仕掛けがいっぱい
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「おーい、終わったよー、って、どうしたの? さっきの馬車は?」
ルプリさんの質問に、エレレラさんが自分の持っているカードを指差した。
「なに? アルさんのにしまっちゃったの? って、あんな大きな物をどうやって!」
どうやって、と言われても、返事に困る質問だ。グロボアよりも一回り大きいくらいだから、マジックバッグでも入りそうなもんなんだけど。
「エレレラさん。この際だから、これも実験しちゃいましょう。上下逆さまに出てこないとも限らないし」
「それは困りますわ!」
「予備のカードはいくつか作ってあるから、何度失敗しても大丈夫!」
「車体に傷が付くではありませんか!」
「ロックアント製なのに?」
「・・・そうでしたわね」
「え? 何が始まるの」
「そうだ、ルプリさん、これ、読んでもらえますか?」
「う、うん?」
カードの白い面を下にして床に置く。
ルプリさんが、渡した紙の「呪文」を唱えだした。本当は、日本の童謡の歌詞なんだけどね。でもって、カードごとに別の歌詞を設定している。そうでないと、全部のカードが開いちゃうから。
ロー紙に曲名と歌詞を書き込み、カードには曲名だけを記した。
ぽん。
無事に箱場車が現れた。横倒しにも上下逆さまにもなっていない。そして、カードは粉みじんになって消えた。
「・・・」
「取り出すだけなら、問題ないようですね」
「ま、まあ。ロックアントを大量に持ってるって言うんだから、ありなんだろうけど。でもさぁ、ちょっと普通にはありえないんだけど?」
「そういわれても。自分が作ったら、こうなった、としか」
「なんだけどさぁ」
「明日、夜具を持ってきたら出しましょうね」
もう一度、箱馬車をしまっておく。ないものは泥棒できない。歌詞とカードも回収した。
「・・・」
「ありえないわぁ」
「こんなものでもなければ、ロックアントの討伐なんて出来ませんよ」
「いやいや。全然問題が違うって!」
「はぁ」
「エレレラさん? どうかしましたか?」
「アルファ様? 目立ちたくないとおっしゃるのでしたら、もっと、うんと、徹底的に自重してくださいませ」
はうっ。
「で、でもね? わかってくれる人にしか見せてないっていうか、これも今回限りだし?」
「人の口から漏れるものですわ」
ネーミングが悪かったのかな。これに使い慣れちゃってて、それが駄目なのかな、そうなのかな?
「ほら、行くよ?」
「では、また明日」
工房を出る前に、『隠鬼』を起動させる。
「じゃ、いきましょうか?」
「はい。ルプリ様、こちらですわ」
二人と別れて、宿に向かう。
そのまま、宿の受付も素通りして、部屋の前に行く。人気がない事を確認して合図すると、ツキが中から鍵を開けてくれた。うう、ありがとう。
「ただいまぁ」
ツキが顔をなめてくる。うん、ありがとう。
しばらく、ツキと二人でベッドの上に伸びていた。
「ルー? 夕飯だよ?」
のろりと起き上がる。オボロも、ついてきている。来たばっかりなのに、行動を読んでるっていうか。この子も賢いなぁ。
「はぁい。今行きます」
今日も個室だそうだ。
主任さんと兵士さん達が来ていた。
「こんばんわぁ」
「おや? お疲れですな。どうなさいました?」
「エレレラさんに、一撃頂きました」
「はあ?」
食後に、少々打ち合わせをした。
「一応、完成しましたよ。箱馬車にしました」
「「「は?」」」
「そう簡単にできるものでは・・・」
「でも、ほら、ルーだから」
「「「確かに」」」
ぐはっ。とどめ刺された。
「どうやって、会場に持っていくのですか?」
「・・・明日、エレレラさんが主任さんに相談しに行きますので、聞いてください」
「工房から直接、では?」
「途中で絡まれるのが落ちですね」
「どういう事ですか?」
「工房の回り、結構な人が張り付いてましたし」
「え?」
「【隠蔽】使ってましたけど。そうですね〜、帰ってくる時には最低八人はいました。明日はもっと増えるかな?」
「やっぱり、うちに・・・」
「却下!」
主任さん、いいかげん諦めましょうよ。
「他の参加者からの質問とか疑問とかいちゃもんとかは、ありそうですか?」
「あるでしょうな。ですが、それは、エレレラ様に対処してもらいましょう」
「・・・彼女、責任重大というか、やる事が多すぎませんか?」
「ですが、リギュラ家の一員としてやってもらわなければ、今後の音頭取りも進みません。我々も、当日の警護と探索でいっぱいっぱいです」
それもそうだよね。うん、頼まれたのは材料だ。料理は任せよう。
「それで、もうひとつ。シルバーアントの箱がそろいました。どのタイミングで、運びましょうか? レウムさんの見送りの時に、持っていこうかと思ってるんですけど」
「運んでくださるおつもりだったんですか?」
「まあ、ついでです。もう一台荷馬車を作ったので、それに乗せていきます。前の馬車と同じ形にしました。虫さん達が嗅ぎ付けて来ても、同じものとしか見えないはず。ヨコシマさん達は混乱するでしょうねぇ」
「「・・・」」
「え、えーと。箱馬車の出来は大丈夫なのでしょうか?」
「内装は、エレレラさんとルプリさんに見てもらいましたけど、問題ないようですし。それも、明日の打ち合わせで聞いてくださいな。
あとは〜、っと、制作者をごまかす方法は、どうなりました?」
またも、主任さんの目が遠くなっている。兵士さん達は、ぐるぐる目が回っているようだし。おおい、あなた方が、計画しているはずでしょ!
「あ、いや。ここまでご協力いただけるとは思っておりませんでしたので」
「納品までは、責任持ちますよ?」
だから、材料は渡すから、後は任せるんだってば。じーっと、じーーーっと主任さんを見る。
「ご好意、感謝します・・・」
主任さんが、引きつった笑顔で答えてくれた。よしよし。
「ル〜?」
「なんですか? レウムさん」
「他にも何かありそうな気がしてるんだよ。ちがう?」
「ありません。だいたい、「お披露目」は、レウムさんが出発した後の話ですよ?」
「やっぱり、ボクもさぁ」
「駄目です。自分の厄介ごとが増えます。それこそ、レウムさんが無茶してるって、奥さんに告げ口しますよ?」
「うっ」
もう、レウムさんを黙らせるにはこれしかない。
「明後日までに、準備が整えば、我々の勝ちです」
「当日の予想外の妨害とかあったら?」
「それも考慮の上の準備です」
「でも、油断はしないでくださいね?」
「もちろん」
「では、明後日、砦でお待ちしております」
主任さん達が引き上げていった。
「ルーは、明日も?」
「はい。工房に行ってきます。こっそり、ですけど」
「大丈夫なんだね?」
「それは、主任さんに確認してください。自分は作るだけ〜」
ため息つかれた。だって、そういう約束だもん。
「じゃ、今夜はもう休もうか」
「そうしましょう」
うん。いろいろとね、疲れたしね。
翌日、またまた、こっそり宿を出てきた。
工房には着いたものの、ルプリさんは、シルバーアントの移し替えそっちのけで、作業をはじめた。鼻歌まで歌ってる。
「なにやってるんですか?」
昨日、保管用の箱は全部出来たんじゃなかったの?
「うん。おとり用にね。ほら、砦にも持っていくって話してたじゃない。でも、今、あそこって無関係者がうようよしてるでしょ。貴重な素材を変な奴らに持ってかれるのは、どうかと思うし。一緒に持っていってよ」
「何仕掛けるんですか?」
「食べ残しの魚の骨とか、工房で出た木屑だとか、その辺の砂とか、古い漁網とか」
「・・・」
「あとで、ちゃんと見分け方教えるから、砦連中に伝えておいて。さぁて、他に何かないかな〜」
おとり用に使い潰すんじゃないだろうか。
ルプリさんは放っておいて、自分は、昨日できなかった細工の続きに取りかかろう。
作っていたのはオルゴールだ。やれば出来るもんだ。なんとか、曲に聞こえるようになった。違う曲のオルゴールを数個つくって、その中の一つを選ぶ。
次は、木工細工で、オルゴールを収める箱を作った。これは、拾い物の丸太から取った板を加工した。
オルゴールの部分と、小箱の部分に分かれている。特に装飾はしない。ただ、表面が滑らかになるように丁寧に削った。小箱の部分には、リタリサの瓶と手紙を入れた。
レウムさんの奥さん宛だ。使ってくれるといいな。
あと、革細工で、[北天王]さんから貰った槍の鞘を作った。レウムさんの着替えの布でぐるぐる巻きにしているのは、あんまりだと思ったから。
それと、オルゴールを入れるための袋も用意する。シンシャについてから開くように念を押しておこう。
ほんと、細工仕事は、手間がかかる。けど、楽しい。
こんこん。
「移し替えですか?」
「それ、明日の朝にして。今夜は、おとり用だけここに置くことにしたわ」
「・・・いいんですか?」
「だって、せっかく作ったんだから、誰かひっかかってくれないと、おもしろくないでしょ。あたしは、今から昼食買いに行ってくるから」
行っちゃった。まあ、保管の要の箱の制作者がああ言ってるんだから、いいのか。
ルプリさんは、エレレラさんと一緒に工房に帰ってきた。
「ごめん。昨日預かったもの、まだ渡してないんだ」
ルプリさんが、エレレラさんに謝っている。
「いえ。それよりも、先に食事にいたしませんこと?」
また、マットを床に敷く。
パンに魚肉のハンバーグを挟んである。醤油風味のソースと刻みネギが効いていて、なかなかおいしい。
食べ終わって、お茶を飲みながらエレレラさんが話しだした。
「ラストル様との打ち合わせは、ほぼ終わりましたわ。それで」
「具体的なことは言わなくていいです。というより、言わないでください。自分の仕事は、アレを作って渡して、で、終わりです」
「・・・当日は、ご一緒していただけませんの?」
「しません」
現場にいたら、とことん巻き込まれるじゃないか。
「・・・残念ですわ」
「じゃあ、アルさんは当日はどうするの?」
「街を出ますよ?」
「え?」
「そろそろ出発しないと、約束に間に合わなくなるかもしれないので」
「・・・先約がおありならば、仕方ありませんわ」
「なんか、ずーっと工房にいたような気になってた。やっぱりさぁ」
「却下です」
「ちぇー」
お茶も終わって、マットを片付ける。
「それじゃ、馬車を出しますか」
合い言葉も使わずに、特製収納カードから取り出した。カードは消えてなくなる。
「・・・なぜ、アルファ様はあの長い文章を読まずに開く事が出来るのですか?」
「さあ? とにかく、夜具とか必要な物を馬車に積んでください」
頼んでおいた夜具は、後席下の物入れに納めた。馬をつなぐ引き具も、持って来ていた。これは、忘れてたな。馬車の装着に不具合がないことを確認してから、御者席下の物入れにしまっておく。
外から扉を開く方法も教える。
「さて、どの呪文にしますか?」
特別収納カードは、まだ数枚残っている。エレレラさんは、しばらく迷ってから、一つを選んだ。
収納カードに箱馬車をしまって、エレレラさんに渡す。そのカード用の歌詞をロー紙に書き写して、それも渡す。
「はい。依頼完了。頑張ってくださいね」
「ちょっと待って! これ、報酬!」
ルプリさんが、あわてて革袋を押し付けてきた。ガーブリアで貰った袋よりも大きいのが二つ。
「それも、お渡ししてなかったんですの?」
「だから、ごめん、て。口座払いだと足が付くからって、預かったんだ」
「私の口座からは払い出ししてまいりましたので、何者かから購入した証拠になりますわ」
「でもこれ、多すぎません?」
百枚どころじゃないような。
「あら。受け取っていただけないのでしたら、お名前を出させていただきましてよ?」
どういう脅迫なんだ、それは!
やっと、馬車から離れられた。




