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いつか、どこかで -森の約束-  作者: しまいね れーん
迷えるものたちの狂想曲
117/192

にぎやかな食卓

407


 アンスムさんの執務室で、精米作業をしながら今後の手順を打ち合わせる。


「なあ、これ、何の意味があるんだ?」

「ディルは、黙って手を動かしてろ!」


「リゾットがすっごくおいしくなります」


「わかった!」


 卵騒動でまーてんに戻ったときに、手回し式の精米器を作っておいた。


 ロックアントの外容器に水晶の内容器をはめ込んだ、二重構造。蓋に横回しのハンドルをつけ、中のプロペラが玄米をかき回すようになっている。本当は、搗いた方が綺麗に精米できるんだろうけど、ハンディタイプでは再現しにくかったので、この形にした。

 ・・・なんで、自分は二個も作ったんだろう?


「ポリトマさん、水麦のぬか搗きをしてくれるところ、知りませんか?」


「すまない。私は聞いたことがないんだ。郊外ならあるかもしれないけど」


 そうか、街中に水車はないもんね。


「こちらこそ、すみません。ぬか取りが間に合いそうにありません」


 自分が食べるぶんだけ精米できればいい、と思ったので、およそ三合(飯盒一個分)しか入らない。一回の精米に三刻はかかる。出来れば四刻欲しい。

 この調子では、残っているロクラフでリゾットを作るには、白米が到底足りない。


「それをしないと?」


「変な臭みが出ます」


「私は、水麦を探してくる!」


「まって! 牛乳と、あればチーズもお願いします!」


 ポリトマさんが、ギルドハウスから飛び出していこうとするので、他の食材も頼むことにした。


「味付けは?」


「塩とこしょうです」


「じゃ、それも」


 アンスムさん、容赦なし。


「俺、あの刻んだ香草がよかった」

「ディルは黙って作業しとけ!」


「いえ、あった方がいいです。好みですけど」


「じゃ、それも」

「・・・わかった。いってくる」


 楽しい催しを企画し、街中が浮かれたところでこっそり帝都を脱出、王宮の頭が冷えた頃を見計らって、諸手を上げて大歓迎。


「って、ほんとうにやる気なんですか?」


「これくらいする必要があるの!」


 アンスムさんは、企画書を書いては破り、書いては破り。いくら紙の豊富なクモスカータでも、それはどうかと。


「大丈夫、再生して使ってるから」


 反古にされた紙の山を見ていたら、ぼそっと答えた。ああ、そうですか。


「自分は、地味ーに静かーにそーっと済ませてくれる方が嬉しいんですが」


「協力してくれるって、言ったよね?」


「程度によりけりです。きんきらな神輿作って自分を担ぎ上げて大通りを練り歩く、なんてことになったら、二度と立ち寄りませんよ?」


「それは困る!」


「なら、協力者の好みを最大限に反映させてくださいね?」


「・・・わかったよ。ちぇ〜、史上最大のお祭りにしようと思ったのに」


 アンスムさん、お祭り男だったんですね。隊長さんとどっこいな性格だ。迷惑な。


「や・め・て・く・だ・さ・い」


「・・・はい」


「なあ、水麦買ってくるなら、俺、もうやらなくていいだろ?」


「今の作業は最後までやってください。もう一品作りますから」


「やる」


 隊長さん、簡単すぎる。


 猶予は最大一ヶ月、最短でも十日は帝都を離れることになった。自分が帝都に入る直前に、手紙で知らせる。それを受けてから、王宮と呼吸を合わせて歓迎会もしくは褒賞式を行い、内外に広報する。

 離れている間、ギルドのお墨付きで、クモスカータ全域への立ち入り、採取を許可してくれた。アンスムさんは、その採取許可書を真っ先に作成してくれたくせに、まだ渡してくれない。


「けち〜」


「ポリトマに、日程の確認を取ってからでないと」


 有力商人への根回しとか、王宮でも発言力のある貴族への根回しとか、うわさ話を街にばらまくタイミングを計るとか。


「ほんっとーに、そこまでする必要があるんですか?」


「あいつがそう言うんだから、そうなんだろう」


「そういう、アンスムさんは大丈夫なんですか?」


「今の、うちのハンターに、相手の実力を認めないような頭の軽いやつはいない」


 そういう意味じゃなくて。


「助っ人を連れてきた」


 ポリトマさんが帰ってきた、って言っていいのかね?


「ひっ」


 アンスムさんが、引きつった悲鳴を上げる。


「アル坊! また会えたよぅ」


 抱きつかれた。なんか柔らかいものがもにもにと。


「ルテリアさん?」


「ああ、知り合いだってね。アンスムの嫁さんだよ」


「いつの間に!」


 ずいぶん前に、[深淵部]手前で会った事がある。たしか、ケチラ・ギルドの所属だった。どうやって、知り合ったんだろう。知りたいかも。


「ルテリアが、料理の采配をとってくれる。それから」


「アル様!」

「ルー!」


「また、なんでステラさん達が・・・」


 とっくに西海岸に到着しているはずでは!


「[不動]が、帝都脱出の手助けをしてくれるって。こういうとき、顔が広いといいな」


 ポリトマさん、それ、違います。


「アルファさん、さっき貰ったお茶、また淹れてもらっていいかな?」


「あ、はい」


 茶器を借りて、人数分の縄茶を淹れる。隊長さんも小休止だ。


「さて、一息入れたところで、時間もない事だし、私が計画を説明しよう。

 これからする事は、ロクラフの料理を振る舞って、人を集める。その裏で、アルファさんには帝都を出発してもらう。ここまではいいな?


 具体的には、アルファさん、ロクラフの調理方法をルテリアと助っ人の料理人に教えてくれ。最初の一匹だけ手順を見せてもらって、あとは、ルテリアが中心になって、料理人達に作ってもらう。


 [不動]は、足りなくなった食材を買いに郊外に出る、という名目で帝都を出る。本当は、西海岸まで行くわけだけど。その時、馬車にアルファさんを一緒に乗せていく。


 ちなみに、ここまで来るのにも買い込んだ食材を運んでもらった。ということで、ギルドハウスに出入りしても怪しまれない。食材と一緒に、野営に必要な物資も一緒に乗せてきた。これは、帝都を出るまでアルファさんに預かってもらえば、万が一街門で馬車の中を見られても大丈夫。


 これを完遂した後、本当の後始末にかかる。どうだ?」


 蟻の入る隙間もありません。でもねぇ。


「はい」


「アルファさん、何か足りない部分でもあった?」


「いえ、食事を振る舞うって言うなら、ロクラフだけでは物足りないかな〜と。ウサギでよければ、百匹以上すぐ出せます。それに、甘いものがあってもいいですよね。ジャムもあるんです。大盤振る舞い、できませんか?」


「ウサギなら、その辺で獲れるだろ?」


 隊長さん、本当にぶれませんねぇ。


「東の草原で獲れるやつで、はい、こんなかんじ」


 皮を剥いだだけのを、一匹分、取り出す。


「大きいねえ」

「肉質も悪くない」


「煮込みでも丸焼きでもいけます。そうだ、アンスムさん、ここの調理場、お借りしますね」


 削ぎ切りにしたウサギ肉に、酒で溶いた味噌を絡めて、こげないように焼く。

 部屋に戻って、試食してもらう。


「なにこれ! 香ばしいっていうか、食感が! これウサギなの?」

「かむほどにうまみが〜」

「うう、酒が欲しい!」

「おいしいねぇ」

「やっぱり、嫁に「ディルは黙っとけ!」」


 縄茶のお代わりを淹れて、感想を待つ。ついでに、味噌焼きのレシピもロー紙に書いておく。


「料理人は数人頼んだ。食材が増えるのは歓迎したい。だけど」


 ポリトマさんが、沈鬱な顔をしている。


「口に合いませんでしたか?」


「そうじゃない。予算が足りない」


 何だ、そんな事か。


「ウサギと漬け豆とジャムは、差し入れですよ。というより、食べきれないので貰ってもらえると、助かります。ということで貰ってください」


 いくら便利ポーチの収容能力が膨大でも、使うのが自分一人じゃ溜め込む一方だ。世間に出せるものは還元したい。それに、喜んでもらえるなら、それにこしたことはない。


「「「「・・・」」」」

「さすが、賢者様!」

「じゃあ、砦の料理代は「それとこれとは話が別だ!」・・・」


「どうせやるなら、うんとにぎやかに。それに、お祭りに差し入れは付き物、でしょ?」


「〜すまない」

「甘えさせてもらう。ありがとう」


「ただし! もう一度帝都に来た時、大騒ぎにするのは、絶対に、やめてください」


「「・・・」」


 油断も隙もありゃしない。


「ルー?」


「レウムさん、なんですか?」


「ボクの奥さんのは駄目だからね」


「はいはい」


「駄目ったら駄目!」

「[不動]のそんな顔、初めて見たかも・・・」

「うわぁ、奥さんに言いつけちゃおう」

「もう、見られてるからいいんだよ」

「「のろけだ〜」」


 彼らのなれそめとか、いろいろ聞きたいけど、時間もない。


 レウムさんとポリトマさんは、助っ人料理人を拾いに、また出かけていった。その間に、レシピを見直す。

 料理人さん達がやってきた。立ち寄った隊商の傭兵さんや商人さんから、ロクラフの話を聞いて、興味があったらしい。ルテリアさんと一緒に、まずはレシピを読んでもらい、質問を聞く。明日の朝、実演する時に手順や味付けを確認してもらう。ロクラフの解体やかまどの準備などには、ハンターさんや買取解体担当のギルドスタッフも参加する。ステラさんとリディさんも、手伝ってくれることになった。


 メインの食材は自分が提供したし、アンスムさんとポリトマさんが、持てるつてを使いまくって、資材や人員をそろえたし。それでも、企画した翌日にやっちゃおう、というのだからすごい。


 その晩は、ギルドハウスの一室を借りて休んだ。


 ギルドの修練場もそれなりに広い。

 そこは今、早朝にもかかわらず、たくさんのたき火と、そこで焼かれているロクラフの匂いでいっぱいだ。そこに、時折炊きたてのご飯の香りも混ざる。自分は最初の調理を見せた後、助っ人料理人さん達の作ったものを、味見と称して一通り食べさせてもらった。うん、おいしい。


「どの料理も、思ったより難しくないのね」

「水麦の炊き方?が、一番覚えにくい」


「後は、皆さんで好きにアレンジしてください。もっとも、ロクラフはここにあるだけなんですけど」


「これだけ素材があると、何でも作れそうな気がする」

「誘ってもらえて、嬉しいよ」

「次のウサギが焼けたぞー」


「いたいた。「買い出しの時間]だよ」


「あ、はい。それでは」


 ポリトマさんが呼びにきたので、料理人さん達に挨拶して、その場を離れる。ギルドハウスの裏側へ回ると、レウムさんの馬車が来ていた。


「じゃあ「頼む」ね?」


「では、「行ってきます」」


 アンセムさんと挨拶し、レウムさんが馬車を出した。ポリトマさんも御者台にいる。自分は、少しでも印象が変わるように、いつもはポニーテールにしている髪を三つ編みにし、スカーフをリボンのように巻いた。


 すでに出来上がった料理が、ばんばん振る舞われている。

 ギルドハウス付近は、すごい人出になっていた。皆、美味しそうな匂いにつられて、続々と詰めかける。先に食べることが出来た人は、それはもう得意そうな顔をして、どんなに美味しかったかを吹聴している。

 大量に採取されたものの日持ちのしない獲物があったときは、こうやって街の人に格安で振る舞うことはあるそうだ。ま、滅多にないけど。


 自分達は、西海岸で売れ筋の商品の話や農作物の豊作の話をしながら、ゆっくりと西の街門へ向かう。


 門兵さんは、すんなりと通してくれた。ポリトマさんはそこで馬車を降りる。


「気をつけて」


「はい。「行ってきます」」


「まかせておいて」


 ここでも挨拶を交わして、ポリトマさんと別れた。


 それにしても、


「レウムさん?」


「なんだい?」


「なんで、先に行かなかったんですか」


 北峠から帝都まで馬車で二往復は出来る時間があったはずだ。


「ポリトマから、依頼を受けててね。それの入荷待ちだったんだよ」


 本当かね?

 カニの呪い、再び。

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