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いつか、どこかで -森の約束-  作者: しまいね れーん
迷えるものたちの狂想曲
122/192

成敗は、終わらない

411


 護送の巡回班の兵士さんと別れた日のうちに、次の小都市に入った。レウムさんは、もう街を出ているだろうけど、一応確認しておこうと思ったのだ。


 だけど。


 中心街の通りの真ん中で、立ち往生している馬車がある。周りをハナ達がぐるぐると歩き回り、近づこうとする男達を牽制している。


「レウムさん?」


「やあ、ルー。早かったね」


「じゃなくて。なんで、まだこんなところにいるんですか?」


「いやぁ、こちらのご仁が通してくれなくて」


「はい?」


 馬車の脇には、成金趣味としかいいようのないド派手な衣装を着た男性が立っている。馬車を取り囲んでいるのは彼の使用人なのだろう。お揃いの服を着ている。


「まあまあ、そうおっしゃらずに。クモスカータでもご高名を聞き及ぶ、かの[不動]のレウム殿をこのまま素通りさせてしまっては、わが街の名折れ。是非とも、ご招待を受けていただきたいのですよ」


 でもって、こんな有名人と親しいんですよ、と、己の宣伝に使うわけだ。べったべたな顔全面でそう言っている。判りやすい人だ。


「そろそろ、日程も厳しいし。ねぇ?」


 そうやって、自分に振るんですか。レウムさん?


「はっきり言って、縁もゆかりもない方に招待されるいわれはないと思います」


「だよねぇ」


「ですから! これを機会に、是非、知人の一端にくわえていただければと」


「自分の趣味じゃありませんね。レウムさんはどうですか?」


「うん。そうだね」


「ということですので。あしからず」


「待てぇい!」


 馬車の前に立ちふさがっていた男の一人が、大声を上げる。


「ヘミトマさんのご招待を断るとは無礼千万! 何の悪意があって、無粋な真似をする!」


 へえ。この人が、ヘミトマさん。


「・・・ルー? なんか、顔が変だよ?」


 ちょっと、腰が引けたような声をかけるレウムさん。だってね?


「この人が、「張本人」らしいので。うれしくて♪」


「なんだ。そうなんだ。ボクにもなにかできるかな?」


「えーと、じゃあ。これ、馬車の上に置いててもらえますか?」


 術弾を二個渡す。


「なんだい?」


「いつもの結界と、証人を増やすための小道具です」


「楽しみだねぇ」


「はい」


「おい。素直に馬車を降りて、なんだ?」


 自分がムラクモから離れるのを見て、言葉を止める。


「あなたがヘミトマさん? だとしたら、いろいろとお聞きしたい事があるんですけど」


 こっそりと術弾の術を発動する。一つは『重防陣』。もう一つは『拡声』。スピーカーだ。


「昨日、少し戻ったところ、[北天]領域内で木を伐採している人達と居合わせまして。その時に、何枚か書類を拾って、それが伐採の許可者があなたの名前になってたんですよ。確か、クモスカータでは、森の伐採には帝都または北都で発行された許可証が必要だと聞いたんですが。どういう事なんでしょうね?」


「何の話かな? お嬢さん」


「いえ、全員無傷で捕縛しましたけどね。そろそろ、北都に到着するころですよ。もちろん、そこで拾った書類もきちんと付けてお渡ししました。よかったですね。これで、あなたの名前を騙る偽者さんが誰か、はっきりしてもらえますよ」


「・・・何の、話、なのかな?」


「自分、北都の主任さんに[違法伐採者の討伐御免状]を頂いているんですよ。それで、捕縛した人たちは、北都砦の巡回班に護送してもらいました。そうそう、その班の中にも挙動不審な人が混ざってて。大変ですよねぇ」


「ルー? 怪我はしてないのかい?」


「ぴんぴんしてます。もちろん、怪我一つしてませんから。

 いえね? 北都に入る前に[北天の使者]様にもお会いできました。その時に、[北天]領域を荒らすと、魔獣が大発生するって、お聞きしました。

 さっきも言いましたけど、木を切っている場所がもう領域内に踏み込んでいるところで。しかも、結構な本数が持ち出された後でしたねぇ。この辺りだと、何が出てくるんでしょうね。そうそう、アスピディの死骸が三匹分ほどありましたっけ。皆さん、これから、大変ですね」


「・・・そんな与太話、誰が信じるか!」


 ヘミトマさんの形相が変わっている。ファンタジーで出てくるオークって、こんな顔なのかな?


「信じる信じないはご自由に。ただ、[魔天]ではすでに異常が出始めてるので、[北天]でもそうなるんじゃないかって思っただけですよ?」


 実際は、[魔天]のは瀬戸際で踏みとどまってるかんじだけどね。というより、自分がロックアントを狩りまくってるし。あれも異常と言えば異常じゃないのかな?


「その話は、本当かな?」


 別の人が声をかけてきた。あ、北峠であった商人さんとその傭兵さん達だ。西海岸から戻ってきたところだろう。


「お久しぶりです」


「こちらこそ。その折にはおいしい料理を頂けて、感謝してます。それで、違法伐採にこちらの商人が関わっているという話は?」


「彼らが拠点としていた小屋の中に書類が残ってまして。それには、発注者というか納品先にもヘミトマさんの名前が書いてあったんですよ。同名の別人さんかもしれませんけど」


「その、拠点となっていた場所は?」


 地図を広げて、指し示す。それを見た商人さんは、ヘミトマさんに向き直った。


「ヘミトマ殿、先の契約は破棄させていただく。というよりは、契約事項に不実の記載があったという事で、違約金を払ってもらう」


 ?


「料理人殿、これを見てもらえるか?」


 契約書だ。いろいろ細かい事が書いてあるが、おおざっぱに言えば、「狩小屋に食料品と日用雑貨を届ける」契約になっている。


「届け先は、狩小屋だ。伐採団体の仮小屋ではない。まして、討伐対象者への配達など、まっとうな商人なら引き受けたりはしない!」


「たぶん、知らずに届けたあとで、「関係者になったんだから黙ってろ」とか「協力しろ」とか、脅しをかけるつもりだったのでは?」


「・・・その小屋が、無法者の拠点である証拠はあるのかな?」


 引きつった笑顔で、ヘミトマさんが粘る。


「ないですよ。もう、跡形もありませんから」


「「な?」」


「ただし、小屋の中にあった物は、彼らを護送した巡回班が、すべて北都に運びました。証をたてたければ、北都で堂々と主張してきてください♪」


「く、この、小娘が! 何様のつもりだ!」


「ですから、討伐を依頼された者、です」


 商人さんに、北都で預かった「御免状」を読んでもらう。


「料理人殿の言う事に間違いはないようだ。これは、正規の討伐依頼書だ」


「だったらなぜ北都に向かわない!」


「そういう契約ですから」


 討伐のほうが割り込み依頼なんだもの。自分は、捕まえるまでがお仕事。


「よくぞ聞かせてくださった。感謝しますぞ。すぐさま、商工会に行って違約があった事を伝えてきます。では、我々はこれで」


「はい。よかったですね」


 商人さん達が、移動していく。取り巻き男達は、ハナ達に遮られて彼らを止められない。


「おまえたちっ。さっさと、やつを止めんか!」


「そう言う事を言っちゃってる時点で、白状しているのと同じだ思いますが?」


「ぐっ。ち、違う!」


「ああ、そうですか。彼が持っている契約書が間違っていると。となると、あなたが持っている契約書にも間違った記載がされてないか、確認する必要がありますよね」


 ずかずかと、ヘミトマさんの背後にある店に入る。店員の一人に声をかけた。


「店長さんの執務室とか、書類を保管してある部屋をご存知ですか?」


 数人は、がたがたブルブル震えるだけで答えられない。最後の一人、こっそり裏口から出ようとした人を捕まえて聞くと、どもりながらも知っているという。


「じゃあ、案内してくださいな」


「貴様っ! 勝手な真似を!」


 だが、相変わらず男達はハナ達に足止めされている。だけでなく、ムラクモが店の正面に立ちふさがった。いい相棒達だ。


 建物の最上階に、その部屋はあった。


「あ、悪趣味・・・」


 精緻なデザインの壁掛けが何枚も掛けられている。だが、意匠がまちまちで、まったくもって落ち着かない。床に敷かれたカーペットも同様。金色に塗りたくられた彫刻だの極彩色の大きな壺だのが、壁際のあちこちにでたらめに並べられている。うえ、気持ち悪くなりそう。


 大きな机が置いてある。だが、引き出しはない。壁際にも本棚は存在していない。ならば。


 壁掛けを一枚ずつひんむいていく。あった。埋め込み式の書架だ。

 新しそうな書類を数枚広げてみる。運がいい。さっきの商人さんの契約書と、仮拠点にいた男達への指示書らしき物をつかんでいた。


「ふっ、はっ、はっ、かっ、勝手に、触るなっ!」


 たゆんたゆんなおなかを抱えて、最上階まで駆け上がってきたらしい。息があがっている。これ以上体格が大きくなったら、執務室まで自力で登ってこられなくなるんじゃないかな。それよりも、階段に挟まるとか。それも大変だね。


「いいところに♪ さきほどの商人さんの言ってた契約書、これですよね。ああ、これにも「狩小屋」と書いてありますよ。依頼主がヘミトマさんで、おや、届け先の地図まで付いてますねぇ」


「き、貴様が書き換えたんだ!」


「でも、これ魔導紙ですよ? どうやって、書き換えるんですか?」


 魔導紙を使った契約書は、一度双方のサインが書き込まれると、訂正ができなくなる。んだそうだ。不思議な仕組みだ。


「でもってー、ほら、これ、違法伐採者達が持っていたのと同じ文面ですよ。あ、署名もついてる。う〜ん、こっちの契約書のヘミトマさんの署名と同じ筆跡ですよね〜」


 丁寧に、文面を読み上げてあげた。


「く、け、き、貴様っ。それがどうしたっ」


「其処まで言うなら、全部、証拠としてもらっていってもいいですよね?」


「なんだとっ!」


 便利ポーチからカードを一枚引き出し、書架にあった書類をすべてそれに取り込む。

 駆け寄ろうとしたヘミトマさんの足下に水晶弾を転がす。狙い通り、足を滑らせてひっくり返った。あらら、案内してくれた男性も巻き添えを食ってしまった。


「そうそう、こちらも預かっていきましょうか」


 別の壁掛けの裏には、財宝の山が隠されていた。律儀に小箱に保管されていたのは、大きな宝石の付いた指輪やネックレス。山盛りの革袋の中は全部金貨。


「こちらは、品目を確認しながらにしましょうね♪」


 トレント紙を取り出し、小箱の中を一つずつ品目を口にしながら書き付けていく。作業を邪魔されたくなかったので、ヘミトマさんは案内してきた人といっしょに『防陣』に閉じ込めておく。


 金貨も革袋から取り出して、一枚ずつ数えていく。数えながら、話をした。


「仮小屋にいた人が話しているのを聞いたんですけど。内地で畑を貰えない人がいるって。それって、土地がやせて、耕作できる土地が少ないってことですよね。

 でも、以前読んだ歴史書では、クモスカータの内地は豊かな森林に覆われていた、ってあったんですよねぇ。

 [北天]の森にまで手を出すくらいだから、きっと内地の森はもう失われているんですよね。

 知ってますか? どれだけ雨の多いところでも、森が消えてしまうと、年間の雨量が減ってしまうんですよ。そんなところで、無理矢理作物を育てていたら、そりゃ、土地もやせてしまいますよねぇ」


 すべての金貨を数え上げた時には、夕方になっていた。


「さ、漏れはなかったですよね。ということで、預かりま〜す」


 宝物を保管したカードに、金貨入り革袋も追加する。でもって、カードは便利ポーチにしまいましょう、っと。


「自分は、これから西海岸まで行きますけど、用件が終わったら次は帝都に向かいます。証拠品はそこで返却しますから。ああ、安心してください。一個たりともなくしたりしませんから」


「貴様っ、貴様っ」


 ずーっと、それしか言ってないよね。飽きないのかな?


 レウムさんの馬車に戻る。おや、御者台の上でお茶してますよ、この人。見物人は、こちらをちらちら見ながらこそこそと話をしている。さっきの話、ちゃんと聞こえたかな?


「ルー、すっごくおもしろかったよ」


「一人で数えるのは大変でしたけどね。みんな、ご苦労様」


 相棒達をねぎらう。


「もう夕方だよね。どうするの?」


「街中だと落ち着けなさそうですよね」


「そうだね。じゃ、行こうか」


「ま、待てい!」


 まだ粘ってる取り巻き男がいた。


「何か?」


「その、ヘミトマさんから奪った物をすべて返せ!」


「ですから、帝都でお返しします、と」


「ここで出せと言ってるんだ!」


「やですよ。だって、あなたがねこばばしない保証がどこにあります?」


「「「なんだとっ」」」


「だから、自分が責任を持って帝都まで届けますから。ご安心を」


「「「そんな事言ってない!」」」


 彼らには、『瞬雷』をお見舞いする。馬車を見張っていてくれたお礼だ。でもって、術を解除、っと。これで、ヘミトマさんも執務室から降りられる。


「レウムさん、行きましょう」


 門兵さんは、何も言えずに馬車を見送った。どうやら、ヘミトマさんの店から、ここまで声が響いていたようだ。さすがスピーカー。


「レウムさん、声が大きすぎませんでしたか?」


「うん? 大丈夫だったよ。周りにいた人たちともおしゃべりできたし」


「そ、そうですか」


 自分で作った術ながら、音量とか音の届く範囲とかどうなってるんだろう。ローデンに戻ったら、誰か検証実験に付合ってくれないかな。

 普通の人がやったら、押し込み強盗です。やけに強気だけど、勝算はあるんでしょうか。


 #######


『拡声』


 任意の範囲に、均一音量で音を響かせる結界術。マイク代わりの術弾とセットで使用する。


 #######


 砦の上司も、鼻薬を嗅がされていた。だけど、極真面目な兵士も多数いて、お互いが批難し合っているうちに、主人公を取り押さえるタイミングを逃してしまった。

 貴族は、かかわり合っていた者は、とばっちりを恐れて手出しできず、真っ当な者は知らないうちに関係者になっていた可能性がないか、調査にてんてこ舞いになった。これまた、主人公をどうこうするどころではなかった。

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