息子の帰還
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家の脇には、小さな水車小屋があった。
「ラシカさん! そんな重いもの持ったら、また腰にきますよ」
まだ、ろくに動けない(はず!)なのに、水車小屋で精米作業をしていた。
「これをしないと、食べられないだろ?」
「ユキ達が手伝ってますよね? 少しは進んでますよね? だから、ちゃんと治ってからにしてくださいって」
水車を動力とした石臼で籾を搗いている。籾すりが終わると、籾殻と玄米にふるい分ける魔導具で分別する。その後、水車の石臼で精米する。
ユキとツキは、ラシカさんの作業を見てて、手順を覚えていた。石臼から分別用の魔道具に籾を移したり、また分別が終わった玄米を石臼に戻したり、貯まった籾殻やぬかを外に出したり、と、魔術や道具を器用に使い分けて手伝っている。ラシカさんが移動するときは、二頭で左右に寄り添ったりもする。
精米中の水車小屋は、ホコリっぽくなるそうだが、それもユキとツキが【風】を使って、快適な環境にしている。
君たち、器用すぎるぞ?
「あんたの連れは、仕事が早いね。このまま家で働かないかい?」
「それはちょっと、無理ですよ」
収穫してきた籾の袋を水車小屋に運んできたときに、そう言われた。
精米が終わった米は、ユキとツキが袋に移している。ラシカさんが、その袋の口を閉じて、板の間に運ぶぼうとするのを、自分が取り上げた。
とにかく、時間がない。
最低限、ラシカさんがひと月食べる分は精米して、残りの籾は、自宅の続きにある倉庫に保管することにした。
自分は、米の収穫と藁束作り、ハナは稲刈り、ムラクモは、籾の袋の運搬、ユキとツキは水車小屋での作業。
全員で、日の出前から暗くなるまで作業し続けた甲斐あって、ラシカさんと出会ってから四日後には、すべての収穫を終えた。
倉庫に最後の籾の袋を運び入れる。ムラクモが引いていた荷車、鎌、稲藁を束ねる藁紐なども、必要な手入れを終えてそれぞれしまい込む。
集めた藁束も、倉庫に保管する。籾殻とぬかは畑に撒く。
「お、終わった〜」
重さはどうってことない。一粒でも落としちゃいけない、その緊張感で精神的に疲れた。
家の前の土手に座り込み、刈り取りの終わった田んぼを見下ろす。
最初に刈り取った稲は、まだ、田んぼに干してある。どうしても、天日干しの米も食べたいと、ラシカさんが主張したからだ。
一面の棚田は、夕日に照らされている。のどかな、穏やかな風景だ。
この家に続く道の先から、馬の足音が近づいてきた。ラシカさんの息子さんが、ようやく帰ってきたのかな?
林から姿を現した。鞍に大きな荷物を括り付けている。なぜか、スビードをあげて駆け登ってきた。
「おおおお袋ぉ〜っ!」
家の前に到着した。
「お袋っ。無事なのかっ! おやじはっ、畑はどうなった!」
自分には目もくれず、一目散に家の中に走り込んでいく。
「遅いっ!」
かまどの前にいたラシカさんの大喝が浴びせかけられる。そばにいたツキがびくっとした。
「え、ええっ? あれ? こいつ、なんでこんなところに・・・まさか!」
今度は、家から出てきて辺りをきょろきょろ見回す。土手に寝転がっている自分に気がついた。左右に、ユキとハナが座っている。
「あ〜、またお会いしましたぁ〜」
「ルーっ! おまっ、お前! なんで?!」
モガシの隊長さんだった。
「帰ってきてくれてよかったです。これで一安心〜。したら、眠くなっちゃいました・・・」
ぱた。ぐぅ。
夕飯が出来たと、揺り起こされた。
「ん〜、まだ眠いです〜」
「食ってから寝ろ。いや、寝る前に全部説明しろ!」
家の中に引っ張っていかれた。ご飯をいただく。
ユキ、ツキ、ハナは、山盛りの白いご飯をもらって、嬉々としている。そうか、これが目当てで頑張ってたのか。ムラクモも、隊長さんから飼い葉と水をもらっている。
家畜小屋にはロバもいたが、彼は今回活躍なし。いや、ちゃんと世話はしたよ? ハナ達にびくついて、仕事にならなかっただけだから。
「まあ、乾燥方法は気に入らないが、仕方ない。あとは、こいつにやらせるから、依頼は終了したことにしよう」
ラシカさんから、完了宣言をもらった。
「では、明日の朝には出発しますね。息子さん、帰ってきてよかったです」
「なんで、こうなった?」
「ラシカさん、畑で腰を痛めて動けなくなってたんですよ。そこを、たまたま通りかかっちゃった、と」
「だからって。・・・そうだ、親父はどこ行った?」
「手紙を出しただろ? こないだ亡くなったって」
「いつ出した手紙だよ、って。死んだのか?」
「ああ。大往生さ。いい死に顔だった」
「・・・そうか」
「自分は、なりゆきで収穫を手伝うことに」
「ルーには、世話になりっぱなしだな。
だがよ? なんで、畑に藁束がないんだ? お前がモガシを出てすぐに着いたとしても、全部刈り取り出来るはずないぞ?」
「この娘、変な方法で収穫しちまったんだよ」
「ラシカさん〜、変な方法って・・・」
「他になんて言えばいいんだい?」
「ちょっと待て! おい! まさか、まさか、とは思うが、まさか!」
「聞かない方が平和に過ごせると思います」
「〜〜〜この非常識め!」
「だって、一人暮らしでしょ? ほっとけませんよ。普通の方法では、収穫しきれなさそうだったし」
「お〜ま〜え〜わ〜っ」
「こら! キアート! 大声を出すんじゃない!」
お二人とも、声、大きいです。
「そこの袋は、精米済みです。残りは籾のまま、袋に入れて倉庫に保管してあります。後、連絡することは〜」
「お袋、藁は? 全部燃やしちまったのか?」
「なに言ってるんですか。それも倉庫にちゃんとしまいましたよ?」
「は?」
「縄を作ったり、家畜の敷き藁にしたり、いろいろ使うんでしょ?」
「・・・それも、全部おまえがやったのか?」
「だから、腰を痛めたラシカさんに、そんな重労働させるわけには」
「お袋! 追加報酬なんか出せねぇぞ。仕事量も早さも並じゃねえけどな!」
「おや?」
「あれ? そういえば」
隊長さんが、こめかみを引きつらせている。
「まさか、」
「手伝え、とは言ったけど、その話はしてなかったね」
「そうですよね?」
あ、力つきた。
ラシカさんの田んぼの収穫作業は、乾燥用の竿立てから最後の藁の始末まで、普通にすれば、大人二人でも二十日近くかかるそうだ。
「それを、一人で、それも四日で終わらせただと!」
「実質、三日と半日でしたね」
「〜〜〜信じらんねぇ」
「ほらみてごらん。やっぱり怪しい変な方法じゃないか」
「ちゃんと食べられるんですから、いいじゃないですか」
「それはそれ、これはこれ、だろ?」
「お袋〜ぉ」
自分は、新米がたらふく食べられたから十分なんだけどな。そう言うと、
「よし、もっと食え! 俺の分をやるから持ってけ!」
「およしよ。今年はたくさん穫れたんだ。お前はいつも通り持っていきな。父さんの分を報酬にすればいいさ」
「! そうか、そうだな。ルー、すまねぇが、収穫した水麦が報酬でもいいか?」
気持ちは嬉しいが、籾殻付きでは便利ポーチにしまえない。
「籾殻が付いたままでもらっても、食べられませんよ」
「そうか? ルーなら何かしらやらかしそうな気が」
「だって、食べたいときにすぐに食べたいじゃないですか」
「この、食いしん坊が」
「そのために生きてます」
「そこのやつを全部持っていきな」
ラシカさんが、精米済みの米の袋の山を示した。一つ一つはたぶん、十キログラムぐらい。それが十? 二十はなかったはず。ラシカさんの水車は高性能。籾すりも精米もはやいこと。
「お袋、これでも足りねぇぞ?」
「多いでしょ!」
「なに言ってるんだい。父さんが一年で食べる分はこんなもんじゃないよ?」
「自分はそこまで食べません!」
「うそつけ」
「あの子達の働いた分もあったね。もう少し足しておかないと」
「どっちにしろ、俺たち二人では食べきれないんだ」
「高く売れるんでしょ? 収入源をそんな人に気軽にあげちゃいけませんって」
「作ってるのは、家族で食べる分だけだぞ?」
「まあ、少しは売ったりもするけどさ。その分、税金がかかるからねぇ」
「多すぎても困るんだよ」
だからって!
「ここはいい水が流れてるからね。美味しい水麦がたくさん穫れるんだよ。でも、もう父さんもいないしね」
「街にいかれるんですか?」
「減らすんだよ」
まだ作るんだ。
「でも、一人では大変すぎますよ」
「なぁに、下の連中で、いい畑を欲しがっているやつはいくらでもいるしさ。畑を貸しとくって手もある」
「とにかく、持ってけ! いいな?」
籾すりしておけばいいだろうということで、水車小屋の杵の数が増やされた。そんな切り替え機構が付いていたとは!
「父さんの自慢の水車だよ」
「たまに、下の集落からも脱穀とか頼みに来るんだ」
夜通し、作業することになった。
「夜は、休みましょうよ〜」
「さっき、昼寝してたよな?」
まだ、腰が治りきってないラシカさんには寝てもらった。水車小屋の中を『灯』で照らしながら、搗いて分別して袋につめて、を繰り返す。石臼のいくつかでは精米もしてる。
「いくらなんでも食べきれませんよ」
「いいや。お前ならぺろっと食っちまうな。賭けるか?」
「食べる本人との賭けなんて不毛でしょ?」
「とにかく、お袋を助けてくれてありがとうな」
「・・・お一人での生活って、寂しいでしょうね」
「親父もお袋も、半猟半農でな。猟に出れば半月は戻らないこともざらだった。まして、歳のこともある。覚悟はしてたさ」
「でも、今度のことみたいなことがまたあったら・・・」
「下の集落の知り合いに頼んでおくよ。俺も、もうじき戻ってくるつもりだったし」
「・・・そうなんですか」
この隊長さんがいなくなったら、モガシの騎士団、やっていけるのかな?
「そういうお前こそ、女一人で猟師やって、旅をして。大丈夫なのか?
って、心配するだけ無駄だな」
「ま、まあ、今は相棒達もいますし。それこそ、覚悟の上、ですから」
「・・・ほどほどに、な?」
「善処します」
翌朝、たっぷりの朝食をいただいた。ご飯とみそ汁、野菜の炒め煮、ウサギの味噌焼き。
「なんで、ウサギなんかがあるんだ?」
「最初の晩にお分けしたら、もっと出せって、ねだられたんです。だけど、こんな料理になるなんて思ってもいませんでした」
薄切りにしたウサギ肉に、酒でのばした味噌を塗ってある。一緒に焼いた茸とともに、香ばしい、美味しそうな匂いがする。ああ、また肉食組のよだれが〜
「なかなかいい肉だったね。どこで獲ったやつだい?」
「シンシャ郊外で。赤根農場を襲ってきたとき、一網打尽に」
「落とし穴か? それとも罠か?」
「いえいえ、ほとんど、ユキとツキが【風刃】で首を切り落としましたよ。百匹以上いましたね」
「・・・農場の人もお前もよく無事だったな」
「そんな! あの子達、自分と一緒に行動するようになってから、一度も人を傷付けたりしてません!」
「そっちの意味じゃなくて! ウサギだよ。でかいだろ? いくらあいつらの腕が良くても、入り込むやつがいただろうが」
「あ〜、内緒ですよ? 入り込まないように、農場を取り囲むような結界、使いましたから。穴掘って地面の下から来たウサギは、槍で仕留めましたし」
「けっ? け、けっ、け」
「ほら、騎士さん達にもかけたじゃないですか」
「あれは【隠蔽】だろうが! ウサギの体当たりを防ぐ結界って、って、ローデンの砦!」
「なかなか、おもしろそうな話をしてるじゃないか。後で、聞かせておくれよ」
「隊長さんに聞いてください。自分はそろそろ出発しないと」
「なら、これをもってお行き」
精米済み、脱穀済みの米袋多数。塩漬けの野菜や山菜、さらに、味噌桶が二つ。藁束もそこそこ。
「・・・なぜ、藁束?」
「そこの馬っ子の報酬だよ」
「・・・その桶は?」
「アタシの自慢の漬け豆、三年ものだよ。スープにして食わせただろ? 気に入ってたみたいだからね」
「だからって、桶・・・」
米と山菜と藁束は、便利ポーチにしまったけど、「発酵食品は、便利ポーチには入らないんです〜」とは、言えない。ふつうのマジックバッグなら入れられる物だから。
「なんなら、仕込み前の豆も持っていくか?」
隊長さんが持ち帰ってきたのが、味噌用の大豆だそうだ。だからナマモノは以下同文。
「いえ、おキモチだけでいっぱいです」
「なにふざけたことを。水樽だの骨の山だの、冗談みたいに放り込んでたくせによ?」
「だから、水麦だけでも十分ですってば」
「お袋の漬け豆は、二度と食えんぞ。これだけでも持っていけって」
隊長さんが、勝手にムラクモの鞍に樽を括り付けてしまった。それなら。
「ラシカさん? これからもおいしい水麦を作れるように、はい、これで腰を大事にしてくださいな」
大量のウサギの毛皮を板の間に積み上げた。これだけあれば、腰巻きでも布団でも使い放題できるはずだ。こっそり、山羊バターと蜂蜜酒を隠しておく。
「へえ、いい鞣しをしてあるね。あんた、どうだい? 息子の嫁に来ないか?」
「お袋〜っ!」
「いえいえ、隊長さんは自分にはもったいないですよってことで、お元気で!」
ダッシュで逃げ出す。
「気をつけて行けよ〜っ!」
今度こそ、峠に向かおう。
なんで、話がこんなに長くなるんでしょう? 食いしん坊の呪い?
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漬け豆
味噌のこと。




