峠を越えて
いつのまにか、ユニークアクセス2万件を越えました(喜!)。いつも、お読みいただき、ありがとうございます。
この章は、一話あたりの文字数が多めになっています。文字数の調整ができない作者ですが、よろしくお付き合いください。
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翌朝、レウムさんたちは、自分についてこようとしていた。馬車を挽いている馬達がひいひい言い出しているにも関わらず、だ。
無理をさせたら馬達がつぶれてしまう。それに、かわいそうだと思わないのか? そう聞いたら、「だって、置いていかれてしまうんですもの」と泣きそうな顔で答えてくる。
・・・自分が、馬車の速度に合わせるしかなかった。
休憩した時は、彼らにブラシをかけたり、飼い葉をあげたり、レウムさん達そっちのけで世話をしてあげた。それを見て、「賢者様は本当におやさしい!」とか感激してるし。
そう思うんなら、びしばし鞭で打つのやめればいいのに!
そんなわけで、その日は峠を越えることはできず、手前で野営することになった。
夕食には、[森の子馬亭]の料理を出した。寒い山の中で、暖かい食事ができるのは贅沢だ、と喜ばれた。
でもって、エルバステラさんとリディさんには、なんとか「賢者」呼ばわりをやめさせることが出来た。かわりに、「ステラさん」と呼ぶことになった。もう、王女でも騎士でもないから、だそうだ。名前で、元の身分がばれるのも防ぎたいから、とも言っていた。それもそうだ。
テントを立てて、厳重に防寒する。ステラさんがつかう。レウムさんとリディさんは、交互に馬車の中を使う。自分もテントで休むように勧められたけど、遠慮しておいた。というより、なんだか、落ち着いて休んでられなかったのだ。一晩、たき火の前で過ごした。やっぱり、向こう側にいるのかな?
翌朝、軽く食事を済ませて出発する。昼前に、ようやく峠の手前まで来た。
けど、レウムさんの馬車よりも先行している隊商が、止まっている。前に進めない。
そう言えば、峠を下ってくる隊商がいなかった。何かあった? レウムさん達と相談して、リディさんとハナ達を馬車の警護に残し、自分はムラクモと様子を見に行くことにした。
先頭の馬車は、ぴくりとも動かない。馬達がびくついていて、宥めるのに懸命だ。ついている傭兵さんは、道の先をじっと見ている。峠を越えて緩やかに下った道の先に、関所となっている砦が見えた。左右に石堤が延びている。
向かって右手のその先は崖になっていた。対岸も切り立った崖になっていて、こちら側とは結構な距離がありそうだ。
街道の左手には、まばらに木が生えている。その足下は、背の低い灌木や薮草が所々繁茂していて、まばらに大きな岩も転がっている。左手の石堤は、緩やかに峠側の斜面に続いていた。
おかしな様子はない。と思いきや、岩が動いた。よくみれば、
「カニ?」
こたつほどの大きさのカニが、数匹、街道にはい出してきている。さらに、左手の石堤を乗り越えてきている。後続のカニが次々と足を掛けているようだ。
「ロクラフが、こんなに・・・」
傭兵さんの一人が、つぶやいた。[魔天]に入ったことのあるハンターなのだろう。
その人に、声をかけた。
「あれ、なんとかできますか?」
「あんたは?」
「後続の馬車についてたんですけど、進まないから様子を見にきたんです」
他の隊商の傭兵さん達も集まってきた。
「魔獣か?」
「違いますよ。大きいだけの、ただのカニです」
そう、ロクラフは魔獣ではない。魔力も持たず、[魔天]領域内外の森に生息している。落ち葉とか虫の死骸などを食べている、大人しい生き物だ。いじめたり驚かしたりしなければ、という但し書きは付くけど。
今は、口から泡をぶくぶく吐いている。めっちゃ、興奮している。
「いやしかし、あれだけの数は・・・」
「重いし、でかいし」
「何より、あの爪が脅威だよな」
体の半分もありそうな爪に鋏まれたら、馬の足ぐらいなら軽くちょん切る。人の手足や首も、以下同文。
「たぶん、関所の向こう側にも、ごっちゃり居そうですよね」
「! そ、そうかも知れない!」
「関所から兵士が出てこないのも、そのせいか!」
「だが、あれを隊商に近づけるわけにはいかないぞ」
いや、もっとまずい物が森から出てきそうだし。これに足止めされるわけにはいかない。
「えーと、ひっくり返すか、右側の崖に落っことしちゃえばいいと思うんですが」
「ひっくり返すって、どうやって! 結構、重いぞ?」
「二三人で取りかかれば?」
森の中ならともかく、この辺りの地形なら、一度ひっくり返したらしばらくは起き上がれない。
「ひっくり返したところで、頭を叩けば大丈夫。これとこれでなんとかやってください」
黒棒と槌を数本取り出して、渡した。
黒棒をてこのように使えば、楽にひっくり返せる。ロックアント製の槌は、トレントの樹皮を紙にするときに使った物だ。突き刺すことは出来なくても、叩き潰すことは出来る。見た目より軽いから、殴るときにうんと力を込める必要があるけど。
「自分は、同行者に状況を説明したら、堤の向こう側の加勢に行ってきます。ではよろしく〜」
「「おい待て!」」
無視して、馬車に戻る。レウムさんとリディさんに、状況を報告した。
「リディさん。馬車にはハナ達を付けておくので、ロクラフの対処に加勢してもらえませんか?」
「け、んじゃなかった、アル殿は?」
「石堤の向こう側の加勢に行ってきます。でないと、いくらでもこっち側に降りてきますから」
「ルー? 僕も行こうか?」
「レウムさんは商人なんだから、馬車を離れちゃいけませんよ。荷物を守らないと」
ムラクモも馬車に残そうとしたが、護衛隊のところまで一緒に戻ってきた。なぜか、全ての馬装をしまっている。いつの間に、そんな技を身につけたんだ。
「いくらなんでも、危ないって」
引き返させようとするが、聞きゃしない。角を出すと、ロクラフに近づいていった。
「ムラクモ!」
カニの尻側に回り込み、角を使って器用にひっくり返した! じたばたしているところを、後ろ足で崖の方に蹴り飛ばす。
振り向くと、「任せろ!」と言わんばかりに鼻を鳴らした。
そうでしたね、君、魔獣だもんね。そんなに活躍したかったんだ。
「・・・あれ、あんたの馬か?」
「大事な相棒です。皆さんの加勢をしたいそうです。じゃ、後は任せます」
「あんたは、どうするんだ?」
「だから、向こう側の加勢に行ってきますって。堤からロクラフが溢れてきてるんですよ? こっち側とは比べ物にならない数が居るはずですから。
では」
「あ、おい!」
普段の生息地よりも気温が低いせいか、動きが遅い。ハサミさえ気をつければ、怪我人は出ないだろう。
ロクラフの甲羅を、飛び石よろしく踏みつける。力一杯、踏みつける。うまくいけば、内臓がつぶれて動けなくなったはずだ。
最後の甲羅を蹴って、三メルテほどの高さの堤の上、ちょうどロクラフが足をかけているところめがけて飛び上がった。甲羅の端を蹴りつけて、反対側に落とす。蹴った反動をつかって、自分は石堤の上に着地した。
「うわぁ」
一面の、カニ、カニ、カニ。灰色の固まりがうごめいている。
きっと、砦の中にも入り込んでいる。数カ所から、悲鳴が上がってるし。でも、外のカニを減らすのが先だ。
砦西側の街道は、砦から離れたところで、切り通しになっている。登ってきた隊商は、そこで、うまくカニの侵入をブロックしているようだ。魔術師さん達が、水球や氷塊を叩き付けている。
おや、ロクラフは切り通しの上には登っていない。なんでだ?
それはともかく。
術杖二本に、それぞれの術弾を付けて、カニの群れの中心に投げ込む。
『霧原』と『遮音』を実行。
『霧原』は、結界面を霧状にし、内部の様子を見えなくするものだ。ホーラ、見えなくなった。
自分よりも重いカニを、ぺいぺい投げ飛ばす様子を目撃されたら、そりゃもう大騒ぎになるだろうし。乙女的にもちょっと恥じらいってものがあるし。どすんばたん、と、音だけ聞こえるというのも怖いだろうし。
またもカニの上を飛び跳ねて、切り通しの入り口に近づく。彼らには、いきなり、霧が湧いてきたように見えただろう。傭兵さん達が、慌てている。
結界の中からは外が丸見えだ。驚かして、すみません。この辺のカニは、追っ払っておきますから。と、内心で謝っておく。
あとは、てばやく、残りのカニを崖に追い落とす。林の奥から出てこなくなるまで、投げ飛ばしたり、押し出したり。
なんていうか、怪力無双的作業? やっぱり、見られたくないなぁ。
街道や砦の周辺から、ロクラフを追い払い、足場を確保した。
さぁて、ここからが本番。
さらに三本の術杖を用意する。『霧原』、『遮音』、『防陣』だ。
「どれくらい、出てくるのかな〜」
カニの群れが途切れた辺りに、黒い影がいくつも現れる。やっぱり、ロックアントだ。
東側同様に、負傷した魔獣とそれを追っかけるロックアント、を予想していたのに、ロクラフを追い立てていたとは予想外だった。
ロックアントの群れの中心を見極めて、またも術杖を投げ込む。よし、術を実行。
この群れは、三分の一が変異種のシルバーアントだった。一体だけ、羽付の巨大蟻がいた。飛び回られると面倒なので、真っ先に倒す。あとは、いつも通り。しかし、数が多い。このっ、まだ出てくるか!
すべてのロックアントを叩き伏せ、死骸を便利ポーチにしまい終わったときには、日が暮れていた。
追いかけてきていたロックアントが居なくなったせいか、生き残りのロクラフが森に戻り始めている。が、『防陣』に塞がれていて戻れない。
ごめん、まだ結界を外せないんだよ。自分的都合だけど。
暗くなってから戻ると、たぶん騒ぎになるし、今のうちにロックアントも処理しておきたい。
ロックアントの解体を始める。ただ、羽付きは、そのまま残した。三百年以上、狩っていたけど、初めて見るタイプだ。後で中身をよく調べてみたい。
東側で獲ったシルバーアントの解体まで終えて、ようやく結界を解除した。
生き残ったロクラフの群が、『防陣』の外側で待ち構えている。結界がなくなると、そそくさと、森に帰っていった。
見渡すと、十数匹の死骸が残っている。たぶん、後から来た個体にのしかかられて、圧死してしまったのだろう。森では、鳥の好物だったが、この辺だとなにが食べにくるのかな?
でも、この時期のロクラフを放っておくのは、ちょーっと、もったいない気がする。
『隠鬼』を張って、料理することにした。いや、火が見えるとね? やっぱり、騒ぎになるだろうしね?
火が燃え広がらないように、地面を整える。大きめのたき火と、小さいたき火を用意する。
小さい方では、胴鍋で足をゆでる。大きいたき火では、ハサミを焼いた。ああ、醤油が欲しい!
程よくゆであがった足から、中の肉を取り出し、殻はさらにゆでてスープを取る。焼き上がったハサミも、肉を取り出し、殻はスープ鍋に追加する。
今度は、ロクラフの胴だ。背中を下にして腹と切り分け、大きいたき火に重ねて乗せる。一種の甲羅焼きだ。火が通ったところで、腹側の肉をつついて取り出し、背中側の身とまぜる。結構な量になった。蟹味噌と絡めて食べる。
んーっ、美味しーいっ!
小さいたき火で、カニ殻スープを使ったご飯も炊く。実は、このなんちゃって飯盒で炊くのは初めてだ。しかも飯盒の構造は、生前のキャンプで一度見ただけだし。大丈夫かな〜。
よし、うまく炊けた。やった!
甲羅焼きの残りに牛乳を加え、炊きあがったご飯を混ぜる。カニリゾットもどきの出来上がり。運良く、ネギに似た香草があったので、刻んで散らす。これまたいける!
ああ、これよこれ。これが食べたかったの! お米、万歳!
うん、たくさん働いた分もあって、すごく美味しかった。
食べきれなかったリゾットと茹で汁の残りを、蓋付きマグに保存した。
残りのロクラフも取っておこう。『隠鬼』を張ったまま、散らばっているカニを拾ってまわった。
夜明けを待って、石堤を越えて峠側に戻った。こちら側にも、カニの死骸がいくつか残っている。傭兵さんが、自分の姿を見つけて駆け寄ってきた。
「あんた! 無事だったか!」
「みなさんも、ご無事のようで。よかったです」
「あれから全然戻ってこないし」
「砦の向こう側、霧が出たじゃないか。見えない状態で、よく無事で」
「あははは、手当り次第にひっくり返してきましたから」
笑ってごまかす。ステラさんとリディさんも、やってきた。
「アル様、お帰りなさい!」
「アル殿、お怪我はありませんか?」
「ステラさん、リディさん、戻りました。こちらは大丈夫でしたか?」
「はい」
「アル殿が、石堤を越えてしばらくしたら、ロクラフの来る数が減ったので、皆で協力してなんとか。そうだ、お借りしていた道具を預かってます」
黒棒と槌は、馬車に置いてあるそうだ。
「ムラクモは?」
「馬車に戻っています。さすがに、疲れているようで」
「我々の倍の数を、蹴り飛ばしてましたからね!」
「いやぁ、すごい馬だ」
「どこで手に入れたんだい?」
「えと、偶然、従魔にしちゃいまして」
「「へえぇ」」
あれ? でっかい従魔がいるって、驚かないの? ほら、魔力とか、いろいろ問題があるんじゃなかったのかな?
「従魔でなかったら、是非とも譲って欲しいところだったよ」
「いや、今からでも、うちに雇われないか?」
あれま、傭兵の勧誘ですか? 実力があれば、そういうのは無視できる、のかな?
「すみません。自分、まだお使いの途中なので」
そう言って断ると、みな、残念そうな顔をした。
レウムさんの馬車に向かう。
「ムラクモ、お疲れさま。頑張ったね」
自分が戻ってくるまで、と気を張っていたのだろう。顔を擂り寄せ、甘えてくる。
「もう大丈夫だから。影で休んでおいで」
「ツキちゃん達も、狼が近寄らないように、一晩中見張ってくれたんだよ」
レウムさんが教えてくれる。
「じゃあ、みんなも休もうね」
ハナだけは、入ろうとしない。鼻をひくつかせている。う、ばれたかもしれない。後で、食べさせてあげなきゃ。
「関所の門が開くようですよ? 出発しませんか?」
砦から、数人の騎馬が出てきた。砦の城壁から被害がないことは見えていたようだが、確認のために後続の隊商も確認してまわるそうだ。
砦の中のロクラフも、片付いたようだ。怪我人とか、大丈夫だったかな?
新章スタートです。
ハードなスタートから、一気に緊張感がなくなりました。その報いが、次回に。
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『霧原』むげん
人払いの結界。[魔天]でも使っていたが、晴れた昼日中にいきなり霧が出ると、逆に目立つことになる。使いどころを選ぶ結界。
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結界を術杖で実行した理由。
地面に術弾を置いて、討伐中にうっかり踏みつけて、結界を壊してしまうかもしれない、と考えたから。




