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いつか、どこかで -森の約束-  作者: しまいね れーん
迷えるものたちの狂想曲
116/192

行為の対価

406


 一応、アンスムさんに報告しておこう。ちょこっとでも、関係者になってるから、仔細を知る権利はあるだろう。


 アンスムさんは、大して時間も立ってないのに自分がギルドハウスに帰ってきたことに驚いていた。それもそうか。

 まだ、隊長さんもいた。それだけじゃない。


「はじめまして。クモスカータ商工会のポリトマといいます。よろしく、お見知り置きください」


 アンスムさんと同年代の男性が、にこやかに挨拶してくれた。この人にも、聞いてもらうか。


「猟師のアルファです。よろしく、と言いたいところなんですが、さっき、王宮でひと暴れしてきちゃいまして」


「「「え?」」」


「昨日聞いてた団長さん、うわさ以上でしたね〜。で、売られたケンカをきっちり買いあげてきました」


「「・・・」」

「そ、それで?」


 隊長さんが、先を促す。


「右腕つかんで、投げ飛ばしました。多分、右腕はもう剣を握れないと思います。それで、最後に投げた時に、お尻を地面に叩き付けちゃって」


 男三人が真っ青になった。いや、それ、女性でも痛いから。


「それで、王様に「ごめんなさい。反省しました。二度と来ないから許してね」と言って、王宮から逃げ出してきたところです」


「「「・・・」」」


 「騎士団長」を衆目の中で、ぶん投げてきたのだ。やっちゃう前に王様の許可はもらっておいたけど、それこそ、国の体面を考えると「立ち入り禁止」ぐらいしないと駄目だろう。


「ということですので、もうお会いすることはないと思うんですが・・・」


「ちょっと待って!」

「陛下とは、他に話をしなかったのか?」


 アンスムさんが質問する。


「それどころじゃないですよ。王様が何か言おうとするたびに、団長さんが遮っちゃって」


「・・・なんと言われたか、全部教えてくれませんか?」


 ポリトマさんも、地獄の底から響くような声で訊ねてくる。


「ええと。「その顔と体でたぶらかし、手柄を横取りした」だったかな?」


「「なんだって?!」」


「王様の前でぶちぶちと文句言って、ちゃんとお話する前に「練兵場に出ろ」ですからね。

 それに、最初から、力比べというか「叩き潰してやる!」って勢いでしたから。お相手するのが親切というものでしょ」


 王宮内だったら、証言力のある見物人の前で、白黒はっきりさせられるし、怪我の手当もしてもらえる。自分が、じゃないよ? ・・・やっぱり、やり過ぎちゃったよねぇ。全治、何年くらいだろう。


「それで、褒賞の話は!」


 アンスムさん、またまた質問ですか。


「それも、団長さんが遮ってたと思いますよ。もっとも、ちゃんと「要りません」って、はっきり言ってきましたけど。それがなにか?」


「要らないですむ話じゃない!」


 うわお! いきなり大声出さないでよ。


「いいかい? ロックアントの死体っていう、立派な証拠があるんだ。それを討伐した者に報酬を出すのは、ギルドや王宮の当然の義務だ。それを」


「だから、自分、そんなものが欲しくて狩ったんじゃないんですって」


「ちがう! 義務を果たさなければ、権利は主張できない。

 だけど、今回は、王宮だけで討伐の証拠品を全部運んでしまった。それは、王宮主体で報酬を保証すると言ってるも同じだ。ギルドが先に報奨金をだせば、それはそれで王宮の顔に泥を塗ることになる」


 うわぁ。また、メンツだ。別の面倒が湧いてきた。


「では、王宮から褒賞を貰ったふりをしておきます」


「それじゃあ意味がない」


 ポリトマさんが、相変わらず低い声で話す。


「事は、この国だけに収まらないんだ。今回の討伐は、既に商人達に知られている。その後の結末も、きちんと公表されて、周知されなければならない。表向きだけの表彰でなんの報酬も出してません、なんて事が明らかになったら、どんな裏があったかと勘ぐられる」

「討伐活動に対する報賞がまともに行われないとなれば、今後、どんなハンターも大規模討伐に参加しなくなる。ギルドにとっては、死活問題なんだよ!」

「それに、討伐がまともに行われない国に、商人が喜んで出向くと思うかい?」


 え〜、そんな、そこまでおおごとになりますか!


「団長を叩きのめした後、陛下とお話できたのか?」


「いえ?」


 というより、誰も声をかけてこなかったし。


 アンスムさんとポリトマさんが、そろってがっくりと頭を垂れた。


「まずい、まずいよこれは」

「あの、暴力野郎のせいで!」

「それにディル! お前もだ!」


「俺。俺?」


「アルファさんのオモシロ報告書、読んでみろ」


 それが、どうかした?


「ロクラフの料理、お前が「依頼」して、作ってもらったんだって? 当然、報酬を渡してるはずだよな?」


 アンスムさんに言われて、隊長さんの顔がこわばった。


「あの! あれは、関所の隊商からの要望を受けて、でですね?」


「直接、アルファさんに依頼したこいつの責任です!」

「この! お前の食い意地のせいで!」

「すまん! まずかった! 謝る!」

「「今更遅い!」」


 あちこちから、いろいろ貰ってきたけど、押し付けられてきたけど、そういう理由もあったのか、な?


「もしもし。よかったら相談に乗ってもらえませんか?」


「相談?」


 今まで、国関係でやらかした事とそれに対する報酬が釣り合っているかどうか、第三者から判断してもらいたい、と思ったからだ。

 聞いてくれるというから、ローデンでの話からムガルで貰った盗賊討伐の報酬まで、ひととおり話した。


「それぞれの国の方針とかもあるからね」

「だいたい、相応だと思うが」


 そうなんだ〜。分不相応というか、多すぎる、って思うのは自分だけらしい。でも、ほんとに、要らないんだよね。あ、薬草の図鑑は別。


「あとですね? ロックアントの討伐の話なんですけど」


「それが、どうしたんだ?」


「ほら、最初、ローデンに行くきっかけになった件、あれはローデンギルドに売り払ってて、討伐とか報償とかには関係ないんですよ。だから、今回のも」


「いや、違うね」


「どこが、ですか?」


「まず、時期が違う。アルファさんの話では、頻繁に徘徊する時期は決まっているのに、今回のは時期外れだ。それに、変異種ばかり、それも二十三体現れている。とても、通常の採取とは言えない」

「そのとおり! 十分、報賞に値する」


 アンスムさんの説明に、ポリトマさんが太鼓判を押す。でも、ロックアントの習性は、広く認知されてるわけじゃないし、鵜呑みにするのはどうかと。おーい、聞いてますかー


「じゃ、じゃあ、シンシャで討伐料の代わりに貰ったシルバーアントは」


「シンシャの都合もあるんだろうけど、十七匹の売却金額は報奨金としては妥当だ。解体費や運送料は別だけど」


「なら、クモスカータの場合も、それで」


「「足りない」」


「え?」


「隊商だけじゃない。関所も保護されたんだ。全然足りないよ」

「もし、その前のロクラフでもっと被害が出ていたら? そして、そこにロックアントの変異種が現れてたら・・・」


 隊長さんが、ぞっとした顔をする。


「でもでも、それは「もしも」の話で・・・」


「だから、そのもしもが起きたとき、どれくらいの被害が出ていたか、それをどれだけのリスクで回避できたか、そこをちゃんと計って討伐料とか報奨金とかは決めているんだ」

「兵士一人死んだら、その兵士の家族への補償、そして、後任の訓練のための経費が必要となる。砦の設備一つでも大破していたら、それを回復させるのにかかる費用は大変なものだよ?」

「それをこいつは! このバカは!」


 隊長さん、何も言えないまま小さくなっている。


「・・・それだけじゃない。騎士団長が、討伐の功労者に言いがかりをつけて、暴力を振るった。そんな話が広がったら、クモスカータからハンターがいなくなるよ?」

「ロクラフを追い払う方法も、アルファさんが指示したからうまくいった、って到着した隊商から報告を受けている。隊商の恩人に対して王宮が無体を働いた、なんて話が広がったら、商人も逃げ出してしまう・・・」


 アンスムさんとポリトマさんが、石のような顔をしてぼそぼそと今後の展開を言い合う。どう聞いても、お先真っ暗?


「そ、そこまで大げさに考えなくても・・・」


「それを考えるのが僕たちの仕事なの!」

「だのに、私達が苦労しているというのに、王宮が足を引っ張るなんて・・・。どうしてくれよう」


 二人とも、少しはおちついてよ。

 便利ポーチから、残しておいたロクラフのリゾットとスープを取り出し、二人に勧める。暖かいものを食べれば、冷静になるだろう。


 隊長さんが、目を見開いた。


「まだあったのか!」


「最初に作った料理の、残りですけどね。とにかく、食べて、落ち着いてくださいよ」


「ディル、これ、この料理、もしかして?」

「そうだよ、これなんだよ。もう食べられないと思ってたんだ」


「すみません。二人分ぐらいしかないです」


「ええっ! 俺っ、俺の分は!」


「関所で、山盛りに食べたでしょ?」


 自分と隊長さんの掛け合いそっちのけで、アンスムさんとポリトマさんがリゾットを食べる。


「ん〜! これは確かに!」

「・・・」


 あっという間に、食べてしまった。


「俺にも、俺にも一口ーっ」

「食べた人が、「料理人さん」と呼ぶのも無理ないな」

「ふわぁ〜。なんていうか幸せな味だなぁ」


 うん、さっきよりも表情が柔らかくなった。


 食後の縄茶もすすめる。


「これはまた・・・」

「口の中がさっぱりするね」

「俺の飯、俺のロクラフ・・・」


「さて、落ち着きました?」


「あ、ああ。すまない」

「美味しかったよ。ありがとう」


「じゃあ、これからのことを、もう少し冷静に考えてみましょうか」


「・・・そうだな」

「だけど、どこから手を付ければいいのか見当がつかないよ」


「自分にもさっぱりですよ。でも、混乱は望むところではありませんし。要は、王宮の不祥事というか、対応のまずさを公にならないようにすれば、いいんですよね?」


「!」

「そう、その通り!」


「で、どうしましょう?」


「う」

「ああ・・・」

「俺のロクラフ〜」


 隊長さんは、こんな時でも全くもってぶれない人だ。


「う〜ん。どうにかして時間稼ぎして、その間に手を回す、ぐらいしか思いつかないんですが」


「時間稼ぎ、か。出来るか?」

「口実が思いつかない」

「一口、あと一口・・・」

「ディル! お前は黙っとけ!」


 ん? 使えるかな?


「アルファさん? 何、考え込んでるの?」


「さっきの料理、どうでしたか?」


「どうって、すごく美味しかったよ」

「うん、気分も落ち着いたし。それが?」


「ロクラフ祭り、は、どうでしょう?」


「「「は?」」」


「おいしい物を食べて、落ち着いて、嫌なことはほっぽり投げて、ちょっとでも気持ちよくなってもらって。で、それを時間稼ぎに使えないかな〜って」


「ロクラフは鮮度が命って、言ってただろ?」


「内緒ですけど、隊商に戻る前に、拾っておいたのがありまして。で、自分のマジックバッグ、鮮度保持できたりして・・・」


「そういえば! さっきの料理、温かかった!」

「そんな機能がついたマジックバッグなんて、聞いたことない・・・」


「自分のオリジナルというか、特別製で、しかも他の人には使えないという意地悪仕様なんですけど。それは置いといて! どうです? やります? やるなら、全部出しますよ?」


「何匹ぐらいあるんですか?」


「峠で食べた分ぐらいは」


「まてよ! 確か水麦は全部使っちゃったって」

「ディル! それもたかってたのかお前は!」


「ぬかを取ってないものでよければ。ちょっと時間をもらえれば、食べられるようにしますし」


「それでも、稼げるのは一日ぐらいだよ?」

「王宮につなぎを取って、反省させて、対応取らせて・・・、ダメだ。間に合わない」

「なあ、調査は?」

「ディル、なんだ? その、調査って」


「ああ、ローデン・ギルドからの指名依頼、って名目で街道をぐるっと回ってます」


 自分でもすっかり忘れてた。だって、西側の魔獣の暴走も、片がついちゃったんだもん。


「依頼書、見せてもらってもいいかい?」


「どうぞ」


 [魔天]のトレントとドリアードの分布調査、となっている。


 二人が頭を突き合せて、小声で相談を始めた。

 その間に、ロー紙を取り出し、ロクラフの調理方法を書き出す。計量カップとか使ってないから、目分量でどこまでできるかな〜。


「アルファさん?」


 相談が終わったらしい。


「なんでしょ」


「表彰するべき人に、さらに依頼というかお願いというか図々しいとは思うんだが」

「しばらく時間をくれないか」


「はい?」


「ロクラフはすべて買い取らせてもらいたい。それで、住人や商人の目を逸らしている間に、帝都から離れていて欲しい。[北天]の調査でも何でもいい。気に入ったものがあれば、好きに採取してくれてかまわない。アルファさんが帝都にいない間に、万全の準備を整える。頼む! 協力して欲しい!」

 すんなり撤収、はできませんでした。

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