大広間での褒賞式
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三人とも、なかなか目を覚ましそうにない。座り込んでいたお姉さんは、自分の座っていたソファに寝かせた。
そおっと、扉を閉めて、受付に向かう。
「こちらには大型の保冷庫はありますか? ポリトマさんから、そこに入れて欲しいと預かった物があるんですけど」
「はい。こちらにどうぞ」
受付のお姉さんの一人が、案内してくれた。
「ほかに、入れておく予定の物はありますか?」
「今のところ、その予定はありませんわ」
部屋にある棚のほとんどが空だ。よしよし。
お姉さんに一言断って、棚を片っ端から埋めていく。最初はにこやかにみていたお姉さんも、棚が魚肉で埋まっていくにつれて、顔が引きつっていった。
さらに、干物の入った竹籠を、床一面に並べる。
「あ、あの。これらは、どうすれば・・・」
おろおろとお姉さんが質問する。
「ほら、一ヶ月くらい前にロクラフを振る舞ったことがありましたよね? これで、またお祭りが出来ますよ。扱いは、ポリトマさんとアンスムさんに聞いてください。
では、よろしくお願いします」
「は、はい。かしこ、まり、ました」
お姉さんに後を頼んで、商工会館を出る。うん。少しは気が軽くなった。
以前泊まった宿に向かう。部屋に案内してもらって、一休み。でも、本番は明日だ。
英気を養うために、夕食をお代わりまでして食べた。ここの宿の料理もおいしかったんだもん。食後のお酒も貰って、大満足。
そういえば、アンスムさんもポリトマさんも、ちゃんと目が覚めたのかな?
朝食も、たっぷりしっかりいただいた。宿を出て、商工会館に向かう。たぶん、王宮からの迎えがそこに来るだろうから。
男二人が、受付で待ち構えていた。顔色が悪い。飲み過ぎたかな?
「おはようございます。気持ちのいい朝ですね」
そう挨拶すると、ますます顔色が悪くなる。
「お、おはよう。アルファさん。き、昨日はどうも」
いつものきびきびした口調が嘘のようなポリトマさん。
「やぁ。お、はよぅ」
語尾が小さくなっているアンスムさん。
「お二人とも、飲み過ぎたりしたんですか? 顔色悪いですよ?」
「「違う!」」
飲み過ぎじゃないのか。
「食べ過ぎですか?」
「「それも違う!」」
「ちょっとこちらに!」
ポリトマさんが、そういって、また執務室に連れて行く。部屋の扉を閉めると、深々と頭を下げた。
「悪かった! あやまるから、これだけでも持って帰ってもらえないか?」
示したのは、書架と金庫。
「何か問題でも? ちゃんと開きましたよね?」
「「じゃなくて!」」
「扉の色、銀一色の方がよかったですか?」
「「そうじゃない!」」
「港都にも置いてきましたし。問題ないですよ」
「「は?」」
まだ、資料全部に目を通していなかったか。
「港都の最高責任者を務めている貴族の継承権がらみに巻き込まれまして。そこの砦の責任者と、その貴族の娘さんからの依頼で、ロックアント製の箱馬車を作ってきたんです。制作者は極秘にする契約で。
違法伐採も、それに関係していそうだ、と、港都の砦の責任者さんと話してきたんですけど。決着はどうなったかまでは聞かないで出発してしまいましたねぇ。まだ、連絡はありませんか?」
「「・・・」」
一人は目玉が落っこちそうになってるし、もう一人はうつむいて何やらつぶやいているし。
レウムさんが到着していれば、話は伝わるはずなんだけど。ムラクモ達がかっ飛ばしてくれたおかげで、自分の方が先に帝都に着いちゃってたか。
「ね? いろいろと盛り沢山だったでしょ?」
運悪く、部屋から逃げ出しそびれた昨日のお姉さんが、お盆を抱えた姿勢で壁に張り付いている。
「あ、この豆茶。おいしいですね」
「は、はい。ありがとう、ございますぅ」
お姉さんは作り笑いで答えてくれた。けど、またも床にへたっている。
こんこん。
ドアの外から、声がかかる。
「王宮からの迎えの馬車が参りました」
「「もう来た!」」
男二人が弾かれたように、頭を上げる。
「まずい、まずいよ」
「どうしたらいいんだ・・・」
「何か?」
「「いや、なんでもない!」」
なんでもないのなら、さっきの台詞はなんなんだ?
「それじゃ、征ってきますね」
「俺たちも参列することになっているんだ・・・」
「もう、どうしようもないか」
「あきらめるしかないよなぁ」
どんよりと、肩を下げている。だから、なんなのよ?
三人で、迎えの馬車に乗った。
「先に商工会からの報酬の話を!」
ポリトマさんが一気に言い切った。
「あらぁ。珍しい経験をさせてもらっただけでも十分ですよ?」
「そういうわけにはいかないよ。さらに追加依頼の分もあるしっ」
だが、ヘビににらまれたカエルの様に硬直した。
「まだ、なにか、あるん、ですか?」
「ない、ないない!」
「アルファ、さん? もう、この辺で・・・」
「アンスムさんにも、こちらから支払わなくちゃ」
「! なんでっ」
「だって、小刀魚とか虹魚とか。取りすぎてませんか?」
「ないないない! 逆に助かったくらいなんだからっ」
アンスムさんの声もひっくり返っている。
「でも、申し訳ないですし。
そうだ、言い忘れてました。昨日のうちに、商工会館の保冷庫に預けておきました。あとで、受付のお姉さんに確認してください」
「な、んだ、って?!」
「私はまだ聞いてないんだ!」
「満杯にして来ましたから。早めに振る舞ってあげてくださいね♪」
「うあぁ」
「無茶苦茶だ・・・」
「え? どこが?」
「「全部だ!」」
ひどいなぁ。お裾分けしただけなのに。
そこで、王宮に到着した。
「あ、あああ、報酬の話が・・・」
「僕は、何も言えなかった・・・」
再び、どんよりと落ち込む二人。
扉を開けた兵士さんが、様子を見て首を傾げる。そうだよねぇ。
「ご案内します。どうぞ、こちらに」
式典用と思われる長衣を纏った兵士さんの案内で、城内を進む。大ホールでの褒賞式、だそうだ。参加者は、近隣の貴族、大商人、そして成人した王族、とのこと。そこに、アンスムさん、ギルドマスターも加わる。
自分は、フェンさんの服を着ている。ナイフ類も、便利ポーチにしまった。握っているのは、術弾一つ。
先に、ポリトマさんとアンスムさんが会場内に入って位置に着く。それから、大扉が開かれて、中に進むよう促された。広間の中央に立つ。
完璧に見せ物だよねぇ。
正面の玉座に、王様が座っている。後ろには、王妃様らしき女性が一人。ほかにはいない。
「猟師、アルファ殿。北峠、ロックアント討伐での貴殿の働きに感謝し、クモスカータ国より褒賞を与える」
宰相さんらしき人が、式典のお題目を宣言した。
「お気持ちだけでも十分でございます」
周りがどよめく。
「だが、我が国を訪れた商人達や関を守り通してくれた。どうか、受け取ってもらいたい」
王様が、直接声を発する。どこかポリトマさんに似た、引きつった表情をしている。
「いえ。この一月、陛下の治める国を隅々まで見聞させていただけました。報酬はこれでも余りあるほどです」
「隅々」の部分を強調してしゃべると、さらに見物人達が騒がしくなる。
「お、ほん! だが、そういうわけには。それでは我々国民からの謝意には到底足りないのである!」
お、声がうわずってきた。
「陛下には事後承諾となってしまいましたが、アンスム・ギルドマスターより、滞在中、国内での採取の許可をいただきました。おかげさまで、珍しい物をいろいろと入手できましたし。十分でございましょう?」
全員がアンスムさんに目を向けると、がっちがちに固まっていた。
「そ、そうか? アンスム、彼女はそういっているが、報いられるほどの採取をされているのか?」
陛下からの問いかけに、顔色を失っている。自分は、あくまでも陛下を、正面を見たままの姿勢だ。でも、呼吸音がねぇ。過呼吸でも起こしたかな?
「は、はいっ。十分と思われますっ」
声がひっくり返ってるって。
「陛下。採取だけではありません。各地で、そこに住む人々の心根に触れられて、心から感服いたしました。これからのクモスカータ国の発展にふさわしい方達でした。褒賞として、皆様の今後の活躍を大いに期待させていただいてもよろしいでしょうか」
全身を冷や汗に濡らしている人がいる。そうでない人も、言葉のうちに含まれている「なにか」を感じて、落ち着かないようだ。
「う、あ、アルファ殿の言葉に、私も感動した。貴殿にも今後の発展、いや活躍を期待してもよろしいか」
「陛下直々にお声を賜る栄誉を、今後も受けられるよう誠心誠意励みたいと思います」
「そう、言って、もらえると私も、うれしい。では、これにて褒賞式を終わる!」
自分は、王様に一礼して大扉に向かう。
よし、全部ごまかした! 前回の練兵場での一件は、王宮側も蒸し返さなかったし。なかったことにしてくれただけでも、十分だ。
『遮音』を解除する。
会場内での会話は、扉に耳を貼付けてでもいなければ聞こえなかったはずだ。扉付近に控えていた兵士さん達や侍従さん達から、ある程度は漏れるかもしれないが、派手に広がることはない、と期待したい。
さあて。次のミッションは、ここからの脱出だ。
の、はずなんだけど。外に案内してくれる人が誰もいない。大扉を開け閉めした人は、自分から目をそらしたまま、扉の横から離れなかったし。道は覚えているから、勝手に出てっていいのかな?
てこてこと歩いていく。おや? 小さな女の子が、広い廊下をうろうろしている。
近寄って、膝をついた。
「どうかしましたか?」
真っ白なドレスを着た女の子だ。両手で、ぬいぐるみらしき物を抱きしめている。だけど、そのウサギの耳の片方が、ほつれて落ちかけている。
「この子、を、なおしてくれる、侍女をさがして、いるの」
泣きそうだ。大事なぬいぐるみなんだろうな。
廊下の端の窓際に手を引いていく。
「私が治しても、いいですか?」
「なおせるの?」
「ちょっと待っててくださいね?」
便利ポーチから、ミニ裁縫セットを取り出す。森で取った絹糸で、素早く縫い付けた。エルダートレントのレースリボンで、ほつれた耳の付け根を飾ってあげる。
「はい。もう、みみを持って振り回しちゃ駄目ですよ?」
真っ赤になった。やっぱりぃ。
「ありがとう。あなたはだぁれ?」
「今日、大広間に招かれた他所の国から来た人です。お城から帰るところだったんですよ」
「そうなの? きのうから、みんないそがしそうにしてたの」
「それで、一人で部屋を出てきちゃったんですね」
「うん」
そこに、数人のメイドさん達が駆けつけてきた。
「姫様、申し訳ありません! 大事ありませんか?」
「こちらの方は?」
言葉は丁寧だが、警戒している。まあ、名前も言ってないし顔も知られてないなら当然だね。
「こちらこそ、申し訳ありません。初めてこちらに案内されて迷っていたところ、姫様にお相手していただいておりました」
女の子から一歩下がって、メイドさん達に頭を下げる。
「あのね? この子、なおしてくれたの」
「まあ!」
「姫様の前で刃物を!」
あら、しまった?
「わたしはけがしてないよ? この子のみみを付けて、リボンもくれたのよ?」
「貴女、お名前は?」
あらら、大丈夫かな。
「猟師のアルファと申します」
「「「! 失礼いたしました!」」」
・・・だめだったか。
「いえ。こちらこそ、姫様にご無礼いたしました。お仕事中、申し訳ありませんが、どなたか門まで案内していただけませんか?」
「かしこまりました!」
「それでは、姫様、これで失礼します」
「あるふぁ、さん? おきをつけて」
かわいらしい挨拶だ。
「ありがとうございます」
「アルファ様、どうぞ、こちらに」
メイドさんの一人が、王城の門まで付いてくれた。おかげで他のトラブルはなし。よかった。めでたし、めでたし。
しゅじんこうの、はんげき。




