魚づくし
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港都の北側を取り囲むようにそそり立っている岩壁は、西の海に向かって伸びている。
岩壁の北側には集落はない。採取のためにハンターが入り込むくらいだそうだ。
これなら、人目につかずにのんびりできる。まずは、岸壁の西端に向かってみよう。
それなりに、人が行き来しているのだろう。岩壁の上には、踏みしめられた道が出来ている。
のんびりするにしても、まだ、海都を経由して帝都に戻らなくてはならない。移動は、さっさとするに限る。
相棒達には影に入っていてもらい、ずんずんと西に進む。途中、慌てた様子のハンターとすれ違った。『隠鬼』で姿を隠していたので、相手は気づかなかったが。
街門を出た日の夕方に、先端に到着した。水面からは五十メルテぐらいありそうだ。石作りの小屋があった。灯台ではなく、見張り小屋のようだが、誰もいない。勝手に入り込むわけにはいかないな。港都側の縁で狼煙をたいた跡がある。さっきの人だろう。何を知らせたのかな?
もうじき陽が沈む。海原がオレンジ色に染まっている。あちらこちらで魚が飛び跳ねている。
岬の北側は、小さな入り江になっていた。一部分だけ砂浜になっていて、ほとんどは、岸からすぐに深みになっている。潮の上がらない高さに岩棚を見つけた。夜目が効くとはいえ、初めての土地で夜間にうろつくのは危険だ。足を滑らせて、海にどぼん、なんてことになりかねない。
完全に陽が落ちる前に、薪を集めて岩棚に降りた。うまい具合に、見張り小屋から見えない位置にある。火を焚いても大丈夫そうだ。
思ったよりも広かった。たき火をおこして、買ってきた干物を焼く。
「みんな。食べる?」
宿の残り飯で作った汁掛けご飯も出す。干物よりも、こっちの方がいいらしい。食べ終わってから、今度は、みんなにブラシをかける。ただ、ムラクモは出てこない。馬車に夢中のようだ。・・・好きにさせておこう。
ようやく月が昇ってきた。聞こえてくるのは、浪の打ち寄せる音と、岩肌に生えている草のそよぐ音。
だけだと思っていたが、何やら水面が騒がしい。びちびちと跳ね回っている。
産卵?
じゃなくて!
「うわっ」
魚が一匹、岩棚に躍り上がってきた。四十センテほどの魚だ。口先は鋭く尖っていて、背びれと胸びれが大きい。それぞれ、先端には毒を持っているようだ。こんなのに刺されたら、穴開けられて失血死か、毒にしびれて中毒死か。どっちもやだな。ヒレに触らないよう注意して、首を折った。
ハナ達は、素早く影に隠れてしまった。・・・まあ、こんな物騒な魚相手じゃあね。
どうやら、この魚は、たき火をめがけて飛んでくるようだ。あわてて、火を消したが、遅かった。
魚達は、次々と飛びかかってくる。叩き伏せた魚をうっかり踏みつければ、足が滑ってしまう。かごを岩壁に並べて、黒棒で首を折った魚を放り込む事にした。
なんというか、槍ぶすま? あとからあとから、魚がカッ飛んでくる。
自分でも冷や汗物だった。ようやくいなくなったと思ったら、岩棚から逃げる間もなく次の群がやってくるし。かごは、あっという間に満杯になるし。もちろん、すぐに空のかごと入れ替えたけどさ。
でもって、力加減に苦労した。ちょっと力が入ると魚の体はぐっちゃぐちゃになる。足下が滑る原因にもなるし、なにより、食べられなくなる! 『重防陣』を張る手もあったが、やっぱり、食べられない状態になるだろう。
修行の一環と覚悟を決めて、魚の襲撃に付合った。
朝方には、大物まで現れた。さっきまでの魚とほぼ同じ形だが、大きさが桁違い。十メルテ以上ある。口先は、突撃槍そのものだ。なんで、そんな大型魚がこんな岸辺で人を襲うかな〜。これが八匹も立て続けにやってきた。
もっとも、黙ってやられる趣味はないので、きっちり叩き伏せる。
陽がすっかり昇った頃に、ようやく襲来が止まった。なんだったんだ? まったく。
さて、食材と化した魚達だが、危険なヒレを持っている。街中でひょいひょいと捌くには障りがありそうだ。この岩棚では作業しにくいし、砂浜は潮が満ちると波がかぶる。
適当な場所を探しに、入り江の北側へ移動することにした。
そこも、崖に取り囲まれた小さな入り江になっていた。だが、潮が上がってこない位置まで砂浜が広がっている。砂浜の奥には小さな滝がある。見張り小屋に通じる道からも見えない。ここならいいだろう。
小さい方の魚からとりかかる。
ヒレの先端部分と肝臓をまぜて精製すれば、解毒剤になる。って、なんでわかるのかねぇ。
捌いて干物にする。干物台を作って、並べていく。気がつけば、砂浜いっぱいに干物代が広がっていた。こんなにいたとは、自分でもびっくり。『実渦』で乾燥時間を短縮させる。
狙ってくる鳥は、ハナ達が【風刃】で牽制してくれた。おや? 干物は余り好きじゃないのに。
煮魚も作った。醤油さまさまだ。あ、油があれば、フライドフィッシュも作れたか。ツナフレークも出来たな。買い物リストに挙げておかなくちゃ。
大きい魚からも解毒剤を作った。こちらの肉は赤身で、適当な大きさのブロックにして保存する。味見に照り焼きを作って、相棒達にも振る舞った。大喜びで食べている。・・・うん、気に入ってくれたんならいいんだ。
骨とか内臓は、骨粉にした。証拠隠滅、とも言う。おにぎりサイズに握り固めた。内地を通りかかった時にばらまけば、少しは植生の回復になるかなー?
後始末をすませると、滝壺で水浴びをした。さすがに、一日中魚を捌いていたら生臭くなってしまった。こんな匂いをぷんぷんさせていたら、猟師失格だ。
そんなこんなで、日が暮れてしまった。今夜は、念のために火を焚かず、相棒達にくるまって眠った。そういえば、昨日は徹夜だったっけ。
翌朝。
干物がいい感じに出来上がっていた。試しに一枚焼いてみる。あ、ご飯とみそ汁も作っとけばよかった。でも、買った物に近い味になっている。まあまあじゃないかな? すべて便利ポーチにしまった。
それなりに気分転換できたことだし、海都に向かおうか。
もう少しで港都の街門というところで、十人余りのハンターとすれ違った。みな、深刻な顔をしている。そういえば、岬に行く途中ですれ違った人がいたな。なんの連絡だったんだろう。
「こんにちは。何かあったんですか?」
代表らしい一人が、教えてくれた。
「やぁ、始めてみる顔だね。岬の方から来たようだが、そこまで行ったのかい?
昨日、小刀魚の大群と虹魚が沿岸に押し寄せてきているとギルドに知らせが入ってね。これから規模を確認しにいくんだ。あれは浅いところには来ないものの、隙あれば飛びかかってくる。大群ともなれば、死人も出ることがあるんだ。規模が確認できるまでは、出漁を禁止したところだよ。君も、採取に出かけるなら海岸には近寄らない方がいい」
「ご忠告、ありがとうございます。皆さんも、お気をつけて」
「ありがとう」
彼は、同僚を追ってすぐさま岬の方に走っていった。
・・・小刀魚って、おとといのアレかな? でも、全部、ヒレも頭も落として干物にしちゃったから、確認できないよねぇ。まあ、いいか。
港都と海都の間には、海沿いの新道と斜面を通る旧道があると、教えてもらった。旧道は坂もカーブも多く、今では地元の人しか使わない。ということなので、そちらを通ることにした。
これだけ道がうねっていると、ムラクモもかっ飛ばせない。ぱこぱこと歩みを進める。ユキ達は影から出たり入ったりして遊んでいる。オボロは小さくなって、鞍の前に居座っている。器用なもんだ。
右手にきらきらと光る海を見る。漁船は出ていない。斜面の上下には、刈り取りが終わったばかりの棚田や果樹園が広がる。
日が暮れる前に、小集落の中の宿に入った。
「おやおや、めずらしいねぇ」
「一泊、お願いできますか?」
「はいよ。港都に泊まらずにしかも旧道を通るなんて、物好きだねぇ」
宿のおやじさんは、うれしそうに妙なことを言う。
「物好きって、そんなにめずらしいですか?」
「急ぎだとか、大きな荷馬車の隊商だとかは、新道を使うからねぇ。この集落も、わりと港都に近いだろう? よっぽど金がないか、港都の宿がいっぱいだとかでもなければ、こんな寂れた宿にはよってこないよ」
自虐してどうするんですか。
「もっとも、眺めはいいからね。夕飯はどうするね?」
「ええと、五人前、お願いできますか?」
「なんだい、あとから連れが来るのかい?」
「あの、従魔にも食べさせてやりたくて・・・」
「へえ、すごいねえ。今日は他に客もいないし。いいよ、用意しよう」
話のわかるおやじさんで助かった。
厩舎に、ムラクモを預ける。どうやら、普通の馬だと思ってくれたようだ。ばれなかった。よかった。
食堂で、給仕してもらいながら、話をした。
「なんか、沖に小刀魚の大群が出たって聞きました。よくあるんですか?」
「小さい群は、時々網にかかるらしいけどね。大群って、どのくらいなんだろうね?」
「あと、虹魚も出たとか。ハンターさん達が調査のために岬に向かうところで話を聞いたんです」
「虹魚! ありゃりゃ、そりゃ大変だ。下手すると、船ごとまっぷたつにしちまうからね」
「うわぁ」
出漁禁止にするはずだ。
「どうりで、鮮魚が回ってこなかったはずだ。ほら、昨日は、港都の貴族連中のお祭りみたいなのがあるって言うんで、いい食材が片っ端から買い占められてたから。てっきり、それで魚も先取りされてたと思ってたんだよ」
「街には立ち寄ってないんです。お祭り、ですか。何があったんでしょうね」
しらばっくれた。
「さあねぇ。街の連中は、普段はお目にかかれないお宝が拝めるって言うんで、はしゃいでいたがね」
「おやじさんや女将さんは見に行かれなかったんですか?」
「光もんを見たって、腹は膨れないだろう?」
「それに、客をほったらかしには出来ないしねぇ」
「しばらくぶりに、満室になったしな」
「食材を集めるのに苦労したよ」
「そういう話を客にするもんじゃないでしょ?」
「なあに、今の客はあんた一人だし」
そういう問題じゃないと思うけど。
食事が終わって、部屋に案内してもらった。
「日の出は見られないけど、朝の海はそりゃ綺麗だよ」
「ありがとうございます」
「じゃ、ごゆっくり」
相棒達にくるまって寝るのもいいが、ふかふかの布団は気持ちいい。朝まで、ぐっすりと眠れた。
翌朝、いつも通り日の出前に目が覚める。この世界に来てから、目覚まし要らずだな。相棒達にブラシをかけながら、海原が朝を迎えて、色を変えていく様を眺める。たしかに綺麗だ。
四頭分もあるので、そのままだと掃除が大変だろう。『浮果』で、抜け毛を集めておく。
頃合いを見計らって、食堂に降りていった。
「おや、おはよう。早いねぇ」
「おはようございます。今日はちょっと距離を稼ぎたいので、早めに出ることにしました」
「なら、お弁当はどうだい?」
商売上手だな。
「お願いします」
朝食は、なぜか和風。炊きたてご飯と味噌汁と焼き魚に漬物。これで焼き海苔と納豆が付けば完璧。まあ、自分は納豆は苦手だからこれでいいけど。
お弁当は、なんとフィッシュバーガーにフレッシュジュース。
「揚げ物もあったんですね」
「海都周辺の特産だからね。お客さんには奮発しておいたよ」
「ありがとうございます」
お弁当代も支払って出発した。そうか、海都で食用油が買えるか。揚げパン、ドーナツ、ほかに何があるかな? 楽しみだ。
とことん、食い気優先な主人公。




