集い来る
415
書き間違いがないか見直していると、主任さんが正気に返った。
ロックアントを定期的に購入したいとか、わけて欲しいとか、雇いたいとか、一部、壊れかけた言動もあった。購入については、搬送する商人さんとも相談して欲しいと、保留にした。でも、捜査の手間賃代わりに、あとで数匹置いていこう。
一通り、話が終わったところで、荷馬車を受け取りにいく。
兵士さんではない人が、荷馬車をべたべた触りまくっていた。あ、ムラクモが飛び出して来た。かなり怒っている。影の中から、よく見えたなぁ。
「何だこいつは! 邪魔だ! 下がってろ!」
ムラクモは、ますます機嫌を悪くした。歯を剥き出して、立ちふさがる。ムラクモと、怒鳴りつけた男の間に立つ。
「この荷馬車の所有者ですが、なにか?」
ひょろりとした男だ。何者だろう。
「ふん。貴様か。ずいぶんと珍しいものを持っているではないか。父上に紹介してやる。光栄に思え」
はい? 意味不明。
「おい。返事はどうした」
そこに主任さんが来た。通訳をお願いします!
「ここは、練兵場だ。おまえが入ってきていい場所じゃないぞ」
「ふん。俺はリギュラ家の跡取り息子だぞ? 入れない場所などないんだ」
なんなんだ、このとんちんかん男は。
「バカな事を。砦の総管理者たる私の許可なしに、出入りはできない。不法侵入者として逮捕される前に、さっさと出て行け!」
さすがに、主任さんと武器を持った兵士さん達に睨みつけられては、分が悪いと思ったのだろう。
「貴様ら、このことは父上に報告させてもらうからな!」
彼に声をかける兵士が居る。ご注進、かな?
主任さんを見る。また、赤鬼さんになっている。
「さっきの男は?」
「コッコモナ。リギュラ家の長男である事は間違いない。私の、甥だ」
「あの〜、リギュラ卿について、お聞きしても?」
「・・・[港都]の最高責任者。そして、私の、兄だ・・・」
うわぁ、握りこぶしにも血管が浮いてるよ。
兵士さん達が、小声で教えてくれた。
「あー、リギュラ卿は、珍しいものを見つけては集める、いや、取り上げるのが趣味、だそうだ」
これって、シンシャの二の舞? 冗談でしょ!
「まさか、砦の兵士のなかにも飼われているやつが居るとは・・・」
「しかも、客人のものを「売る」なんてっ」
「恥だ!」
その一言で、そろって沈黙する。
主任さんが、声をかける。
「他にも、そういう事をやっていそうなものはいるか?」
この場で、聞いちゃいますか!
「二三人、心当たりがあります!」
「俺も」
「商人とつるんでるやつなら・・・」
「お前達はどうだ」
「あんな奴らと同類と思われるのは心外です!」
「訓練で、切り飛ばしてやればよかった!」
どうやら、ここにいる兵士さん達はまともなようだ。
「主任さん? 例の件、繋がってると思いますか?」
「可能性は、なくはない、と思う。だが、・・・」
複数いるのなら、ちまちま探し出すのは面倒だ。
「じゃ、この荷馬車。おとりに使えませんか?」
「「「は?」」」
「さっきの男から、リギュラ卿とか類友さん達に話は伝わるでしょ? つり出して、その間に家捜しして証拠を押さえる。どうでしょう」
主任さんが、まじまじと自分を見る。
「よろしいのですか? 丹誠込めた品なのでは?」
「一刻で作り上げたものですし」
「「「は?」」」
ムラクモがめっちゃ怒ってる。たてがみを振り乱し、前脚をだかだかと踏みならす。
馬車の周りの兵士さん達が、あわてて逃げ出した。
「ムラクモ? もっといいもの作ってあげるから。今はがまんして、ね?」
もっといいもの、と聞いて、少し考える。現金だなぁ。でも、正当な報酬でもあるし。
「二人で相談して、もっといいのにしよう。それで、いいかな?」
ぶふっ、と鼻を鳴らす。渋々だが、受け入れよう、そう言っている。
「ありがとう」
鼻面をなでてやる。
「・・・そういえば、この馬、どこから入ってきたんだ?」
「あ〜、すみません。この子、従魔で、自分の影に出入りできるんですよ」
それを聞いて、ムラクモは影に入る。こういうところは、気が利くよね。
「「「・・・」」」
「それ、あげます。好きなように台本作って、使ってください」
「いくら何でも、そういうわけには・・・」
「調査協力、って事で」
兵士さんの一人が、声をかけてきた。
「その、ですな? この、荷馬車は、その、もしかして」
「主任さんに先ほど説明しました。車体は完全一体化してます。少々の衝撃では壊れませんよ」
ひっくり返せば、防壁代わりにも使える優れもの。うん、お役に立ってね。
「主任?」
そばに居た兵士さんが、不思議そうに声をかける。
ちょっとの間、目が泳いでいたけど、すぐに真顔に戻った。
「よし。お前達、不審者の洗い出しにかかれ。それと、工兵で、対象外の者を執務室に呼び出してくれ。アルファ殿、貴重な材料を預けていただき感謝します。これをもって、何がなんでも、すべてを! 暴きだしてみせます!」
「くれぐれも、身の回りには気をつけてください。自分が、都合四回も襲撃されるくらいですから」
「了解です!」
一礼して、砦に戻っていった。案内の兵士さんを除いて、ほかの人も軽く礼をすると主任さんのあとを追っていく。
「本当に、皆さん、気をつけてくださいね」
「ありがとうございます。でも、これが我々の仕事ですから」
貴族なんて人も調査対象になるんだ。下手をすると、街中で砦兵と貴族の兵士で戦闘、なんて事になりかねない。
そう言うと、彼はにやりと笑った。
「主任は、その手の細工、というか計画を立案実行するのが大得意なんです。ここぞとばかりに、手腕を発揮してくれます!」
剣技ではなく、組織運用のうまさで昇進してきたのか。すごいな。
「では、期待してます」
もう、これ以上は自分の出番はないだろう。そう、期待したい。頼むから。
「お任せください!」
砦の門を出た。
宿に戻る前に、商店を見て回る。獣肉もあるが、やはり魚介類の店が多い。ただ、夕刻にもなると、残っているのは干物ばかりだ。
「そりゃ、魚は鮮度がよくなくっちゃね。いいものを買いたければ、入荷してすぐでないと」
夜間の漁はできない。あっという間に、海生生物に襲われてしまうそうだ。森と違って、水面上では逃げ場がない。だから、日が出てから、船を出して漁をする。あるいは、定置網から水揚げする。すぐに獲れたときは、入荷も早い。たいていは、昼前に出揃うらしい。そして、どの船も必ず日没前に港に帰る。
「う〜ん、自分、他所から来てて、鮮魚を買っても食べられないっていうか、料理する場所がないんですけど」
「ああ、食堂の付いた店に行けばいいよ。店で魚を選んで、食堂で調理してもらえるのさ。そういうところなら、たいてい夕方から酒場になっているよ」
それは、楽しそうなお店だ。一段落したら、入ってみたいな。
「よければ、いい干物の見分け方も教えてもらえませんか?」
女性店主さんは、笑って教えてくれた。
「あははは。うちのはどれも一級品さ。身が厚くてつやがある。ただ、つや出しに別の油を塗ってごまかしてるやつもあるから気をつけて」
そう言って、一枚の干物を見せてくれる。見るからにプリプリした肉質の、おいしそうな魚だ。
うーん、すぐ食べたい。食べたいけど、焼くところがない。
「これは、どれくらい日持ちしますか?」
「氷室なら五日、この気温なら二日かな」
「案外、持たないんですね」
「長期保存用なら、そっちのやつだね。持ってくかい?」
みりん干ししたアジのような魚だ。これも、おいしそう。
「うー。すみません。街を出る前にまた買いにきます」
店主さんは、これまた笑って答えてくれた。
「いいよぅ。ぜひとも寄っておくれ。おまけしてあげるから」
「はい。ありがとうございます。それじゃ」
「はいよ。まいどあり」
買ってもいないのに、そう言ってくれた。
宿に戻ると、プロテさんとレウムさんが待ち構えていた。レウムさんの足下に、オボロも控えている。
「「おかえり」」
「おまたせしましたか?」
「いやいや!」
「ルーの話をしてたんだ。楽しかったよ」
その内容が怖いんですよ。
「ちょっと、相談しなくちゃならないことが起きまして。また、個室をお借りしたいんですけど」
昨日の個室を使わせてもらう事になった。そこで、夕食をとった後、練兵場での話をする。
「あちこちから目をつけられちゃったかも」
「あの荷馬車がねぇ」
「ほら。御領主のご子息が注目するなら、って勘ぐる人は居そうですよね?」
「そういうことか!」
プロテさんが、ようやく納得してくれた。
「だけどよぅ。その荷馬車ってそこまで特別なのか?」
「また、目を回したいですか?」
「・・・聞かない方が良さそうだな。じゃあ、話を変えるか。
アルファ殿の言ってたシルバーアントの買取の件、うちの工房じゃなくて、商工会で買い取る事になった。新造船に使う事を優先して、残ったら、他の工房にも販売する。いいだろうか?」
「あれ? アスピディはどうするんですか?」
「あれは、船縁とか、舵の稼働部の保護に使う。加工の難度や補修の点で、アスピディならその場での修復も出来るからな」
「レウムさんの持ってきたものは、買い取ってもらえるんですね?」
「もちろん」
よかった。ここまで持ってきて「買いません」ってならなくて。
「ということで、あるったけ、出してくれ」
「うあ」
「なんだよ、その返事は。うちで使う必要数はあるんだろう?」
「・・・買い取れる匹数を言ってください」
「なあ、出し渋る必要があるのか? 正確に言ってくれないと、金額が出せない」
「気持ちでいいですって」
「そんなわけにいくか! シルバーアントだぞ? この辺でもめったに入荷しない珍品だ。入手できるなら、全部欲しい!
それに、船に使えば、他の工房に入手先だの購入額だの追求される。商人にも、搬送手段を訊かれる。保管場所の事もあるしな。
さあっ! 腹ぁ括った!」
「うん。ボクも聞いておきたいな」
「・・・百五」
「「・・・」」
「プロテさん? レウムさん?」
やっぱり、気絶していた。だから、言ったのに。
「あれぇ。寝てんの?」
ぼさぼさの髪を無造作に後ろでくくって、よれよれの白衣を引っ掛けた女性が入ってきた。
「どちら様ですか?」
「ああ、はじめまして。あたしはルプリ。相談があるからって、呼ばれてきたんだけど。どうしたの?」
「自分は、アルファと言います。話の内容が、ちょっと。刺激、強すぎたらしくて」
「あたしもしょっちゅう工房を吹き飛ばしてるけど、気絶まではしなかった、と思うけど?」
「吹き飛ばすって・・・」
「ああ、プロテ船工房の魔導炉の管理人で魔道具職人、やってるんだ。開発に失敗は付き物、でしょう?」
「だからって、気軽に工房を壊すんじゃない!」
プロテさんが、復活した。
「や、工房長。いいお目覚めかな?」
にやにやとプロテさんを見ている。
「いいも悪いもてんこもりだ。アルファ殿は、なんていうか、もう」
「ルーだからねぇ」
レウムさんも、気がついたようだ。二人とも、こめかみを押さえている。
「だから言ったのに」
「ところで相談って、何?」
ルプリさんが質問する。自分も聞きたい。
「保管場所だ」
「工房の倉庫じゃないんですか?」
「あんだけのもん、厳重な警備も無しにほいほい置いとけるか!」
「そうだよねぇ。たくさんあるもんねぇ」
「加工前の素材でも、それなりに高く売れる。他所の都市に転売するとか、あるいは、盗んでおいて高値で買い取れ、とかいうこともあり得るしな」
どこの人質の話だ?
「ルーみたいに、気軽にしまっておけるところはなかなかないんだよ」
「できれば、工房の近くで、保安が保てるところがいいんだが、適当なのがなくて」
「で? 何が問題なんだっけ?」
「大量のロックアント、いやシルバーアントをどこに仕舞っとくかって話だ!」
「シルバーアントぉ?! 今はどこにあるのよ。その物騒な代物は」
プロテさんとレウムさんが、そろって自分を見る。
「アルさんが持ってるの?」
「自分が、倉庫代わりに工房に張り付いているわけにもいかないでしょ?」
「うん。それもそうか。で?」
「だから! それをお前に相談したんじゃないか」
「アルさんは、どうやってるの」
「特別製のマジックバッグです。他の人には使えない欠点がありますけど」
「なんで?」
「さあ。自分の作った魔術は、他の魔術師さんに使えませんでしたから。それと関係あるかも」
「え。魔術師なの? それとも、魔道具職人?」
「違いますよ。猟師です。魔術とかは趣味!」
「・・・」
「ほら、ルーだから」
男二人は、なんか脱力してる。
「ねえ。そのマジックバッグ、見せてもらってもいい?」
ルプリさんに、ベルトごと便利ポーチを渡す。
「これ? あ、ほんとだ。まったく干渉できないじゃないの。なにこれ。エー、読めない! ここも? だめだぁ。どうなってんの?」
ぐるぐるひっくり返しながら、ぶつぶつ言っている。見つめすぎて、穴があくんじゃないか?
「ルプリ! それは後にしてくれよ。保管場所がなくちゃ、買えないんだぞ!」
やっと、返してくれた。
「ねえ。一つだけ教えて? あれ、一つじゃないよね」
「よくわかりましたね」
「目が回りそうだったよ。いくつ重ねてるのさ」
「片手では足りませんね」
本当は、万を越えている。いやぁ、作りも作ったもんだ。移動倉庫扱いされても仕方ないか。
「そうか。やっぱり、じゃあ」
また、ぶつぶつ言い出した。
「ルプリ! 話を聞け!」
「あ? ああ。あのさ、マジックバッグの[質]じゃなくて、[量]でカバーしたらどうかな」
「ルプリさん、マジックバッグを作るんですか?」
「他にも、いろいろ、だけどね」
「量ってどういう意味だ?」
「ああ、一個のマジックバッグに全部入れるんじゃなくて、小分けにしておくの。それなら、それほど場所を取らずに保管できるし、なにより、すぐ作れる」
「そのマジックバッグは、どこに保管するんだ? それこそ、お持ち帰り便利ってことで、盗まれ放題になりゃしないか?」
「ルプリさんのマジックバッグに、何体入れられるか、わかってからだと思いますけど」
「そうそう。それに、そのマジックバッグに仕掛けをしてやれば、逆に泥棒達を捕まえ放題だよ」
「あ、いいですね、それ」
「わかってくれる? いやぁ、みんないい顔をしてくれなくてねぇ」
「どうしてですかね?」
その後は、自分とルプリさんの開発苦労話に花が咲いた。
プロテさんとレウムさんは、離れてなにやらぶつぶつ言っている。いいじゃないのよ、楽しいんだから。
主人公の類友、登場。怖い方向に進まなきゃいいんですけどね。




