にぎやかな食卓
407
アンスムさんの執務室で、精米作業をしながら今後の手順を打ち合わせる。
「なあ、これ、何の意味があるんだ?」
「ディルは、黙って手を動かしてろ!」
「リゾットがすっごくおいしくなります」
「わかった!」
卵騒動でまーてんに戻ったときに、手回し式の精米器を作っておいた。
ロックアントの外容器に水晶の内容器をはめ込んだ、二重構造。蓋に横回しのハンドルをつけ、中のプロペラが玄米をかき回すようになっている。本当は、搗いた方が綺麗に精米できるんだろうけど、ハンディタイプでは再現しにくかったので、この形にした。
・・・なんで、自分は二個も作ったんだろう?
「ポリトマさん、水麦のぬか搗きをしてくれるところ、知りませんか?」
「すまない。私は聞いたことがないんだ。郊外ならあるかもしれないけど」
そうか、街中に水車はないもんね。
「こちらこそ、すみません。ぬか取りが間に合いそうにありません」
自分が食べるぶんだけ精米できればいい、と思ったので、およそ三合(飯盒一個分)しか入らない。一回の精米に三刻はかかる。出来れば四刻欲しい。
この調子では、残っているロクラフでリゾットを作るには、白米が到底足りない。
「それをしないと?」
「変な臭みが出ます」
「私は、水麦を探してくる!」
「まって! 牛乳と、あればチーズもお願いします!」
ポリトマさんが、ギルドハウスから飛び出していこうとするので、他の食材も頼むことにした。
「味付けは?」
「塩とこしょうです」
「じゃ、それも」
アンスムさん、容赦なし。
「俺、あの刻んだ香草がよかった」
「ディルは黙って作業しとけ!」
「いえ、あった方がいいです。好みですけど」
「じゃ、それも」
「・・・わかった。いってくる」
楽しい催しを企画し、街中が浮かれたところでこっそり帝都を脱出、王宮の頭が冷えた頃を見計らって、諸手を上げて大歓迎。
「って、ほんとうにやる気なんですか?」
「これくらいする必要があるの!」
アンスムさんは、企画書を書いては破り、書いては破り。いくら紙の豊富なクモスカータでも、それはどうかと。
「大丈夫、再生して使ってるから」
反古にされた紙の山を見ていたら、ぼそっと答えた。ああ、そうですか。
「自分は、地味ーに静かーにそーっと済ませてくれる方が嬉しいんですが」
「協力してくれるって、言ったよね?」
「程度によりけりです。きんきらな神輿作って自分を担ぎ上げて大通りを練り歩く、なんてことになったら、二度と立ち寄りませんよ?」
「それは困る!」
「なら、協力者の好みを最大限に反映させてくださいね?」
「・・・わかったよ。ちぇ〜、史上最大のお祭りにしようと思ったのに」
アンスムさん、お祭り男だったんですね。隊長さんとどっこいな性格だ。迷惑な。
「や・め・て・く・だ・さ・い」
「・・・はい」
「なあ、水麦買ってくるなら、俺、もうやらなくていいだろ?」
「今の作業は最後までやってください。もう一品作りますから」
「やる」
隊長さん、簡単すぎる。
猶予は最大一ヶ月、最短でも十日は帝都を離れることになった。自分が帝都に入る直前に、手紙で知らせる。それを受けてから、王宮と呼吸を合わせて歓迎会もしくは褒賞式を行い、内外に広報する。
離れている間、ギルドのお墨付きで、クモスカータ全域への立ち入り、採取を許可してくれた。アンスムさんは、その採取許可書を真っ先に作成してくれたくせに、まだ渡してくれない。
「けち〜」
「ポリトマに、日程の確認を取ってからでないと」
有力商人への根回しとか、王宮でも発言力のある貴族への根回しとか、うわさ話を街にばらまくタイミングを計るとか。
「ほんっとーに、そこまでする必要があるんですか?」
「あいつがそう言うんだから、そうなんだろう」
「そういう、アンスムさんは大丈夫なんですか?」
「今の、うちのハンターに、相手の実力を認めないような頭の軽いやつはいない」
そういう意味じゃなくて。
「助っ人を連れてきた」
ポリトマさんが帰ってきた、って言っていいのかね?
「ひっ」
アンスムさんが、引きつった悲鳴を上げる。
「アル坊! また会えたよぅ」
抱きつかれた。なんか柔らかいものがもにもにと。
「ルテリアさん?」
「ああ、知り合いだってね。アンスムの嫁さんだよ」
「いつの間に!」
ずいぶん前に、[深淵部]手前で会った事がある。たしか、ケチラ・ギルドの所属だった。どうやって、知り合ったんだろう。知りたいかも。
「ルテリアが、料理の采配をとってくれる。それから」
「アル様!」
「ルー!」
「また、なんでステラさん達が・・・」
とっくに西海岸に到着しているはずでは!
「[不動]が、帝都脱出の手助けをしてくれるって。こういうとき、顔が広いといいな」
ポリトマさん、それ、違います。
「アルファさん、さっき貰ったお茶、また淹れてもらっていいかな?」
「あ、はい」
茶器を借りて、人数分の縄茶を淹れる。隊長さんも小休止だ。
「さて、一息入れたところで、時間もない事だし、私が計画を説明しよう。
これからする事は、ロクラフの料理を振る舞って、人を集める。その裏で、アルファさんには帝都を出発してもらう。ここまではいいな?
具体的には、アルファさん、ロクラフの調理方法をルテリアと助っ人の料理人に教えてくれ。最初の一匹だけ手順を見せてもらって、あとは、ルテリアが中心になって、料理人達に作ってもらう。
[不動]は、足りなくなった食材を買いに郊外に出る、という名目で帝都を出る。本当は、西海岸まで行くわけだけど。その時、馬車にアルファさんを一緒に乗せていく。
ちなみに、ここまで来るのにも買い込んだ食材を運んでもらった。ということで、ギルドハウスに出入りしても怪しまれない。食材と一緒に、野営に必要な物資も一緒に乗せてきた。これは、帝都を出るまでアルファさんに預かってもらえば、万が一街門で馬車の中を見られても大丈夫。
これを完遂した後、本当の後始末にかかる。どうだ?」
蟻の入る隙間もありません。でもねぇ。
「はい」
「アルファさん、何か足りない部分でもあった?」
「いえ、食事を振る舞うって言うなら、ロクラフだけでは物足りないかな〜と。ウサギでよければ、百匹以上すぐ出せます。それに、甘いものがあってもいいですよね。ジャムもあるんです。大盤振る舞い、できませんか?」
「ウサギなら、その辺で獲れるだろ?」
隊長さん、本当にぶれませんねぇ。
「東の草原で獲れるやつで、はい、こんなかんじ」
皮を剥いだだけのを、一匹分、取り出す。
「大きいねえ」
「肉質も悪くない」
「煮込みでも丸焼きでもいけます。そうだ、アンスムさん、ここの調理場、お借りしますね」
削ぎ切りにしたウサギ肉に、酒で溶いた味噌を絡めて、こげないように焼く。
部屋に戻って、試食してもらう。
「なにこれ! 香ばしいっていうか、食感が! これウサギなの?」
「かむほどにうまみが〜」
「うう、酒が欲しい!」
「おいしいねぇ」
「やっぱり、嫁に「ディルは黙っとけ!」」
縄茶のお代わりを淹れて、感想を待つ。ついでに、味噌焼きのレシピもロー紙に書いておく。
「料理人は数人頼んだ。食材が増えるのは歓迎したい。だけど」
ポリトマさんが、沈鬱な顔をしている。
「口に合いませんでしたか?」
「そうじゃない。予算が足りない」
何だ、そんな事か。
「ウサギと漬け豆とジャムは、差し入れですよ。というより、食べきれないので貰ってもらえると、助かります。ということで貰ってください」
いくら便利ポーチの収容能力が膨大でも、使うのが自分一人じゃ溜め込む一方だ。世間に出せるものは還元したい。それに、喜んでもらえるなら、それにこしたことはない。
「「「「・・・」」」」
「さすが、賢者様!」
「じゃあ、砦の料理代は「それとこれとは話が別だ!」・・・」
「どうせやるなら、うんとにぎやかに。それに、お祭りに差し入れは付き物、でしょ?」
「〜すまない」
「甘えさせてもらう。ありがとう」
「ただし! もう一度帝都に来た時、大騒ぎにするのは、絶対に、やめてください」
「「・・・」」
油断も隙もありゃしない。
「ルー?」
「レウムさん、なんですか?」
「ボクの奥さんのは駄目だからね」
「はいはい」
「駄目ったら駄目!」
「[不動]のそんな顔、初めて見たかも・・・」
「うわぁ、奥さんに言いつけちゃおう」
「もう、見られてるからいいんだよ」
「「のろけだ〜」」
彼らのなれそめとか、いろいろ聞きたいけど、時間もない。
レウムさんとポリトマさんは、助っ人料理人を拾いに、また出かけていった。その間に、レシピを見直す。
料理人さん達がやってきた。立ち寄った隊商の傭兵さんや商人さんから、ロクラフの話を聞いて、興味があったらしい。ルテリアさんと一緒に、まずはレシピを読んでもらい、質問を聞く。明日の朝、実演する時に手順や味付けを確認してもらう。ロクラフの解体やかまどの準備などには、ハンターさんや買取解体担当のギルドスタッフも参加する。ステラさんとリディさんも、手伝ってくれることになった。
メインの食材は自分が提供したし、アンスムさんとポリトマさんが、持てるつてを使いまくって、資材や人員をそろえたし。それでも、企画した翌日にやっちゃおう、というのだからすごい。
その晩は、ギルドハウスの一室を借りて休んだ。
ギルドの修練場もそれなりに広い。
そこは今、早朝にもかかわらず、たくさんのたき火と、そこで焼かれているロクラフの匂いでいっぱいだ。そこに、時折炊きたてのご飯の香りも混ざる。自分は最初の調理を見せた後、助っ人料理人さん達の作ったものを、味見と称して一通り食べさせてもらった。うん、おいしい。
「どの料理も、思ったより難しくないのね」
「水麦の炊き方?が、一番覚えにくい」
「後は、皆さんで好きにアレンジしてください。もっとも、ロクラフはここにあるだけなんですけど」
「これだけ素材があると、何でも作れそうな気がする」
「誘ってもらえて、嬉しいよ」
「次のウサギが焼けたぞー」
「いたいた。「買い出しの時間]だよ」
「あ、はい。それでは」
ポリトマさんが呼びにきたので、料理人さん達に挨拶して、その場を離れる。ギルドハウスの裏側へ回ると、レウムさんの馬車が来ていた。
「じゃあ「頼む」ね?」
「では、「行ってきます」」
アンセムさんと挨拶し、レウムさんが馬車を出した。ポリトマさんも御者台にいる。自分は、少しでも印象が変わるように、いつもはポニーテールにしている髪を三つ編みにし、スカーフをリボンのように巻いた。
すでに出来上がった料理が、ばんばん振る舞われている。
ギルドハウス付近は、すごい人出になっていた。皆、美味しそうな匂いにつられて、続々と詰めかける。先に食べることが出来た人は、それはもう得意そうな顔をして、どんなに美味しかったかを吹聴している。
大量に採取されたものの日持ちのしない獲物があったときは、こうやって街の人に格安で振る舞うことはあるそうだ。ま、滅多にないけど。
自分達は、西海岸で売れ筋の商品の話や農作物の豊作の話をしながら、ゆっくりと西の街門へ向かう。
門兵さんは、すんなりと通してくれた。ポリトマさんはそこで馬車を降りる。
「気をつけて」
「はい。「行ってきます」」
「まかせておいて」
ここでも挨拶を交わして、ポリトマさんと別れた。
それにしても、
「レウムさん?」
「なんだい?」
「なんで、先に行かなかったんですか」
北峠から帝都まで馬車で二往復は出来る時間があったはずだ。
「ポリトマから、依頼を受けててね。それの入荷待ちだったんだよ」
本当かね?
カニの呪い、再び。




