成敗、成敗
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その場所は、ハンター経験者には、怪しいと判断されていた。しかし、隊商の護衛が任務の傭兵さんにそれ以上の事はできず、盗賊の被害も出ていないため、そこで話は止まっていた。
たまたま雨宿りした宿で、運良く情報を入手できてよかった。こんな面倒ごとは、ちゃっちゃと終わらせて、おいしいものを楽しく食べるんだ。
普通には、ただ倒木が倒れているようにしか見えない。ムラクモは、軽ーく倒木を飛び越えてしまう。着地も静か。さすが魔獣。
『隠鬼』を使って、森の奥へ急ぐ。真新しい轍の跡が続いている。途中、丸太小屋が数件建っていた。連中の仮拠点、なのだろう。堂々と、こんなものまで作っちゃって。
さらにその奥、視界が開けた。目が点になる。
野球場八面分ぐらいの土地が、真新しい切り株だらけになっている。ほとんどが[北天]領域内だ。
空き地の所々に、アスピディの死骸が転がっている。
奥で、魔獣を警戒している男達が、八人。今まさに伐採作業をしている男達は、二十人。包帯を巻いてる人が混ざっている。無理矢理造った道には、切り倒した木を積み込んだ物も含めて、馬車が三台。馬車についている男達は三人。やれやれ。
ムラクモに、引き返して巡回班に連絡するよう頼んだ。班長さん達とムラクモ達も顔合わせしているので、自分の署名入りの手紙を渡せばちゃんと対応してもらえるはず。
自分は、彼らの風上に回り、ロストリスの団子入りカップを数カ所に置く。一緒に入れてある『火種』に点火。うまく、団子に火が移ったようだ。薄い煙が立ち上り、空気に溶けていく。
・・・煙が出る事を忘れてた。今のところは気づかれていないけど、だいじょうぶかな?
「おぉい、今日はやけに疲れるよなぁ」
「昨日のお化けバッタに手こずったせいか?」
「あくびが止まらんよ」
「休憩しないか?」
「そんなんじゃ、今日の予定の分が切り出せないぞ」
「だけどよう」
煙を余計に吸い込まないようにするため、口元を隠す。自分には効かないと思うんだけど、念のため。そして、『隠鬼』を実行したまま、護衛役のところに行って、薬を塗った槍の穂先で首元を軽く刺す。でもって、一人ずつ『防陣』で捕獲。もっとも、夢の中に行っちゃってるので逃げ出す事はない。捕獲作業中に、魔獣が出てきた時のための用心だ。
「おい、見張りの連中は、ふわぁぁ、どうした?」
「って、馬車んとこのやつ、寝てないか?」
「だめだ。斧が重い、なんなんだ?」
伐り出ししている男達も、一人ずつちくちくと刺していく。ほどなく、全員が寝こけた。
ちなみに、馬車馬達も煙の所為で寝ぼけている。勝手に走り出す事はなさそうだ。彼らにも『防陣』を仕掛けておく。
今度は、さっき見かけた仮拠点に戻る。一軒ずつ、人がいないか確認して回る。
二人だけ残っていた。一人は、護衛役だろう。もう一人は、何かを読んでいる。
「商人が、なにか言ってきたのか?」
「本数を増やしてくれ、だとさ。今の人数じゃ、このぐらいがせいぜいだってのに」
「なんで、今頃そんなことを言ってきたんだろうな」
「西海岸で、大型船を作るための木材を集めているらしい。海岸沿いの交易量を増やす予定だとかなんだとか、ま、俺たちの知ったこっちゃねえけど。いい木材が少ないらしくてな、もうけ話には違いない」
「これ以上、人を増やすのはまずいんじゃないか?」
「内地の集落でまた集めてくればいいさ。ろくに畑も貰えない連中が、仕事にあぶれているはずだからな」
「いや。規模がでかくなれば、人目につきやすいだろ?」
「どこぞのお貴族様から直々に受けた仕事だ。いざとなったら、そっちから手を回してもらえるだろ?」
「そうなのか」
「あの商人は、そう話してたけどな。とにかく、稼げる時に稼いで何が悪い。違うか?」
「そうだな。ここの伐採が終わったら、数人、内地に行かせよう」
「頼む」
ここまで聞かせてもらったところで、窓際の隙間から煙を入れた。狭い小屋の中だから、効きもいい。伐採箇所の連中よりも早くに眠り込んだ。
小屋に入り込んで、その商人からの手紙とやらを取り上げる。二人とも後ろ手に縛り上げた。それから、家捜しして、証拠となりそうな手紙とか書類とかを集める。
ぱらぱらとめくってみれば、うわ、商人の名前がばっちり書いてある。・・・見たくなかったかも。
小屋丸ごと『防陣』で、閉じ込めておく。
相当の人数がいるけど、彼らの馬車がある。でもって、解毒薬を飲ませるまでは眠ったままだ。巡回班だけでも、護送できるだろう。
伐採箇所に戻り、こちらも全員を後ろ手に縛る。また、靴を脱がせて両足も縛っておいたし、薬の効きが悪くて目が覚めたとしても、逃げ出すことはできないだろう。
まだ木材を積んでいない荷馬車に、男達を乗せていく。全然楽しくない。ぶちぶち。
一台にはトレントが積み上がっていた。男達を乗せるのに荷馬車一台では無理そうなので、トレントを便利ポーチにしまって、荷台を空けた。
もう一台には、伐採済みの杉だと思われる木が載っている。証拠品として巡回班に見てもらおう。いや、生木は便利ポーチに保存できない、って理由もあるんだけど。
斧とか縄とか靴とか武器だとかも、その馬車の荷台に括り付ける。
伐採された所々にトレントの根が残っている。普通の杉なら、切り株から次の木が生えてくるけど、トレントは魔獣だ。根元を切られてしまったら、再生しない。そして、切り株が残った所には、別のトレントが近寄れない。つまり、森の回復が遅れる、と。
ここまでやったんだし、アフターサービスだ。
根を四つ割りにして、地面から引き抜く。集めて、『桶』に放り込み、『水招』で水を溜めて、ついていた土を洗い落とし、『温風』で水気を切って便利ポーチに放り込む。
引き抜けないほどに腐り始めた根には、ロックアントの消化液をかけて完全に分解した。こうしておけば、新しいトレントもすぐにやって来るだろう。
アスピディは、下羽を証拠としてもらっていく事にした。中身は、きっとトレント達のいい栄養になるだろう。
・・・ああ、もっと早くに着ていたら、足焼きが食べられたのに。残念。
報告書を書いているうちに、ムラクモに誘導された巡回班がやってきた。馬車に積み込まれた男達を見て、全員が唖然としている。班長さんに近づいた。
「ご苦労様です。この場所にいた者は、全員捕縛しました。解毒薬を与えるまでは眠ってますので、このまま北都へ護送できるでしょう。
あと、戻ったところにも二人、捕まえてあります。たぶん、彼らの代表と思われます。たまたま、彼らがしていた会話を聞き取る事ができました。それも含めて、こちらにまとめてあります」
「あ、ああ。ありがとうございます。報告書まで、わざわざ作っていただけましたか」
「口頭での報告がめんどくさかったもので」
って、巡回班の後ろにいる二人が、ちょいと挙動不審だねぇ。近づいて、声をかける。
「どうかしましたか?」
びくん、とする。あやしい。馬首を返そうとするが、ムラクモが睨みつけているため、馬達は怯えてその場から動こうとしない。
「い、いや。人数が多いから、応援を呼ぼうと・・・」
「そう言う指示は、班長さんが出すものでは?」
「と、討伐現場では臨機応変に・・・」
「もう捕まえてあるのに?」
「「・・・」」
「ヘミトマ、この名前に聞き覚えは?」
「「・・・」」
脂汗をだらだら流している。こりゃ、確定だね。
「班長さん、この二人、どうします?」
「もちろん、捕縛します!」
「じゃあ」
馬から飛び降りて逃げ出そうとする二人のほっぺたを、例の穂先で突っつく。降りたところまではよかった。だが、足を踏み出す前に大地に抱きついた。
「「「は?」」」
「即効性の眠り薬です。いやぁ、よく効きますねぇ」
周りの兵士さん達は一瞬呆然となったが、すぐさま馬から下りて、寝こけた二人を武装解除した上で縛り上げた。
「・・・アルファ、殿? 彼らは、いつ目が覚めますか?」
「さあ。自分も使ったのは初めてなので。図鑑によれば、一日は目が覚めないそうです。任意で起こしたい時は、この解毒薬を飲ませればいいそうですよ。あるいは、こちらの団子に火をつけて、出てきた煙を嗅がせてください」
班長さんに、ロストリスの実の絞り汁を入れた瓶と団子を渡す。
「あ、りがとうございます」
「じゃ、街道まで戻りましょうか」
兵士さん三人が荷馬車の手綱を取る。馬達には、さっき解毒薬を飲ませた。逃げ出そうとした兵士さん二人と仮拠点に転がしておいた二人も、荷馬車に乗せる。仮拠点にあった荷物はたいした量がなく、これらは空馬に括り付けた。
「そうだ、班長さん」
「なんでしょうか?」
「彼らが持っていた書類、複製を作っておきました。自分と班長さんで保管しておけばいいと思いますが、どうでしょう?」
「了解しました! アルファ殿は、原本をお持ちください。主任には、そのように報告いたします」
・・・普通、逆じゃないの?
「あと、ここの小屋、なんですけど。このままにしておいたら、盗賊の絶好の住処になると思いませんか?」
「確かに。ですが、いまからこれの解体作業は・・・」
「ですので、今、壊しちゃっていいですか?」
「「は?」」
「はあ、そうしていただければ助かりますが、どうやって・・・」
小屋を囲むように術弾を飛ばし、『昇華』を実行。魔力を含むものがないので、あっという間に分解された。残ったのは、更地だけ。すっきりさっぱりした〜。
「「「・・・」」」
万が一、班員さんにまだスパイが残っていても、三十人以上の男達を無傷で全員捕縛し、数軒の丸太小屋を一瞬で消滅させた自分に、報復する気は起こらないだろう。伝え聞いた商人や貴族が、反抗する気をなくせばよし。そうでなければ、反撃しちゃおう。
トレントの事は、報告書に書いておいた。北都の主任さんからは、報酬にしていいとは言われてるし、アンスムさんからも「採取は自由にしていい」と許可を貰っている。
どうしても証拠が必要だと言われた時は、帝都に行ったときにでも提出すればいいだろう。なにより、もう馬車に積み込める余裕がない。
「本日中には北都に到着はできませんので、途中の小都市に止まる事になります」
「それでも、八人でこの人数は厳しいですね。そこで、「連中」に絡まれたら対応できないですよね」
「ですが・・・」
「一泊ぐらいなら付合います。野営しちゃいましょう」
「「「はい?」」」
「野獣避けの結界を張ってしまいますし。捕まえた人たちはずっと寝かせておけば問題ないでしょ」
「「「・・・」」」
「班長・・・」
「・・・いや、ここはお言葉に甘えさせてもらおう。対象者全員を北都まで連れて行く事を優先させる。明日には、他の巡回班とも合流できる」
「「はっ」」
街道を少し戻ったところを野営地にした。馬達の世話をしたり、水を汲んできたり、薪の用意をしたり。
準備ができたところで、馬車三台と馬十七頭を含めた『重防陣』の結界を張る。
兵士さん達は非常食を持ってきてはいたが、どうせならおいしいものの方がいい。
ウサギ肉のシチューを作って振る舞った。非常食の味気ないビスケットには、人参のジャムを勧める。最後には、縄茶を出した。
「このような野営地で、暖かい食事をいただけるとは。何から何まで、ありがとうございます」
班長さんが、お礼を言う。
「自分ができるのは、捕まえる事ぐらいですからね。これから、関係者を洗い出して、きちんと裁きを受けさせなくてはならないわけですから、皆さんの方が大変ですよ」
「はっ。全力を尽くします!」
そう、ここまで手を貸したんだ。半端な結末にされてはたまらない。
見張りを交代しながら、一夜を過ごした。
翌朝、野営地で別れた。
「アルファ殿には、多大なご協力をいただき、誠にありがとうございました。ご期待に添えるよう、一日も早い解決に努めます!」
「皆さん、お気をつけて」
「アルファ殿の旅路に幸いがありますよう」
とりあえず、ポリトマさんと北都の問題は解決した!
さあ、西海岸に行こう。
善良な市民相手に同じ事をやったら、昏睡強盗、ですよね〜。
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ロストリスの副作用
三日以内に解毒剤を与えないと、興奮したら昏睡してしまう、という副作用が出る。図鑑にも載っていない。
ただし、解毒剤を与えなくても、長くて一日半で目が覚める。




