空腹の調味料
402
西側の関所に入った。レウムさんの馬車の順になり、それぞれが身分証を見せた。そう言えば、成り行きで、同行していることになっちゃったけど、いいのかな?
そこに、関所の隊長さんがやってきた。
「先の隊商から話を聞いた。ロクラフの討伐に参加してくれたこと、感謝する!」
「いえ、自分は様子を見に行っただけで、なんにもしてませんから」
向こう側は霧の中、全然見えてなかったはずだ。
「貴殿の従魔が蹴散らしてくれたと」
「あ、ああ。ムラクモですね。すみません。張り切り過ぎたせいで疲れちゃって、今、休んでるんです」
「いや、彼の主たる貴殿にも感謝を」
疲れた顔をしてるなぁ。
「砦の中も、大変だったのでは?」
「ああ、数匹入り込んだのがいて、それはそれでいいのだが・・・」
「? 他にも何か?」
さらに、変な顔になっている。
「夜中だというのに、ものすっごくうまそうな匂いが!」
「ああ、こちら側でも、匂ってきましたねぇ」
「あれ、私の気のせいじゃなかったんですね」
「お、俺も! 疲れてるせいだと思ってた!」
周りからも、口々に声が上がる。
「もう、くたびれ果てていたところで、あの匂い! 何の拷問かと思ったんだ!」
「「うんうん」」
「ルーは気がつかなかったかい?」
お、おやぁ? 顔はにこやかなんだけど、目が笑ってない。じっと見る。じーっと見る。見つめている。
「ええと、どんな匂いでしたか? 自分、森の奥まで調べにいったのでちょっと判らないんですが」
と、ごまかした。
「食欲をそそる、うまそうな匂いだったぞ」
「肉、でもないし、魚でもなかったな」
「香ばしいっていうか、甘いっていうか」
ハナが、自分の周りをぐるぐると回っている。というより、かぎ回っている?
「「「・・・」」」
「・・・」
ハナの裏切り者ぉ〜〜〜!
「さあ! きりきり吐いてもらおうか!」
隊長さんだけでなく、周りの人たちも、一斉に、ものすごい形相で睨みつけてきた。
「う、あの、ですね?」
「「「「いいから、早く!」」」」
・・・負けた、負けました。
「昨日のロクラフと水麦で作りましたっ」
「おい! まだ崖に落としてないやつがあったな!」
「「「はい!」」」
隊長さんの後ろにいた兵士さん達が、全速力で砦に取って返して行く。
「その辺にもまだいたよな!」
「集めてくる!」
「じゃあ、俺は薪になるもん採ってくる!」
「かまどになりそうなのは、この辺に作っていいか?」
「任せる!」
昨日のカニ退治以上に素早く行動する人々。
「で? 次はどうするんだ?」
「ですから、水麦が・・・」
「あんたが作れたってことは、まだ持っているよな。ん?」
「・・・う、あります」
砦の調理班に、米の炊き方を知っている人はいなかった。しぶしぶ、空いている飯盒を取り出す。
「先に、ロクラフのスープを作らないと・・・」
「鍋もってこい、鍋!」
どこかの避難キャンプ地のような有様になった。
ハサミを焼くひと、鍋でスープを取るひと、甲羅を焼くひと、薪を追加するひと。
スープができたら、米に吸水させる。スープの温度が高いので、さほど時間をおかずに、炊き始めることができた。
米が炊きあがるまで、甲羅焼きやハサミ焼きを食べててもらう。
「これ! この匂いだよ!」
「結構いけるな」
「カニなんて、もっと臭いと思ってたのに」
レウムさんたちも、混ざって食べている。
「ロクラフの爪肉は、何度か食べたことがあるんだけどねぇ。なんで? 今日のはすごくおいしいよ?」
「アル様のご指導があるからですわ!」
ステラさん? それ、全然関係ないから。
甲羅焼きは、半分を残してもらう。ハサミ焼きの肉も少し取り分けておいてもらった。
ハナは、爪焼きや茹でた足肉には興味がないらしい。飯盒の真横で待機している。よだれで、火を消すんじゃないよ?
米が炊きあがった。甲羅焼きに牛乳をくわえ、ご飯を投入する。残しておいた爪の肉も混ぜ込む。少しだけ塩を足して、待ち構えていた人たちに食べてもらう。好みで刻みネギをかけられるようにした。
ユキ、ツキも飛び出して来た。三頭にカニリゾットを差し出すと、嬉々としてがっついている。
みんな、満面の笑顔だ。これで、無罪放免・・・
「隊長! 帝都側にいる隊商から苦情が!」
「なにごとだ!」
「「自分達の分はないのか?」と」
「帝都に出発したはずの隊商が、引き返してきました!」
「・・・」
「あんた。ここにあるカニ、全部食えるようにしてくれ」
「・・・」
夕方まで、カニリゾットを作り続けることになった。
「いやぁ、すまんかった。あんたの料理があんまりにもうますぎてなぁ」
「・・・いえ。いいんです。皆さん、喜んでましたから。ええ、いいんです」
東西からやってくる隊商の人たちも、砦周辺に広がる匂いに惹かれて、次々とやってきては食べていった。
ロクラフは完食され、精米済みの米も底をついた。足肉を散らしたスープも一緒に出したので、茹で汁も残ってない。
いやほんとうに、よく食べたよ。
関所の取り調べは、食べる前の人は食い気に負けて真っ正直に、食べ終わった人は満足の余り真っ正直に答えて、普段以上に滞りなく進んだとか。
ええ、よかったですよ。ほんとうに。
その晩は、関所で休ませてもらうことになった。
レウムさんたちも一緒だ。荷物があるんだから先に行ってくれ、と言ったのに、「お手伝いしますから」と残ってしまったのだ。レウムさんはハサミ焼きに付ききりで、リディさんはリゾットをぐりぐりとかき回し、ステラさんが配膳していた。
もちろん、砦の兵士さん達も手伝っていた。みなさん、お疲れさまでした。自分が一番疲れたと思うけど。
関所の中を案内しながら、隊長さんがうきうきと話しかけてくる。
「うまい料理を教えてもらえて助かった。これからは仕事が楽しくなるな」
「えーと、今回限りだと思いますが」
「なんでだ!」
「あのカニ、鮮度が命、ですから。その上、この時期以外だと身が入ってないし」
「な、なんだと?」
「森にいけば、そこここで見つかりますけどね。本当においしく食べるなら、やっぱり旬のものが一番ですよ」
「わ、我々の楽しみがっ」
ずいぶんと食いしん坊な隊長さんだ。
人の事は言えない。
毎年食べてはいたが、締めのリゾットがないばかりに、ずいぶんと悔しい思いをしていたんだ。最近は、本体は、そのまま逃がして、ハサミだけをちぎって焼いていたからねぇ。
ちなみに、崖に落としたロクラフには、ワイバーンが群がっていた。ひとかけらも残っていないだろう。
「ルー、その話、本当かい?」
「食べるものに嘘付いてどうするんですか。ロクラフの甲羅、開いた時に気づきませんでしたか? 卵、持っていたでしょ」
「「「ああ!」」」
「あと、水麦の炊き方も、平地とは違うんです」
「どこが違うんだい?」
「変わった鍋を使ったでしょ。この砦だと、湯の温度が平地よりも低いので、平地と同じ炊き方だとおいしくないんです」
「そういえば、お茶の温度が低いかも、とは思ってましたけど」
とステラさん。
「鍋から特注する必要がありますよね」
自分がそう言うと、隊長さんの頭が、がっくりと垂れる。
「うまい飯が! あああ」
ほっとこう。
一緒にいた兵士さんに、休憩室へ案内してもらう。隊長さんは別の兵士さんに任せた。
「それにしても、ルーはいろいろ知っているんだねぇ」
「わたしでも、水麦とかその料理の方法とか、全く聞いたことがありませんのに」
「それに、あれだけの水麦をどこで入手されたんですか?」
あ、リディさん? なんでその話を蒸し返すかな〜
その晩は、ラシカさんの畑での話も白状させられた。
話を聞き終わって、三者三様の顔をしていた。
「さすが、ルーだねぇ」
「やっぱり賢者様は賢者様です!」
「そんな簡単に、魔術で、そんな・・・」
「内緒ですよ? 内緒なんですからね?」
「うん。僕はちゃんと内緒にするよ?」
「わたしもです!」
「リディさん?」
「は? は、はい! わかっております!」
収穫するために魔術を使った、と言っただけだ。『実渦』『浮果』の細かい仕様は、教えていない。
でもまあ、即興で何かやらかしたところまで思い至っているのだろう。並の魔術師には、真似できないことだ、とも。
言いふらしてもいいけど、本当は困るけど、きっと誰も信じない。といいな。
その朝は、いつもよりも早く目が覚めた。まだ、辺りはまっ暗だ。夜番の兵士さんに頼んで、城壁に登らせてもらう。
「料理人さん? こんな時間にどうしたんですか。今が一番寒いですし、砦の中で休んでてくださいよ」
昨日の騒ぎのせいで、砦の兵士さん達は自分を「料理人さん」と呼んでいる。いいけどね。本職の人に聞かれたら怒られそう。
「あんなにたくさん作ったの、初めてで。興奮して目が覚めちゃいました」
ウサギ肉の薫製は作ったけど、リゾットを丸一日作り続けたのは初めてだ。嘘じゃないもん。
空に少しずつ、光が混ざり始める。辺りの様子が、徐々に見えるようになってくる。自分は昼夜関係なしで良ーく見える。
森の端に、蠢くものがある。自分が、森の方ばかり見ているので、兵士さんも目を向けた。
「ん? なんだ。あれ」
山の端から、朝陽が差し込む。兵士さんにもはっきりとわかっただろう。関所の中に向けて絶叫した。
「ロックアントだーっ。全員緊急配備っ!」
見張り台の鐘が鳴らされる。
「昨日のロクラフは、多分、あれに追いかけられてたんですよ」
もっとも、本隊は既に取り尽くしてある。あれは、ちょっと遅れてきたハグレだ。
「五、六、七、・・・二十三匹、も」
兵士さんが真っ青になっている。ようやく、隊長さんが城壁にやってきた。
「ロックアントが出たって? 何匹か確認できたか?」
「た、隊長、十、二十三匹。もう駄目だ・・・」
さっきまで絶叫していた兵士さんが、へたり込んでいる。
「なんだ、と・・・」
隊長さんも、声が続かない。多分、この砦にいる兵士さん達は、ロックアント戦はやったことがないんだろう。そろそろ、切り通しの向こうの隊商も移動を始めるころだ。このままだと、ロックアントと鉢合わせすることになる。
うん、確かに二十三匹だ。後続は、今のところ確認できない。
「じゃ、猟師の本領発揮、ということで」
「「は?」」
『防陣』の術弾をセットした術杖を、ロックアントの群の中心に投げ込む。城壁から飛び降り、群に接近する。自分と群を囲い込むように、結界を発動。
全部、シルバーアントだ。しかも、速い。昨日の群のシルバーアントは、他のロックアントと大して変わらない動きだったのに。結界を張っておいてよかった。この調子じゃ、うっかりすり抜けて隊商に襲いかかってたかもしれない。
振りかぶられる大顎を躱して、顎のしたから黒棒を振り上げる。よし、一匹。背中から来たやつには、背面に転がって、立ち上がるタイミングで一撃。次!
代わる代わる向かってくる個体を、黒棒の一振り、指弾一発で沈黙させていく。ほい、ほい、ほいっと。
辺りがすっかり明るくなる頃、ロックアントは皆おとなしくなっていた。術杖を回収して、城壁に向かう。
ようやく、門が開き、兵士さん達が、どっと繰り出してきた。鎧もつけずに武器を握って、破れかぶれな勢いで走ってくる。
じゃあ、これの後始末は、砦の人にまかせよう。
「ロックアントはどこだ! 我々が隊商を守る、んだ・・・あれ?」
足が止まった。首のもげたロックアントを前に、そろって目と口を大きく開いている。武器を取り落としている人もいる。足、怪我しないかな?
「自分は、このまま森の調査に向かうので、後のことはお任せします。あ、レウムさん、おはようございます」
レウムさんは、大きな槍を持って出てきていた。
「ルー! 無茶をして!」
あれ、怒ってる?
「無茶してませんよ?
それより、これ、全部、変異種、シルバーアントです。森で何かあったのかもしれないので、これから調べにいきます。
いつまでかかるかわからないし、レウムさん達はちゃんと出発してくださいね?」
「調べに、って」
「ステラさん達に、そう言っておいてください。それじゃ」
「ルー、待って!」
「はい?」
レウムさん達が預かってきた「報酬」や、昨日の黒棒などは回収済みだし、ほかに何か忘れ物でもあったかな?
「また、また、会えるよね?」
なんだ、そんなことか。
「お互いが、元気でいれば、どこかできっと会えますってば」
「うん。ルー、また、助けてもらったね。ありがとうね」
「どういたしまして」
また、涙で顔がぐしゃぐしゃですよ、レウムさん。
おいしい物の独り占めは許しません!




