むくわれた話
322
練兵場の脇にある、兵士さんの休憩室で一眠りさせてもらった翌朝。
「? 何の匂い?」
嗅ぎ慣れたような、懐かしいような、いいにおいがする。つられて外に出た。
練兵場の一角で、炊き出しが作られている。
「おはようございます」
「おはようございます。姐御殿!」
建物の出入り口脇に居た兵士さんに挨拶したら、変な返事をされた。
「・・・なんなんですか? その「姐御殿」って」
「いやあ、名前で呼ぶのは恐れ多いって、みんなで呼び方を考えたんです」
嬉しそうにいうな。
「誰が言い出したんですか! 却下です!」
「「「いやいやいや!」」」
「多数決で決定です!」
「そんな多数決、認めませーん」
「そんなところで遊んでないで。飯だ。朝飯だぞ!」
隊長さんが自分を呼んだ。
「はやいですね」
「ルー殿、いや姐御殿もな」
「やっぱりお仕置きしましょう!」
「これくらい、いいじゃないか」
「よくないです」
「腹減ってるから怒りっぽくなるんだよ。ほれ」
深めのボウルを手渡してくれる。あ、まさか、これは。
「深酒した次の日はこれに限る!」
おかゆだ。米だ。白いご飯だ。さっきの匂いは、これだ!
『いただきます!』
添えられていたスプーンを使って、ひとさじ。わずかな塩味が、米の味を引き立てている。
あっという間に食べてしまった。
「お代わりあるぞ?」
「いただきます!」
「ほれみろ。腹が減ってたんだよ」
なんとでも言え! 本当に、この世界にもあるとは思ってなかったんだよ〜。
「ローデンでは見たことないです」
「水麦は、モガシよりも北の方で、少しだけ作られてるんだ。西の海岸の方では、普通に食べられてるらしいが」
「へぇ」
いいことを聞いた。
「これ、売ってませんか」
炊き出しを作っていた女性に聞いてみた。
「ああ、そろそろ、今年の収穫が入ってくるころだよ」
「だめだよ。盗賊のせいで入荷が遅れてるって」
「そうだったね。ごめんよ。うちの水麦はこれが最後だったよ」
「うちのもだ」
「そんな、大事なものを炊き出しに使っちゃうんですか?」
「そりゃあ、街の危機で働いてくれた連中への褒美だもの」
「こんな時ぐらいは、うまいものを腹一杯食べさせるさ」
「普段は、きっちり腹八分目にさせてるからね〜」
「あんた、ルーさん、でいいんだっけ?」
「ちゃんと食べたかい?」
「はい。昨日も今朝もごちそうさまでした」
「「「どういたしまして!」」」
まだ、二日酔いで頭を抱えている人もいた。その横で、収奪品の整理の続きが始められている。
そこに、馬車が数台入ってきた。荷台には、白い山。
ホーシタさんが、先日の商人さん、スティロニさんといっしょにやってきた。
「おはよ〜う」
「や、お早うございます。また、お会いできて嬉しい限りです」
「スティロニさん、でしたよね? おはようございます。もう、次の隊商を組んで出発されてると思ってました」
「そうしたかったのはやまやまだったんですが、盗賊が退治されるまでは出ない方がいいと指示されたもので」
「えーと、スティロニさんのところの隊長さんは?」
「討伐が終了したとの連絡を受けて、出発の準備にかかってます」
「そうですか。本当は隊長さんに渡すべきなんでしょうけど、これ、魔獣討伐の時の報告書です」
「! わざわざ、ありがとうございます」
「いえ。なんか、詳細な報告義務があるから、とか隊長さんが言ってたので。シンシャとモガシにも同じ文面で提出してます」
「そうですか? 口頭で「全部すんだ」としか、聞かされてませんが」
「・・・なんなんでしょう?」
「さあ?
ところで、何でも、魔獣の骨などをご所望されているとお聞きしました。一晩ではたいした数はそろえられませんでしたが、どうぞ、お収めください」
「これだけ集まったけど、使えるものはあるか〜?」
「・・・すみません。こんな大事になるとは予想もしてませんでした。お手数をおかけしました〜」
「とんでもございません。魔獣だけでなく盗賊の討伐にもご協力いただいたのです。この程度では、到底お礼にもなりませんよ」
「ほれほれ。それで、どうだ。こんなんでいいのか?」
昨日の魔獣達は、慰労会の前に別の場所で解体されていて、残っていた骨の処理も終わっていた。さまざまな部位の骨や、大小の歯、グロボアの牙やアンフィの爪も混ざっている。討伐された個体以外のものも混ざっている。
モガシ・ギルドは、商工会に協力を要請し、商工会は、スティロニさんの商会を窓口にして、街中からかき集めたんだそうだ。購入費とか処理費とか、いくらだったんだ?
「これ、この牙。いいんですか?」
「数頭いたし。これっくらいは問題ないよ」
「そうですか。では、全部頂いてもいいんですね?」
「おう」
「どうぞどうぞ! でも、どうやってお持ち帰りになるんですか?」
便利ポーチを腰から外して、骨の山に当てる。あっというまに片付ける。他の荷台も、すぐさま空になる。
「「「マジックバッグ!」」」
「早いな〜」
「問題はそこじゃねぇ!」
「さすが。ローデンの賢者殿の持ち物ともなれば、ひと味違いますね」
「あんたも! なんであんなに入るのか、そこからだろうが!」
「やー、姐御だし〜」
「賢者殿ですから」
ホーシタさんとスティロニさんが、ただ感心しているところに、隊長さんの突っ込みが入る。
「でも隊長さん。おとり馬車の樽もしまってみせたでしょ?」
「まさか、あれ。水が入ったまんまだったのか!」
「馬車の周りに水はなかったでしょう。気がついてませんでしたか?」
「・・・信じらんねぇ。そんだけの容量のぶつは国宝級だぞ?」
「すみませんねぇ。いろいろ規格外で」
「・・・もういい。聞いた俺が馬鹿だった。そうだよな、変異種をぺろっと潰しちまうんだもんな。持ってる物だって非常識なはずだよな・・・」
あらぁ、隊長さん、どっかが壊れた。
「それでは、いろいろとありがとうございました。自分はこれで出発します」
ホーシタさんに、挨拶をした。
「う〜ん、もう行ってしまうのかい?」
「だから、山向こうに早く戻りたいんですよ」
「ここにいれば、かち合わなくてすむよ?」
「えーと、恐いもの見たさ?」
「・・・こいつ、手に負えねぇ」
隊長さんも顔を出した。
「是非とも、また来ていただきたい!」
団長さんだ。
「うちの隊商に加わっていただければ、もっとおもてなしできたのですが、残念です」
スティロニさん、自分とこの傭兵さん達がいるでしょ?
「まあ、縁があれば、来ることもありますよ。では、皆さん、お元気で」
「おう」
「「貴女の旅路に幸いのあらんことを」」
「ヴァンによろしく〜」
モガシを出発した。
ここから西は、山脈の麓まで行っても[魔天]領域からは外れている。一気に、峠に向かっても問題はない。
だが、ヌガルで米が手に入るかもしれない。密林街道を移動していくなら、モガシの次はヌガルになる。
四頭を、外に出す。影の中ばかりでは狭苦しいだろうから。
途中、何度か早馬が追い越していった。盗賊騒ぎが終結したことを伝えるものだろう。立ち寄った集落や砦で、誰もがそんな話をしていた。数日中には、隊商も行き来を再開するはずだ。
ヌガルに着いた。相棒達には、また影に入ってもらう。
門兵さんに身分証を見せたとたんに、鐘が鳴らされた。そして、門のすぐわきに用意されていた馬車に押し込まれる。王宮直行便だった。だからって、問答無用の人さらいはあんまりだ。
馬車の中で、盗賊討伐の表彰ではなく、町中の人たちを招いた立食パーティを催すので、参加して欲しいといわれた。
それくらいなら、と了承した。が、甘かった。
会場には、溢れんばかりの人が詰めかけた。
商工会の偉いさん達は、顔を涙でぐしゃぐしゃにして「ありがとう」を繰り返し、騎士さん達やハンターのみなさんは、「すまなかった!」と謝ってくる。
「もう終わった話ですから! 大仰なことはやめてくださいよ。自分、ただの猟師なんですから」
「それは関係ない。ただ、我々の感謝の意を示したいのだ」
「だから! それがやり過ぎだって行ってるんです!」
だが、多勢に無勢。もみくちゃにされ、落ち着いて料理を食べることができなかった。
パーティがお開きになった後は、王宮内で一泊する(させられる)ことになった。
案内された部屋では、宰相さんが直々にお茶を淹れてくれた。モガシでの討伐隊の責任者が判らなかったので、宰相さんに報告書を渡す。渡しながら、文句を言った。
「・・・歓迎するにしても、もう少し限度という物があってもよかったと思います」
「いやぁ、それほどでも」
「褒めてません」
「それだけ、みなが困っていたんですよ。貴女の尽力のおかげで解決できたんですから、感謝感激大盤振る舞いも仕方のないことです」
「ただの助っ人にすぎません」
「ほっほっほっ。これが「無欲を装って報奨金をつり上げる悪女」ですか?」
誰のことだ? シンシャの騎士さん達が、あそこの貴族にそう考える人もいるとは聞いたけど。
「「悪女」だというのなら、問答無用で街からつまみ出しちゃえばいいんです」
「ほーっほっほっ」
なぜか、宰相さんが大笑いする。
「自分は食べる分だけ稼げればいいんです。討伐してくれたモガシの人たちに便宜でも図ればいいじゃないですか。世間にまわらない金は、不経済です」
とうとう、いすから転げ落ちた。宰相さんは、お茶がすっかり冷めきるまで、腹を抱えて笑い続けていた。
「いや。これは。失礼、しました」
「そりゃ、街で暮らしたり、商売を始める人なら、お金があればあるだけ生活は楽になるでしょうけど。猟師やってて、ずーっと森の中で暮らしていけてたんです。「さあ、使え!」って大金渡されたって、使い道がないんですよ」
「いえいえいえ。これ以上はもう結構です! ご意見、重々承りましたから」
笑いの発作が起きそうになるのを、必至でこらえているようだ。
「というわけですので、金品財宝その他諸々、一切ご遠慮申し上げます」
あ、また爆笑させてしまった。
そのあとは、まったく話が続けられず、宰相さんは「明朝、ご説明しますから」といって、控えていたメイドさん達と一緒に退室していった。彼女達も、引きつった表情をしていた。そんなに変なことを言ったかな?
翌朝、朝食を頂いた後、「報酬」を見せられた。
「アルファ殿は、密林街道周辺の調査をされているとのことでしたので。こちらならば十分お役に立ちますでしょう」
数冊の本、それも動植物の図鑑だ。古い本を複写したものに、最新情報が補足されている。インクの匂いもまだ新しく、簡素なデザインながらも上質の革で装丁されている。
「貴重すぎます! まだ、革袋を渡された方がましですよ」
「いえいえ。それこそ「悪女」の要求した報酬ということで、あちらもこちらも納得しましたから」
「なんなんですか? 昨日も聞きましたけど、その「悪女」って」
「腹に一物ある貴族の間で広まってますよ?」
「全く、自分と関係のない人たちじゃないですか」
宰相さんは、年に似合わない、にやりとした顔をした。
「それだけ、影響力をお持ちだということです。それはそれ、これはこれ。どうぞ、我々からの「報酬」をお持ちくださいますよう」
「あ〜、後で返しにきますから」
「同じ複製は、すでに、王宮とギルドに納めてあります。これ以上あっても、それこそ「無駄」というものです」
「〜〜〜宰相さ〜ん」
「アルファ殿の旅路に幸いが訪れますように」
そのまま、王宮を追い出されてしまった。
ちょいと、食い気が過ぎたばっかりに。




