海都の明日
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箱船が、どんぶらこっこと船着き場に入ってくるのを見て、漁師さん達が目を丸くしている。船上げ場に付けると素早く向きを変えて、ムラクモに繋ぐ。
「え? 今、馬がどこから・・・」
女性達も慌てる。
「今はそれどころじゃないでしょ? このまま、砦に向かいますから、乗ったままでいてくださいね」
馬車を取り返してご機嫌なムラクモは、軽快に走り出した。
街門の兵士さんは、またも街の外から入ってきた自分に驚いている。詳しいことは後で砦から説明があるから、と言いくるめて通してもらった。
砦に入って、一安心。
女性達が荷馬車から降りると、ムラクモは馬車を影に引っ込めてしまった。港都での一件を覚えていたようだ。
「あ、あの?」
「兵士さんから説明を聞いてくださいな。これから兵士さん達をさっきの建物に案内してこないといけないので、自分はこれで」
「あ、ありがとうございました」
女性達が、礼をしてくれた。
「ちゃんと子供達に謝ってくださいね。それじゃ」
それだけ言って、砦の門で待っている一隊のところにいく。詰め所で地図を開いてもらい、件の建物の位置を示す。
「さっき、追跡していた者からも同じ場所を示された。間違いないな」
「自分も付いて行っていいですか? ちょっと、忘れ物があって」
「? 構わないですよ?」
現場付近は黒山の人だかりだった。
「おい、本当かよ」
「あいつがねぇ」
などなど、声は小さくても、これだけの人がひそひそやっていれば、それなりにうるさい。
「・・・なんだ?」
「隊長、それが、アルファさんがここに連れ込まれた後、中で話している声がこの付近で聞こえるようになって、それで集まってきたようなんです」
「・・・アルファ殿? 忘れ物とは、これのことですかな?」
にやけ男が抱きつこうとした時に、『拡声』のマイクを放り込んでおいた。建物に付いた時に物陰にスピーカーの術弾をころがしておいて、術を起動。『拡声』も、いろいろ使えるなぁ。
「そうですよ。なんて話してましたか?」
「上玉が手に入ったとか、二三日のうちに出荷するとか・・・」
「ギリギリでしたねぇ」
「そういう問題か?」
「これだけの人が聞いているんですし、しらばっくれるのも無理があるんじゃないですか?」
無関係の、しかも数人どころじゃない人が、同じ話を聞いているんだ。口裏を合わせて貶めているんだ、なんて言い訳は通じないだろう。
オボロがやってきた。機嫌良く、尻尾を振っている。ふむ。
「あの後出入りした人もいないようですし、裏口は多分使えないはずだし」
「裏口とは?」
「女性達を閉じ込めていた部屋の下に、小舟が用意してあったんですよ。全部、穴をあけて沈めておいたので」
「「「・・・」」」
だって、打ち合わせた時に、まずはさらわれた人は壁に穴をあけてでも脱出させるって言っといたじゃないの。まあ、海に面した建物だろうとは予想してたけど、本当に船まで用意してるとは思ってなかったし。
「つかまえなくていいんですか?」
「「あ」」
「よ、よし。突入!」
入り口付近に数人を残して、兵士さん達が建物に入っていった。
「じゃあ、自分はもういいですよね。それでは」
「あ、どうも、ご苦労様でした」
あっけにとられた兵士さんを残し、ムラクモの手綱を引いて建物から離れた。
「まて! これは何かの間違いだ!」
主らしき人の声がしたところで、『拡声』を解除する。まったく、はた迷惑な人達だ。他人を巻き込む前に、解決しておいてよ。
夕方になってしまったので、仕方なく、昨日の宿に行ってもう一泊することにした。自分なら夜行も出来る。けど、目立たないようにするには、他の人と同じように行動できるところは習っとかないと。
翌朝、チェックアウトしたところで、受付のお姉さんから手紙を渡された。
「はい?」
誘拐事件は、片がついたはずだし、どこのどなた様から? と思って差出人を見たら、
「・・・なんで、王太子殿下からお手紙を頂くんでしょう?」
食堂のテーブルを借りて、手紙を読む。
昨日の誘拐事件で、自分が街に来ていることを知ったらしい。でもって、ポリトマさんからの手紙も添えてあって、「是非お会いして欲しい」とある。あの人は!
受付脇にいた、侍従さんらしき人が声をかけてきた。
「これから、ご案内いたします」
「・・・よろしくお願いします」
馬車に乗せられて、貴族街の一番高いところにあるお屋敷に連れて行かれた。ムラクモは、宿で預かってもらった。
その奥の、街を見晴らせる庭には、すでにその殿下が待ち構えていらっしゃった。はぁ。
「お招きいただき、ありがとうございます。猟師のアルファと申します」
招待、だからね。これくらいの挨拶はしておかないと。
「こちらこそ。急なお招きにもかかわらずお越し頂けて恐縮です。クモスカータ国のトレビスと申します」
二十歳くらいかな。昨日のにやけ男とは大違い。でもなぁ、ローデンの兄殿下もさわやか系腹黒族だったし。
席を勧められたので着席する。メイドさん達は、お茶を用意するとすぐに脇に下がる。
「私は、魔力抵抗値が低くて、帝都ですら体調を崩してしまうんです。なので、小さいころからずっとここから動けません。海都は、密林街道からも遠く、他所の国の方もなかなか訪れません。なので、貴女のような高名な方がお見えになられたと聞いて、是非ともお話させていただきたかったのです」
確かに[魔天]領域外でも、大地や人からわずかながら魔力は放出されている。自分に取っては、ないにも等しいレベルなんだが。帝都で体調を崩すって、どんだけ敏感なんだ?
「ポリトマさんからも紹介を頂きましたが、殿下と商工会長さんはどのようなご関係なんですか?」
「彼がまだ巡回商人をしていた頃に、取引をしていました。珍しい話をたくさんしてくれましてね。友人と言ってもいいです。彼が帝都で仕事をするようになってからも、手紙のやり取りを続けているんですよ」
「珍しい話といっても、普段は森で暮らしているので、殿下の興味のある話は出来ませんよ?」
というより、トップハンターにも聞かせられない、あれやこれやばっかりだし。何を話せっていうんだ。
殿下は、柔らかく微笑んだ。
「いえ、こうしてお会いできただけでも嬉しいです」
どこぞのドラゴンを彷彿とさせる物言いだな。ここは話題転換だ!
「失礼なことをお聞きしますが、殿下は帝都でお誕生されていらっしゃるんですよね? 海都に来るまでは、どうなさってたんですか?」
「しばしば熱を出しては寝込んでました。特に、魔術師達が近づくと卒倒してしまったもので、それで、体調不良の原因は魔力に抵抗がないためだろうと。
魔力避けの結界を張ってもらっていれば、普通に生活できていたようです。ただ、宮廷の魔術師を、一日中、魔力避けの結界のためだけに私に付けておくわけにもいかず。結局、国内で、治安もよく、ほとんど魔力の放出のないこの場所に離宮を建てて住むことになりました。
本来ならば、護衛に魔術師を数人付けるところらしいのですが、私の体質の所為でそれも出来ず、屋敷の護衛達には苦労をかけています」
魔力避けの結界は、術式は簡単だけど結構集中力を使うので負担が大きい、と、ノーンの魔術師さんに聞いたことがある。
数少ない宮廷魔術師を、毎日何人もへたばらせるわけにもいかないよねぇ。
ん? 簡単な術式?
「どうかされましたか?」
「あ、いえ。魔導具で魔力避けの結界は作れないのかな? と思いまして」
「「「!」」」
そばで聞いていた、メイドさんや侍従さん達も息をのんだ。
「探せば、魔法陣もありそうな気がするんですけど」
まだ全部見てないけど、ヌガルの商工会からもらった魔術関係の本に載ってたような。
「で、ですが。結界の発動時の魔力が」
侍従さんが声を上げた。
「ですから、起動のときだけちょっと負担はあるかもしれませんけど、魔道具ならそれほど大きな魔力は必要ないはずですよね?」
「で、殿下。・・・」
侍従さん達の目が、期待にキラキラ光る。
「ですが、そのような魔導具を作れる、いや開発できる職人は居るのでしょうか?」
「港都のプロテ船工房にいる魔導具職人のルプリさんは、いろいろと研究していたようですし。他にも、探せば居るんじゃないでしょうか? もっとも、うまく作れるとも限りませんけど」
こればっかりは、やってみないとわからない。自分の術具だと、たぶん殿下は目を回してしまうだろう。なんたって、ローデンの学生にさえ「非常識」と呼ばれるくらいだから。
「ええと、殿下の前でマジックバッグを操作しても、大丈夫ですか? 本を取り出したいのですが」
「も、申し訳ありません。それも、殿下のお体には触りますので」
「そうですか。手持ちの本に参考になりそうな部分があった気がしたので、確認したかったのですが。
では、お屋敷から出た後でお手紙にして渡します。お役に立てばよいのですが」
「「「ありがとうございます!」」」
侍従さん達がそろって頭を下げた。殿下、慕われているんだな。
昼食まで頂いた後、屋敷を後にした。馬車で、ムラクモを預けていた宿まで送ってもらう。そして、またも宿に泊まる手続きをとる。受付のお姉さんが苦笑していた。だって、資料を写して送る約束をしたからね。早い方がいいでしょ。
本を開いて、探す。関連した文書と魔法陣まで載っていた。本の出所も付記しておく。書名がわかっていれば、王族なら入手も可能だろう。
ついでに、ルプリさんへの紹介状も付けておく。造船関係で忙しいかもしれないが、片手間に研究も出来そうな人だし。
翌朝、受付のお姉さんに手紙を預けようと思ったら、なんと、昨日の侍従さんが来ていた。今朝も訪ねてくれないか、という伝言だった。だが、これ以上帝都入りをのばすのはまずい。予定があるので、出立をのばせない、と断りの伝言をお願いした。一緒に、手紙も預ける。
「貴女様には心から感謝いたします。殿下のあれほど喜ぶお顔は、ここ数年見られませんでした」
「必ずしも、成功するとは限りませんよ? ぬか喜びさせただけかもしれませんのに」
「できますとも。もう一度、殿下と陛下がお会いすることが出来るようになるんです」
侍従さんは、にっこり笑って断言する。
「あ、ああ、皆さんのご協力があれば、出来るかもしれませんね」
「はい!」
情報の謝礼だと言って、小袋を渡してくる。魔導具がちゃんと使えるようになってからでいい、と言ったけど、使用人達からの感謝の気持ちだ、と押し付けられた。
宿を離れて、これ以上面倒ごとに巻き込まれる前に、と街門を出ようとした。その前に、門兵さんから、砦からの捜査協力の礼だといって、またも小袋を渡される。一緒に、子供達がお礼を言っていたと伝えられた。これじゃ、小袋を拒否したら、お礼の言葉も拒否することになるじゃないか。仕方なしに、受け取った。
門を出て、ムラクモに、誰も追いつけないようにかっ飛ばすようお願いした。そういったとたんに、俄然張り切って走り出した。緑のたてがみをたなびかせて、風のように疾走する。
最初は、ハナ達も並走しようとしていた。が、置いていかれそうになって、あわてて自分の影に飛び込んできた。うん、無理はしないでね。
西街道を行く隊商の数は少ない。その、数少ない、厳重に護衛された隊商を追い越すたびに、傭兵さん達が口をぱかっと開けている。
自分は、挨拶をするどころじゃない。ムラクモの鞍にしがみついているので精一杯だ。
なんと、夕方までノンストップで走り続けた。
ようやく、小川のあるところで足を止めると、水をがぶがぶ飲みする。自分は、鞍から降りて、ムラクモの汗を拭いてあげる。全身の手入れが終わると、満足げな顔をして影に入ってしまった。そう、君は楽しかったのね。よかったね。
自分も、街道から見えないところまで行って、水浴びする。来ていた服も洗って『温風』で乾かす。そこまでやって、ようやく座り込んだ。宿で作ってもらった弁当を食べる。さて、もう少し距離を稼ぎたいな。夜間は隊商は移動しないし、『隠鬼』も使えば問題ないだろう。
立ち上がって、さて走ろうか、としたところでオボロが出てきた。
自分の脇にしゃがみ込み、尻尾を振っている。
「背中に乗れ?」
ぐ〜るぐ〜る
喉を鳴らしてうながしている、ようだ。おそるおそるまたがると、すちゃっと立ち上がり、ダッシュ!
これまたしがみつくしかない。なにより、ムラクモよりも上下動がある。でえええっ。
朝まで、降ろしてもらえなかった。
西海岸を後にして、暴走族になってしまった。




