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いつか、どこかで -森の約束-  作者: しまいね れーん
迷えるものたちの狂想曲
115/192

求める力

405


「ほら、関所に来るかもっていうから。本当は「大歓迎します!」って言いたいところだったんだけど、全部まとめて王宮から手紙を出すって、強引に押し切られちゃって。後で、文面を聞いてぶっ飛んだよ。失礼だよねぇ。あれだけ大活躍してくれた人に対して、「召喚状」? 何考えてるんだろうね」


 半分、愚痴のようなアンスムさんの弁解を聞きながら、お茶をいただく。豆茶だ。ローデンの喫茶店よりは味が薄い。いうなれば、アメリカン。


「はあ。それで、自分への用件は、なんでしょうか?」


「だから、大歓迎」


「はい?」


「いろいろと武勇伝を聞いているからね。楽しみだったんだ〜」


 アンスムさんが、嬉しそうに身を乗り出してくる。しかし、武勇伝ってなんなんだ?


「どこからどんな話になってるのか、そこがもう怖いんですけど」


「そう? トップハンターなんか、あることないことごちゃ混ぜで吹聴しているよ?」


 自分はなんにもしてません、と、全部シラを切りたいくらいなのに。


「自分の趣味じゃないですね」


「あはははは。聞きしに勝るおもしろさだ!」


「おもしろがるだけならいいんですよ。それを真に受けて、いらない手出しをされるのが嫌なんです」


「それを返り討ちにして、楽しんでる人もいるみたいだけど」


「そういうのは、おじさん達にお任せします」


「自分ではやらないの?」


「めんどくさいし、疲れるじゃないですか」


 爆笑した。隊長さんは、唖然としている。


「アンスムが、大笑い? 信じられん・・・」


「ディルが女性と二人旅、ってのも眉唾物だよ?」


「関所からこっち、美味しいものの話しかしませんでしたね」


「たいていの女性は、それで腹を立てて振っちゃうんだよ」


「当然でしょう」


「わかる?」


「自分も女性のつもりですから」


「つもりも何も、美人そのものだよね。それで、あれだけのロックアントを叩き伏せて自分は無傷って、それこそ物語のようだよ」


 ああ、やっぱり。


「信じるも信じないも、ご自由にどうぞ。でも、王宮からの召喚も、やっぱり、それ、でしょうか?」


「間違いなく、それ、だね。でも、なんでだろう? 表彰に先立って、事実を確かめるっていうなら、別の名目にしそうなものだけど」


「王様の前で、腕試ししてください、とか?」


「「ああ」」


 なに? その反応は。


「団長なら、やりそうだな」


「は?」


「今の騎士団長、「俺様が一番!」な人だから」

「元々ハンターやってて、それから騎士団に招かれて、数年前、団長職に就いたんだ」

「クモスカータで[魔天]に近いのは北峠と西峠くらいだし、ロックアントは[北天]にいないからね。それでも、数回はやり合ったことがあるって。それが自慢だって、うちにいたときに聞いたことがあるよ」


 討伐じゃなくて、やり合う、か。ローデンのお兄さんも該当するよねぇ。はて、どっちだ?


「僕は、ローデンの巨大サイクロプスの話を聞いたからね。嘘じゃないと思ってる」

「俺、目の前で見てても、信じられなかった。あんたが森に向かった後、残ってたロックアントを見て、ようやく実感したんだ」


「すっごく嫌な展開になりそうです」


「う。なんか、ごめん?」


「アンスムさんが謝ることじゃないですけどね。そうだ、おすすめの宿、あったら紹介してもらえますか?」


「もちろん! これから案内するよ」


「それと、王宮からの呼び出し、ここに連絡するように門兵さんにお願いしてしまったんですけど」


「まだ、宿が決まってなかったから、しょうがないだろ?」

「そうだね。うん、連絡がきたら、宿に知らせをだすよ」


「お手数かけます」


「それでさぁ。できれば一部始終を教えてくれないか?」


「隊長さんが見てたでしょ」


「え〜、あんな魔獣の討伐記録なんて滅多にないし。騎士団からの報告書、まだこっちに届いてないんだ。当事者の報告書、貰えないかな〜」


 なんだかんだいっても、ギルドのトップを張ってるだけはある。ちゃっかりしてるわ〜。


「じゃ、宿で一休みしてから、書いてきますね」


「いいよ、いいよ。楽しみに待ってる」


 報告書を楽しみにするギルドマスター。仕事熱心というか、でも何か間違っているような気もする。


 宿に案内してもらって、宿泊手続きをとった。帝都の中では比較的静かな場所にあって、少しは落ち着ける。明日、またギルドハウスに行くことを約束してアンスムさんと別れた。


 隊長さんも、同じ宿に泊まることになった。何でも、仕事で来たならともかく、休暇中なので、王宮の騎士団宿舎は使えないらしい。また、実家は帝都郊外にあって、帝都内には別宅を持っていないそうだ。休暇を使ってまで、帝都に来たがるとは。食い道楽で身を滅ぼさなきゃいいけど。


 宿の部屋で、報告書を書いた。ロクラフが出てきたところから、二十三匹を仕留めるまで。もちろん、『霧原』に隠れて獲りまくった本隊や[魔天]で見つけた卵の話は、さくっと省いてある。後続隊を逃がさないように張った結界は、関所の兵士さん達もばれてないようなので、これも削除、と。騎士団に提出する分と自分の記録用も合わせて、三部、作っておいた。

 おまけで、隊長さんの観察日記もつけておく。アンスムさん、楽しんでくれるかな?


 翌朝、朝食を終えて、ギルドハウスに向かう。アンスムさんに報告書を渡して、しばらく談笑しているところに、王宮からの迎えが来た。


「では、行ってきます〜」


「気をつけてね」

「俺、休暇中だから、立ち入り禁止されてて」

「役立たず」

「ひでえ! ちゃんと案内してきただろ?」

「王宮の情報を教えてあげててもよかったじゃないか」

「そ、それは〜」


「ほどほどにして、切り上げられるよう努力してみます。では」


 漫才している二人に見送られて、王宮に向かった。



 クモスカータ王宮は、無駄に広かった。にもかかわらず、案内されたのは、小さなサロン。いや、きんきらきんの大広間で謁見、よりはまだいいか。

 お茶を出されることもなく、しばらく待ってから、王様らしき人とがっつり鎧を着込んだ大男がやってきた。王宮の中でも完全武装って、あんまりいい感じはしないな。


 立ち上がって礼をする。呼び出しだからね。自分から声をかけるのは、マナー違反だろう。


「楽にしてくれ」


 相手が座ったので、自分も着席する。鎧男は立ったままだ。というより、仁王立ち。兜の裏から、自分を見定めようとしているかのようだ。


「お招き、ありがとうございます。自分が、猟師のアルファです」


 挨拶はした。さて、ここからだ。


「余がクモスカータ国王だ。よく来てくれた」

「クルビス・コリンキー、騎士団長だ」


 太い声だ。


「さて、今回、貴殿を招いた理由だが「陛下、本気で信じられるのですか? こんな小娘を」・・・」


 団長さんが、王様の発言を遮っちゃったよ? いいの?


「どうせ、その顔と体でたぶらかし、手柄を横取りしたんだろう。違うか?」


 いきなりなご挨拶だなぁ。この手の人とはそりが合わない。あのロックアントの卵の方がまだまし。でもまあ、言うだけは言っておこう。


「陛下。自分は、たまたまあの場に行き会わせただけですので、表彰も報酬も無用でございます。隊商に被害がなかった、それでよろしいじゃありませんか?」


「そうか? そう言ってくれるか。貴殿には、心から「陛下!」・・・」

「口先だけで、取り入ろうとしたって無駄だ!」

「クルビス、少し黙っていてくれないか?」

「いえ、陛下。このような素性の知れない女とお話になることはありません!」


 どうやら、団長さんは、最初っから「他者から奪った討伐の功績で王様に媚を売る、怪しげなやつ」と決めつけている。「召喚状」を書いたのも、たぶん、この人だ。


「おい、女。貴様の手柄とやらが本当かどうか、俺が確かめてやる。練兵場に出ろ!」


 ふぅん? 不審者は、団長さん直々に「取り調べ」て潔白かどうか判断する? でも、それが事実かどうか確かめるなら、他にもいろいろな方法があるでしょうに。


 ・・・だめだ、ケンカを売られているとしか思えない。ならば。


「そうですね。騎士団長殿が砦にいらっしゃれば、自分の出番などなかったでしょうからね」


「・・・貴様、俺を侮辱しているのか?」


 おや、「もちろん、その通りだったとも!」なんて、返してくるかと思ったら。


「いえ? 団長殿のおっしゃりたいことを、代弁して差し上げただけですが?」


 王様のいすを回り込み、自分の襟首をつかもうとする、その手を払いのけた。団長さんの手甲が、がちん、と音を立てる。


「練兵場とやらで、お相手すればよろしいのですよね。陛下、お許しいただけますか?」


 騎士団長の上司に当たる王様に立ち合いの許可をもらっとけば、どんな結果になっても「その場で打ち首」になることはない、だろうし。


「・・・許可しよう」


 よっしゃ。



 サロンの扉の前にいた兵士さんに案内されて、練兵場に移動する。団長さんは、自分より先に到着していた。

 着込んでいる鎧は、すべてロックアントの特注品。それだけではない。背後に、何本もの剣や槍を並べ立てている。刃を潰してあるようには見えない。つまり、殺す気でかかってこい、と、いうことだね。嫌だなぁ。


 師匠が言っていた。「技を磨け」と。


 たぶん、団長さんのような剣の力しか信じていない人は、魔術や薬を使って勝っても、「卑怯」の一言で、己の負けを認めたりはしないだろう。


 まあ、自分の存在は、どこをとっても「卑怯」ではある。放っおいてくれればいいのに。


 それはともかく、どんな「技」で、どの程度のダメージを与えれば、「負けた」気になってくれるだろうか。

 武器は、すべて使用不可な状態に破壊する。その上で、命に別状がない程度に身体の損傷を与える? 難しいな。


 練兵場の中央で対峙する。


 団長さんは、王様が何も言わないうちに、槍を握って襲いかかってきた。


 今回は、「変なナイフ」を使おう。一応は、刃物の範疇だし。無手でやりあえば、それはそれで、馬鹿にされた、とかいって逆上しそうだし。


 突進を躱し、右手のナイフで突き出された槍を数本に分断する。団長さんは、あわてて飛び退き、腰の剣を引き抜いた。

 それを捨て置き、団長さんの背後に回る。控えの剣を取り上げ、鞘の上から肘打ちし、くの字に曲げる。槍は、膝の上でべこべこにへし折った。大槌の柄を折り取って、ハンマー部分を『握り』潰す。

 実戦用の武器の強度も確かめられて、一石二鳥、って、駄目?


「貴様っ!」


 団長さんが振り向いたときには、すべて使用不可能になっていた。


 練兵場の端には、訓練用の武器類がいくつも並べてある。だけど、団長さんにはそれも使わせたくない。

 自分が向かう前に、他の兵士さんが慌てて保管庫に運び入れてしまった。武器を持っていた兵士さん達も、大慌てでそれらを保管庫に片付けている。それなら、団長さんが使うこともできない。


 よし。残りは、団長さんの握る剣と本人だけだ。


 ナイフを構える。


「ふざけてるのか? そんなもので俺の相手になるか!」


 確かに、剣を振るうスピードはある。剣筋もそこそこまともといえる。それを、自分は体さばきだけで躱していく。髪の毛一本かすらせない。


「がっ、このっ、ちょこまかとっ」


 身の軽さが身上ですから。


 ちょうどいい場所に、剣の腹がきた。掌底を構え、剣の付け根を打ち抜く。


 バキン


 剣本体が、握る柄から分離した。

 掌底の一撃で上体が泳いだところで、脇腹めがけ蹴りを放つ。加減はした、ので、胴体に風穴が開いたりはしない。それでも、鎧が大きくへこんだ。


 団長さんは、その場で回転するように倒れ込む。すぐに、脇腹を押さえながら立ち上がってきた。まあ、鎧を着込んでるからね。それでは、と。


 うん、「変なナイフ」の切れ味の方が上だった。鎧を少しずつ切り取っていく。

 膝や肘へちょこちょこ打撃を入れるのも忘れない。体幹は狙いから外している。下手をすれば全身不随になってしまうから。

 そのうちに、鎧を固定している部分が壊れた。腕や足から、はがれ落ちる。そうか、しまったな。最初から、つなぎ目を壊しておけばよかった。


 手足に受けたダメージで、膝は震えてるし、左腕は下がったままだ。それでも、右手で刃のない剣の柄を握りしめ、利かない足でにじり寄る。


「き、貴様っ、どんな、手妻を、使った!」


「さあ? ご自分で見ていらしたのでは?」


「ふ、ざけるなあぁぁぁっ」


 ごっつい右手で殴り掛かってきた。もはや、拳に力は乗っていない。もちろん、まともに受けたりはしない。顔を左にそらせ、くるりと背を向けると、振り抜かれた右腕をつかみ、そのままぐいっと振り下ろす。


 あ、右腕で「びしっ」っていった! 腕はちぎれていない。いないけど、何かが切れた感触。


 ・・・でもって、背中からいくはずだったのに、先に腰が地面に叩き付けられる。すでに、腰回りの鎧もはがれ落ちている。つまり、尾てい骨が。


「ぎゃあああぁぁ」


 団長さんは、白目をむいて気絶した。やっちゃったか!


 ・・・一応、息はしている。死んでない。



 ナイフをしまって、服をはたく。その音で、見物人一同がびくっとなった。 王様の前に行った。顔中に汗をかいて、引きつっている。うーん、ちょっとやり過ぎた?


「申し訳ありません。陛下の盾に、身をわきまえず暴力を振るってしまいました。反省の証として、以降、クモスカータ国に立ち入らないことを誓います。それでは、失礼します」


 すたすたと練兵場を後にする。皆、自分が近づくと飛び退いて離れる。・・・ドアさえ、開けといてくれれば、別にいいけどさ。


 ま、これって、シンシャでやったことと同じだもんね。


 誰にも遮られることなく、王宮から立ち去ることができた。

 最近、沸点が低くないですか?

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