女王
403
砦から、森に入っていく。ロックアントの群の移動してきた痕が、そこかしこに残っている。はぐれは見当たらない。さっきの群れが、最後だったかな?
[魔天]領域に入った。ところで、変なものを見つけた。黒光りするラグビーボールが、整然と並んでいる。だいたい、三十個ぐらいか。
ロックアントが通り過ぎたところに、生きているものがいるとは思えない。けど、ためしに便利ポーチに入れようとしたら、できなかった。変なナイフも刺さらない。触った手から、すごく不快な匂いがする。
ハナ達も、それの匂いをかいで顔をしかめた。
「ロックアント、の卵?」
昨日の羽付きロックアントを取り出し、腹部を開く。同じものがある。おなかの中にあるものは便利ポーチにしまえて、産みつけられたものはしまえない、とは謎過ぎる。卵の仕様なのか、それとも便利ポーチが不思議ちゃんなのか。
まあ、いまはそれはどうでもいい。
卵ってことは、やがて孵化するってことで・・・
「まずいじゃん!」
ここだけで三十匹? 他でも産みつけられている可能性がある。・・・冗談じゃない!
『昇華』を実行! したけど、なんなの! 卵の殻は親以上に魔力耐性が強いらしい。あの『昇華』にも抵抗するなんて。『禍焔』でも、だめだった。どこのエイリアンだ!
手刀の刃渡りを小さくして振り抜く。卵は、みょんみょんと変形した後、元のラグビーボールに戻った。ぎゃーっ、気持ち悪ーい!
これ以上強い魔術だと、森を壊してしまう。
魔術以外で卵を殺す方法? ダイヤモンド仕様の槍も突き刺さらない。にゅるん、と弾かれてしまった。一個一個、手で潰す? あれには素手で触りたくない! どうする?
蟻専用の殺虫剤もない。そもそも、昆虫の卵は薬剤にも強いらしいし、卵を殺すような薬をまいたら、それこそ他の昆虫達まで死んでしまう。
ロックアントの消化液と蟻酸を試してみたが、これまたびくともしない。このっ、腹が立つ!
卵、死ぬ、ゆで卵、・・・
「熱湯でもかけてみる?」
急いでたき火をおこし、鍋に湯を沸かす。
黒卵一個にざぶざぶと湯を掛けると、あっというまに白くなった。変なナイフを突き刺す。半割、にできた。
ロックアント! どういう生態なんだ?!
とにかく、熱湯をかければ死ぬことはわかった。ただ、一個ずつ鍋もって湯を掛けてまわるのは非効率だし、湯を沸かすのにも時間がかかる。
・・・そういえば、じょうろがあった。アララさんの農場で使ったやつだ。
水を集めて熱湯にする、新しい術弾を作った。『噴湯』と名付けよう。
じょうろに術弾を入れて、実行。じょうろの中に、熱湯が湧いてくる。溢れてくる前に、じょぼじょぼとお湯をかけた。黒卵は、すべて真っ白になった。変なナイフで切り裂き、死んでいることを確認する。いけそうだ。
「ユキ、ツキ、ハナ、お願い。さっきの変な匂いの卵が、残ってないか探してくれる?」
一声鳴いて、探しにいってくれた。頼むね?
待っている間に、『噴湯』の術弾を複数作っておく。さっきのはヘビの骨を使ったので、一回で消えてしまったからだ。今度は、魔獣の歯をつかう。これなら、一個で数回使える。
三頭が戻ってきた。この付近には他にはないようだ。さらに、ロックアントの道筋をたどっていく。
やっぱりあった。二十個から五十個の卵塊が、あちらこちらに残されている。見つけるたびに、湯をかけて殺していく。
どの卵塊も、落ち葉などで隠されたりしていない。堂々と地面に転がっている。めざとい鳥やロクラフにあっという間に食べられてしまいそうなものなのに、誰も手をつけようとしない。
湯をかけて死んだ卵は、そうではないようだ。処理が終わって、自分が数メルテ離れた時には、すぐにアンフィがやってきてむさぼっていたし。そのうちに、ヒクイドリもどきのトラケリオやグロボアが、自分の後ろからくっついてくる有様だ。
あんたたち、自分をなんだと・・・
領域内で卵塊を探しまわる。たまにピンク色のラグビーボールが混ざっている。匂いは共通。うええ。
数日かけて、見つけられるだけの卵塊はすべて処分した。幸い、ふ化したものはなかった。
卵塊を見つけた地点を[魔天]の地図にプロットすると、まっすぐにまーてんに続いている。
数ヶ月ぶりのまーてんだ。草地に踏み入ろうとした。
ハナ達が、尻込みしている。うーん、自分の結界に入れるから大丈夫だと思ったんだけど。
「ちょーっと、ここに用があるんだよね。外で待つ? それとも影に入っとく?」
三頭とも考えるそぶりを見せたが、影に入ることを選んだ。ムラクモは砦から、入りっぱなし。
「用が終わったら開けるから。我慢しててね」
そう言って、影を「閉」じた。
このあとは、自力で卵探しか。
手刀で、伸びすぎた草を切り払っていく。草陰に卵塊がないか、慎重に調べる。
通過予想進路上に、卵塊はなかった。まーてんの岩壁にたどり着く。
北西側の洞窟を調べる。保管していたエルダートレントの木材も一つ一つひっくり返して、卵塊がないか見て回る。なかった。
南東側の小洞窟も何もなし。
大洞窟に入ろうとしたら、出てきた。
ロックアント!
うわーん。留守にしてたら、乗っ取られた! やだやだやだ! ここは自分の家だ!
ぶん殴って、引っ張り出す。首をたたき落とし、便利ポーチに放り込んだ。
もういないよね? 一応、脅かす目的で、『爆音』と『灯』の術弾を放り込む。
・・・くすん。数匹出てきた。これまた、首を落としてしまい込む。もう一回『爆音』を実行。今度は出てこない。
よし、これでおしまいだ。ベッドを置きっぱなしにしてあったけど、大丈夫かな〜?
いたーっ!
予想外のものが。北峠で捕った羽付よりもおっきな、とても大きなロックアントが。頭は洞窟を通り抜けられないほど、大きい。主洞窟に、みっちりとはまりこんでいる。どうやって入り込んだんだ?
さっきの『爆音』で興奮し、大顎をギシギシとならしている。だけど、体の大きさが災いして、洞窟内で小回りが利かない。
一方、自分にとっても、顎の急所の位置が高すぎる。黒棒を使っても届かない。蟻弾一発でも仕留めきる自信がない。かといって、爆散させたら、洞窟内に蟻の体液が飛び散って、後の掃除が大変なことになる。『掴んで』握りつぶそうとしたけど、なぜか、うまく掴めない。
やっぱり、首を落とそう。
巨大ロックアントの背中をよじ上る。自分を振り落とそうと、体をよじる。洞窟の天井や壁に押しつぶそうともする。その動きを利用して、一気に駆け上がった。
首の急所に蹴りを入れる。どすん! と首が落ちた。
すぐさま、首と胴を便利ポーチにしまう。洞窟内で、巨大蟻の解体なんてやりたくはない。
うええ。洞窟内のあちこちに卵塊がある。じょうろと『噴湯』で、まずは消毒。消毒ったら消毒。
かごを取り出して、拾って回る。集めた卵は、まーてんの草原の外に捨てた。
奥の小洞窟二つは、すぐに調べ終えた。何もなかった。ベッドもそのままだ。
水晶のある小洞窟は、調べるのが大変だった。邪魔になった大きな結晶は、いくつか折り取ってしまった。そのかいあって、卵が一つもないことを確認できた。一安心。
洞窟を出て、まーてん周囲をもう一度ぐるりと調べて回る。伸びていた草は、すべて刈り取り、『実渦』で乾燥させて便利ポーチにしまう。ほーらすっきり。
草地やまーてんの岩壁、エルダートレントの幹などにも、卵塊は見つからなかった。
変身して、まーてんの山頂にのぼる。大丈夫だ。ここにも何もない。
「うーん、留守にしてごめんね」
おもわず、まーてんに謝ってしまう。いや、相手は岩山だから、誰が住もうと関係ないとは思うけどさ。
久しぶりの山頂だ。ほこほこと暖かい。このまましばらくゴロゴロしていたいところだが、他にも卵塊が残っていないか確かめるのが先だ。
山頂から降りて、まーてんより南側の[魔天]領域の調査を始めた。
よかった。
南側では、ロックアントの群も卵塊も見つからなかった。ハナ達に頑張ってもらったおかげだ。
まーてんでくつろいでもらいたかったが、やっぱりだめなようだ。影に入ることを選ぶ。ごめんね。掃除が終わったら、なにか手段を考えるから。
ようやく、洞窟の片付けに取りかかる。トレント布をぞうきんにして、洞窟の壁を拭いてまわる。高所掃除用に、柄の長いモップも作った。
さらに、エルダートレントの根を持ち込み、煙で燻した。弱い『換気』で洞窟内の隅々に煙を行き渡らせる。ベッドに敷き詰めていた葉はすべて入れ替え、カバーも洗い替えした。
これで、蟻くささを一掃できた、はず!
奥の水晶の洞窟で、変なことに気がついた。つい先日結晶を折り取ったばかりのところに、ちいさな結晶が「生えて」きているのだ。根元の部分は、まーてんとも水晶とも違う、砂粒が集まったような石だ。一部をもぎ取って、便利ポーチに入れてみる。入らない。
別の水晶を折り取って、便利ポーチに入れる。これはちゃんとしまえる。なにこれ、無機物を成長させる生き物?
これが、たくさんまーてんの中にあるのはあまりよくない、かも知れない。魔岩は小さくなるほど、魔力が減る。今のところ、まーてんは巨大とも言える質量があるが、岩の上にも三年? 少しずつ削られているかもしれない。それは、うれしくない。
まーてんの標準装備かもしれないので、根元の石を半分ぐらいは残した。後は経過観察してから、にしよう。
ところで、取った石は、どこに捨てたらいいんだろう?
その辺にポイポイするのは憚られる。洞窟の外では、爆発的に増えて、一面の水晶が広がりました、なんてことになるのも御免だし。
卵の探索で、[魔天]南側の流れ出た溶岩まで行ったとき、所々に穴があいていて、その下は、まだ真っ赤に溶けた溶岩が流れていたのを、思い出した。
その中に捨ててしまおう。魔岩さえ溶かしきった高温だ。岩状の生き物も、これには耐えられないだろう。
今までは、一度水晶を取ったら十年ぐらいはほったらかしにしていて、その間に水晶が元に戻っていたかどうかなんて、全く気にしていなかった。本当に、いろいろと知らないことがたくさんあるな。
今度は、巨大蟻の解体だ。洞窟の外で見たら、外殻の色は濃い朱色だった。まーてんの中に入り込んだ所為なのか? わかんないなぁ。
内部器官を一通り観察したが、大きいだけで羽付きと同じ構造のようだ。消化液と蟻酸を取り外した。ロックアントの内部組織を魔術でかき出すと、ミキサーに掛けられた液体のようになる。巨大蟻一匹分で、保管用の一斗缶が山積みになった。
卵のうは、触りたくない。でも、何かに使えそうな気がする。ということで、ドラム缶もどきを作って、それに保存した。
試しに、卵を一個だけ取り出して、『禍焔』で焼いてみる。
・・・だから、なんで、体内にある状態の卵なら、『禍焔』が効くの? このエイリアンめ!
殻は、シルバーアントとも少し性質が違っているようだ。どんな道具に向いているのかな?
羽付きも解体した。
ふ、ふふふ。ロックアントの女王様方? 自分が、すべてを使い尽くしてみせましょう!
アレやコレやしているうちに、ずいぶんと日が経った。このまま、ほとぼりが冷めるまで、まーてんでゴロゴロしていたい。
でもな〜、北峠の関所で、ロックアントの始末を投げてきちゃったし。一応、挨拶しに戻った方がいいだろう。
それに、相棒達がそろそろ退屈しているはずだ。閉じ込めっぱなしに、しておくべきじゃない。
掃除や解体の合間には、薫製果実や薫製種を作っていた。東側に行っている間に、ずいぶんと消費してしまったからね。追加できるときに作っておきたい。
薫製果実の数がそこそこ揃ったところで、北峠に向かった。
まーてん、またまた、行ってきます。
ロックアントの女王様+α、登場でした。主人公と、どっちが謎生物、なんでしょう?
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ロックアントの卵
手刀は、「魔術」で空気の刃をつくっていたので、切ることができなかった。
実は、抜け殻製のナイフなら、切り裂くことができた。他にも、液体窒素をぶっかけてから粉砕する、あるいは地中深くに埋めてしまう方法もあった。




