立つ鳥
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エレレラさんには、報酬を受け取るから、絶対に名前を出さない事を約束させた。ひどい話だ。
工房で別れる前に、エレレラさんから再度お礼を言われた。
「キレイに片がつくといいですね」
「はい。全力を尽くして参りますわ」
『隠鬼』を使って、こっそりと宿に戻る。いやもう、うようよいるわ。工房もエレレラさんも、大丈夫かな?
今夜は、レウムさんと二人で夕食をとった。
「ねぇ、ルー?」
「なんですか?」
「本当に、一緒に戻らないの?」
「実を言えば、違法伐採している人達へのかく乱でもあるんです。ヘミトマさんには、「証拠は自分が全部預かった!」と宣言しましたけど、レウムさんの馬車は大きいです。自分が一緒に行かない事で、どちらに物があるか迷うでしょう。彼らは、探索の手をわける必要が出てきます。本陣が少しでも手薄になれば、調査している北都や港都の人達の手助けにもなります」
「・・・ルー」
「まあ、そうそう、うまくいくとも限りませんけどね」
「そういうことなら、しょうがない、のかな・・・」
こじつけの屁理屈でも通用したようだ。
「これ、奥様に渡してください。それと、こっちは[使者]さんにもらった槍に」
工房で作ってきた物を、レウムさんに渡す。
「ルー、これを作るのに工房を借りたの?」
「ついでです。ほかにも、いろいろ作ったんですよ? 馬車とか馬車とか」
「・・・」
「そうそう、奥様への贈り物なんですから、中を見ちゃ駄目ですよ?」
「じゃあ、なんなのか教えてよ」
「帰ってからのお楽しみ。奥様に教えてもらってください」
「えーっ、ずるい。少しぐらいいいじゃないか」
「だめでーす」
そんな会話をした。
翌朝、食堂に降りてきた。自分もチェックアウトする。部屋には、多めにチップを置いてきた。
「ルー?」
「明日まで居座ってたら、深みにはまりそうなので、逃げます」
「・・・うん。わかった」
オボロの機嫌が悪い。昨晩は、ずいぶんと騒がしかったしな。
「オボロちゃんのおかげで、ゆっくり休めたよ。ありがとうね」
「まあ、レウムさんは、言うなればオボロの命の恩人、ですからね」
ふみゃう。
「門までは、一緒に行きますね」
「うん」
街門まで御者台に乗っていった。そこで、護衛の傭兵さん達にあった。
「へえ。こんなにちっちゃいのに、凄腕なんだって?」
「ばかやろう。森の賢者様だぞ?」
「俺、知り合いから、怪我したところを助けてもらったって、話を聞いた」
「同行してもらえたら、いろいろ話が聞けたのになぁ」
どんなうわさが飛び交っている事やら、聞きたいような聞きたくないような。
「自分のわがままで、すみません」
「俺達は、仕事ができるからいいけどな」
「商工会長からも直々に頼まれてるし」
「任せとけ」
「お願いします」
「ルー!」
「レウムさん、また会いましょう」
「・・・」
もう、声にもならなかった。馬車は動き出し、傭兵さん達もそれに習う。自分はそれを見送った。
街に戻って、あの女性店主の店に行く。
「こんにちは、買い物に来ました」
「おや。もう出発するのかい?」
「ええ、用が済んだので」
プリップリの干物を十枚と、みりん干しもどきも十枚包んでもらう。
「あと、塩とソースを買いたいんですが」
「ソースって、これ?」
「豆から作った物ってありますか?」
「これかな? ノマウっていうんだけど、他にもこれとか」
ノマウが、醤油だった。あとは魚醤だ。それぞれ、小瓶を数本包んでもらう。ふふ、これで煮魚が出来る〜。
「じゃあ、これがおまけね」
茶色の固まりを渡してくる。こ、これは、鰹節だ!
「薄く削って、ラースにかけて、ノマウをちょこっとたらして食べるとおいしいのよ」
ねこまんまだ。でも、オボロは喜びそうだな。
「癖はあるけど、あなたならいろいろ使えると思って。どう?」
「頂いていきます。うれしいです」
「そう? よかった!」
ほくほく顔で、プロテさんの工房に向かう。
「こんにちわ〜」
「アルさん、早かったね」
ルプリさんが出迎えてくれた。にやにやしている。何かいいことあったのかな?
「いい買い物をしてきました」
「あ、そう? 早速で悪いんだけど」
「はいはい」
プロテさんも待っていた。こちらは、渋い顔をしている。
「ネズミが引っかかった」
「え?」
「ほら、おとり用の、置いといたでしょ? 鍵は掛けておいたんだけど、ねぇ?」
その部屋の前には、三人の男がひっくり返っていた。白目をむいている。
「・・・何を仕掛けてたんですか」
「いやぁ、小刀魚が上がったって言うから、ヒレとかくちばしとかをちょいちょいと」
「で、この有様。部屋の中は?」
「無事。引っかかってくれてもよかったんだけど」
「なに?」
「だから、おとり用の箱しかおいてなかったの。今朝、今からが引き渡し」
「・・・そうか」
「おとりと本物を取り混ぜて砦に運ぶから、たぶん狙いは向こうに移ると思うよ」
「アルファ殿、そのように伝言してもらえないか?」
「はいはい」
侵入者は、工房の職員にぐるぐる巻きに縛られた。これも砦に持っていこう。
部屋の中で、ムラクモを呼び出す。
「荷物を運びたいから、馬車を出してくれるかな?」
「・・・なんで、従魔がそんなもんを出すんだ? 出せるのか? いや、出せないよな?」
プロテさんが混乱した。
「ほら、アルさんだし」
「おほん! 本物の箱はどれですかー」
「ああ、左の箱よ。鍵はこれ。右はおとりで鍵なしで開くんだ。ふふふ」
説明を聞きながら、シルバーアントを箱に移していく。砦に持っていくのは三箱で、ダミーも全部持っていく。
「支払いだ。半金はここに持ってきた。残りは、すまん。すぐに用意できなくて、後で口座に振り込んでおくから」
「半分でも多いですって!」
「いや? 商工会館でちゃんと言ったよな? それに商工会が出所不明の品を扱うわけにはいかん。俺たちを犯罪者にする気か?」
ぐわぁ。最初の価格設定からして間違ってるって! でも、なんだかんだで、押し切られてしまった。ああ、残高見るのが怖い。
荷馬車には、箱と男が乗せられた。
「じゃあ、配達、頼むな」
「・・・はいはい」
「アルさん、これからどうするの?」
「砦に寄って、そのまま街を出発します」
「うーん。なんか、まだ話し足りない気がする。ねえ。やっぱり、」
「却下します!」
まだ、勧誘する気だよ、この人。
「代わりに、これ、差し上げますから」
オルゴールの一つを手渡す。
「なにこれ?」
「工房で作らせてもらった物の一つですよ。その小さなハンドルをゆっくり回してください」
「こう?」
「ねじ切る前に手を離して」
「うん。あっ、これ昨日聞こえてたやつだ!」
「初めて見たな」
ぽろんぽろん、と音が鳴る。
「構造は簡単ですから、ルプリさんでも作れると思いますよ。じゃ」
二人がオルゴールに気を取られているうちに、馬車を出す。
「あ。置き逃げなんてひどい!」
聞こえなーい。
通行人が取り付けない程度の早さで、馬車を進める。砦に着くと、練兵場脇の倉庫に案内された。
「プロテさんから、シルバーアントを預かってきました。本物は三箱、鍵で開けるそうです。残りは鍵なしで開けるおとりの箱、だそうです。おまけの三人は、プロテさんの工房に忍び込んだ泥棒さんです。箱を運び込むところを見られてるので、今後は砦が狙われるでしょう、と言ってました。では、あとよろしく」
「待て待て待てって! もういくのか?」
主任さんが、引き止める。でもね。
「このまま街にいたら、明日の騒動に巻き込まれちゃいますから」
「!」
やっぱり、そのつもりだったな?
「自分が街を出れば、違法伐採関係者は、何か証拠が持ち出されたかも、と慌てますよね? でもって、自分の作った物を狙ってたリギュラ卿関係者も浮き足立ちますし。ほら、証拠固めの絶好のチャンスです。頑張ってくださいね」
でたらめ屁理屈、第二弾。
レウムさんに、北都を出た後の報告書を預けてあるから、まるっきりの嘘でもないけど。
「う、あ、そ、そうか。あ、アルファ殿? やっぱり、」
「却下です!」
なんだかなぁ。
荷物を降ろしたら、満足したのか、ムラクモってば馬車ごと影に戻っちゃった。他の仲間達は、宿から影に入ったまま。うーん、退屈してるだろうな。
「それでは、失礼します」
主任さんは、がっくしと肩を落としている。見送ってくれた兵士さんは苦笑していた。
街門を出た。このまま南に向かえば、海都に着く。その間は、結構人が多いらしい。ならば、一旦北の人気のないところでゆっくりしたい。
街門が斜面の影になったところで、『隠鬼』を使う。おや、【隠蔽】で追っていた人達が慌てている。慌てさせておこう。主任さんへの言い訳も、嘘じゃなくなる、かな?
ようやく、港都脱出。




