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いつか、どこかで -森の約束-  作者: しまいね れーん
迷えるものたちの狂想曲
119/192

森を守るもの

409


 北都は、砦というより、小規模な都市だった。三分の一が砦となっていて、三分の一が宿泊施設や商店、住居などのある都市部、残りが主に木材の集積場になっている。

 レウムさんが預かってきた手紙を渡したら、宿ではなく砦に泊まることになり、そのまま、施設内の案内に連れ出された。あのね? 自分、一応、他国の所属になってるんですけどね?


「なに、ギルド顧問にまで指名されている方だ。国賓扱いしても、おかしくはありません」


 砦の副責任者だという人が、案内役をしている。まさしくVIP待遇だね。まあ、触りのない部分に誘導しているんだろうけど、落ち着かない。


 レウムさんは、移動の疲れがあるから、といって先に休ませてもらっている。ユキとツキに、付いていてもらった。


「先ほど、[北天の使者]さん、と道中一緒になりまして、そのときに、森の伐採の話を聞きました」


「・・・お恥ずかしい限りです。巡回を増やして入るのですが、完全に取り締まれていないようで。ただ、今回は、彼女が知らせに現れるくらいに、大規模に行っているようです。それならば、巡回で見つけられそうなものなのに」


「買収とか、後ろ盾がごまかしているとか?」


「ありえますな。いや、さすがに「賢者」殿と呼ばれる方だ」


「いえ、差し出た口を。ただ、この先かち合わないとも限らないですし。もし、そうなった場合、どのようにすればよろしいでしょうか?」


「盗賊の討伐と同じです。現行犯で捕える、もしくは・・・、ですな」


「そうですか」


 木の違法伐採を大胆に行うような場合、運び出す人夫も含めると相当な規模になるはず。うう、やだなぁ。

 そこに、伝令らしき兵士さんがやってきて、副責任者さんに耳打ちする。


「アルファ殿、主任が是非お会いしたいそうです」


「そうですか。ご案内、お願いします」


「こちらへ」


 やっぱり、やっかいごとかぁ


「ビテロ・クラミス、と申します。噂の森の賢者殿にお会いできて光栄です」


「あ〜、ただの猟師、アルファです。よろしくお願いします」


 偉丈夫、と言ってもいい、均整の採れた体格の男性だった。にこやかに握手をしてくる。そこまで歓迎一色だと、逆に裏があるかと勘ぐりたくなる。・・・疑り深くて、悪かったね。


「そんな、謙遜なさらなくとも。ローデンの砦の視察に赴いた折、散々自慢されまして。かの街ではお目にかかれませんでしたが、何とも奇遇といいますか、天の巡りに感謝しましょう!」


「・・・よろしければ、ご用件を伺っても?」


「うぉほん! これは失礼を致しました。まずは、こちらの手紙を読んでいただけますか?」


 渡されたのは、レウムさんが運んできた手紙だ。ちょっと、砦の主任さん宛の手紙でしょ? 部外者に読ませてもいいものなの?

 

「アルファ殿にもお渡しするよう書かれておりました」


 くぉの! ポリトマさんの差し金だ、絶対! さすが商人、使えるものは何でも使う気だ。


「・・・で?」


「はい。好きなようにやっちゃってください」


 おいおい、部外者に丸投げって。


「ロックアント変異種の群を、無傷で討伐できる方ですから、問題はないかと」


「おお有りですよ! 自分は、盗賊など人相手の討伐依頼はお断りです。だいたい、他所のギルド所属者に依頼する話じゃないと思いますけど!」


「内密に願いたいのですが、現在の兵員の規模では、巡回班の人員をこれ以上増やせないのです。そして、今回の無許可伐採には、巡回班のみで取り押さえるのは難しいと判断しました。砦からの応援を出そうにも、距離があり過ぎて間に合わないでしょう」


「帝都に増員は頼めないんですか?」


「・・・今の帝都にいる騎士団員では、返り討ちに合うのが落ちだと」


 ほんっとーに、恥ずかしい話だよね。だから、そういう身内の話を部外者に曝していいの?


「商工会長とギルドマスターからの推薦と、最近までの木材取引の動向資料があります。これをもって、なにとぞ、ご協力いただけないでしょうか!」


 頭下げてますよ。こりゃ、モガシのときよりも酷いかも。


 ・・・ポリトマさん? こんなものを用意するために、レウムさんを足止めしてたんですか。木材取引の資料は主任さんには必要な書類ですけどね。推薦ですか、そうですか。あとできっちりお仕置きしなくちゃ。

 でもって、アンスムさんも。こういうことなら、ギルドで協力できるはずですよねぇ?


「確か、途中にも小都市がありますよね。そこには協力を頼めませんか?」


「商工会長の調査によれば、どこかに裏取引をそそのかしている者がいると。下手に連絡を取れば、こちらの動きが筒抜けになります」


 あ、副主任さんに言った話が本当になってた。うう、言霊って怖いわぁ。木材取引の資料で、怪しい動きのある小都市がいくつかある、と書いてある。商人じゃないんだから、そんな資料、自分には読み解けませんって。


 でもでも、[北天]領域でも困ってるわけだし、[北天王]さんには、いろいろ教えてもらった恩もある。

 そう、砦の依頼じゃなくて、もらった薬草のお礼だ。そういうことにしよう!


「ただし、運良く見つけられたら、の話ですからね?」


「お引き受けいただけますか! ああ、ありがとうございます。ありがとうございますぅ」


 うわぁ、泣き出しちゃった。それだけ、重大な懸案事項だったんだ。しっかし、いい男が台無しだ。


 主任さんから、期限付きの[違法伐採者の討伐御免状]を預かった。討伐する時は、多少の周辺被害にも目をつぶるとか、他の砦に協力を求めてもいいとか、そういうもの。・・・無茶苦茶だ!

 最初は、無期限にするつもりだったようだが、任期が切れたあと後任者が認めてくれるかどうか判らないから、と説得した。王宮でもなければ、無期限の許可証の発行はむりでしょ。内容にも大いに問題があるし。


 これの発行を知っているのは、主任さん、副主任さん、巡回班の班長と自分のみ。裏がないのが確実なのは、このメンバーだけ。ポリトマさんの資料によれば、横流しの関係者がこの砦にも入り込んでいる可能性を否定できない、そうだ。なんだかなぁ。


 違法伐採団を見つけた、あるいは捕まえた時は、巡回班に連絡する事になった。なお、巡回は、区間ごと一日一回は行っている、とのこと。

 今日は、たまたま定期会議のために、班長全員が砦にそろっていた。その場で、こっそり、ひっそりと、顔合わせをした。会議が終わると、遠方を回っている巡回班の班長さん達が、大急ぎで砦を出発していった。


 ・・・[北街道]と[北天]領域が接している距離、結構あるんだけど。確かに、巡回班を構成するだけでも、いっぱいいっぱいなんだろうな。なんで、増員できないんだろう。


 報酬は、違法伐採されていた木材のすべて。持って帰るもよし、売却するもよし、と御免状に書いてある。って、自分は、商人でも木工職人でもないんですけど?



 一晩を砦で休ませてもらい、翌日、西に向けて出発した。砦から離れたところで、レウムさんに事情を説明する。


「という事情だそうですよ」


 そもそも西海岸行きに同行してなければ、こんな目に遭う事もなかったのに。半分は、レウムさんの所為だからね?


「ルーって、もしかして、すごく強いのかな?」


 筋力は、制御を外せば人相手なら無双だろうし、魔力量だけなら魔獣も逃げ出すレベルだし。あれ? 自分って、強い?

 でもこれって、力任せ、なんだよねぇ。「強い」というのとは、違う気もする。


「よく、わかりませんけど。いきなり、どうしたんですか?」


「うん。ぼくはね、ポリトマが呼んだような、通り名を貰ってるんだ。ハンターの中でも、通り名を持ってる人は滅多にいないよ。それで、その名前に恥じないように、たくさん依頼を受けて、また褒められて。


 でもね、得意になりすぎた報いで、一人でもできるからって無理を通して、とうとう怪我しちゃってね。そのとき、奥さんにすっごく怒られたし、泣かれたんだ。大事な人を泣かせちゃったら、だめだよね。


 それで、ハンターやめて、でも他に何もできなかった。奥さんや知り合いの商人がいろいろ手配してくれて、こうして、商売できるようになったんだ。それでも、まだまだ駆け出しのハンターよりは戦えるつもりだよ。


 北峠で、ルーが頑張っているところ、直接見たわけじゃないけど、魔獣の討伐には実力十分だと思う。だから、こう、なんていうのかな? ボクみたいに無理をするんじゃないかって」


 うーん。レウムさんは、自分を心配してくれてたんだ。


「何を強さの基準にするか、によると思いますけど」


「そういう事が言えるんだ。すごいね」


「自分は、どちらかといえば、面倒は嫌いだし、怖いのも嫌ですし、師匠にいわれたから「技」を身につけただけですし」


「でも、たくさん助けてくれた。本当に面倒ごとが嫌いなら、最初っからボクを置いていくよね?」


「たまたまでしょ?」


「ほら、無茶をしてる」


「・・・」


 肉食組には、交互に[北天]領域付近を見に行ってもらってる。真新しい轍のあととか、切り株がたくさんあるところとか。今のところは、まだ見つかっていない。


「自分は、自分のやりたいことしかしてないつもりです。だから、それで、怪我をしたとしても、その結果は受け入れる。レウムさんから見たら、無茶に見えるかもしれませんけど、人それぞれってことで」


「でも、それを心配している人がいることは忘れないで。ね?」


「・・・はい」


 アンゼリカさんとはまたひと味違う説教だ。お腹にぐぐっとくる。


 途中、巡回班に追い越され、すれ違った。黙礼する事で、何も起きていない事を知らせた。


 その日の野営では、ウサギの丸焼きを作った。帝都にかなりの量を置いてきたけど、まだまだあるんだよ。ハナ達にも、見張りのご褒美に一匹ずつ焼いてあげる。



 翌日は雨だった。街道はきちんと整備されているので、ぬかるみに車輪を取られることもない。だけど。


「レウムさん、大丈夫ですか?」


 荷台は左右天井が板張りで、前後にも雨の侵入を防ぐシートが付いている。でも、御者台に雨よけはついていない。レウムさんは、ずぶ濡れだ。いくらコートを羽織っていても、寒いんじゃなかろうか。だんだん、雨脚も強くなっている。


「ルーこそ」


 自分は大丈夫。フェンさんが作ってくれたマントは、撥水機能もばっちり。ただ、自分の体格に合わせて作ってあるので、レウムさんには小さすぎる。やっぱり、雨避けの結界を張った方がいいかな。でも、これ、まだ術弾では成功してないんだよねぇ。


「やっぱり、今日、移動するのはやめましょう」


 近くの集落にあった宿に駆け込み、宿泊させてもらう事にした。

 レウムさんには、先に部屋に入って着替えてもらう。自分は、馬小屋に行って馬達のぬれた体を拭いてやる。宿の従業員も手伝ってくれた。ムラクモも一緒に馬房に行ってもらう。馬車と馬達の用心棒だ。そう言うと、むふんっ、と鼻を鳴らし引き受けてくれた。頼もしい。


 自分も、体を拭く、振りをして、『温風』で乾かす。あ、レウムさんもこれで乾かせばよかった。体、冷えてないかな?


「これくらいは、大丈夫だよ」


 ニコニコと答える。顔色も悪くないし、熱も出てないようだ。


 夕食にはまだ早いが、食堂に降りて、来ていた人たちと話をする。遠くから来た商人だという事で、レウムさん、大人気。自分は、久しぶりに竪琴を出して、弾かせてもらう。


「あんた、ハンターだろ? それで、楽器も弾くって、ずいぶんと器用だね」


「ちょっとかじっただけですけどね。たまたま楽器を手に入れたので、使わなきゃもったいないな、と」


「いやいや、弾いてもらえて嬉しいよ。ここには、じじばばの笛太鼓しかないから」

「お前の長琴がへたくそすぎるからだよ」

「太鼓なんか調子はずれでさ」

「あんたこそ!」


 雨で、農作業ができないところに、旅人が来たというので、半分お祭りみたいな状態だ。

 できるだけ、明るいテンポの曲を奏でた。喜んでもらえた。


 宿には、西から来た隊商と、収穫前の畑を守るために雇われたハンターのグループもいた。が、[不動]の名前はすごかった。彼らも、レウムさんに張り付いて、根掘り葉掘り話を聞いたり聞かされたり。



 翌朝は、雲一つない快晴。なんだけど、宿を出てしばらくしたところで、馬車を止めてもらった。


「すみません。今のうちに作っておきたいものがあって」


「うん。いいよ。昨日、宿で聞いた話の事だろう?」


「この先に、いるそうですからね。ちょいと、下準備をしておきたいな、と」


 ロストリスのとげを取り出し、おろし金で摺り下ろす。汁を搾り、ガラス瓶に保存する。搾り滓と粉末にしたトレントの葉を混ぜ合わせた後、さらに獣脂と練って団子にする。もう一つ、槍の穂先だけを用意し、ロストリスの絞り汁に浸す。

 ロストリスの実も、摺り下ろした。絞り汁は、薄めて小瓶に小分けにする。実の絞り滓は、とげと同じ方法で団子にする。


「それ、何に使うのかな?」


「ふふ、結果は見てのお楽しみってことで。後で、ちゃんと何があったか報告しますから」


 相手の人数が多すぎるので、レウムさんをかばいきれない可能性がある。伐採箇所への入り口を見つけたら、ハナ達を護衛にして、レウムさんは先行してもらう事にした。


「本当に、無茶をしない?」


「無茶をしないための、準備です」


 無法者ども、目にものを見せてやる。自分に手間をかけさせた罪、身を以て知るがいい!

 やっぱり引き受けちゃいましたね。それはともかく、最後の台詞は、なんなの?

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