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息子の帰還

324


 家の脇には、小さな水車小屋があった。


「ラシカさん! そんな重いもの持ったら、また腰にきますよ」


 まだ、ろくに動けない(はず!)なのに、水車小屋で精米作業をしていた。


「これをしないと、食べられないだろ?」


「ユキ達が手伝ってますよね? 少しは進んでますよね? だから、ちゃんと治ってからにしてくださいって」


 水車を動力とした石臼で籾を搗いている。籾すりが終わると、籾殻と玄米にふるい分ける魔導具で分別する。その後、水車の石臼で精米する。


 ユキとツキは、ラシカさんの作業を見てて、手順を覚えていた。石臼から分別用の魔道具に籾を移したり、また分別が終わった玄米を石臼に戻したり、貯まった籾殻やぬかを外に出したり、と、魔術や道具を器用に使い分けて手伝っている。ラシカさんが移動するときは、二頭で左右に寄り添ったりもする。

 精米中の水車小屋は、ホコリっぽくなるそうだが、それもユキとツキが【風】を使って、快適な環境にしている。

 君たち、器用すぎるぞ?


「あんたの連れは、仕事が早いね。このまま家で働かないかい?」


「それはちょっと、無理ですよ」


 収穫してきた籾の袋を水車小屋に運んできたときに、そう言われた。

 精米が終わった米は、ユキとツキが袋に移している。ラシカさんが、その袋の口を閉じて、板の間に運ぶぼうとするのを、自分が取り上げた。


 とにかく、時間がない。

 最低限、ラシカさんがひと月食べる分は精米して、残りの籾は、自宅の続きにある倉庫に保管することにした。


 自分は、米の収穫と藁束作り、ハナは稲刈り、ムラクモは、籾の袋の運搬、ユキとツキは水車小屋での作業。

 全員で、日の出前から暗くなるまで作業し続けた甲斐あって、ラシカさんと出会ってから四日後には、すべての収穫を終えた。



 倉庫に最後の籾の袋を運び入れる。ムラクモが引いていた荷車、鎌、稲藁を束ねる藁紐なども、必要な手入れを終えてそれぞれしまい込む。

 集めた藁束も、倉庫に保管する。籾殻とぬかは畑に撒く。


「お、終わった〜」


 重さはどうってことない。一粒でも落としちゃいけない、その緊張感で精神的に疲れた。


 家の前の土手に座り込み、刈り取りの終わった田んぼを見下ろす。

 最初に刈り取った稲は、まだ、田んぼに干してある。どうしても、天日干しの米も食べたいと、ラシカさんが主張したからだ。

 一面の棚田は、夕日に照らされている。のどかな、穏やかな風景だ。

 

 この家に続く道の先から、馬の足音が近づいてきた。ラシカさんの息子さんが、ようやく帰ってきたのかな?

 林から姿を現した。鞍に大きな荷物を括り付けている。なぜか、スビードをあげて駆け登ってきた。


「おおおお袋ぉ〜っ!」


 家の前に到着した。


「お袋っ。無事なのかっ! おやじはっ、畑はどうなった!」


 自分には目もくれず、一目散に家の中に走り込んでいく。


「遅いっ!」


 かまどの前にいたラシカさんの大喝が浴びせかけられる。そばにいたツキがびくっとした。


「え、ええっ? あれ? こいつ、なんでこんなところに・・・まさか!」


 今度は、家から出てきて辺りをきょろきょろ見回す。土手に寝転がっている自分に気がついた。左右に、ユキとハナが座っている。


「あ〜、またお会いしましたぁ〜」


「ルーっ! おまっ、お前! なんで?!」


 モガシの隊長さんだった。


「帰ってきてくれてよかったです。これで一安心〜。したら、眠くなっちゃいました・・・」


 ぱた。ぐぅ。



 夕飯が出来たと、揺り起こされた。


「ん〜、まだ眠いです〜」


「食ってから寝ろ。いや、寝る前に全部説明しろ!」


 家の中に引っ張っていかれた。ご飯をいただく。

 ユキ、ツキ、ハナは、山盛りの白いご飯をもらって、嬉々としている。そうか、これが目当てで頑張ってたのか。ムラクモも、隊長さんから飼い葉と水をもらっている。

 家畜小屋にはロバもいたが、彼は今回活躍なし。いや、ちゃんと世話はしたよ? ハナ達にびくついて、仕事にならなかっただけだから。


「まあ、乾燥方法は気に入らないが、仕方ない。あとは、こいつにやらせるから、依頼は終了したことにしよう」


 ラシカさんから、完了宣言をもらった。


「では、明日の朝には出発しますね。息子さん、帰ってきてよかったです」


「なんで、こうなった?」


「ラシカさん、畑で腰を痛めて動けなくなってたんですよ。そこを、たまたま通りかかっちゃった、と」


「だからって。・・・そうだ、親父はどこ行った?」

「手紙を出しただろ? こないだ亡くなったって」

「いつ出した手紙だよ、って。死んだのか?」

「ああ。大往生さ。いい死に顔だった」

「・・・そうか」


「自分は、なりゆきで収穫を手伝うことに」


「ルーには、世話になりっぱなしだな。

 だがよ? なんで、畑に藁束がないんだ? お前がモガシを出てすぐに着いたとしても、全部刈り取り出来るはずないぞ?」


「この娘、変な方法で収穫しちまったんだよ」


「ラシカさん〜、変な方法って・・・」


「他になんて言えばいいんだい?」


「ちょっと待て! おい! まさか、まさか、とは思うが、まさか!」


「聞かない方が平和に過ごせると思います」


「〜〜〜この非常識め!」


「だって、一人暮らしでしょ? ほっとけませんよ。普通の方法では、収穫しきれなさそうだったし」


「お〜ま〜え〜わ〜っ」

「こら! キアート! 大声を出すんじゃない!」


 お二人とも、声、大きいです。


「そこの袋は、精米済みです。残りは籾のまま、袋に入れて倉庫に保管してあります。後、連絡することは〜」


「お袋、藁は? 全部燃やしちまったのか?」


「なに言ってるんですか。それも倉庫にちゃんとしまいましたよ?」


「は?」


「縄を作ったり、家畜の敷き藁にしたり、いろいろ使うんでしょ?」


「・・・それも、全部おまえがやったのか?」


「だから、腰を痛めたラシカさんに、そんな重労働させるわけには」


「お袋! 追加報酬なんか出せねぇぞ。仕事量も早さも並じゃねえけどな!」

「おや?」


「あれ? そういえば」


 隊長さんが、こめかみを引きつらせている。


「まさか、」


「手伝え、とは言ったけど、その話はしてなかったね」

「そうですよね?」


 あ、力つきた。


 ラシカさんの田んぼの収穫作業は、乾燥用の竿立てから最後の藁の始末まで、普通にすれば、大人二人でも二十日近くかかるそうだ。


「それを、一人で、それも四日で終わらせただと!」


「実質、三日と半日でしたね」


「〜〜〜信じらんねぇ」

「ほらみてごらん。やっぱり怪しい変な方法じゃないか」


「ちゃんと食べられるんですから、いいじゃないですか」


「それはそれ、これはこれ、だろ?」

「お袋〜ぉ」


 自分は、新米がたらふく食べられたから十分なんだけどな。そう言うと、


「よし、もっと食え! 俺の分をやるから持ってけ!」

「およしよ。今年はたくさん穫れたんだ。お前はいつも通り持っていきな。父さんの分を報酬にすればいいさ」

「! そうか、そうだな。ルー、すまねぇが、収穫した水麦が報酬でもいいか?」


 気持ちは嬉しいが、籾殻付きでは便利ポーチにしまえない。


「籾殻が付いたままでもらっても、食べられませんよ」


「そうか? ルーなら何かしらやらかしそうな気が」


「だって、食べたいときにすぐに食べたいじゃないですか」


「この、食いしん坊が」


「そのために生きてます」


「そこのやつを全部持っていきな」


 ラシカさんが、精米済みの米の袋の山を示した。一つ一つはたぶん、十キログラムぐらい。それが十? 二十はなかったはず。ラシカさんの水車は高性能。籾すりも精米もはやいこと。


「お袋、これでも足りねぇぞ?」


「多いでしょ!」


「なに言ってるんだい。父さんが一年で食べる分はこんなもんじゃないよ?」


「自分はそこまで食べません!」


「うそつけ」

「あの子達の働いた分もあったね。もう少し足しておかないと」

「どっちにしろ、俺たち二人では食べきれないんだ」


「高く売れるんでしょ? 収入源をそんな人に気軽にあげちゃいけませんって」


「作ってるのは、家族で食べる分だけだぞ?」

「まあ、少しは売ったりもするけどさ。その分、税金がかかるからねぇ」

「多すぎても困るんだよ」


 だからって!


「ここはいい水が流れてるからね。美味しい水麦がたくさん穫れるんだよ。でも、もう父さんもいないしね」


「街にいかれるんですか?」


「減らすんだよ」


 まだ作るんだ。


「でも、一人では大変すぎますよ」


「なぁに、下の連中で、いい畑を欲しがっているやつはいくらでもいるしさ。畑を貸しとくって手もある」

「とにかく、持ってけ! いいな?」



 籾すりしておけばいいだろうということで、水車小屋の杵の数が増やされた。そんな切り替え機構が付いていたとは!


「父さんの自慢の水車だよ」

「たまに、下の集落からも脱穀とか頼みに来るんだ」


 夜通し、作業することになった。


「夜は、休みましょうよ〜」


「さっき、昼寝してたよな?」


 まだ、腰が治りきってないラシカさんには寝てもらった。水車小屋の中を『灯』で照らしながら、搗いて分別して袋につめて、を繰り返す。石臼のいくつかでは精米もしてる。


「いくらなんでも食べきれませんよ」


「いいや。お前ならぺろっと食っちまうな。賭けるか?」


「食べる本人との賭けなんて不毛でしょ?」


「とにかく、お袋を助けてくれてありがとうな」


「・・・お一人での生活って、寂しいでしょうね」


「親父もお袋も、半猟半農でな。猟に出れば半月は戻らないこともざらだった。まして、歳のこともある。覚悟はしてたさ」


「でも、今度のことみたいなことがまたあったら・・・」


「下の集落の知り合いに頼んでおくよ。俺も、もうじき戻ってくるつもりだったし」


「・・・そうなんですか」


 この隊長さんがいなくなったら、モガシの騎士団、やっていけるのかな?


「そういうお前こそ、女一人で猟師やって、旅をして。大丈夫なのか?

 って、心配するだけ無駄だな」


「ま、まあ、今は相棒達もいますし。それこそ、覚悟の上、ですから」


「・・・ほどほどに、な?」


「善処します」



 翌朝、たっぷりの朝食をいただいた。ご飯とみそ汁、野菜の炒め煮、ウサギの味噌焼き。


「なんで、ウサギなんかがあるんだ?」


「最初の晩にお分けしたら、もっと出せって、ねだられたんです。だけど、こんな料理になるなんて思ってもいませんでした」


 薄切りにしたウサギ肉に、酒でのばした味噌を塗ってある。一緒に焼いた茸とともに、香ばしい、美味しそうな匂いがする。ああ、また肉食組のよだれが〜


「なかなかいい肉だったね。どこで獲ったやつだい?」


「シンシャ郊外で。赤根農場を襲ってきたとき、一網打尽に」


「落とし穴か? それとも罠か?」


「いえいえ、ほとんど、ユキとツキが【風刃】で首を切り落としましたよ。百匹以上いましたね」


「・・・農場の人もお前もよく無事だったな」


「そんな! あの子達、自分と一緒に行動するようになってから、一度も人を傷付けたりしてません!」


「そっちの意味じゃなくて! ウサギだよ。でかいだろ? いくらあいつらの腕が良くても、入り込むやつがいただろうが」


「あ〜、内緒ですよ? 入り込まないように、農場を取り囲むような結界、使いましたから。穴掘って地面の下から来たウサギは、槍で仕留めましたし」


「けっ? け、けっ、け」


「ほら、騎士さん達にもかけたじゃないですか」


「あれは【隠蔽】だろうが! ウサギの体当たりを防ぐ結界って、って、ローデンの砦!」

「なかなか、おもしろそうな話をしてるじゃないか。後で、聞かせておくれよ」


「隊長さんに聞いてください。自分はそろそろ出発しないと」


「なら、これをもってお行き」


 精米済み、脱穀済みの米袋多数。塩漬けの野菜や山菜、さらに、味噌桶が二つ。藁束もそこそこ。


「・・・なぜ、藁束?」


「そこの馬っ子の報酬だよ」


「・・・その桶は?」


「アタシの自慢の漬け豆、三年ものだよ。スープにして食わせただろ? 気に入ってたみたいだからね」


「だからって、桶・・・」


 米と山菜と藁束は、便利ポーチにしまったけど、「発酵食品は、便利ポーチには入らないんです〜」とは、言えない。ふつうのマジックバッグなら入れられる物だから。


「なんなら、仕込み前の豆も持っていくか?」


 隊長さんが持ち帰ってきたのが、味噌用の大豆だそうだ。だからナマモノは以下同文。


「いえ、おキモチだけでいっぱいです」


「なにふざけたことを。水樽だの骨の山だの、冗談みたいに放り込んでたくせによ?」


「だから、水麦だけでも十分ですってば」


「お袋の漬け豆は、二度と食えんぞ。これだけでも持っていけって」


 隊長さんが、勝手にムラクモの鞍に樽を括り付けてしまった。それなら。


「ラシカさん? これからもおいしい水麦を作れるように、はい、これで腰を大事にしてくださいな」


 大量のウサギの毛皮を板の間に積み上げた。これだけあれば、腰巻きでも布団でも使い放題できるはずだ。こっそり、山羊バターと蜂蜜酒を隠しておく。


「へえ、いい鞣しをしてあるね。あんた、どうだい? 息子の嫁に来ないか?」


「お袋〜っ!」


「いえいえ、隊長さんは自分にはもったいないですよってことで、お元気で!」


 ダッシュで逃げ出す。


「気をつけて行けよ〜っ!」


 今度こそ、峠に向かおう。

 なんで、話がこんなに長くなるんでしょう? 食いしん坊の呪い?


 #######


 漬け豆

 味噌のこと。

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