求める力
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「ほら、関所に来るかもっていうから。本当は「大歓迎します!」って言いたいところだったんだけど、全部まとめて王宮から手紙を出すって、強引に押し切られちゃって。後で、文面を聞いてぶっ飛んだよ。失礼だよねぇ。あれだけ大活躍してくれた人に対して、「召喚状」? 何考えてるんだろうね」
半分、愚痴のようなアンスムさんの弁解を聞きながら、お茶をいただく。豆茶だ。ローデンの喫茶店よりは味が薄い。いうなれば、アメリカン。
「はあ。それで、自分への用件は、なんでしょうか?」
「だから、大歓迎」
「はい?」
「いろいろと武勇伝を聞いているからね。楽しみだったんだ〜」
アンスムさんが、嬉しそうに身を乗り出してくる。しかし、武勇伝ってなんなんだ?
「どこからどんな話になってるのか、そこがもう怖いんですけど」
「そう? トップハンターなんか、あることないことごちゃ混ぜで吹聴しているよ?」
自分はなんにもしてません、と、全部シラを切りたいくらいなのに。
「自分の趣味じゃないですね」
「あはははは。聞きしに勝るおもしろさだ!」
「おもしろがるだけならいいんですよ。それを真に受けて、いらない手出しをされるのが嫌なんです」
「それを返り討ちにして、楽しんでる人もいるみたいだけど」
「そういうのは、おじさん達にお任せします」
「自分ではやらないの?」
「めんどくさいし、疲れるじゃないですか」
爆笑した。隊長さんは、唖然としている。
「アンスムが、大笑い? 信じられん・・・」
「ディルが女性と二人旅、ってのも眉唾物だよ?」
「関所からこっち、美味しいものの話しかしませんでしたね」
「たいていの女性は、それで腹を立てて振っちゃうんだよ」
「当然でしょう」
「わかる?」
「自分も女性のつもりですから」
「つもりも何も、美人そのものだよね。それで、あれだけのロックアントを叩き伏せて自分は無傷って、それこそ物語のようだよ」
ああ、やっぱり。
「信じるも信じないも、ご自由にどうぞ。でも、王宮からの召喚も、やっぱり、それ、でしょうか?」
「間違いなく、それ、だね。でも、なんでだろう? 表彰に先立って、事実を確かめるっていうなら、別の名目にしそうなものだけど」
「王様の前で、腕試ししてください、とか?」
「「ああ」」
なに? その反応は。
「団長なら、やりそうだな」
「は?」
「今の騎士団長、「俺様が一番!」な人だから」
「元々ハンターやってて、それから騎士団に招かれて、数年前、団長職に就いたんだ」
「クモスカータで[魔天]に近いのは北峠と西峠くらいだし、ロックアントは[北天]にいないからね。それでも、数回はやり合ったことがあるって。それが自慢だって、うちにいたときに聞いたことがあるよ」
討伐じゃなくて、やり合う、か。ローデンのお兄さんも該当するよねぇ。はて、どっちだ?
「僕は、ローデンの巨大サイクロプスの話を聞いたからね。嘘じゃないと思ってる」
「俺、目の前で見てても、信じられなかった。あんたが森に向かった後、残ってたロックアントを見て、ようやく実感したんだ」
「すっごく嫌な展開になりそうです」
「う。なんか、ごめん?」
「アンスムさんが謝ることじゃないですけどね。そうだ、おすすめの宿、あったら紹介してもらえますか?」
「もちろん! これから案内するよ」
「それと、王宮からの呼び出し、ここに連絡するように門兵さんにお願いしてしまったんですけど」
「まだ、宿が決まってなかったから、しょうがないだろ?」
「そうだね。うん、連絡がきたら、宿に知らせをだすよ」
「お手数かけます」
「それでさぁ。できれば一部始終を教えてくれないか?」
「隊長さんが見てたでしょ」
「え〜、あんな魔獣の討伐記録なんて滅多にないし。騎士団からの報告書、まだこっちに届いてないんだ。当事者の報告書、貰えないかな〜」
なんだかんだいっても、ギルドのトップを張ってるだけはある。ちゃっかりしてるわ〜。
「じゃ、宿で一休みしてから、書いてきますね」
「いいよ、いいよ。楽しみに待ってる」
報告書を楽しみにするギルドマスター。仕事熱心というか、でも何か間違っているような気もする。
宿に案内してもらって、宿泊手続きをとった。帝都の中では比較的静かな場所にあって、少しは落ち着ける。明日、またギルドハウスに行くことを約束してアンスムさんと別れた。
隊長さんも、同じ宿に泊まることになった。何でも、仕事で来たならともかく、休暇中なので、王宮の騎士団宿舎は使えないらしい。また、実家は帝都郊外にあって、帝都内には別宅を持っていないそうだ。休暇を使ってまで、帝都に来たがるとは。食い道楽で身を滅ぼさなきゃいいけど。
宿の部屋で、報告書を書いた。ロクラフが出てきたところから、二十三匹を仕留めるまで。もちろん、『霧原』に隠れて獲りまくった本隊や[魔天]で見つけた卵の話は、さくっと省いてある。後続隊を逃がさないように張った結界は、関所の兵士さん達もばれてないようなので、これも削除、と。騎士団に提出する分と自分の記録用も合わせて、三部、作っておいた。
おまけで、隊長さんの観察日記もつけておく。アンスムさん、楽しんでくれるかな?
翌朝、朝食を終えて、ギルドハウスに向かう。アンスムさんに報告書を渡して、しばらく談笑しているところに、王宮からの迎えが来た。
「では、行ってきます〜」
「気をつけてね」
「俺、休暇中だから、立ち入り禁止されてて」
「役立たず」
「ひでえ! ちゃんと案内してきただろ?」
「王宮の情報を教えてあげててもよかったじゃないか」
「そ、それは〜」
「ほどほどにして、切り上げられるよう努力してみます。では」
漫才している二人に見送られて、王宮に向かった。
クモスカータ王宮は、無駄に広かった。にもかかわらず、案内されたのは、小さなサロン。いや、きんきらきんの大広間で謁見、よりはまだいいか。
お茶を出されることもなく、しばらく待ってから、王様らしき人とがっつり鎧を着込んだ大男がやってきた。王宮の中でも完全武装って、あんまりいい感じはしないな。
立ち上がって礼をする。呼び出しだからね。自分から声をかけるのは、マナー違反だろう。
「楽にしてくれ」
相手が座ったので、自分も着席する。鎧男は立ったままだ。というより、仁王立ち。兜の裏から、自分を見定めようとしているかのようだ。
「お招き、ありがとうございます。自分が、猟師のアルファです」
挨拶はした。さて、ここからだ。
「余がクモスカータ国王だ。よく来てくれた」
「クルビス・コリンキー、騎士団長だ」
太い声だ。
「さて、今回、貴殿を招いた理由だが「陛下、本気で信じられるのですか? こんな小娘を」・・・」
団長さんが、王様の発言を遮っちゃったよ? いいの?
「どうせ、その顔と体でたぶらかし、手柄を横取りしたんだろう。違うか?」
いきなりなご挨拶だなぁ。この手の人とはそりが合わない。あのロックアントの卵の方がまだまし。でもまあ、言うだけは言っておこう。
「陛下。自分は、たまたまあの場に行き会わせただけですので、表彰も報酬も無用でございます。隊商に被害がなかった、それでよろしいじゃありませんか?」
「そうか? そう言ってくれるか。貴殿には、心から「陛下!」・・・」
「口先だけで、取り入ろうとしたって無駄だ!」
「クルビス、少し黙っていてくれないか?」
「いえ、陛下。このような素性の知れない女とお話になることはありません!」
どうやら、団長さんは、最初っから「他者から奪った討伐の功績で王様に媚を売る、怪しげなやつ」と決めつけている。「召喚状」を書いたのも、たぶん、この人だ。
「おい、女。貴様の手柄とやらが本当かどうか、俺が確かめてやる。練兵場に出ろ!」
ふぅん? 不審者は、団長さん直々に「取り調べ」て潔白かどうか判断する? でも、それが事実かどうか確かめるなら、他にもいろいろな方法があるでしょうに。
・・・だめだ、ケンカを売られているとしか思えない。ならば。
「そうですね。騎士団長殿が砦にいらっしゃれば、自分の出番などなかったでしょうからね」
「・・・貴様、俺を侮辱しているのか?」
おや、「もちろん、その通りだったとも!」なんて、返してくるかと思ったら。
「いえ? 団長殿のおっしゃりたいことを、代弁して差し上げただけですが?」
王様のいすを回り込み、自分の襟首をつかもうとする、その手を払いのけた。団長さんの手甲が、がちん、と音を立てる。
「練兵場とやらで、お相手すればよろしいのですよね。陛下、お許しいただけますか?」
騎士団長の上司に当たる王様に立ち合いの許可をもらっとけば、どんな結果になっても「その場で打ち首」になることはない、だろうし。
「・・・許可しよう」
よっしゃ。
サロンの扉の前にいた兵士さんに案内されて、練兵場に移動する。団長さんは、自分より先に到着していた。
着込んでいる鎧は、すべてロックアントの特注品。それだけではない。背後に、何本もの剣や槍を並べ立てている。刃を潰してあるようには見えない。つまり、殺す気でかかってこい、と、いうことだね。嫌だなぁ。
師匠が言っていた。「技を磨け」と。
たぶん、団長さんのような剣の力しか信じていない人は、魔術や薬を使って勝っても、「卑怯」の一言で、己の負けを認めたりはしないだろう。
まあ、自分の存在は、どこをとっても「卑怯」ではある。放っおいてくれればいいのに。
それはともかく、どんな「技」で、どの程度のダメージを与えれば、「負けた」気になってくれるだろうか。
武器は、すべて使用不可な状態に破壊する。その上で、命に別状がない程度に身体の損傷を与える? 難しいな。
練兵場の中央で対峙する。
団長さんは、王様が何も言わないうちに、槍を握って襲いかかってきた。
今回は、「変なナイフ」を使おう。一応は、刃物の範疇だし。無手でやりあえば、それはそれで、馬鹿にされた、とかいって逆上しそうだし。
突進を躱し、右手のナイフで突き出された槍を数本に分断する。団長さんは、あわてて飛び退き、腰の剣を引き抜いた。
それを捨て置き、団長さんの背後に回る。控えの剣を取り上げ、鞘の上から肘打ちし、くの字に曲げる。槍は、膝の上でべこべこにへし折った。大槌の柄を折り取って、ハンマー部分を『握り』潰す。
実戦用の武器の強度も確かめられて、一石二鳥、って、駄目?
「貴様っ!」
団長さんが振り向いたときには、すべて使用不可能になっていた。
練兵場の端には、訓練用の武器類がいくつも並べてある。だけど、団長さんにはそれも使わせたくない。
自分が向かう前に、他の兵士さんが慌てて保管庫に運び入れてしまった。武器を持っていた兵士さん達も、大慌てでそれらを保管庫に片付けている。それなら、団長さんが使うこともできない。
よし。残りは、団長さんの握る剣と本人だけだ。
ナイフを構える。
「ふざけてるのか? そんなもので俺の相手になるか!」
確かに、剣を振るうスピードはある。剣筋もそこそこまともといえる。それを、自分は体さばきだけで躱していく。髪の毛一本かすらせない。
「がっ、このっ、ちょこまかとっ」
身の軽さが身上ですから。
ちょうどいい場所に、剣の腹がきた。掌底を構え、剣の付け根を打ち抜く。
バキン
剣本体が、握る柄から分離した。
掌底の一撃で上体が泳いだところで、脇腹めがけ蹴りを放つ。加減はした、ので、胴体に風穴が開いたりはしない。それでも、鎧が大きくへこんだ。
団長さんは、その場で回転するように倒れ込む。すぐに、脇腹を押さえながら立ち上がってきた。まあ、鎧を着込んでるからね。それでは、と。
うん、「変なナイフ」の切れ味の方が上だった。鎧を少しずつ切り取っていく。
膝や肘へちょこちょこ打撃を入れるのも忘れない。体幹は狙いから外している。下手をすれば全身不随になってしまうから。
そのうちに、鎧を固定している部分が壊れた。腕や足から、はがれ落ちる。そうか、しまったな。最初から、つなぎ目を壊しておけばよかった。
手足に受けたダメージで、膝は震えてるし、左腕は下がったままだ。それでも、右手で刃のない剣の柄を握りしめ、利かない足でにじり寄る。
「き、貴様っ、どんな、手妻を、使った!」
「さあ? ご自分で見ていらしたのでは?」
「ふ、ざけるなあぁぁぁっ」
ごっつい右手で殴り掛かってきた。もはや、拳に力は乗っていない。もちろん、まともに受けたりはしない。顔を左にそらせ、くるりと背を向けると、振り抜かれた右腕をつかみ、そのままぐいっと振り下ろす。
あ、右腕で「びしっ」っていった! 腕はちぎれていない。いないけど、何かが切れた感触。
・・・でもって、背中からいくはずだったのに、先に腰が地面に叩き付けられる。すでに、腰回りの鎧もはがれ落ちている。つまり、尾てい骨が。
「ぎゃあああぁぁ」
団長さんは、白目をむいて気絶した。やっちゃったか!
・・・一応、息はしている。死んでない。
ナイフをしまって、服をはたく。その音で、見物人一同がびくっとなった。 王様の前に行った。顔中に汗をかいて、引きつっている。うーん、ちょっとやり過ぎた?
「申し訳ありません。陛下の盾に、身をわきまえず暴力を振るってしまいました。反省の証として、以降、クモスカータ国に立ち入らないことを誓います。それでは、失礼します」
すたすたと練兵場を後にする。皆、自分が近づくと飛び退いて離れる。・・・ドアさえ、開けといてくれれば、別にいいけどさ。
ま、これって、シンシャでやったことと同じだもんね。
誰にも遮られることなく、王宮から立ち去ることができた。
最近、沸点が低くないですか?




