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いつか、どこかで -森の約束-  作者: しまいね れーん
迷えるものたちの狂想曲
112/192

空腹の調味料

402


 西側の関所に入った。レウムさんの馬車の順になり、それぞれが身分証を見せた。そう言えば、成り行きで、同行していることになっちゃったけど、いいのかな?

 そこに、関所の隊長さんがやってきた。


「先の隊商から話を聞いた。ロクラフの討伐に参加してくれたこと、感謝する!」


「いえ、自分は様子を見に行っただけで、なんにもしてませんから」


 向こう側は霧の中、全然見えてなかったはずだ。


「貴殿の従魔が蹴散らしてくれたと」


「あ、ああ。ムラクモですね。すみません。張り切り過ぎたせいで疲れちゃって、今、休んでるんです」


「いや、彼の主たる貴殿にも感謝を」


 疲れた顔をしてるなぁ。


「砦の中も、大変だったのでは?」


「ああ、数匹入り込んだのがいて、それはそれでいいのだが・・・」


「? 他にも何か?」


 さらに、変な顔になっている。


「夜中だというのに、ものすっごくうまそうな匂いが!」


「ああ、こちら側でも、匂ってきましたねぇ」

「あれ、私の気のせいじゃなかったんですね」

「お、俺も! 疲れてるせいだと思ってた!」


 周りからも、口々に声が上がる。


「もう、くたびれ果てていたところで、あの匂い! 何の拷問かと思ったんだ!」

「「うんうん」」


「ルーは気がつかなかったかい?」


 お、おやぁ? 顔はにこやかなんだけど、目が笑ってない。じっと見る。じーっと見る。見つめている。


「ええと、どんな匂いでしたか? 自分、森の奥まで調べにいったのでちょっと判らないんですが」


 と、ごまかした。


「食欲をそそる、うまそうな匂いだったぞ」

「肉、でもないし、魚でもなかったな」

「香ばしいっていうか、甘いっていうか」


 ハナが、自分の周りをぐるぐると回っている。というより、かぎ回っている?


「「「・・・」」」


「・・・」


 ハナの裏切り者ぉ〜〜〜!


「さあ! きりきり吐いてもらおうか!」


 隊長さんだけでなく、周りの人たちも、一斉に、ものすごい形相で睨みつけてきた。


「う、あの、ですね?」


「「「「いいから、早く!」」」」


 ・・・負けた、負けました。


「昨日のロクラフと水麦で作りましたっ」


「おい! まだ崖に落としてないやつがあったな!」

「「「はい!」」」


 隊長さんの後ろにいた兵士さん達が、全速力で砦に取って返して行く。


「その辺にもまだいたよな!」

「集めてくる!」

「じゃあ、俺は薪になるもん採ってくる!」

「かまどになりそうなのは、この辺に作っていいか?」

「任せる!」


 昨日のカニ退治以上に素早く行動する人々。


「で? 次はどうするんだ?」


「ですから、水麦が・・・」


「あんたが作れたってことは、まだ持っているよな。ん?」


「・・・う、あります」


 砦の調理班に、米の炊き方を知っている人はいなかった。しぶしぶ、空いている飯盒を取り出す。


「先に、ロクラフのスープを作らないと・・・」


「鍋もってこい、鍋!」


 どこかの避難キャンプ地のような有様になった。


 ハサミを焼くひと、鍋でスープを取るひと、甲羅を焼くひと、薪を追加するひと。

 スープができたら、米に吸水させる。スープの温度が高いので、さほど時間をおかずに、炊き始めることができた。


 米が炊きあがるまで、甲羅焼きやハサミ焼きを食べててもらう。


「これ! この匂いだよ!」

「結構いけるな」

「カニなんて、もっと臭いと思ってたのに」


 レウムさんたちも、混ざって食べている。


「ロクラフの爪肉は、何度か食べたことがあるんだけどねぇ。なんで? 今日のはすごくおいしいよ?」

「アル様のご指導があるからですわ!」


 ステラさん? それ、全然関係ないから。


 甲羅焼きは、半分を残してもらう。ハサミ焼きの肉も少し取り分けておいてもらった。

 ハナは、爪焼きや茹でた足肉には興味がないらしい。飯盒の真横で待機している。よだれで、火を消すんじゃないよ?


 米が炊きあがった。甲羅焼きに牛乳をくわえ、ご飯を投入する。残しておいた爪の肉も混ぜ込む。少しだけ塩を足して、待ち構えていた人たちに食べてもらう。好みで刻みネギをかけられるようにした。

 

 ユキ、ツキも飛び出して来た。三頭にカニリゾットを差し出すと、嬉々としてがっついている。


 みんな、満面の笑顔だ。これで、無罪放免・・・


「隊長! 帝都側にいる隊商から苦情が!」

「なにごとだ!」

「「自分達の分はないのか?」と」

「帝都に出発したはずの隊商が、引き返してきました!」


「・・・」


「あんた。ここにあるカニ、全部食えるようにしてくれ」


「・・・」


 夕方まで、カニリゾットを作り続けることになった。



「いやぁ、すまんかった。あんたの料理があんまりにもうますぎてなぁ」


「・・・いえ。いいんです。皆さん、喜んでましたから。ええ、いいんです」


 東西からやってくる隊商の人たちも、砦周辺に広がる匂いに惹かれて、次々とやってきては食べていった。


 ロクラフは完食され、精米済みの米も底をついた。足肉を散らしたスープも一緒に出したので、茹で汁も残ってない。

 いやほんとうに、よく食べたよ。


 関所の取り調べは、食べる前の人は食い気に負けて真っ正直に、食べ終わった人は満足の余り真っ正直に答えて、普段以上に滞りなく進んだとか。

 ええ、よかったですよ。ほんとうに。


 その晩は、関所で休ませてもらうことになった。


 レウムさんたちも一緒だ。荷物があるんだから先に行ってくれ、と言ったのに、「お手伝いしますから」と残ってしまったのだ。レウムさんはハサミ焼きに付ききりで、リディさんはリゾットをぐりぐりとかき回し、ステラさんが配膳していた。

 もちろん、砦の兵士さん達も手伝っていた。みなさん、お疲れさまでした。自分が一番疲れたと思うけど。


 関所の中を案内しながら、隊長さんがうきうきと話しかけてくる。


「うまい料理を教えてもらえて助かった。これからは仕事が楽しくなるな」


「えーと、今回限りだと思いますが」


「なんでだ!」


「あのカニ、鮮度が命、ですから。その上、この時期以外だと身が入ってないし」


「な、なんだと?」


「森にいけば、そこここで見つかりますけどね。本当においしく食べるなら、やっぱり旬のものが一番ですよ」


「わ、我々の楽しみがっ」


 ずいぶんと食いしん坊な隊長さんだ。


 人の事は言えない。

 毎年食べてはいたが、締めのリゾットがないばかりに、ずいぶんと悔しい思いをしていたんだ。最近は、本体は、そのまま逃がして、ハサミだけをちぎって焼いていたからねぇ。

 ちなみに、崖に落としたロクラフには、ワイバーンが群がっていた。ひとかけらも残っていないだろう。


「ルー、その話、本当かい?」


「食べるものに嘘付いてどうするんですか。ロクラフの甲羅、開いた時に気づきませんでしたか? 卵、持っていたでしょ」


「「「ああ!」」」


「あと、水麦の炊き方も、平地とは違うんです」


「どこが違うんだい?」


「変わった鍋を使ったでしょ。この砦だと、湯の温度が平地よりも低いので、平地と同じ炊き方だとおいしくないんです」


「そういえば、お茶の温度が低いかも、とは思ってましたけど」


 とステラさん。


「鍋から特注する必要がありますよね」


 自分がそう言うと、隊長さんの頭が、がっくりと垂れる。


「うまい飯が! あああ」


 ほっとこう。


 一緒にいた兵士さんに、休憩室へ案内してもらう。隊長さんは別の兵士さんに任せた。


「それにしても、ルーはいろいろ知っているんだねぇ」

「わたしでも、水麦とかその料理の方法とか、全く聞いたことがありませんのに」

「それに、あれだけの水麦をどこで入手されたんですか?」


 あ、リディさん? なんでその話を蒸し返すかな〜


 その晩は、ラシカさんの畑での話も白状させられた。



 話を聞き終わって、三者三様の顔をしていた。


「さすが、ルーだねぇ」

「やっぱり賢者様は賢者様です!」

「そんな簡単に、魔術で、そんな・・・」


「内緒ですよ? 内緒なんですからね?」


「うん。僕はちゃんと内緒にするよ?」

「わたしもです!」


「リディさん?」


「は? は、はい! わかっております!」


 収穫するために魔術を使った、と言っただけだ。『実渦』『浮果』の細かい仕様は、教えていない。

 でもまあ、即興で何かやらかしたところまで思い至っているのだろう。並の魔術師には、真似できないことだ、とも。

 言いふらしてもいいけど、本当は困るけど、きっと誰も信じない。といいな。



 その朝は、いつもよりも早く目が覚めた。まだ、辺りはまっ暗だ。夜番の兵士さんに頼んで、城壁に登らせてもらう。


「料理人さん? こんな時間にどうしたんですか。今が一番寒いですし、砦の中で休んでてくださいよ」


 昨日の騒ぎのせいで、砦の兵士さん達は自分を「料理人さん」と呼んでいる。いいけどね。本職の人に聞かれたら怒られそう。


「あんなにたくさん作ったの、初めてで。興奮して目が覚めちゃいました」


 ウサギ肉の薫製は作ったけど、リゾットを丸一日作り続けたのは初めてだ。嘘じゃないもん。


 空に少しずつ、光が混ざり始める。辺りの様子が、徐々に見えるようになってくる。自分は昼夜関係なしで良ーく見える。


 森の端に、蠢くものがある。自分が、森の方ばかり見ているので、兵士さんも目を向けた。


「ん? なんだ。あれ」


 山の端から、朝陽が差し込む。兵士さんにもはっきりとわかっただろう。関所の中に向けて絶叫した。


「ロックアントだーっ。全員緊急配備っ!」


 見張り台の鐘が鳴らされる。


「昨日のロクラフは、多分、あれに追いかけられてたんですよ」


 もっとも、本隊は既に取り尽くしてある。あれは、ちょっと遅れてきたハグレだ。


「五、六、七、・・・二十三匹、も」


 兵士さんが真っ青になっている。ようやく、隊長さんが城壁にやってきた。


「ロックアントが出たって? 何匹か確認できたか?」


「た、隊長、十、二十三匹。もう駄目だ・・・」


 さっきまで絶叫していた兵士さんが、へたり込んでいる。


「なんだ、と・・・」


 隊長さんも、声が続かない。多分、この砦にいる兵士さん達は、ロックアント戦はやったことがないんだろう。そろそろ、切り通しの向こうの隊商も移動を始めるころだ。このままだと、ロックアントと鉢合わせすることになる。


 うん、確かに二十三匹だ。後続は、今のところ確認できない。


「じゃ、猟師の本領発揮、ということで」


「「は?」」


 『防陣』の術弾をセットした術杖を、ロックアントの群の中心に投げ込む。城壁から飛び降り、群に接近する。自分と群を囲い込むように、結界を発動。


 全部、シルバーアントだ。しかも、速い。昨日の群のシルバーアントは、他のロックアントと大して変わらない動きだったのに。結界を張っておいてよかった。この調子じゃ、うっかりすり抜けて隊商に襲いかかってたかもしれない。


 振りかぶられる大顎を躱して、顎のしたから黒棒を振り上げる。よし、一匹。背中から来たやつには、背面に転がって、立ち上がるタイミングで一撃。次!

 代わる代わる向かってくる個体を、黒棒の一振り、指弾一発で沈黙させていく。ほい、ほい、ほいっと。


 辺りがすっかり明るくなる頃、ロックアントは皆おとなしくなっていた。術杖を回収して、城壁に向かう。


 ようやく、門が開き、兵士さん達が、どっと繰り出してきた。鎧もつけずに武器を握って、破れかぶれな勢いで走ってくる。

 じゃあ、これの後始末は、砦の人にまかせよう。


「ロックアントはどこだ! 我々が隊商を守る、んだ・・・あれ?」


 足が止まった。首のもげたロックアントを前に、そろって目と口を大きく開いている。武器を取り落としている人もいる。足、怪我しないかな?


「自分は、このまま森の調査に向かうので、後のことはお任せします。あ、レウムさん、おはようございます」


 レウムさんは、大きな槍を持って出てきていた。


「ルー! 無茶をして!」


 あれ、怒ってる?


「無茶してませんよ?

 それより、これ、全部、変異種、シルバーアントです。森で何かあったのかもしれないので、これから調べにいきます。

 いつまでかかるかわからないし、レウムさん達はちゃんと出発してくださいね?」


「調べに、って」


「ステラさん達に、そう言っておいてください。それじゃ」


「ルー、待って!」


「はい?」


 レウムさん達が預かってきた「報酬」や、昨日の黒棒などは回収済みだし、ほかに何か忘れ物でもあったかな?


「また、また、会えるよね?」


 なんだ、そんなことか。


「お互いが、元気でいれば、どこかできっと会えますってば」


「うん。ルー、また、助けてもらったね。ありがとうね」


「どういたしまして」


 また、涙で顔がぐしゃぐしゃですよ、レウムさん。

 おいしい物の独り占めは許しません!

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