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いつか、どこかで -森の約束-  作者: しまいね れーん
迷えるものたちの狂想曲
124/192

海を望む丘

413


 丘陵地帯では、街道を塞がれた。丸太がゴロゴロと落とされている。太いし、長いし、年輪もそろった立派なものだ。もったいない。全部、便利ポーチに拾った。道が開けたので、そのまま進む。


 丘陵地帯を抜けた頃、ようやく、後方から追い上げてくる一団が来た。


「待てぇーっ」


 丸太での足止めを期待していたのだろう。ものすごく焦った顔をしている。


「こ、この場で全員死にやがれ!」


 えーと、荷台で寝こけてる襲撃犯も、でしょうか?


「ほら、向こうから隊商が来ますよ。逃げなくていいんですか?」


「うるせぇ!」


 あ、魔法陣を使った攻撃をするつもりか。って、街道の石畳を壊したら、それこそ商人達から袋だたきにされるでしょうに。


 馬車二台を保護するための、『防陣』と『散華』を実行。やっぱり、周辺へ被害が及ばないようにしないとね。


 数発の【火炎弾】が、打ち込まれる。


 全部、結界表面で分解されて、さようなら。


「「な!」」

「ありえねぇ!」

「次だ、次! 早く撃てよ!」


 おや。オボロがこっそり馬車から降りて、魔術師の後方に回り込んだ。ひっそりと大きくなって、でもって〜、後頭部に、ね○ぱんち!


「はがっ」

「えっ? って魔獣だ!」

「金虎?!」


 よそ見している間に、自分も接近して『瞬雷』を打ち込む。


「へべっ」

「ぎっ」

「でえっ」


 逃げ出そうとする馬は、ユキとツキに牽制されてその場をぐるぐる回るばかり。

 無理矢理飛び降りて単身逃げ出そうとした男も、黒棒にひと撫でされて気絶した。


 あ〜、もう縄が少ないや。って、お、彼らが持ってるじゃん。


 全員を縛り上げたところで、前方の隊商に付いている傭兵さんがやってきた。


「無事か、って。無事のようだな・・・」


 関係ない人みたいだな。ということで、結界をとく。


「大漁です♪」


「なんなんだ、こいつら?」


「さあ。どこかで、恨みでも買いましたかね」


「それで、ここまでするか?」


 荷台いっぱいに乗せられた男達を見て、あきれたように言う。自分もそう思うけどね。


「ひとそれぞれ、なんでしょう」


「そうかもな。それで、運びきれるのか?」


「っしょっと。はい、これで全員積みました。この先の街でおろしちゃいますし。お気遣い、ありがとうございます。

 あ、そうそう。これ、よければどうぞ」


 仮拠点で没収した書類の中に、関係していると思われる人名のリストがあった。巡回班の人たちと野営した時に、数枚複写しておいた。それを傭兵さんに渡す。


「なんだ? このリストは」


「この先で、違法伐採していた人たちが持っていた書類の複製です。商人さんに渡してくださいな」


 最後の襲撃犯にも、ロストリスをお見舞いしておく。この状態で暴れられたら、落っこちちゃうよ。

 あとは、怯える馬を黒馬車につなぐ。彼らの武器は、馬の背に括り付けた。


「・・・これは、本当か?」


「今渡したのは複製ですけどね。北都の主任さん直々に、彼らの「討伐」を引き受けてまして。これがその依頼書。この荷馬車に積んだ人たちは、その関係者、だと思うんですけど、護送までは引き受けてないので。この先の街で引き渡しをお願いするつもりなんです。

 そうだ。商人さんとお話してもいいですか?」


「あ、ああ。いいだろう」


 彼らは、少し離れたところで馬車を止めていた。そこまで、歩いていく。ハナがついてきている。本当に、いい相棒達だ。


「ウロネマさん。襲撃は退けられたようだ。全員捕縛済みだ。それで、こちらの、」


「すみません。名前、言ってませんでしたね。猟師のアルファと言います。よろしく」


「「ローデンの賢者!」」


 商人さんと傭兵さん達が、声を揃えて絶叫した。こんなところにまで! がっくし。


「そ、そのような高名な方が、なぜこんなところに。あ、失礼。私は、ウロネマといいます。港都と帝都の間で商売をしております。それで、ええと、ご用件をお伺いしても?」


 傭兵さん達まで、棒でも飲み込んだかのようなしゃちほこばった姿勢をとっている。やめてよ〜ぅ。


「ウロネマさんは、この先、北都は通りますか?」


「はい。もちろん」


「では、この手紙を、北都のビテロ・クラミスさんに渡してもらえないでしょうか?」


 北都の主任さんの名前を言う。その場で手早くしたためたのは、ヘミトマさんの一件とその後の襲撃のあらましだ。でもって、襲撃犯一同は港都に連行します、と追記する。


 くるっと丸めて、身分証のペンダントで封緘する。手数料として銀貨五枚を添えて、ウロネマさんに渡す。


「手紙の配達料の相場がわからないんですが、これで足りますか?」


「「いやいや!」」


「足りませんか」


「違います!」

「討伐関係の連絡なんですよね? そういうものを預かった場合は、手数料は頂かないんです!」


「レウムさ〜ん、そうなんですか〜?」


 レウムさんは馬車を進めて、近くまで着ていた。


「「ぴっ」」


 さらに硬直するウロネマさんご一行。


「うん。彼の言っている通りだよ」


「でもねぇ。なんか悪いっていうか」


「そういうものですから! はい、お預かりしますから!」


 ウロネマさんは、手紙だけをひったくった。


「じゃあ、何か必要経費が出たら、帝都のポリトマさんに付けといてくださいね」


「「ひぃぃ」」


 ?


「は、はい。了解しました。でわ。急ぎますので!」


 ウロネマさん達は、大慌てで出発していった。自分に残されたのは、銀貨五枚。


「へえ。こんなところにもルーの名前は知られてるんだ。すごいねぇ」


「レウムさんこそ」


「じゃ、出発しようか」


「そうしましょうか」


 レウムさんの馬車の後ろに、ムラクモはついてきていた。本当に賢いわぁ。でもね? デートの待ち合わせ場所に、早く来ちゃった、見たいな顔をしているよ? いいんだけどね、ほんとにいいんだけど・・・いいんだろうか?



 斜面を緩やかに蛇行しながら、道は続いている。だいぶ下ったところで、目の前に「青」が広がった。


 深い深い、海の色。空との接点に、かすかに陸地の影がある。あれが、西大陸だろう。[魔天]領域の最大南北距離よりもはるかに遠い。

 そして、水面のあちこちに、一本マストの船が見える。漁船だ。ということは。


「海鮮だ〜。楽しみだな〜」


 聞きつけたハナも、しっぽをぶんぶん振っている。さて、君たちの口に合う料理があるかな?



 ようやく、[港都]の街門についた。

 門兵さんに身分証を見せて、また、荷馬車の男達の件も説明した。鐘が鳴るわ、兵士さん達が走り回るわで、大騒ぎになった。自分たちは、砦に誘導された。そこで、襲われた状況の一部始終を説明する。


 練兵場の真ん中に黒荷馬車を持っていき、ムラクモに離れてもらう。荷台の真ん中に、ロストリスの実団子と『火種』入りのカップを置く。横に『換気』の術弾も置いて、術を実行。これで、じきに目が覚める。団子が燃え尽きたところで、結界を解除した。


「それで、この暴れん坊さん達の処遇に付いては・・・」


「当砦で取り調べた上で厳罰に処します」


「あの、罪状にふさわしい程度の罰でいいですから」


「いえいえ。みっちりきっちりと仕置きいたします」


 いまの格好も、かなり「イタイ」んだけどなぁ。


「さすがに、休憩を取りたいので。後で、きちんと報告書をお持ちしますね。それまで、荷馬車を預かってもらっていいですか?」


「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 砦から出たところで、レウムさんに予定を訊ねた。


「レウムさん? こちらの用は、ほぼ終わりました。この後は、どうするんですか?」


「うん。商工会に行って、交渉をしないとね」


 予約品ではないので、一から値段とかその他諸々の交渉をしないといけないらしい。

 ということで、次は、商工会の窓口のある建物に向かう。


「ようこそ。港都商工会へ」


 窓口には、美人なお姉さんが座っていた。どの施設の窓口も美人ばっかり。どこにそんなに美人が転がってるんだろう。


「シンシャから来ました。レウムといいます。アスピディの頭部を売りたいんですけど、どなたか買ってくれる人を紹介してもらえませんか?」


 レウムさんが窓口に行っている間、自分が馬車の見張りをする。御者台にはオボロ(小)が、馬車後方にはハナ達がいる。ムラクモは、黒荷馬車と別れ難かったせいか、砦を出てすぐに、すねて影に入ってしまっている。どんだけ、気に入ったんだか。


「少々お待ちください」

「それと、馬車も預かってもらえる宿を紹介してもらえるかな?」

「はい。でしたら、こちらの宿はいかがでしょう」

「ありがとう。同行者は女性が一人なんだけど」

「確認して参りましょう。こちらも少々お待ちください」


 ずいぶんと丁寧な対応なんだな。遠くから来たってことで、配慮してるのかな。


「申し訳ありません。購入希望の者は、今、手が離せないそうで、よろしければ今夜宿でお話したい、と申しております」

「宿の手配をして参りました。お二人様、五泊でよろしかったでしょうか」

「ありがとうございます。では、一度宿に入らせてもらってもいいかな」


「どうぞ。こちらです」


 わざわざ、人が付いて宿まで案内してくれた。それともレウムさんのネームバリューの成せる技?


 宿で宿泊手続きをとる。自分達の名前を見て、亭主さんの眉が一瞬ぴくっとしたが、さすが商工会直々に紹介する宿だけあって、反応はそれだけだった。かっこいい。宿泊費は、レウムさんが二人分払ってしまった。ぶぅ。


 一人部屋だった。窓から、街越しの海を見晴らせる。内装も落ち着いている。結構グレードの高い部屋じゃないのかな? 

 商売相手が来るまでは、レウムさんも自分も一休み。


 みんなにブラシをかける事にした。このところ、水浴びしてなかったからね。オボロにブラシをかけてあげると、まるでマタタビを目にした猫のように、上機嫌で床の上を転げ回る。


「ほら、じっとしてないと、ちゃんとブラシがかけられないよ?」


 うなーぐるーうなーう。


 初めてあった時の怯えっぷりが嘘みたいだ。まあ、懐いてくれたんだし、いいか。もふもふ〜。


 夕食前に、客人が来たと呼ばれた。自分はもう関係ないはずなんだけど、レウムさんに引っ張られた。みんなはそろって影でお休み。いいなぁ。



「や、や。はじめまして。ようこそ[港都]へ。俺が、船大工のプロテという。よろしく」


 プロテさんは、船大工というだけあって、鋼のような二の腕をしている。さほど背は高くないのに、その腕だけで体が大きく見える。


「シンシャのレウムですよ。それで、こちらがね」


「猟師のアルファです!」


 レウムさんに紹介されたら、どんな形容詞が付くかわかったもんじゃない。けど、無駄だった。


「なんと! かの有名な「森の賢者殿」か! いやあ、お会いできて光栄だ!」


「あ〜、他称は認めてません」


「いやいや、ご謙遜を」

「ルー? 今更だよ?」


 知らないもん! それは自分じゃない!


 少し早い時間だが、夕食をとる事になった。個室で食べる、いわゆる「会食」だ。お上品なメニューが順番に出されてくる。

 食事の間は、ガーブリアの噴火の話とか、ウサギ騒動の話などをした。「ローデンの砦」とか「賢者」とかのNGワードが出るたびに、強引に話題の転換を図ったのだ。やはり、遠方の話題は食いつきがいい。楽しく食事が終わった。


 食後に酒が出されたところで、売買の交渉が始まった。


「すべて言い値で買いましょう」


 って、交渉にならないじゃん。値段も言ってないのに。


「よければ、アスピディの用途を教えてもらってもいいかな?」

「いいですとも。今、[海都]とケセルデを結ぶ定期航で増便する計画があって、それに使う船を造ってるところなんだ。その船体を保護するのに使うんだよ」


 改まった口調が砕けた。こっちが地なんだろうな。


「なんで、アスピディ?」


「あいつらの顔は固いからな。少々岩に当たっても、船体に穴があかずにすむし、気の荒い魚どもも歯が立たない。だいぶ集まったんだが、これがなかなか」


 固い、保護。う〜ん。伐採跡地で拾っとけばよかった。


「他に使える素材はないんですか?」


「強いていえば、ロックアント、かなぁ。あとは、海大亀の甲羅とか。これは本当に滅多に手に入らないから、無理か。そうだな、ロックアントなら、アスピディより軽くて長持ちする。できれば使ってみたいが」


「アスピディの加工は難しいんですか?」


「いや。叩いてのばして貼付けて、だな。それがどうかしたか?」


「ロックアントと比べると?」


「そりゃ、ロックアントは硬いさ。でも、港都の職人ならそいつを扱えて一人前、みたいな所もあるし。問題は、これも数が少なすぎる」


「ルー? ねえ?」


「はい。シンシャの討伐報酬で貰ったのがありますよ」


「は?」

 や、やっと西海岸に到着。なんでこんなに遅いの?


 #######


 クモスカータ西海岸には、北の[港都]と南の[海都]がある。港都より北の海岸は、断崖絶壁が連なり、その先は[北天]領域に飲み込まれている。[海都]の南側は、帝都から続く西山脈に遮られていて、さらに岬となって海に突き出している。

 [港都]と[海都]は、海岸沿いのわずかな平地と、丘陵地帯に繋がる緩やかな斜面に築かれている。都市間の斜面では、傾斜の緩やかなところで麦の栽培や牧畜を、それらに向かないところでは棚田を開いている。


 [北街道]は、[港都]を経て[海都]に続く。

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