遠路はるばる
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「は?」
プロテさんの目が見開かれている。おお、落っこちそうだ。
「ルーはね、シンシャとモガシの間に現れたロックアントの群を、一人で止めちゃったんだって。知り合いが目の前で見たって言うし、モガシ、のハンターもそう言ってた」
リディさんと、ステラさんの事だな。確かに、彼らはばっちり目撃している。
「ただ、山向こうでは加工できないからって、現物支給になっちゃったんだって」
シンシャやモガシで加工できないのは、変異種の方。もっとも、あそこで確保したのは全部変異種だったしなー。
「う、あお、そ、れで。ん、っほん! だが、十匹程度じゃ到底足りないんだが?」
「十七匹、だっけ?」
「だから、足りないって。少なくとも、三十五、いや四十は要るな」
「公式な記録では「十七匹以上」、なんですが」
「もしかして、もっといたの?!」
「最初に、アスピディとの混成群がどばっと出てきちゃって。他にロックアントに追われた魔獣達もいたから、正確な数は知られてないんです」
というより、数えられる前に隠しちゃった。てへっ。
「・・・」
「ルー? 全部で、何匹、獲ったの?」
「えーと、知らない方が幸せだと思います」
「「・・・」」
「あ、言うのを忘れてました。変異種、シルバーアントでした」
がったん!
二人ともいすからずり落ちた。
「変異種?!」
「・・・」
プロテさんが、絶句した。
レウムさんの顔も、めっちゃ引きつってます。声もでないようで、口だけがぱくぱくと。
「まー、[魔天]東側の変異種の特徴なのか、普通のロックアントと同じ大きさでしたけどね。
ほら、レウムさんも見たでしょ。西側の変異種だと体長は三メルテぐらいになりますから。
順番に説明しますと、自分がアスピディとシルバーアントを全部やっつけて、居合わせた隊商の傭兵さん達がグロボアとかアンフィとか倒して、そこに、応援に来たモガシの討伐隊がアスピディを解体して、遅れてきたシンシャの討伐隊にくっついてきたのを自分が始末して・・・」
あ、二人とも気絶してる。
購入するなら、討伐の状況は知りたがると思って、一気に披露したけど、そんなにショックだったかな。匹数だけでも、ごまかしといてよかった。
目を覚ますまでは、竪琴でも弾いて時間をつぶそう。やっぱり、港町〜な曲とか、海の歌もいいな。
数曲弾いたところで、二人とも目が覚めた。
「う。はっ、あ。ど、どうも」
「大丈夫ですか? 頭とかぶつけてませんか?」
「ああ。大丈夫。大丈夫だよ。中身の方が大変だけど」
「はい?」
「それで、けん「アルファと呼んでください」・・・アルファ、殿? それは、いつ頃運んでもらえ、頂けますか?」
「運ぶ?」
「それだけの量を運ぶとなると、隊商を組んで、護衛を頼んで、それから〜」
何やら、計算を始めた。でもね。
「ここにありますよ〜」
「は?」
「ルー?」
「自分のマジックバッグの中」
「はうわ」
プロテさんは、また気絶した。
「・・・レウムさん?」
「そうだよね。ルーだもんね」
何やら、深いため息をつかれてしまった。
「四十匹も入れられるマジックバッグは、超貴重品だし。それに、ほら、普通は獲物の一時保管か、腐らない物を運ぶときにしか使わないから。きっと、でろでろに腐ったロックアントの山を想像したんじゃないかな?」
あ、それはグロい。自分でもみたくない。
「ちゃんと解体して、中を綺麗にしてありますよ。その辺は大丈夫」
「え? 一人で解体したの?」
「もちろん」
あ、レウムさんも目を回した。どうして? ウサギの解体や鞣しの方が大変だったんだよ?
次に目を覚ました時には、プロテさんは「頭冷やして、考えてくる」といって退散していった。
レウムさんは、ぽーっとしたまま、まだ足下がおぼつかない。ユキに頼んで、一晩付いていてもらう事にした。宿の人は、いきなり狼が現れてびっくりしていたけど、自分の従魔で大人しいからと言って了解してもらった。
宿を出る時は、チップを弾んでおこう。
レウムさんを部屋に送り届けた後、自分も借りた部屋に戻った。
北都で依頼を受けたところから、報告書にしていく。途中で渡したのは、経過報告だし、ちゃんとした書類があった方がいいだろうから。
自分の覚え書きもとい日記代わり、とも言う。
港都砦とポリトマさんへの提出用、北都へ送る分、そして自分用に四部作った。それから、ベッドで休んだ。
翌朝。
「だから、重いよ。オボロ」
いつの間にか、影から出てベッドに潜り込んでいた。もふもふは嬉しいけどさ、君の腕一本でもそれなりに太いし重いし。
そう言うと、すぐさま猫サイズになって顔をこすりつけてくる。
「はいはい。わかってくれればいいの」
ハナ達も出てきたので、一通りなでまくる。部屋を出る前に、みんなには影に入ってもらい、部屋中に散った毛を『浮果』で集める。おお、この術、便利じゃん。また、術弾の数を増やしておこう。
レウムさんの部屋に、様子を見に行く。旅の疲れもあるのだろう。まだ寝ているようだ。ユキは、普通に朝の挨拶をしてくる。ほかに、異常はなかったようだ。
「だれか、レウムさんに付いててもらえないかな?」
オボロが、手を挙げた。本当に、手を挙げた。うん、わかったから。
「じゃ、ユキと交代で。朝ご飯を食べた後は外に出るから。でも、夕方までには戻るね」
うみゃぁん。
しっぽをぶりぶり振っている。あれは、いってらっしゃい、なんだろうな。
宿の朝食をいただいてから、砦に向かう。報告書を渡して、荷馬車を引き取るためだ。
主任さんの執務室で、報告書を渡す。
「レウム殿の証言もありますし、あれらは強盗の実行犯として処罰しました。押収した武器や馬の売却金は、アルファ殿に支払われます」
ずっしりとした革袋を渡された。
「・・・結構な金額になるんですね」
「どういうわけか、どれもかなり良い品だったもので。どうかされましたか?」
うーん、お店以外にも金蔵があったのか。しまったな。
北都で受けた依頼からヘミトマさんの店で起こした騒動まで、あらましを話す。
「さっきの報告書も書きましたので、詳しくはそれを読んでください。北都宛の簡易報告書は、ここに到着する直前に、隊商に預けました。こちらの砦にも、付随した資料を提出した方がよろしいでしょうか?」
主任さんが、赤鬼になった。
「・・・頂けるものならば、頂戴したい。なぜ、我々に報告がなかったのだ!」
「自分が同行していた商人さんが帝都から北都に資料を届けてましたし、北都の巡回班にも彼らの息のかかったものが混ざり込んでましたからね。どこかで、情報が握りつぶされてたのかも」
さらに、怖い顔になった。
「・・・この砦でも、可能性があると!」
「大型船建造にからんだ木材の売買ですから。街門を通す時とか、運んでくる商人さんが何らかの不正をしていたとか」
「・・・」
「ヘミトマさんは、たまたま直接吹っかけてきたので対応しましたけど、本来、自分にはその手の調査は無理です」
「もちろんですとも! これは、我々の仕事です!」
「難しい仕事になると思いますが」
「ご連絡いただき、感謝いたします!
もし、もしも、そんな不正にまみれた素材が交易船に使われてたら。そして、事実が発覚したらば、他の都市から、商人達から見放されてしまう。そうなったら、港都は終わりです!」
うん。自分もそう思う。
「自分は、この後、帝都に向かう予定があります。お手伝いはできないんですが」
「いえ。お手持ちの資料を頂けるだけでも有り難い」
「すみません。なんか、事を大きくしちゃったようで」
「いえいえ。アルファ殿のご尽力で、解決の糸口がつかめたようなものです。深く、深く感謝いたします!」
ヘミトマさんから預かった書類は、多すぎて手に負えない。複写のための人を頼みたくても、白黒はっきりしない人には触らせたくない。ということで、これは、そのまま預かる事になった。ただ、一通りは目を通したい、というので、机の横に積み上げた。
とにかく、どの程度役に立つかはわからないが、自分が作った報告書と仮小屋で確保した書類だけでも複写して渡す事にした。
「違法伐採の頭が、貴族も関係しているようなことを言っていたそうですが」
主任さんが、押収書類を片っ端から読みながら訊いてきた。
「商人さんのはったりでなければ、居るでしょうね。それも一人とは限らない」
「・・・そうですな。そのつもりで、調査しなくては」
「彼らは、素直に認めますか?」
「証拠さえあれば、なんとでもします。一番いいのは、商人と貴族の双方の署名が入った密約書、ですな」
「・・・自分に、泥棒をやれと?」
「いやいや。調査員にそのように指示するだけですよ」
主任さんの笑顔が黒い。
「そ、そうですか。皆さん、頑張ってください」
「ふふふ、楽しみにしていてください」
この様子なら、任せてもよさそうだ。
「ところで、アルファ殿?」
さっきとは様子が違う。
「その、つかぬ事を伺いますが。昨日お預かりした荷馬車なんですが、木材でも鉄でもありませんでしたよね? その、工兵達が騒いでおりまして」
あ、ばれた。
「う〜、できれば内緒にしていただきたいんですが。自分の魔力を使って作ったんです。ええと、はい、素材はロックアントです」
「は、はは、そ、そうでありますか。さようで、はは」
主任さんも壊れた。昨日のうちに、積み荷を放り出して回収しとけばよかった〜。
「素材は! あれだけの馬車を作るためには、相当必要なはずです! どこで、どうやって手に入れたんですか!」
いきなり復活した。
「毎年狩ってますから」
「買って?」
「狩って」
今度は魂が抜けた。今のうちに、残りの書き写しをすませてしまおう。
気絶者、続出。
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ロックアントの出てこない港都で、驚かれた理由。
加工の難易度から、採取の難しさも推測されているから。また、ロックアントの強さはうわさでしか聞かないので、想像や妄想でさらに話が膨らんでたりして。




