未来への光
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後は、クモスカータ国からも出るだけ。
そういえば、褒賞式の会場に、あの団長さんがいなかった。療養中かな?
「アールー坊ーぅ!」
王宮の門を出たところで、またも弾力のある物がふにふにと。
「ルテリアさん!」
「やっぱりここにいたぁ。アンちゃんから、聞いた通りだった。よかったよう、行き違いにならなくて」
だからね、そのでっかいものがむにむにと。
「うぶぶ」
「お茶くらい、いいよね? いいってことだね。やったね!」
相変わらず、人の話を聞かない人だな。だから、あのときも大けがしたんじゃないか。
片手を握られて、街中を引きずられていく。
クモスカータには、何軒も喫茶店があるらしい。その中の、おすすめだという店に連れて行かれた。
アメリカンな豆茶と焼き菓子をつまみながら、おしゃべりする。海都経由で砂糖が入荷するので、甘味はそれなりに種類が多い。豆茶や香茶も、東西からいろいろと入ってくる。
ローデンでは、砂糖を使った菓子類は貴族向けにしか販売していない。まだまだ、高いんだよねえ。
「それでぇ? 何やらかしてきたのよぅ」
「違いますよ。押し付けられてきたんです!」
「あはは。アル坊はお人好しだからぁ」
勝手なことを。向こうが強引すぎるんだ。
「アンスムさんとポリトマさんに聞いてください。ヤバいネタもあるから、おおっぴらにはできません」
「やっぱり、やかしてるんじゃないのぉ?」
「違います!」
調子狂うなぁ。
「だってぇ。アンちゃん、昨日、アル坊から手紙が届いたって聞いて飛び出していったきり。なーんにも教えてくれないし、さ?」
「じゃあ、そういうことなんですよ。ほら、ルテリアさんには、ちゃんとしたお土産、あげますから」
ちゃんとした、というところがみそ。
こそっと便利ポーチから取り出したのは、オルゴールとマーマレード。かわいい物とか好き、だったはず。
「そのうちに、港都で作られると思いますよ。こっちは、自分が気に入った味だったので」
「わぁ。うれしい」
オルゴールの使い方を教えると、くるくるとハンドルを回しては、曲を鳴らす。喫茶店に、かわいらしい音が響く。しばし、周りの人も聞いていた。
「すごいわぁ。こんなの見つけてきてくれたんだ。高かったんじゃないの?」
「試作品とかで、安くで譲ってもらえましたから」
安くもなにも、自分で作った物だけど。内緒だけど。
「それで。知っていれば教えて欲しいんですけど?」
ルテリアさんがにんまりと笑う。
「うんうん。それでこそアル坊よね。それで?」
「騎士団長さんのうわさ、知りませんか?」
「ああ、あの筋肉ダルマは、城内で大けがして、首になったんだって。在職中に予算を勝手してた、とかどうとか。だから、退職金も無しに王宮から放り出されたって。その後は、まだ聞かないわ〜」
「どうも!」
各地の砦で動きが鈍かったのは、予算が回ってこなかったから? とすると、今は再調整で大忙しだな。ますます、人手が足りない状態になった、と。
「ねえ。もういっちゃうの?」
「長居し過ぎです。森に帰りますよ?」
「そう。また、遊びにきてくれる?」
「さあ。いつ、その気になりますかね?」
「なってなって! いつでもいいから!」
きゃっきゃと無邪気に笑ってしがみつく。あのね、自分の方が小さいの、いろいろと。コンプレックスを刺激されるのよ。
・・・この人は、ほんとに。
「それじゃ、行きますから」
「「待ってくれ!」」
ちっ。男二人が追いついてきた。
振り向いて、にっこり笑ってみせる。
彼らは、急ブレーキを掛けて立ち止まる。
「まだ、なにか?」
「とにかく、ここじゃなんだから!」
「ギルドの方が近い!」
ずりずりと引きずっていかれた。・・・ルテリアさんにしがみつかれていて逃げそびれたんだい。無駄にでかい人はこれだから!
アンスムさんの執務室まで引っ張ってこられた。というより、宙ぶらりんなまま運ばれた。ルテリアさんは、執務室から放り出されたけど。
「まだ、なにか?」
「う、」
「あ」
「用がそれだけなら・・・」
「違うって!」
「あやまるから!」
「何を?」
自分は、言いたいことは全部言えたし、余計な台詞も報酬の話も全部塞げた。謝ってもらうことは、もうない。
「ほら。王宮からの褒賞はあれですんだかもしれないけどさ」
「ギルドと商工会からのがまだ終わってない」
「ですから、たっぷりの魚肉でパーティしてもらえばそれで、完了です」
「「違ーう!」」
「報奨金なら受け取りませんからね? 使い道のないお金を預けられても利子は出ません」
「だから違うって!」
「他に用件は?」
「だから褒賞が」
「それは魚肉の」
延々と言い合いを続けた。
夕方になって、男達の方が根をあげた。
「な、んで、受け取って、くれ、ないんだ・・・」
「要らないからです」
「前にも、説明、したよね?」
「ですから、パーティーを開いてもらって・・・」
「あああ、だめだぁ」
アンスムさんが頭をかきむしる。そんな勢いでやってると、はげるよ?
ぽんぽん、と頭を叩いてあげる。そのまま、机に突っ伏した。
ポリトマさんが、のろのろと頭を上げる。
「褒賞式、の後、商工会に、連絡が、入ったんだ。港都から、北街道を経由、してきた隊商が、アルファさんから、討伐関係の、書類を預かって、届けたって。北都からも、いろいろ、と、報告が、来てて。
もう、シルバーアント、の討伐、だけじゃ、すまない、んだよ」
口調も、ずいぶんとのろのろとしている。
「じゃあ、自分からの報酬をおねだりしてもいいですか?」
「何! 何がいいんだい?!」
アンスムさんががばっと顔を上げた。
「魚肉大パーティ」
「「あああっ」」
またも突っ伏した。
「そうだ、アンスムさん?」
「・・・今度は、何かなぁ」
もう、顔もあげない。
「[北天]の違法伐採の現場で、台車に乗せきれなかったトレント、預かったままでした。どこに出せばいいですか」
あ、指先がぴくぴくしてる。
「あいつらぁ〜、トレントまでかっ!」
突っ伏したままで激高しているポリトマさん。
この反応からすると、魔導紙の原料はトレントで確定かな?
「ただ、根っこは放り出したままだったし。知らないで伐ってたみたいでしたね」
「なんだと・・・」
「大丈夫です。自分が切り株も掘り上げて回収してきましたから。
というより、伐られたトレントの根をそのままにしておくと、ほかのトレントが近寄れないんで」
「・・・」
おや? これは知らなかったか。
「もう、なんていうか、もう・・・」
「どうしよう。どうしたらいいんだ・・・」
「他に用がないならこれで・・・」
「「だから待ってくれ!」」
「さっきの話を蒸し返すのはなしですよ?」
「だけど、でも、」
「だけど、も、でも、も、なしです」
あらら、ポリトマさんが半べそをかき出したよ。泣いちゃうんだ、この人。
「な、なあ? 魚肉パーティ、の、他にも、何か、ないかな〜?」
アンスムさんが、極力、やさしげーな声で、質問してくる。
「いいんですか?」
「で、できることなら、たぶん・・・」
こらこら、語尾が小さくなってるよ。
「じゃあ、報酬として要求します。木を植えてください」
「「なにそれ?」」
植樹も知らんのか!
「木の苗を育てて、伐採した後に植えるんです。何もせずに放置したところよりも、早くに木が育ちます。もっとも、密に植えすぎても駄目です。小さい木は草食動物に食べられるので、そのときは、すぐに次の苗を植えます。
内地はすっかり木がなくなりましたよね? それで、畑もやせて仕事にあぶれて、盗賊になったり、簡単な金儲けに走ったり。そこに、森を取り戻すんです。
木を育てる仕事ができれば、悪事を働く人が減ります。三十年、四十年後には、使える木が増えます。伐採して、また木を植えて。
どうです?」
「「・・・」」
二人とも、目が点になった。
ポリトマさんが、がばっと立ち上がったかと思ったら、床に座って土下座を始めた。なによ!
「森の賢者殿を利用しようとした私が馬鹿だったっ! 本当に申し訳ないっ!」
いきなりそれ?!
「う、うわぁ〜ん! 僕も、僕もばかだったよぉ〜う」
号泣しだした。いい年した大人が、二人とも。
や、やめてよぉう!
まともに話が出来るようになったのは、夜中も過ぎたころだった。それまで、執務室にずーっとかんずめ。ポリトマさんが、扉の前に座り込んでいたから。まったく。
小腹が空いてきた。部屋のポットを借りて『噴湯』を使い、縄茶を入れ、まんじゅうを食べる。
「ぐすっ、おいしそうな、匂いだね。えぅ」
アンスムさん。あなたも北峠の隊長さんと、どっこいです。
「新作の試作品です。どうぞ」
三種類の蒸かしまんを、二人の前に差し出す。皿は、ロックアント製。自分はそれしか持ってない。
黒い皿の上の、白いまんじゅうに、おそるおそる手を伸ばし、かじり始める。
「う、うん。おいしいよ」
ポリトマさんは、額を床にすりつけてた所為で、おでこが真っ赤になっている。
まんじゅうを平らげ、お茶を飲んで、落ち着いたようだ。
「す、すまない。前の時といい」
「世話をかけたね。すん」
「本当に」
「「・・・」」
「さて、いいですか?」
「うん」
「はい」
姿勢を正す。
「木を植える話ですけど、一朝一夕に成果は見えません。木の成長は野菜よりもゆっくりですから。
それに、その土地によって、育ちやすい木の種類が変わります。何が合っているのか、合わないのか、調べるだけでも数年、数十年かかると思います。なので、成果の見えない事業に金を注ぐだけ、とも見られるでしょう。
でも、今は荒れ果てた内地が、少しずつ緑に、木々に覆われていく様は、きっと何物にも代え難い宝となります。たぶん、私達が死ぬまでにその景色を見ることはありません。でも、夢を、その景色が子供や孫の代にはあたりまえになる、そんな夢を見させてください。
だめですか?」
二人が、真剣な顔をして考え込んでいる。
「これは、帝都だけでは手に余るな」
「あたりまえでしょ。内地ですよ? 国を挙げた事業です。それとも、どこか一つの都市の手柄にするつもりでした?」
「いや! そんなことはない!」
「そうだ。もう一つ」
「! な、何かな〜」
「このアイデア、出所が自分であることは絶対に秘密にしてください!」
「「なんで!」」
「妙〜な呼び名がまた増えます。とっても迷惑です。迷惑すぎます。港都でも、拒否するのにすっごく苦労したんです。いいですか? いいですね? 絶対ですよ? でないと・・・」
「わかった!」
「うん。内緒にする!」
がくがくと頭を振った。よしよし。
「あ、でも」
「なんですか?」
「報酬に何を払ったか、どうやって広めればいいんだ?」
「正当な報酬が支払われた。と、言うだけでいいでしょ? 金額を気にするのは貴族ぐらいだし」
「でもさぁ」
「はい。そこで魚肉大パーティ!」
「「えぇっ!」」
「またまた、大盤振る舞いして、そのときにこそっと、広めればいいんです。討伐者は、大満足したって付け加えておけば、完璧」
「そうか? そうなのか?」
「なんか、納得できたような出来ないような」
「じゃ、自分で言いますよ? ここの商工会は報酬を払ってくれないって・・・」
「わかった! やる、ちゃんとやるから!」
「で、でもさ?」
「今度は何ですか?」
「これだけ、大声でやり合ってたら、ばれまくる、よね?」
「大丈夫。『防音』結界で、一っ言も漏れてません」
「けっ」
「・・・」
刺激の許容範囲を超えたらしい。二人とも、気絶した。あ〜あ、世話が焼ける。
完全に、主人公に踊らされてます。手加減は、どこにやったの。




