?」


「だから褒賞が」


「それは魚肉の」


 延々と言い合いを続けた。


 夕方になって、男達の方が根をあげた。


「な、んで、受け取って、くれ、ないんだ・・・」


「要らないからです」


「前にも、説明、したよね?」


「ですから、パーティーを開いてもらって・・・」


「あああ、だめだぁ」


 アンスムさんが頭をかきむしる。そんな勢いでやってると、はげるよ?


 ぽんぽん、と頭を叩いてあげる。そのまま、机に突っ伏した。


 ポリトマさんが、のろのろと頭を上げる。


「褒賞式、の後、商工会に、連絡が、入ったんだ。港都から、北街道を経由、してきた隊商が、アルファさんから、討伐関係の、書類を預かって、届けたって。北都からも、いろいろ、と、報告が、来てて。

 もう、シルバーアント、の討伐、だけじゃ、すまない、んだよ」


 口調も、ずいぶんとのろのろとしている。


「じゃあ、自分からの報酬をおねだりしてもいいですか?」


「何! 何がいいんだい?!」


 アンスムさんががばっと顔を上げた。


「魚肉大パーティ」


「「あああっ」」


 またも突っ伏した。


「そうだ、アンスムさん?」


「・・・今度は、何かなぁ」


 もう、顔もあげない。


「[北天]の違法伐採の現場で、台車に乗せきれなかったトレント、預かったままでした。どこに出せばいいですか」


 あ、指先がぴくぴくしてる。


「あいつらぁ〜、トレントまでかっ!」


 突っ伏したままで激高しているポリトマさん。


 この反応からすると、魔導紙の原料はトレントで確定かな?


「ただ、根っこは放り出したままだったし。知らないで伐ってたみたいでしたね」


「なんだと・・・」


「大丈夫です。自分が切り株も掘り上げて回収してきましたから。

 というより、伐られたトレントの根をそのままにしておくと、ほかのトレントが近寄れないんで」


「・・・」


 おや? これは知らなかったか。


「もう、なんていうか、もう・・・」

「どうしよう。どうしたらいいんだ・・・」


「他に用がないならこれで・・・」


「「だから待ってくれ!」」


「さっきの話を蒸し返すのはなしですよ?」


「だけど、でも、」


「だけど、も、でも、も、なしです」


 あらら、ポリトマさんが半べそをかき出したよ。泣いちゃうんだ、この人。


「な、なあ? 魚肉パーティ、の、他にも、何か、ないかな〜?」


 アンスムさんが、極力、やさしげーな声で、質問してくる。


「いいんですか?」


「で、できることなら、たぶん・・・」


 こらこら、語尾が小さくなってるよ。


「じゃあ、報酬として要求します。木を植えてください」


「「なにそれ?」」


 植樹も知らんのか!


「木の苗を育てて、伐採した後に植えるんです。何もせずに放置したところよりも、早くに木が育ちます。もっとも、密に植えすぎても駄目です。小さい木は草食動物に食べられるので、そのときは、すぐに次の苗を植えます。


 内地はすっかり木がなくなりましたよね? それで、畑もやせて仕事にあぶれて、盗賊になったり、簡単な金儲けに走ったり。そこに、森を取り戻すんです。

 木を育てる仕事ができれば、悪事を働く人が減ります。三十年、四十年後には、使える木が増えます。伐採して、また木を植えて。

 どうです?」


「「・・・」」


 二人とも、目が点になった。


 ポリトマさんが、がばっと立ち上がったかと思ったら、床に座って土下座を始めた。なによ!


「森の賢者殿を利用しようとした私が馬鹿だったっ! 本当に申し訳ないっ!」


 いきなりそれ?!


「う、うわぁ〜ん! 僕も、僕もばかだったよぉ〜う」


 号泣しだした。いい年した大人が、二人とも。


 や、やめてよぉう!



 まともに話が出来るようになったのは、夜中も過ぎたころだった。それまで、執務室にずーっとかんずめ。ポリトマさんが、扉の前に座り込んでいたから。まったく。

 小腹が空いてきた。部屋のポットを借りて『噴湯』を使い、縄茶を入れ、まんじゅうを食べる。


「ぐすっ、おいしそうな、匂いだね。えぅ」


 アンスムさん。あなたも北峠の隊長さんと、どっこいです。


「新作の試作品です。どうぞ」


 三種類の蒸かしまんを、二人の前に差し出す。皿は、ロックアント製。自分はそれしか持ってない。


 黒い皿の上の、白いまんじゅうに、おそるおそる手を伸ばし、かじり始める。


「う、うん。おいしいよ」


 ポリトマさんは、額を床にすりつけてた所為で、おでこが真っ赤になっている。


 まんじゅうを平らげ、お茶を飲んで、落ち着いたようだ。


「す、すまない。前の時といい」

「世話をかけたね。すん」


「本当に」


「「・・・」」


「さて、いいですか?」


「うん」

「はい」


 姿勢を正す。


「木を植える話ですけど、一朝一夕に成果は見えません。木の成長は野菜よりもゆっくりですから。

 それに、その土地によって、育ちやすい木の種類が変わります。何が合っているのか、合わないのか、調べるだけでも数年、数十年かかると思います。なので、成果の見えない事業に金を注ぐだけ、とも見られるでしょう。

 でも、今は荒れ果てた内地が、少しずつ緑に、木々に覆われていく様は、きっと何物にも代え難い宝となります。たぶん、私達が死ぬまでにその景色を見ることはありません。でも、夢を、その景色が子供や孫の代にはあたりまえになる、そんな夢を見させてください。


 だめですか?」


 二人が、真剣な顔をして考え込んでいる。


「これは、帝都だけでは手に余るな」


「あたりまえでしょ。内地ですよ? 国を挙げた事業です。それとも、どこか一つの都市の手柄にするつもりでした?」


「いや! そんなことはない!」


「そうだ。もう一つ」


「! な、何かな〜」


「このアイデア、出所が自分であることは絶対に秘密にしてください!」


「「なんで!」」


「妙〜な呼び名がまた増えます。とっても迷惑です。迷惑すぎます。港都でも、拒否するのにすっごく苦労したんです。いいですか? いいですね? 絶対ですよ? でないと・・・」


「わかった!」

「うん。内緒にする!」


 がくがくと頭を振った。よしよし。


「あ、でも」


「なんですか?」


「報酬に何を払ったか、どうやって広めればいいんだ?」


「正当な報酬が支払われた。と、言うだけでいいでしょ? 金額を気にするのは貴族ぐらいだし」


「でもさぁ」


「はい。そこで魚肉大パーティ!」


「「えぇっ!」」


「またまた、大盤振る舞いして、そのときにこそっと、広めればいいんです。討伐者は、大満足したって付け加えておけば、完璧」


「そうか? そうなのか?」

「なんか、納得できたような出来ないような」


「じゃ、自分で言いますよ? ここの商工会は報酬を払ってくれないって・・・」


「わかった! やる、ちゃんとやるから!」

「で、でもさ?」


「今度は何ですか?」


「これだけ、大声でやり合ってたら、ばれまくる、よね?」


「大丈夫。『防音』結界で、一っ言も漏れてません」


「けっ」

「・・・」


 刺激の許容範囲を超えたらしい。二人とも、気絶した。あ〜あ、世話が焼ける。

 完全に、主人公に踊らされてます。手加減は、どこにやったの。

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