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いつか、どこかで -森の約束-  作者: しまいね れーん
迷えるものたちの狂想曲
136/192

大爆走

425


 オボロは、日の出前になって、やっと止まってくれた。でもって、大きくのびをする。自分も、草原に寝転がって、体をのばす。横になったまま、薫製果実をかじった。食べ終わったら、このまま一眠りしようと思った。

 しかし、オボロと入れ替わりに、ムラクモが出てきて、早く乗れ、と催促してくる。二三日くらい帝都入りが遅れても大丈夫だ、といっても聞いてくれない。だんだん殺気立ってくる。ムラクモの前足の本気の一撃はちょっと怖い。


 なんとか立ち上がって、鞍に乗る。きちんと騎乗位置に着いたことを確認すると、またも猛スピードで走り出した。限界に挑戦してます、って雰囲気だ。落っこちそうだよぅ。怖いよぅ。

 夕方には、またもオボロが交代で出てくる。でもって、乗れ乗れとうるさい。生ロデオ? 手がしびれてきた。

 翌日も同じ目にあった。


 ムラクモとオボロの競い合い(?)のおかげで、海都を出て四日めの朝には、普通に馬を走らせてあと一日で帝都に付く場所にまで進んでいた。

 もっとも、自分はぼろぼろだ。この三日間、十五分ぐらいずつしか仮眠を取っていない。ロックアント退治のシーズンにも、このくらいの仮眠しかとれないことはままある。だけど、自分で動き回っているのと、しがみついているのでは大違い、ということだ。


 途中、名物の盗賊さん達もあちこちで見かけた。だが、彼らが声をかけてくる前に、自分達は走り去ってしまっている。

 隊商も片端から追い越した。


 とにかく、その日の午前中は眠らせてもらった。昼前に目を覚まして、顔を洗う。よし、少しはましになった。軽く食事をして、ムラクモに乗せてもらう。今度は、普通の馬並みの早さで走っている。昨日まで、なにをあんなにムキになってたんだ? わかんないなぁ。


 海都を出てからここまでは、ずいぶんとまばらにしか木が生えていなかった。その中でも、大きな木は、ほとんど見かけず、灌木がほとんどだった。あ、骨粉団子をばらまけなかったな。


 ここまできて、ようやく、森らしくなってきた。


 そして、街道の両側の木々には、いろいろな物がぶら下がっている。どう見ても、通行人を捕らえるための罠にしか見えない。大きな網とか、トリモチの付いた矢だとか、丸太のブランコとか。

 普通の人には見えないようにしているつもりなのだろうが、自分には丸見えだ。


 ムラクモが、堂々と進む。


 ハナ達が、森に入って【風刃】で罠を切り刻んでくれた。木々には極力当てないようにしている。偉いぞ。

 ちなみに、オボロは影の中で爆睡している。


 木の裏に隠れていた男達が、「そんなばかな!」とか、「ちくしょう!」とか叫んでいる。自棄になって、道に飛び出してくる者もいた。が、ムラクモの前足で、ポイっと蹴り飛ばされる。角に引っ掛けられて放り投げられた者もいる。うん、死んではいない。足とか手を折っているくらいだ。

 ぼけっとしている者には、『瞬雷』や水晶弾をびしばし打ち出す。捕まえてあげてもよかったけど、なんかもう面倒くさいから放っておくことにする。


 自分達が通り過ぎた後、街道沿いには、数人の怪我人と、修復不可能なまでに切り刻まれた罠の残骸と、昏倒する男達が残った。


 夕方、砦を持つ集落に入った。

 入り口で、通り過ぎた街道での一部始終を報告する。あんなに大掛かりに罠を仕掛けているくらいだから、内通者もいるかもしれないと煽っておく。後続の隊商が通りかかる前に、捕まえてもらいたい、とも言っておいた。隊長さん以下、大慌てで装備を整えて出発していった。


 この集落を過ぎれば帝都だ。確か、手紙を出して連絡するんだった。三泊すれば、ちょうど一ヶ月になる。宿を取って、休むことにした。肉食組は、集落の手前で影に入ってもらっている。


 翌日、帝都に野菜を届ける人がいるというので、ポリトマさんとアンスムさん宛の手紙を本人に届けてくれるように頼んだ。多めの手数料を払ったので、いい小遣いになったと喜んでくれた。


 その日は、宿の調理場を借りた。大魚のツナの試作をする。ちょっと、臭み消しの香辛料を入れすぎてしまった。うーん、これをごまかす料理は何がいいかな?

 小麦粉で生地を作り、竹の子とキノコとツナであんを作った。あんを生地でくるみ、蒸し上げる。蒸し肉餃子ならぬ、ツナ餃子だ。

 宿の人に、試食してもらう。蒸し料理は知られていないらしく、物珍しさも手伝って、集落の人も食べにきた。それならば、と、今度はウサギ肉を使った餃子も作った。かぼす汁と醤油のたれを添えた。

 どちらも、そこそこの評価を貰えた。


 ちなみに、蒸し器は竹で編んだ物だ。竹はクモスカータにも生えている。これまた変わった調理具だと、いろいろ訊かれた。

 ほかの蒸し料理とか味付けのこつとかも質問された。おおざっぱなことしか言えなかったが、気に入ったのなら、自分達で工夫するだろう。

 自分の予想しない料理とか、作ってくれないかな?


 翌日も、調理場を借りた。前日に仕込んでおいた小麦粉の生地が発酵している。それで昨日のあんを包み、またも蒸す。こんどはツナまんだ。ウサギの肉まんとカボチャあんの蒸かしまんも作ってみた。

 おお、餃子よりも好評だ。パンとおかずを一緒に食べられるというのが、ポイントらしい。でも、サンドイッチとかハンバーガーもあるはずだけど?


 試食していた人達が立ち去った後、蒸し上がったまんじゅうを便利ポーチにしまった。明日、帝都に入った時に食べてもらおう。

 宿の夕食の仕込みが始まる時間まで、まんじゅうを作り続けた。


 夕食には、宿自慢のミートパイが出てきた。やっぱり、本職の料理人さんの味付けはすばらしい。おいしくいただいた。


 翌日、ポリトマさんからの手紙が着いた。明日、王宮に招かれる予定になったそうだ。出来れば、今日中に商工会館に来て欲しい、とある。これで、けりがつけられるかな。


 集落を出る時に、西街道の森にいた盗賊は討伐されたと教えてもらった。盗賊達の中でも腕の立つ方の者がことごとく怪我をしていたため、戦意を喪失して逃げ回る者を追いかけて捕まえるだけだったとか。

 ちょうど通りかかった隊商から、彼らが途中で捕縛したり打ち取ったりした盗賊の話も預かったそうだ。皆、緑の魔物が駆け抜けていった後を棒立ちになって見惚けていたので、こちらも簡単に討伐できたらしい。


 盗賊はあらかた掃除できたようでよかった。だけど、緑の魔物って、ムラクモ、のこと、だよねぇ。魔物じゃなくて魔獣なんだけど?

 今は、黒っぽくなっているムラクモが、なんだかしょげている。魔物と言われたのがショックらしい。首を軽く叩いて慰めた。


 気を取り直して、帝都に向かう。途中、人目がなくなったところで、ムラクモには影に入ってもらった。帝都では、何が起こるかわからない。全員が、一か所にいれば強行突破も出来る。あーもう、とっとと終わらせたい。



 街に入って、商工会館に向かう。受付のお姉さんが、大慌てで会長室に案内してくれた。さて、何から言おうかな。


「お帰りなさい。アルファさん!」


 にこやかに挨拶するポリトマさんに、にっこりと微笑み返す。


「どうも。久しぶりです」


「・・・何か、ありましたか?」


 ばっくれるんじゃないの!


「ええもう、存分に堪能させていただきましたとも!」


 そういって、さらに笑みを深める。あ、明後日を向いたよこの人は!


「あ、あの。まずは座って?」


 その前に、部屋をぐるりと見渡す。ラッキー。窓際の壁がいい具合に空いてる。特製の書架と金庫を取り出して、壁際に並べていく。うん、綺麗に並んだ。

 ポリトマさんは、なぜか真っ青になっている。黒い棚にトラウマでもあるのかな?


 勧められたソファに座る。ポリトマさんも、ぎくしゃくと向かいに座った。


「北都からの連絡は、もう受け取りましたか?」


「え、あ。依頼を受けていただいた、とは聞いています。けど、それがなにか・・・」


「その後の顛末、その他諸々、こちらの書庫に納めてあります。これ、全部ポリトマさんへのお土産ですから。どうぞ、受け取ってくださいね?」


「土産、ですか・・・」


「はい!」


 にっこり笑って、念押しする。


「違法伐採の人達の拠点にあった書類一式。ヘミトマさんという商人さんの書斎にあった資料と金庫の中身一式。その街から港都までの間にあった襲撃の顛末の報告書。それから・・・」


 聞いていたポリトマさんは、顔中に汗をかいている。人が汗水働いてかき集めた資料だ。うん、自分もそれくらいは汗をかいたよね。


「ええと、これで全部だったかな? まだ、お土産には足りませんか?」


「い、いえ。十分です。十分過ぎますよ・・・」


 声が小さい。


 そこに、アンスムさんもやってきた。


「アルファさんが戻ってきたって?!」


「こんにちは、アンスムさん。一緒に話をしませんか?」


 飛んで火にいる何とやら、だ。自分の挨拶を聞いて、ポリトマさんの隣に座った。


「な、なあ。どうしたのかな?」


「いえいえ。どこもかしこも人手不足のようで。おかげさまで、いろいろとおもしろい経験をさせてもらえましたよ」


「うわぁ」


 アンスムさんの笑顔が、引きつった。


「いくら、自分が便利に使えそうだからって。ここまでこき使うのに、なーんにも教えてもらえないなんて。緊張感がありすぎましたよ? [北天の使者]さんなんて人にも会えちゃいましたしねぇ」


「あの? これには、事情が・・・」


 ポリトマさんが言い訳しそうになる。


「ですから。それを教えてくれないなんて水臭いじゃないですか。楽しいお食事会の開催に協力した仲なのに」


「「あ、はい。すみません」」


 お茶を持ってきた秘書さんらしき女性まで、執務室の入り口で直立不動の姿勢を取っている。


「まあ、何か理由があるんですよね? 自分には関係ないようですから聞いたりはしませんよ? お土産が、役に立てばいいんですけどね?

 そうそう。これ、この棚、自分で作ったんです。いい出来だと思いませんか? 全部、ロックアント素材だから、火事にも魔術にも耐えられますし。大事に使ってくれると嬉しいです」


「「「・・・」」」


 ロックアント製と聞いて、三人は、がたがた震えだした。


「あとですね? 港都で一仕事した後、魚を捕りすぎてしまったんですよ。また、大盤振る舞いしたいんですけど、お願いできませんか?」


 アンスムさんが手を上げた。


「と、とりすぎって、何を、とってきたの、かな?」


「えーと、多分、小刀魚だと思うんですけど」


 ロー紙に魚の絵を描いてみせる。


「それと、虹魚、でしたっけ。十メルテほどの突撃槍みたいな口の長ーい魚。これが、八匹。小刀魚は、たくさん。

 小刀魚は、干物にしちゃいましたけど、虹魚はぴっちぴちの生肉が丸々あります」


 アンスムさんが、気絶した。秘書のお姉さんは、床にへたり込んでいる。あ、お姉さんも気を失っているようだ。


「に、虹魚だって?!」


 ポリトマさんの声がひっくり返っている。やっぱり、ヤバい魚だったか。


「ヒレとかに毒を持ってましたよね。そのヒレの先端をすりつぶした肝臓につけ込んでおけば、解毒剤になるんですよね?」


 ロックアントの一斗缶を、テーブルの上にがんがんと並べる。宿に泊まっている時は便利ポーチから出しておいたから、実時間で二日弱ぐらいは漬かっていたはず。


「そろそろ、精製しても、いい頃合いかな?」


「は、はは。あ、ありがとぅ」


 ポリトマさんも、ソファの後ろに転げ落ちた。

 しゅじんこうのぎゃくしゅう。

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